第1章
この数年は、本当に夢のような時間だった。過ぎてしまった出来事を、あっと言う間だった、なんて表現する人もいるけれど、僕の記憶はそんな薄っぺらいものじゃない。一日一日に、思い出を詰められるだけ詰め込んである。
少年野球で世界大会出場。中学で全国ベスト8。そしてこの聖沢学園高校で二年生時に甲子園出場、背番号1。今夏は県の決勝で負けてしまったが、間違いなく、僕の人生は輝いていた。
百七十三センチ、あれだけウエイトトレーニングを頑張っても体重は六十五・五キログラム。この小さい体で、僕は投げ抜いた。アウトローに決まるツーシームの速球とスライダーのコントロールには自信がある。僕は最速百三十六キロの武器しか持たない、しかし絶対的なエースだったのだ。
今、僕には聖沢大からスポーツ推薦の話がきている。他に、チームメイトはプロ入り予定が一人、社会人に誘われてるのが二人、進学の予定が四人。あれだけの実績を残したんだ。みんな、これからも野球を続けていくんだろう。
しかし、僕は迷っている。はっきり言って、僕は野球をやりきった。こんなに考えて、努力して、壁を越えて、立っているのが今の場所。それより高く上る力が、自分にあるとはどうしても思えない。第一、この体ではプロは無理だ。スカウトにも何度となく言われた。あと身長が十センチあれば、と。体は動く。まだこれからと言っている。でも心が、もう潮時だと告げるのだ。
僕は本格的な受験勉強を始めたんだけど、どこか迷ったままで、真剣さを欠いている。野球はあんなに頑張れたのに。