12-2 思いがけない申し出
気が重い。
いや、わかっちゃいるんだ。いつまでも避けているわけにはいかないってことは。わかっちゃいるんだが、どうにも気が重くて、顔を出したくない。
セシリアを抱いたらこうなることは予想できたはずなんだがなぁ。なんで手ぇ出してんだよ、俺は。
この前、一角馬の媚薬もどきに中てられたセシリアに迫られて、抱いた。それ以来、気まずくってセシリアの顔を見たくないって状態が続いてる。
媚薬にやられて前後不覚になってる女、それも処女を、勢いで抱いちまったことが重くのしかかってくる。
レイルに言わせりゃ、セシリアは納得してたって話だし、あん時ゃ確かに好きとも言われたけどよ。…睦言なんざ本気にする奴はバカだ。
とはいえ、担当のマネージャーに会わなくちゃ、仕事が入ってこない。
そんなこんなで、レイルと一緒に5日ぶりにギルドに来たわけだが。
「おう、久しぶりだな…」
とりあえず、セシリアに声を掛けた。妙にぎこちないが、そこは仕方ない。情けないが、自分がこんなに度胸のない人間だとは思わなかった。後ろで、レイルがこっそり笑ってる気配がする。ちくしょう。
「あ、フォルスさん、お待ちしてました」
俺に気付いたセシリアが、顔を上げて返事してきた。心なしか嬉しそうだ。
なんか、妙にキラキラしてないか?
おかしいな。俺は、他人の気分なんて見えたためしはねぇんだが…まるで、“会いたかった人に会えた”みたいな顔してやがる。
口調はいつもどおり事務的な感じなんだが、なんだろう、顔つきが違う、のか?
「その後、体調はどう? きつくない?」
「え? ええ、お陰様で」
…今の、本当にレイルとセシリアの会話か? レイルがセシリアを労ってる、だと。
まぁ、助かった、のか。俺から同じこと言う必要ないしな。
「悪い、ちょっと間が空いちまったが、何か変わったことはなかったか?」
ちょいと強引だが、とりあえず仕事の話に持ってっちまおう。
「はい、特に真新しいことは。一角馬については、無事、元のお屋敷に引き取られました。やはりフォルスさん達にお願いしてよかったです」
よかったのか、あれが?
ギルドの職員でしかないセシリアが、なんで魔獣捕獲の囮にならなきゃなんねえんだよ。
「セシリア、その、お前さんが身体を張る必要があったのか?」
「フォルス!」
隣にいたレイルが小声で言って肘で突いてきた。ああ、もう、余計なこと言ってんのはわかってっけどよ。俺が納得できねぇんだよ。
だが、セシリアの答えは意外なものだった。
「私は、体を張ったつもりはありません。経緯はどうあれ、私はフォルスさんに初めてを捧げられたのですから」
その言い方だと、前から俺のことを好きだった云々って言葉が本当だったってことになるんだが。
「ですから、そう言っています。てっきり信じていただけたものと思っていたのですが。
あの後、お話して、納得いただけたはずでは?
…もしかして、ここ数日顔を出してくださらなかったのは、そのせいだったのですか?」
セシリアの言葉には、俺を責めるような響きがあった。そして、なぜかレイルから追い討ちが掛かった。
「そうなんだよね。まったく、男らしくないんだから。
もう手を出しちゃったんだし、一緒に住むなり割り切って捨てるなり、さっさとすりゃいいのにさ」
耳が痛い……って、おい!
「待てレイル、“割り切って捨てる”のどこがちゃんとしてるんだ!?」
一緒に住むってのは、要するにセシリアと付き合うとかそういうことだろう。それは、まぁわかる。実際にそうするかはともかく、1つの考え方だ。だが、捨てるってのはどうなんだ?
「セシリアが抱いてくれって言ったから抱いただけ、後は知ったことかっていうのも、当然の選択肢ってことさ。ねえ?」
「確かにそれはそうです。私としては、自分の気持ちを押しつけただけですし、受け入れてもらえないとしても、仕方ありませんから」
おいおい、なんか、俺が常識を知らないみたいな話になってねぇか?
「捨てられてもいいって、そりゃあ…」
「あ、もちろん、受け入れていただけた方が嬉しいですし、そうしていただきたいです。ただ、受け入れていただけないこともあると覚悟しているというだけです」
「あ~…。要するに、あん時言ってた言葉を、セシリアは覚えてるし、本気だったと」
「もちろんです」
俺を正面から見つめるセシリアは、いたって真剣な顔をしていた。
「俺は、結婚だのガキだのってのは考えたことはない。正直、娼館の女以外を抱いたのは初めてなんでな。女と付き合うってのがどういうもんなのかもわからねぇ」
俺としちゃ真面目に言ったつもりなんだが、レイルに盛大に混ぜっ返された。
「要するに、娼館に行く必要がなくなるってことだよ。よかったね、出費が減って」
「それじゃ、体のいい娼婦扱いじゃねえか。
んなこと、できるか!」
「娼婦も情婦も似たようなもんじゃない。
少なくとも、セシリアに不満はないと思うよ」
んなわけあるかと思ったが、意外にもセシリアは
「ええ、それで結構です。私1人に絞ってくださるなら」
とか抜かしやがった。それじゃあ、俺がセシリア以外抱かないなら、遊びでも構わんと言ってるようなもんじゃないか。
「俺がセシリアを弄んでもいいって聞こえるぞ」
「そこまでは言いませんが、お付き合いしている間、私だけを見てくださるなら、それでいいと思っています。結婚までは求めません」
「俺に都合が良すぎないか?
まぁ、根無し草の俺に、結婚なんざできっこないんだが」
「それで構いませんから、せめてこの街にいる間だけでも傍にいてほしいんです」
何か企んでんじゃないかってくらい、俺に都合のいい話だな。
といって、セシリアが俺をどうこうするとも思えないが。
ん? レイルがつついてる? なんだ?
「女心だよ。わかってやんなよ。
少しでも長く一緒にいたいんだよ」
つってもなぁ。
「その場合、レイルはどうすんだよ」
「1人で宿に残ると色々面倒だから、一緒に転がり込もうかな。
ま、セシリアがいいって言って、僕の分の部屋もあれば、だけど」
「いや、そりゃかなり無茶じゃないか? セシリアがそんなに広い家に住んでるわけねぇだろう」
「いえ、諸般の事情で最近広いところに引っ越したので、レイルさん1人くらいなら、なんとかなりますが」
「みゃあもいるけど」
「…壁などを傷つけないのであれば」
「宿でも傷つけたことはないから、大丈夫」
「でしたら」
え? なんだ、今の流れは。なんか、もう話が決まってないか?
気のせいではなかったようで、数日後、俺はレイルに引きずられるようにしてセシリアの家に転がり込むことになった。