14-2 みゃあと呼べってか
「ったく、結局あの狸にいいように使われてんなぁ」
翌朝、俺達はまたあの岩山に向かっていた。
まぁ、依頼内容からいって、昨日は状況判断などの必要もあって中間報告に戻っただけだから、今日また舞い戻るのは構わねぇんだが、セシリアを餌に、体よく巨人の残骸回収の方の護衛まで押しつけられちまった。
「文句の割には、顔がニヤついてるよ。
ほんとは、セシリアと一緒で嬉しいんだろ?
昨夜もお楽しみだったし」
「見てきたみたいに言うじゃないか」
「誰が覗くのさ、そんなもん。
他人の情事なんて、頼まれたって見ないよ」
例によってレイルに毒づかれてるが、そんなに顔に出てるか?
「そういや、お前、昨夜は出掛けなかったのか? 仕事の前にゃ大抵夜遊びしてんだろ」
「今回は仕事の前っていうか、間だからね。
誰かさんみたいに、年中盛っちゃいないんだよ」
「その割にゃ、随分とご機嫌だな。
なんかいいことあったか?」
「まあね。相棒がでれでれしてて、見てて笑える」
特に返事を期待して言ったわけじゃなかったんだが、レイルはいたずらっぽい笑いを張り付けていた。
あ~、そうかよ、ちくしょうめ。
…そんなにセシリアに絆されたかな、俺は。
「とにかく、まずはこの前の巨人の残骸の確認だな」
「そうだね。愛しのセシリアの安全のためにね」
「仕事だっつってんだろが」
畜生、やりにくい。
この前んとこに来てみると、残骸はきっちりあった。
どうやら、勝手に直るようなとんでもない奴じゃなかったらしい。
「一安心だな」
「そうだね」
「んじゃ、さっさと仕事にかかるか」
「あいつらが来る前に片付けとけば、一緒にいられるしね」
「そういうこと言うんじゃねぇよ」
どこまでからかや気がすむんだか
とにかく、俺達の仕事は、ほかに巨人がいないかの調査と、巨人がいた理由の調査だ。
大雑把な話になるが、あの巨人が歩いてきた方向を逆に辿れば、何かわかると思うんだ。
どこかを中心に廻ってるのか、どこかからまっすぐ歩いてたのか。下手すりゃ、街を目指して歩いてたって可能性だってある。
「その場合、あいつらだけじゃなくて、後続もいるかもしれないよね」
そうなんだよな。
この岩山ん中で造られてて、できあがった奴から1体ずつ下山していくことだって、あるかもしれない。
そもそも、誰がどうやって造ったのかもわかんねぇわけだし。
「ここが森とかなら、足跡が残るんだけどね。さすがに岩山じゃ、あんなデカブツでも足跡が残んないよ。どうする?」
そうなんだよなぁ。とはいえ探査でどうにかなるもんじゃないから、闇雲に探してもなぁ。
「とりあえず、歩いて行った方向から、まっすぐ戻ってみるか。
一応、下山しようとしていたと考えてもおかしくない道筋だ。それでうまくいかなかったら、拠点を守るために右か左に回ってたってかんがえることにしよう」
レイルは、少し考えて
「それしかないか」
と答えた。
しぶしぶなのはわかりきってるが、他の手を思いつけねぇんだから仕方ない。
とりあえず、この前巨人が歩いてきた方向に向かって歩いてみる。
探査の結界で、巨人の独特の魔素の流れを探してみるが、やはり勝手が違いすぎて上手く探せない。
いや、探せないというか、いるかいないかわからないんだ。
そもそも巨人がいなけりゃ見付かるわけがない。問題は、いるが見付けられないって場合なんだよな。
下手して不意討ちでもされようもんなら、一撃でやられちまいかねん。
いつも、探査を便利に使ってたから、アテにならねぇとなると、かなり厳しい。
不自然な魔素の流れ、ちくしょう、普段と違うことすると、かなり疲れるな。
「ちょっと休憩しようか」
突然、レイルが立ち止まった。
振り向いてみると
「変な汗かいてるよ。いるかいないかもわからないのに、そんなに気ぃ張ってちゃ、疲れるだけじゃない」
とか……まぁ、俺を気遣ってくれてんだよな。
「ありがたく休ませてもらうか」
腰を下ろして、侵入者用の結界に切り換える。こっちは慣れたもんで、全然疲れない。
「もし、さ」
「ん?」
「あの巨人を造った奴がこの岩山にいるとして、やっぱり洞窟の類かな?」
「まぁ、こんな山じゃ、小屋も建たねぇだろうし、そうなんじゃねぇか」
レイルの奴、何を…ああ、そうか。
「洞窟を探してみるってことか」
「うん。
もちろん結界も張ってもらうけど。どっちかっていうと洞窟探しながらって感じで。
なんなら、いつもの動くもの全部に反応するやつでもいいんじゃない?
少なくとも動くものがわかれば。不意を突かれる心配はないんだし」
「動くものっつっても、あの巨人みたいなのは引っ掛かりにくいんだよ。
要は、何かが動いた時に、魔素がどかされて動くのを感じてるわけだから、感覚がなぁ…。
大雑把に感じるだけなら大した負担でもないが、狭い範囲ならともかく、広範囲に張った探査の結界で変わった反応を感じ取るってのは、なかなか厳しい」
「でもさ、あいつら歩いてるわけだろ?
あの図体で、魔素押しのけながら歩いてんだから、わかりやすそうだけど」
「それがなぁ、体の前面から大量の魔素を吸いながら歩くから、魔素は押しのけるって動き方じゃないんだよなぁ。
かといって、強烈に吸い込まれてくって感じでもないし」
「面倒臭いね」
まったくだ。
前の魔素溜まりの時もそうだったが、魔素がゆっくり何かに吸われる動きってのは、感じにくいんだ。
「かなり大雑把に魔素の動きを見るしかないから、いつもの精度は望めない。
できれば、不意打ちを食らわない程度の範囲に抑えて洞窟探しした方が楽なんだがな」
「なあんだ、だったらそう言えばいいのに。
じゃあ、洞窟探ししようよ」
「いいのか?」
レイルは、あっさり方針変更に乗ってきた。
効率から言えば、かなり割りが悪いんだが。
「うろついてるデカブツ探すのは難しいから、本拠を探そうってことだろ? 反対する理由があるの?」
「…ないな」
「だろ? できることからやってきゃいいじゃん。
ね~、みゃあ。
なんか変な魔素とか見付けたら、教えてね」
そう言うと、レイルは抱いてた猫を地面に下ろした。
「猫に頼るのか?」
「猫じゃなくてみゃあだよ。
みゃあのすごさ、わかったんじゃないの?」
“猫”と言ったら文句を言われた。俺にも“みゃあ”と呼べってのか。
まぁ、この前の魔素溜まりといい、巨人の魔石といい、この猫が俺より魔素なんかの動きに敏感なのは間違いないが…。
俺が呼ぶのか? この猫を、みゃあって。
「そいつがすごいのは、よくわかったが…」
「そいつじゃなくて、みゃあね。
なに? 今度からセシリアのことは“フォルスの愛人”って呼べばいい?」
誰が俺の愛人だ!
「わ~ったよ。名前で呼びゃいいんだろ」
「そうそう。わかればいいんだよ」
なんか釈然としないが、ともかく最低限不意打ちを食らわない程度の探査の結界を張って、洞窟探しだ。
「んじゃ、行くぞ、レイル。…みゃあ」