10-1 貴族のお守り
「ぜひフォルスさんに受けていただきたい依頼があるのですが…」
久しぶりにギルドに顔を出すと、セシリアが妙に歯切れ悪く持ちかけてきた。
セシリアがここまで言うんだから、厄介ごとに決まってる。反射的に嫌だと断りそうになるのをなんとか堪えた。
「一応、話だけは聞くけどな。面倒なネタはご免だぞ」
「面倒ということはないのですが、レイルさんが面倒にしてしまいそうな気がしまして…」
相変わらず歯切れ悪く、セシリアが言い淀む。
セシリアにしては珍しい。
「レイルが、ね。つまり、誰か厄介な奴を同行させるって依頼か」
「厄介な人ではないのですが……貴族、なんです」
「貴族? 護衛依頼か?」
「そうです。
王都に、貴族の子弟が通う学校があるのですが、そこの実習の中に洞窟探検というのがありまして。
学校の方で管理している洞窟というのが各地にあるのですが、その1つがこの街の近くにあるんです。そこに入って修了のメダルを持ち帰るというのが課題となっていまして。
もちろん、魔獣などはいない、至って安全な洞窟なのですが、野性動物などが入り込むことはありますので、一応護衛を付けることになっているんです」
「その護衛を俺達にやれってか?」
「はい、お願いします」
セシリアは神妙な顔で頭を下げてきた。
殊勝な態度は好感が持てるが、内容がなぁ…。
「俺達が今まで護衛依頼を受けたことがないのは知ってるよな?」
「それはもちろん。
でも、先日の試験官も護衛のようなものでしたし、フォルスさん達が護衛としても優秀であることは証明されていますので」
ああ、あれか。まぁ、確かに新人のお守りも護衛みたいなもんだがなぁ。
しかし。
「あれは、基本放置で、ヤバい時に手を貸す程度だったろう。
貴族のお坊ちゃん相手じゃ、そんなわけにはいかないし、話が全然違うぞ」
「いえ、今回の護衛も、学校の実習ですので、基本的には同じことなんです。
自分達で旅程を計画し、一泊するなり、馬車を使って日帰りするなり、自由にして構いません。修了のメダルを自分の手で取って来さえすれば、その過程は問わないのです。
「馬車、使っていいのか?」
それじゃ、楽過ぎんじゃねえか? さすが貴族のお坊ちゃんのための試験だ。
「馬車を使うのは構いませんが、その場合、馬の手配から餌の用意、途中の休憩の入れ方など、全て自分達で算段しなければなりません。
費用についても、実習のための予算というのが決められていて、その範囲内に収める必要があります。
馬を使うと、宿泊費用が掛からなくなり、食費も浮く代わりに、馬の借り賃や餌代などが掛かるんです」
「随分とめんどくさいことすんだな」
「その“算段”という過程がこの実習の目的なんです。
貴族の子弟は、通常、自分で日程や費用を気にすることがありません。
けれど、家を継いだりしたら、そういったことを自分で決める必要があります。
ですから、こういった実習で、日程、行程の検討や予算の配分、他者との意見の調整といったことを経験させるのです」
「他者ってのは?」
「学生は3人一組となって実習に臨みます。どうやって3人を選んでいるかはその時々で違うそうですが、少なくとも普段寝食を共にしているわけではない相手と行動を共にするわけですから、意見が合わないことや諍いなどもあるわけです。
それらの理性的な解決というのも、大切な経験です」
「なるほどね、貴族も案外大変なんだな」
「はい。もちろん、護衛の仕事には喧嘩の仲裁は含まれません。刃傷沙汰にでもなるようなら止めていただきますが。
基本的には、あくまでも不測の事態──外敵の襲撃などからの保護のみです」
「で、なんで俺達なんだ?
野性動物くらいなら、8級か9級で十分だろう」
「あまり人手がないんです。信用の置ける方にしか頼めないお仕事ですので」
「信用? そりゃ、護衛だから信用はいるだろうが、そんな大層な話か?」
「いえ、あの…中には、護衛にお金を握らせて道中の差配を任せてしまう方もいらっしゃるので…。
買収される心配のない信用の置ける方となると、そんなに多くは…」
買収ねぇ? あれか? 依頼料プラス小遣いってことか?
まぁ、貴族のボンボンなら、口止め料込みでいい金払ってくれそうな感じはするよな。
そう考えりゃおいしい仕事か。
けど、バレたら信用なくすぞ? そこまで実入りがいいのか?
ああ、そう考えるから俺に声が掛かったってことか。
「俺達も買収されるかもしれねえぞ?」
敢えてそう言ってみる。まぁ、答えはわかってるが。
「フォルスさん達がお金に汚くないことは承知しています。
特に、レイルさんなら、貴族に手を貸そうなんて思わないでしょうし」
おっと、思った以上に的確な返事が返ってきた。
たしかに、レイルが貴族に買収されるとは思えねぇもんな。
とはいえ、同じ理由で、レイルが嫌がんのも目に見えてんだよなぁ。
「まぁ、話はわかったけどな。
しかし、レイルに貴族の相手をさせるのはなぁ…」
はっきりとは俺にも言ってくれないが、どうやらレイルはどこぞの貴族の落とし胤らしい。
母親が手籠めにされてできた子らしく、父親を憎んでる。だから、フルネームを知ってるのは俺だけなんだ。
「私も、レイルさんには向かないと思いますが、そこはフォルスさんの頑張りでどうにかなりますよね」
「俺が面倒背負い込む前提かよ。
しょうがねえ、これ、貸しにしとくぞ」
「ありがとうございます」
ったく…。レイルになんて言って説明すっかなぁ。
10-2は、明日午後10時更新です。




