表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の杖(ペン)使い  作者: 熊山熊参
1/1

邂逅の陣



雨が轟々と吹き荒れる夜、人知れぬ山奥に住む男を訪ねる者がいた。


「ごめんください」


扉を叩く音は弱々しく、放つ声すら雨音にかき消されてしまいそうなほどに、か細い。

暫くもしないうちに扉が開き、暖かい空気と光が四角く溢れ出した。光の奥から、その家の主たる男が現れる。


「あの、すみません。貴方が……"無私の賢者"様でしょうか」


訪問者の正体はまだ年端もいかない少女だった。男が視線を下げなければ見逃してしまう程の矮躯が、黒髪が雨で肌に貼り付き、なおさらに小柄に見える。男が肯定の意を示すと、辺りを警戒しながら「話を聞いて欲しい」と彼女は願った。

「構わないが、ここでは寒いだろう。さあ、中へ」

男は少し身を開いた扉へ寄せ、自宅へと招き入れた。


「すまない、この家に客が来るのは久しぶりでね。少し待ってくれ、今タオルと温かい飲み物を持ってくるから」

そう言って一度彼は姿を消し、すぐに戻ってきた。先に柔らかなタオルを差し出す男に、少女は戸惑いながらも素直にそれを受け取った。


「そっちのソファ、奥の方に座りなさい。濡れるとかは気にしなくていい」


彼が指を指した方向には、火のついた暖炉と、手前には赤色のベルジェールとソファが向かい合わせで置かれていた。その間にはセンターテーブルが挟まっている。言われた通り暖炉側に寄って座った少女は、直後に宙を滑るようにやってきたティーセットにぎょっとした。

「う、浮いてる」


その後に同じように戻ってきた男はその様子を少し不思議そうに見て言う。

「驚く程の事かい? ……さて、冷める前に飲むといい」


一人掛けの椅子に腰を落ち着けた男は、優しい微笑みを少女に向けて促した。対して彼女はおずおずとカップを手に取って未だ警戒がちに紅茶を口にした。沈黙が降りる。


「ここには追っ手は来られないはずだ。だから安心して話していい」


それでもやはり気が休まらない様子の少女だったが、静かに事の経緯を話し始めた。


「私、名前は……ユキコといいます。本当に、どこから話せばいいか……。一週間ほど前の話ですが、隣国がある物の召喚に成功したという話は伝わっていますか? 伝わっているのであれば、その件についてどのくらい分かっていますでしょうか」


「ああ、その件……。殆どまだ明らかになってはいないね。せいぜい、君の言う通りに何らかの召喚に成功したとしか」


「そうですか……。ではその件の真相を先にお教えします。率直に言って、彼らが召喚に成功したのは人です。もっと言えば、違う世界から呼び出した異界の人間です」


それまでゆったりとした様子で構えていた男が身を起こし、前のめりに聞き返した。


「異界の、人間だと?」

「はい。ですが、何処から呼び出したのかは詳しくは分かりませんでした。計四十名、一クラス分の、学生たちです」

男は段々と表情を険しくさせて、指を顎にあて深く考え出す。


「……続けてくれ」

「狙いとしては、"魔力"の高い人間を呼び寄せ、戦力の増強を図ることでした。しかし、呼び出された四十人のうち、その"魔力"を全く持たない人間がいたのです。召喚された際に昏倒し、意識のない状態で、死の淵を長くさ迷ったそうです。国は、そのまま彼女は死んだということにして、残った学生たちの士気をあげようとしました。勿論当人の生き死にも合わせようとして、秘密裏に殺されることになりました。恐らく向こうでは死んだと話されているはずです」


「その口振りだと……その学生はまだ生きているのだね。今はどうしているんだい」

「私です。私がその魔力のない学生です」


賢者は僅かに目を見開き、興味深そうに目を細めた。


「なるほど。それで、君はどうしたいんだい? その級友を助けたいのかい?」


彼の言葉を聞き、意を決した少女はハッキリと告げる。


「いいえ。私があなたにお願いしたいのはクラスメイトの救助ではありません。……あなたに、この世界を生き延びる術を教えて欲しいのです」


「……そう来たか」

男は明らかに口角を上げてぽつりと呟いた。ユキコは膝の上に拳を作って返答を待ちきれずに矢継ぎ早に言葉を繋いだ。


「私に出来ることならなんでもします。だから……だから、お願いします」

深く頭を下げた少女に対し、男のかける言葉は決まっていた。


「良いだろう。ユキコ、君に生き延びる術を教えてあげる。まず一つ目だ」

「は、はぁ……」


安堵して胸をなで下ろしたユキコは今度は首を傾げた。

「私は無私の賢者ではない」

「えっ!?」

素っ頓狂な声をあげ慌て出すユキコを見て、男はくすくすと心底おかしそうに笑う。


「嘘だよ、冗談だ。この世界には特定の人物にほぼそっくりに化けられる魔法がある。だから、ちゃんと本人だとわかるような合言葉を用意するんだ。私の名前はセルフェス。皆からはセーレと呼ばれることもあるが……。今日、今この瞬間から君は私の生徒の一人だ。よろしくしよう、ユキコ」



初めまして。そうでもない方はお久しぶりです。

平成最後の滑り込みセーフです。そうでしょ?

大丈夫でしょ?笑

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