3-2 探索中の事故
翌朝、宿を発った俺達は、体力の消耗を押さえつつ森に向かった。
今回はセルジュ村には寄らずに、森の外で野営する予定だ。
森から十分に距離を取る必要はあるが、移動の時間が惜しいからな。
3泊で勝負を付けるくらいですむといいんだが。
森に入った。
結界を張り、魔素を動かさずに移動しつつ、前回のパーティーが魔狼と遭遇した場所を目指す。その近辺に住み着いている可能性が高いし、そこから足跡を追えるかもしれないからだ。
結界を張りつつ探索の魔法を使い、とにかく先手を取れるよう動く。
遭遇場所に着くと、周囲は相当荒れている。魔狼の痕跡を探してはみるが、既に1日経っているから、追えるような手掛かりはなかった。
手負いだってんなら、血の跡くらいありそうなもんだが…。大した傷じゃないのか、血が地面に吸われてわからなくなってるのか、それとも…考えたくはないが、魔狼が治癒魔法を使えるのか。
いずれにしても、敵さんの脅威度は高そうだ。
慎重に周囲を伺うと、地面に重いものを引きずったと思しき跡が2つあった。
1つは街の方へ、1つは反対側へと向かっている。
街に向かった方はイアン達が怪我人を運んだ跡だろうから、反対に向かった方が当たりってわけだ。
レイルに周囲を警戒してもらいながら、跡を辿る。
いた。
2頭いる。
片方は右の後足を怪我してるようだ。こいつが手負いか。
もう1頭は、怪我した奴の傍にいる。番か?とすると、この前倒した奴にも番がいる可能性がある。
サイズは、この前の奴とあまり変わらないようだから、親子ってことはないだろう。
2頭、同時に相手するのは無理だな。
手負いと言っても、走るのが多少遅い程度だろうし、いざ戦うとなれば、さほどの影響もなく動くだろう。ギリギリの戦いでは障害になるって程度だ。
「とりあえず、他にいないか確認しよう」
小声でレイルに言って、2人でまた移動する。
森の中を色々見て回ったが見付けられず、今日は一旦森の外に出て野営することにした。
魔狼の脅威を考えて、予定より少し森から離れてから野営する。
それでも多少不安は残るが、それを言い出すとキリがないからな。
ともかく、いつもどおり結界を張って休む。体力の回復が最重要だ。
そして朝。
念のため昨日の場所に魔狼がいるかを確認した後、2日にわたって森の探索を続けた。
所要時間短縮のため、探索魔法の範囲を最大限に広げ、ほぼ万遍なく当たってみたが、どうやらあの2頭だけらしい。
今回の俺達の仕事はここまでだ。
さて。
一応依頼された仕事は終わったわけだから、ちょっとした事故で戦闘になって逃げ帰ったとしても、依頼は失敗扱いにはならないわけだ。
「さてと、レイル。どうする? 事故が起きると思うか?」
「この前の感触からすると、魔狼、魔力の流れは感じるけど、目や鼻はあんまり良くないみたいだね。
でかいので先制して、手負いの奴が動けないくらいにできるなら、相手を1頭に絞れそうだけど」
「この前は、こっちが撃ち出す前に氷の矢を出してたよな。
気付かれちまうと、手負いはともかく、元気な方から先制もらいかねないぞ」
「どこまで発動を誤魔化せるかが勝負だね。
風上から、身を隠して、結界の中から撃って試そうか。ダメそうなら、さっさと逃げよう」
「それしかないか」
ここまでに2人で話し合い、どうせ結局は俺達が引っ張り出されるだろうという前提で、勝手に動けるうちに数を減らしておこうということになっている。
セシリアのあの様子では、どのみち戦闘実績のある俺達に依頼してくるだろう。
俺達だけでは戦力的に心許ないのははっきりしているし、よそのパーティーとの合同にされるのも目に見えている。そうなれば、格上のパーティーと組まされて効率の悪い作戦に付き合わされることになる。
だったら、俺達としては、そうなる前に動くしかない。
1対2に持ち込めれば勝てる。だったら、考えるべきことは、いかに消耗を抑えつつ分断するかだ。
手負いの足を潰して元気な方に追ってこさせて俺達の有利な場所に誘き出すか、一撃で手負いに深手を負わせつつ隠れる、を繰り返すか。
俺達は、間を取ることにした。
2頭を分断するに当たり、なるべくダメージを与えられるよう攻撃し、もう1頭を誘き出す。
手負いは、傷めた右後足を庇うようにうずくまっている。
距離があるから、土の槍は使えない。
木の陰に隠れ、奴らとの中間くらいまでの結界を張って、結界内の魔素の動きを気取られないよう気をつけながら、命中後に爆裂する炎の槍をなるべく太めに作る。
「大丈夫、やっぱりあいつら、感覚は鈍いね」
生成した炎の槍を、手負いの左後足の付け根目掛けて飛ばすと、槍は、突然のことに碌な反応もできなかった手負いに突き刺さり、爆裂した。
手負いの悲鳴が上がる中、もう1頭が、槍の飛んできた方向、つまり俺達の方に向かって走り出す。
すかさず、小さな火球を目の前に飛ばし、避ける前に爆裂させて目隠しにした。
その隙に、幻術を発動して、俺達から少しずらした位置に逃げていく男──この前支部長室にいたイアンって奴──の幻影を見せて元気な方の注意を引きつけた。
そのまま幻影を走らせつつ、最小限の大きさの結界の中から、手負いがどうなったか確認する。左後足が千切れ掛かっている。
「レイル、ここから行って、一撃であいつの首を落としてこれるか?」
「今のあいつなら、背後から駆け寄ればなんとか」
「落とした首を持ってくるのは?」
「後で服、買ってくれるなら」
「経費で買う。頼めるか」
「じゃ、さっさと後ろに回ろう。
元気なのが帰ってくる前に逃げないと」
作戦を変更した俺達は、できるだけ静かに速く手負いの背後に移動した。その間にレイルは着替えの服を羽織る。
手早く探索を使っても、もう1頭は範囲内にはいない。
非常識に素早い幻に疑問を持たずに追い掛けてくれているらしい。
「いけるぞ、レイル!」
小声で出した俺の合図に応え、レイルは滑るように駆け出し、あっさり一撃で手負いの首を落とした。
そして首を引っ掴むと、脱いだ服に包み、また滑るように俺のところに戻ってくる。
首から流れた血で、首を包んだレイルの服は真っ赤だ。
「ほい、血ぃ止めて」
「おう」
血の匂いや跡を辿られないよう、レイルは服を捨て、首には状態保存の魔法を掛け、結界を少し広めにしてできるだけ早くその場を離れる。
魔石は惜しいが、バラしてる余裕はとてもない。諦めるしかなかった。
息を潜め、森の反対側の外縁まで来て、ようやく俺達は息を吐いた。
「さて、もう1頭はどうするかな」
「僕はまだいけるけど。今回は早く勝負付いたし」
「俺も、しばらく休めばいけるんだが…。
やっぱ、一旦街に帰ろう。
んで、調査依頼を終わらせて、討伐依頼を貰い直す。調査で2頭とも仕留めたなんて実績作っちまうと、次からどんな無茶な話持ってこられるかわかったもんじゃないからな」
そして、俺達は途中で一晩野営して、翌日街に戻った。




