13-3 戦いの相性
岩山の調査で見付けた妙な魔素の流れは、岩でできた人だった。
岩の塊のくせに歩いてやがる。どうなってんだ?
レイルが俺の肩を突いた後、岩の化け物を指差した。
魔素の流れを見ろってことだよな。できるだけ細かく魔素の流れを見る。
人型だからって、口から魔素を吸ってるわけじゃなさそうだ。体の前面──胸、か。胸から、常に少しずつ吸ってるな。
じゃあ、どこから吐いてる? 背中、か。
吐き出す魔素の方が少し少ない。
胸ん中に魔素を通して、少しだけ取り込んでるってとこか。だとすると、図体の割にえらく小食だな。
いや、待て。それだったら、最初から魔素を少しだけ取り込めばすむ話じゃないか?
もし、だ。吸い込んでる量が最大量で、使った分以外を吐き出してるとしたら?
今はゆっくり歩いてるだけだから少ししか魔素を使ってないが、戦闘時には吸い込んだ分全部使うとか。
歩くだけとはいえ、よく見なきゃわからんほど消耗が少ないんだ。これ全部使ったら、どんだけ動ける?
ちょっと、レイルと戦い方を話し合わないとな。
その前に、奴の図体はどんくらいなんだ? 距離を考えると、俺の倍はないくらいか。
俺の頭が腹の高さくらい…レイルが胸に攻撃するにゃでかすぎるな。
レイルに合図して、一旦引く。話ができるくらいは離れないとな。
「あの岩巨人は、魔素で動いてるっぽい。
胸から吸い込んで背中から吐いてるが、吸うより吐く方がちょっと少ない。
多分、そのちょっとで、ああして動いてんだ。
使ってるより何十倍も吸い込んでるってことは、全力で動く時はそれ全部使うってこったろう。速さも強さも、想像もつかねぇ」
今わかってることに俺の予測を交えてレイルに説明すると、レイルは口元に手を当てて考え込んだ。
「あいつ、オーガより大きいよね」
「そうだな。俺の頭が奴の腹くらいだろう」
「足なら、剣の長さが足りるかな。腕も。
手足落として転がしてトドメ刺すって感じだよね」
おいおい、すっかり倒せる気になってるじゃないか。
「どんぐらい硬いかわかんねぇぞ」
「斬れ味上げればいけるよ、きっと」
「お前が剣を強化できるのは知ってるが、もしあっちも強化できたらどうすんだ。
なぜか膝が曲がるが、見たとこ岩の塊だぞ。
吸ってる魔素で強化されたら、鉄よか硬くなるかもしれないんだ。お前、鉄の棒なんか斬れるのか?」
レイルは、鉄の剣くらいなら斬り落とせる。それは見たことがある。だが、それは剣の太さだからだ。
岩巨人の足は、レイルの胴より太いだろう。そんな太さの鉄の棒を斬れるか? 万が一、剣が折れたら、レイルにはもう武器がないんだ。その上、速さもどれくらいかわからない。最悪、レイルより速かったら…。
「今なら、斬れる」
「は?」
今、なんて言った? 斬れる、だと?
「お前の腹より太い鉄の棒を斬れるって言ったのか?」
聞き返すと、レイルは笑った。
「なに? 耳が悪くなったの? それとも頭? ああ、ごめん、頭は前から悪かったね」
レイルは軽く笑うが、腹も立たない。
というより、腹を立ててる場合じゃない。
「やり直しが利かないんだ、無茶は禁物だ。
しかも、相手は岩だ。俺の魔法で援護するのも難しい」
そう、岩である以上、炎も風も効かないだろう。土の槍だって刺さらない。よくてぐらつかせられるかどうか。
「援護は、目くらましと足止めだけでいいよ。
顔に火の玉ぶつければ、僕を見失うでしょ」
「目でものを見てるかどうかもわからん。目潰しは無意味だ」
「じゃあ、氷で足止めするだけでいいよ」
「ここは湿地じゃない。岩山で氷なんて、足止めにならん」
「え~。役立たずだなあ」
言ってくれるじゃないか。だから無茶はできないって言ってんのに。
「俺の攻撃じゃ、牙猪の皮にも通らないんだ。あんな岩の塊みたいなのに通るわけないだろう」
「ホントに役立たずだなあ。
だったら、何ができるのさ」
言い方はともかく、レイルが言ってんのは、俺にできる援護は何かってことだ。
こいつが、胸から魔素を吸ってるってことは、だ。
「今からしばらく、あいつの周りから魔素を遠ざける。
うまくすりゃ、動きが鈍るかもしれん。そしたら突っ込め。多分、俺にできるのはそんくらいだ」
「なるほど。まあ、試してみようか」
岩巨人の周囲から、魔素をなくしていくと、岩巨人は歩くのをやめ、直立して止まった。
