王国の危機 2
「兄上、アルフェ兄様は何と伝えたいのですか?」
サダークの部屋に入り、周囲の目を気にする必要がなくなると開口一番メラクは話を切り出した。本来のメラクは優秀な人物である。10以上離れた兄、サダークが一番それを良く知っている。
だからこそ、ハイビィッシャー家との結婚が決まった時にもしやと恐れた。もし兄弟で相争うことになるならば、後の世にどう語られようとも、先んじて動く決意をしていたほどであった。
実の兄弟でありながら、ここまで、サダークが警戒をしていた理由は王国の抱える危うさがあった。
大陸中央に位置する王国は四方が潜在的な敵国になる。神子と呼ばれる存在の力でそれら等の国より一歩抜きんでて強国となったが、あくまでもそれは国どうしを比べた時に簡単に優劣をつけているに過ぎない。
王国の基本方針は敵を二つ以上抱えない、作らないことである。一国単位で比較して優位にあっても、それを例えば北と南で同時に戦うことになれば簡単にその優位は簡単に崩れる。だからこそ、他国との関係に常に神経を注ぎ、警戒を怠らないようにしていた。
だが、そこでもし、王位を狙い王家が分裂するような事になればどうなるだろうか?
確実な未来の予知、予測は神子の力を用いても難しいが、こういった状態に陥った国がたどり着く未来はほぼほぼ滅亡である。国を守るために、サダークはもしもメラクにその意図があるであれば、最悪の手段を講じることを考えていたのはこういう訳があった。
「アルフェが留学する理由は聞いているか?」
「…、友好国との交流の為であり、人質として向かわれたのではないのですか?」
「正解だ。しかし、もう一つ、託していることがある。」
「何ですか?」
「カナリア。意味は分かるか?」
「カナリア?鳥でしたか?よく、鳴き声がきれいで、ペットにされる。」
「ああ、それだ。カナリアと呼ばれる鳥は、本来は別の鳥らしい。」
「はぁ?」
「かつて神子の中に、鉱山についての知識が豊富な方がいてな、その方から、鉱山内ではよく人体に影響を及ぼす空気が生まれると教えられたことがあった。その方からは、その有毒な空気の有無を確認する方法も一緒に教えてもらえた。分かるか?」
「カナリアという鳥が使われるという事ですか?」
「そうだ。一晩、その鳥をかごに入れて放置し、生きていれば有毒な空気はない。死んでいれば、そこは有毒な空気でいっぱいな場所だと判断できるという訳だ。」
「カナリア、…、それでは、兄上は?」
「もし、あの国が何らかの敵対行動をすれば、たとえ何があろうともそれを我らに伝える事。これはアルフェも了承している。」
「しかし、この内容では…、」
「今からそれを調べる。アルフェが生んだ時間を無駄にしないようにな。」
メラクからの質問に対して、サダークも明確な答えを持っていなかった。
文面から読み取れる情報だけでは、何が起きているのか伝えたい真意をくみ取るのは難しい。しかし、アルフェが何らかのことを伝えるためにこのような手段を使ているという事は理解できる。
王族に生まれたものが持つ宿命、王国の為にどのような形であれ命を捧げる覚悟が、この文章に含まれているはずなのだから、決してそれを無駄しないようにサダークは手を打つ。
「サダーク様、リョーダン様より一報が、」
サダーク、メラクの兄弟が頭を突き合わせて兄弟からの情報を考察していると、近習がまた一報を携えて、返事を聞かずにサダークの部屋に入る。
「リョーダン?北で何かあったのか?」
「騎士団長殿か」
「いえ、まだ、不明な点が多いですが、恐ろしいことが、」
「何だと!いったい何事か!」
「兄上、落ち着いて、話してください。」
「教会から我が国に対して檄文が走っているとのことです。それを受け北方で大規模な出兵の兆候があります。また南でも、何らかの動きが確認されたそうです。」
「な、」
「…、それは、誠なのか?」
「はい、リョーダン様からは間違いないとのことで」
「教会からの檄文…、これは、」
「兄上、これは、兄様からの、」
「そうだな、いや、そういう事か、」
近習の持ち込んだ情報が一気に手紙の答えになった。教会からの檄文が各国を走り、今まさに動き出そうとしているという事を伝えているのだ。
しかし、それだけでは分からない部分もある。美女とは何だ?
「リョーダンから他には何と?」
「いえ、今檄文の写しを手に入れんとしているらしいですが、」
「兄上、これは、騎士団との衝突だけが原因でしょうか?」
「分からん。それだけといえば、それまでだが、国の威信を誇る騎士団が一敗地にまみえれば、抗議するぐらいはあるだろうが、これだけで檄文を走らせるなど、」
「そうですね、」
そこまでつぶやき、サダークとメラクの兄弟はお互いに目をつぶり、腕を組み考える。近習はその姿を見て、音もなく部屋を出る。
今、2人が必要としていることを長年の付き合いで知るからこそできる配慮であった。2人の声がかかれば聞こえるところで、近習は控える。
ここまでの事態に発展した以上、必要なのは折り合いをつける事だ。サダークは考える。
しかし、どうする?
簡単に謝罪をすれば、王国の威信を傷つける事になる。それは、周辺の国々にこちらの影響力が薄まることを意味するし、教会権力を大きく認めることになる。だが、かといってこのままなし崩し的に、開戦するなど愚の骨頂だ。
いっそ、責任者の首を、だめだ。ドラムは先ほどの様子から喜んで首を差し出すだろうが、今度は騎士団から不満が生まれる。
あちらを立てれば、こちらが立たず。サダークはいくつか思案するが、よい着地点を見つけられずにいた。
一方で、メラクはしばらく目をつぶった後、カッと目を開き、その後しばらく、サダークが悩む姿を見ながら、切り出す機会をうかがう。
長く政務を取り仕切り、なまじ利害調整ばかりしてきたサダークには思いつかない、一つ妙案とも思える手がメラクにはあった。
そこにある真意を悟られぬように、慎重に、しかし、それしかないと思わせるように、大胆な交渉を兄に持ちかける。
「兄上、この問題、私に任せていただけませんか?」
「なんだと?」
「この件は、どうしても落としどころが必要になるでしょう?」
「そうだな、振り上げた拳をただで下げるわけにはいくまい。」
「私が人質として大聖堂府に向かいましょう。」
「…、結婚はどうする?」
「兄上、私は、アルフェ兄様の覚悟に感服し、」
「なぁ?なぜ、ハイビィッシャーの娘との結婚を嫌がるのだ?」
差し迫る危機の中で、二人の兄弟はかつての時のような話し方をする。
弟は兄の興味を引くために嘘を織り交ぜて、兄は弟の話をよく聞き、その中の嘘を除いていく。
それはある意味、現実からの逃避、直面した問題から目を背ける事であるが、迫る現実に押しつぶされるよりはそうやって立ち回ったほうが心持ち楽になる。




