13-4 胸の中には
腿から肩までのくせに、たっぷり俺の身長と同じくらいの高さがありやがる。
必死になってようやく起こした巨人の胴体の横から、レイルが魔力で伸ばした剣を、胸を削ぐように振り下ろした。
ズズン、と音を立てて胸板が落ちたが、内側はまだ岩の塊だ。
これで、どうやって魔素を吸い込んでたんだ? 何かあるはずだ、何か。
「レイル、ちょっと見せてくれ」
胴体の前に立って、胸の中を見る。
壊れたのか、今はもう魔素を吸ってない。
残りカスでも感じられれば、なんとかレイルの負担を最小限に中身を引きずり出せるだろう。
集中して魔素か魔力を探すが、見当たらない。どうなってやがる!
「ねえ、フォルス」
レイルが肩を突いてきた。なんだってんだ。
「ねえ、みゃあがあれを突いてんだけど」
レイルの指の先を見ると、さっき削ぎ落とした胸板を猫が引っ掻いている。
魔獣と違って食えるわけがないのに…そういやこの猫、魔石を舐めるのが好きだったっけ?
「おい、まさか…」
「みゃあはすごいからね」
「見てみる」
裏表からそれぞれ見てみると、裏側から僅かに魔力を感じる。
「こっちが本命だったか。
うっかりしたら、魔石を斬っちまってたかもしれないな」
「みゃあのすごさがわかったか」
レイルが胸を張る。
「ああ、わかったわかった。
どうするかな。このサイズなら、このまま持って帰れそうだよな」
「まあ、君ならそうかもね」
手足も頭も、持って歩くにはでかいし重い。だが、この胸板1枚なら、なんとか持って歩けるだろう。
本来の目的は、この巨人の正体と目的を調べることだったわけだが、こいつはちょいと強すぎた。
俺達だから、というかレイルの常識外れの魔法剣があったからこそ倒せたが、普通ならどうしようもない相手だ。
岩の塊を砕けるような魔法を使える魔法士か、ハンマー系の武器を使う奴なら勝てるかもしれないな。
問題は、この巨人が本来どれくらいの速さで動くかだ。
俺達は、魔素の供給を止めることで動けなくして一方的に攻めたからな。
どう報告するか考えると、頭が痛い。
巨人の動きを止めた方法も、手足をぶった斬ったレイルの技も、俺達の戦いの組み立ての上で中心になるものだ。
魔素を操る力は、大した魔法も使えない俺が魔法士相手に優位に立つには、切り札とも言える。
レイルが魔法を使えることも秘密にしてるんだよな。
俺の方はともかく、レイルは剣士で登録してるから、魔法を使えるなんて知られると面倒なことになるのがわかりきってるよな。
「あ~、ちくしょう、帰りたくねぇ」
ついつい愚痴っぽくなる。
「あれ? 早く帰って愛しいセシリアに会いたいんじゃないの?」
野郎、人が真面目に悩んでるってのに混ぜっ返してきやがった。
「なんだよ愛しいって。今回のこと、どう誤魔化すか考えてんだろが」
「あれ? 愛しくないの? いらないなら、僕がもらってあげようか?」
「誰がやるか!」
思わず言い返してからハッとした。
そういう話をしてんじゃねぇってんだよ!
「ふうん? いや、いいねえ♪
君が女に執着する日が来るとは思わなかったよ」
だから、混ぜっ返すなよ。
「だいたい、お前、やるって言われたら引き取んのかよ。
セシリアのこと毛嫌いしてたじゃないか」
「まあ、いらないけどね。僕にとって、あいつは君の女ってだけさ。
僕があいつを嫌いだったのは、君に色目を使って言うこときかせようとしてたからであって、君の女だってんなら文句言う気はないよ。
君はあいつとの暮らしより、僕との行動を優先してくれるしね」
なんか、よくわからない理屈だ。
まぁ、いい。今してんのは、そういう話じゃない。
「とにかくな、あの巨人は、どう考えても俺達とは相性最悪の相手だ。
俺の魔法じゃ傷ひとつ付かない、剣で斬れるわけもない。
本当なら、俺達は見付けた時点で、戦うことなく引き上げて報告するようなネタだ。
それを、ついうっかり倒しちまった。
倒せたのは、お前が岩を斬れたのと、俺が魔素を操れたからだ。
どうやって倒したかって訊かれたら、なんて答えりゃいいんだ?」
「テキトーにごまかせばいいんじゃない?」
それができれば苦労はねぇよ!
「適当ってどうすんだよ。
ここに、さっくり切り取られた胸板があんだぞ。
石工じゃあるまいし、こんな綺麗な断面で岩が斬れるかよ」
「どうやったかは秘密だけど斬った、でいいじゃない。
僕らの奥の手だから言えないって言ったら、それ以上は訊いてこないんじゃない?」
「んな簡単な問題かよ…」
「あっちにとっちゃ、どうやって倒したかよりも、なんであんなとこにこいつがいたかの方が大事だろうし、また僕らに依頼してくるさ」
「だから、細かいことは訊いてこないと?」
「そ。
大事なのは、また巨人が出たとして、僕らが倒せるかどうかだよ」
「まだいると思うか?」
「そんなのわかるわけないじゃん。でも、あいつらはいると思って動くでしょ」
まぁ、そりゃそうだろうが。
「こいつが2匹いたら、勝てるか?」
挟み撃ちでもされたら、おしまいだ。
おまけに、こいつら、探知の結界にひっかかりにくい。
「勝てるかは戦い方次第だけど、負けないだけなら簡単だろ」
魔素をなくして動きを止めれば、か。
「俺達の逃げ足の方が速いか」
「間違いなくね」
「足手まといを押しつけられたら?
また、魔法陣の時みたいに誰かついてくるかもしれないぞ」
巨人がどうやって動いていたかわからない以上、バラバラになった体を拾い集めてくる必要があるだろう。
あれだけの巨体だ、重さも相当なものだし、回収には荷車の3台くらいはいるだろう。そして、それを運ぶ人足を守るための護衛もいる。
「足手まといは捨てる」
いや、それを守る仕事を振られたらどうするって話なんだが。
「護衛対象を放り出すわけにゃいかんだろう」
「荷物の方だよ。それに、足下が土なら、君の魔法で足止めくらいできる」
「なんだ、まともなこと考えてんだな」
思わず口から出た言葉に、レイルは
「そういうこと言うんだ? 君の大事なセシリアに、色々と教えてあげなきゃいけないね」
と、いい顔で笑った。
ようやく倒した巨人は、岩の塊だった。
こんなものがどうして動いていたのか。
調査団の護衛と更なる巨人の捜索を依頼された2人は、再び岩山へ。
次回「ごつひょろ」14話「岩山の探索」
みゃあの活躍をお楽しみに。