「止まったね」
「魔素がなくて動けないのか、それとも敵の存在を感知して警戒してるのか」
「それはないんじゃない? 魔素を自由に操れる変人は君くらいでしょ」
「誰が変人だ! …とは言っても、魔素がないままだと、レイルも全力を出せないしな」
魔素がなければ、たしかに岩巨人は動かないかもしれないが、レイルも魔法を使えない。
それに、あいつが魔素がないと動けないって保証もない。
「お前が突っ込んだら、魔素を戻すか? お前も魔素がないと困るだろう」
「僕には魔石もあるから、困らないさ」
「あれがじっとしててくれりゃいいんだけどな」
「どういうこと?」
「あいつの中にも魔石があるとするだろ。
魔素が薄い時は、魔力の節約のために止まるが、いざという時は魔石の魔力で動く、なんてこともあり得るだろう。
そうなると、先に魔石の魔力が尽きた方の負けになる。
ちょっと分が悪くないか? あの図体だぞ」
「ふうん。一応、考えてるんだね」
憎まれ口を叩いちゃいるが、レイルも俺の考えに一理あると思ってるらしい。
「よし、僕は速さより力の方に重点を置いて突っ込む。
剣の方も折れないように十分に強化して、足は止めずに突っ切るから、あいつの周りには魔素がないままにしといて」
一瞬突っ切るだけなら、魔素がなくても問題ないってわけか。
「わかった。少し広めに魔素をどかす。
足を止めるなら、魔石を使え。長引くようなら魔素を戻す」
レイルが足を止めて全力でやり合うなら、魔石だけでは心許ない。
相手も動いていることが前提にはなるが、魔石消費の大きい方が倒れることになるだろう。
俺がそれを判断するのは難しい。
実際にやり合ってるレイルの判断を優先するべきだろう。
ともかく、岩巨人の周囲半径20歩分くらいは魔素をなくす。
「いいぞ、レイル」
魔素をどかしたことを告げると、レイルは勢いよく突っ込んでいった。
もちろん、俺の居場所を気取られないよう、少し離れた場所からだ。
いつもよりかなり遅いが、それでも俺じゃ追いつけない速さだ。
その分の魔力を回してるのか、剣の輝きが普段の比じゃない。
硬さも斬れ味も相当上げてるんだろう。出し惜しみして折れでもしたら、目も当てられないから、全力で強化してるはずだ。
レイルの剣が岩巨人の右腿辺りに当たり、その場で振り抜かれた。いつもなら駆け抜けざまに振り抜くところを、それだけ用心してるってことだ。
剣を振り抜いたレイルは、その体勢から巨人の右横方向に駆けて距離を取った。
巨人の方はといえば、右足を太股で斬られたにもかかわらず突っ立ったままだ。斬られた足が倒れるってこともなく、見た目は全然変わってない。
見てた限りじゃ、足を真っ二つに斬られたはずだ。まさか斬られてもすぐくっつくとか言わないだろうな。
そう思いながら観察していると、息を整えたらしいレイルがまた駆けだし、背後から弧を描くように巨人の左腿を斬った。今度は、足を止めずに駆け抜けざまだ。どうやら一撃目で、相手の硬さを把握できたらしい。
止まった後、一瞬俺の方を見たレイルは、巨人の方に向き直って、左手で俺にそのままでいろと合図した。
なるほど、やっぱりあいつは魔素がないと動けないってわけか。
レイルは、その後も2回突撃を繰り返し、巨人の両腕を斬り落とした。そう、両腕は、足と違って、斬られればちゃんと落ちる。やはり、足の方は巨人が動かないから、断面の上に載っかったままということのようだ。
この間、俺がやっていたことと言えば、観察と、レイルの剣で使われていた魔力が魔素に戻り次第巨人から引き離すことだけだった。まぁ、地味だが大事な援護だ。
さて、後はどうしたもんか。
蹴れば上半身が倒れてくるんじゃなかろうかとは思うが、なんせでかいからな。重さも相当なもんだろう。
「フォルス、あれ、相当硬いけど、どうしようか」
戻ってきたレイルに尋ねられた。けどお前、随分さくさくと斬ってるじゃないか。
「あれはね、全力の強化じゃなくても斬れるってだけ。
本気で、岩の塊だよ。
腕力の方は全力でなくてもいけるけど、剣の強化は全力でいかないと難しいんじゃないかな」
そんなにか。
「レイルじゃなけりゃ詰むな、ありゃ。ハンマーでちまちま叩いても、何日掛けたら砕けるかわからん」
「僕が凄いのは当たり前として、あれ、まだ生きてると思う?
巨人を見ると、両腕が肘の先で斬り落とされちゃいるが、しっかり両足で立ってるように見える。魔素があれば、今にも動きそうだ。
「生きてるってぇか、まだ動くか、だな、ありゃ。
できりゃ、頭も落とすまでは魔素をやりたくないな。万一、足がくっつくような化け物ならと思うと、トドメを刺すまで安心できん」
「とは言ってもね。
さすがにあのデカい図体を斬るのは無理だし、首を落とそうにも手が届かないよ。
こっからあいつの体、落とせない?」
俺よかよっぽどでかいし、走ってって跳び蹴りでも食らわせば転がせるかもしれんが…。
あ。
「そうか、押してやりゃいいんだよな」
土の槍を作って、巨人の頭に飛ばしてみた。
傷つけるのは無理だろうが、押すだけなら十分だ。予想どおり、巨人は足だけ残して後ろに倒れ込む。動く様子はない。
「さっすが! んじゃ、首斬ってくる」
レイルが歩いて向かった。地面に横たわってる相手を走ってって斬るのは無理だろうからな。
レイルは、巨人の頭の脇に立つと、剣に魔力を纏わせた。
いつもと違う、刃よりも長い魔力だ。あいつ、あんなこともできるのか。まさか、魔力だけで岩を斬るとかいうんじゃないだろうな。滅茶苦茶魔力食いそうだぞ。
おっそろしいことに、魔力の刃は、岩巨人の首を一刀両断した。嘘だろ、おい。
手首3つ分くらいとはいえ、魔力だけで刃作れんのかよ。
レイルとは1年以上の付き合いだが、あんなことまでできるとは知らなかったぞ。
ん? 引き上げてきた。あれ、魔力が尽きたな。
「フォルス、とりあえず、あの頭、拾ってきてくれる? それから、手足も本体から引き離して、魔素を元に戻してよ」
つまり、うっかり復活されないように、手足を引き離してから、レイルが普通に魔法を使えるようにするってことだな。
「そりゃいいが、なんだあの魔法は?
魔力で刃を作るなんて、聞いたことないぞ」
「最近できるようになったばっかだからね。
まだ長時間はもたないし、一度使うとしばらくは使えないんだ。
魔力をめちゃくちゃ使うから。
でも、寝っ転がった岩の化け物の首を落とそうとすると、剣の長さが足りなくてさ」
まぁ、角度的に、剣を振り抜くのは難しそうではあるな。
「空になった魔石出せ。
魔力を補充してやる」
さぞかし魔力を消費しただろうと思って言ったんだが、レイルはあっさり
「あ、大丈夫。突っ込む前に魔力練ってるから、あいつの近くじゃ魔法使ってない」
と答えた。そうか、突っ込みながら斬ってたのには、そんな理由もあったのか。
「大した奴だよ、お前は」
「あいつの体の中に何が入ってるか、見たくない? 少し休んだら、またあれ使えるから、胸切り開いてみようよ」
「そんな器用なマネ、できんのか」
「まあね。魔素を沢山使うことになるけど、魔力さえ籠めれば岩くらい、ゆっくりでも斬れるよ。
だから、僕が休んでる間に、あれの頭持って来てよ。手足はどっかに投げときゃいいから」
そうか、あれだけの魔法を使ったんだ。消耗の少ないレイルでも、かなりの負担だったんだな。
魔力を練るには、相当な体力・精神力を使う。わかりやすく言うと、息を止めたまま全力疾走するようなもんだ。
俺は、体力が人並み以上にあるから、耐えられる。
レイルは、体質なのか才能なのか、同じくらいの量の魔力を練っても、俺よりずっと消耗が少ない。
だが、少ないと言ってもないわけじゃないからな。あんな無茶な魔法を使ったんだ、消耗しないわけがない。
「んじゃ、ゆっくり休んでろ」
まずは頭だな。頭だけとはいえ、レイルの倍以上の身長の巨人だ、頭だって人の頭の何倍もある。岩でできてるそれは、俺でもかなり重たく感じる。
身体強化を掛けつつ、えっちらおっちら運び、下ろしたところで断面を見てみた。
中空ってこともなく、みっちり岩が詰まってやがる。
どうしてこれで動く…ああ、そういや頭は別に動いてなかったな。
腕も足も、特に関節らしきものはない。岩の塊だ。これで、なんで動くんだ?
とにかく、力任せに放り投げて手足を胴体から引き離してから、レイルのところに戻った。
「手も足も岩の塊だ。なんで動くんだろうなぁ」
座ったまま、こっちを見ているレイルに話しかけると首を傾げた。
「まあ、僕が斬った時も動いてなかったからね。最初に歩いてるの見てなかったら、石像に襲い掛かる変人にしか見えなかったかも」
そういやそうだ。胴体から魔石でも出てきてくれねぇと、俺達の狂言扱いされるかもしれねぇな。
「この頭ん中も何もなさそうだしなぁ」
「胸の中だけは、何か入ってるんじゃない? 少なくとも魔素を使って動くための秘密が入ってるはずだよね」
「そう願いたいね」
「いいとこ回復したし、そろそろいこうか。
今度は君も来るだろ」
「そうだな。近くで見てるか」