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教会編 2

修正しました。

 ヒノク・ホーリーの視点


「大変なんだよ!ノイエが白目を剥いているんだ!」


 教会の扉ごしに悪魔は話を続ける。


「お願いだ!ヒノ!お前なら治せるだろ!」


 兄の声を真似る悪魔が私をヒノと呼び、その度に心がざわつく。

 ヒノは兄が私を呼ぶときの言葉だ。


 悪魔は人の心がわかる。教会では、その悪魔の付けこむ心を悪心といいそれを抑えることを教育していた。


 執着、怠惰、激情、猜疑、憂鬱、愉悦、恐怖


 悪魔はこの人の心にある7つの悪心に囁き、悪心を育てる。そして、悪心に染まった魂を地底の宮殿に運ぶのだ。誘いに乗らず、心を強く、ただ神の教えを心の中で唱える。


「頼む!ヒノ!ノイエが、ノイエが死んでしまう!助けてくれ、」


 兄の悲痛に聞こえる叫びは、一旦、そこで止まる。

 すぅーっと、大きく息を吸い込んで、次の瞬間、怒鳴り声が飛び込んでくる。


「ちくしょー、聞こえねぇのか!こら!耄碌ババア!」


―あんだと、こらぁ!

―ごちゃごちゃ言いやがって!てめぇこそ!くたばりぞこないが!


 悪魔との取引は無視するか、より強い意志の力で押し返せばいい。私は、かけられた言葉の矛盾をついて力を削いでいくという、かつての聖人が試した手法を使う気でいたが、方針変更だ。品のない言葉を聞いていたら、悪心を育てることになる。


 ささっと潰そう。


 方針を切り替えればすぐさま、扉ごしに悪魔払いの聖詞を唱え始めた。


 「ヒィィギャァァアアアア!」


 この世のものとは思えない叫びが上がる。


―ふん、たあいもない。


 衰えたとはいえ、かつては世界中を回り救った英雄、聖女である。ヒノクは20年ぶりに使うその聖詞の威力に感謝した。


「おい、悪魔、おい、大丈夫か?」


 ニックの声がなんともない体を装い、言葉を返す。どうやら、完全に消し去るまでには足りなかったようだ。先程の、聖詞よりも力を注ぎ込み、悪滅の聖詞を唱える。


 「あああぁぁぁあああ!やあぁめぇえてぇぁええ!」

 「イイィィィヤァァァ!ギャアアァァァァ!」


「おい!悪魔!おい、おい!」


 「ヒィィギャァァアアアイイィィィヤァァァ!」


「すまん。なんか、すまん。」

「ヒノ!やめろ!まずい!悪魔が、悪魔が死ぬ!」


 ニックの声にはかなりの焦りがある。

 ここで気がついた。悲鳴をあげる声と別に兄の声がする。

 先程、悪魔と死人の気配を感じたが、まさか?

 兄の遺体を連れて来たのか?

 兄の、あの聖装と共に埋葬した兄の遺体を操るような大悪魔がいるのか?


 ヒノクは聖詞を唱えるのを止めた。

 仮に、兄が動く死体となっているとすれば、操る悪魔を先に仕止めると、その支配から逃げた動く死体がどう行動するか予測できない。


 あくまで、ヒノクは回復と対悪魔への聖詞を得意にしているにすぎない。

 肉体の限界を越えて力を発揮する動く死体を相手にするには心許ない。しかし、今こちらに向かっているリョーエンさえ来れば、状況は変わる。


 彼を待たなくては、動けない。


 ニック・ノーキンの視点


 健気にノイエの介抱をする悪魔が物凄い悲鳴をあげる。

 さすがに、心配して声をかけたが返事がない。


 おい、おーい、死んでたら返事せい。


 扉の向こうから、聖詞の言葉が止まる。

 悲鳴をあげ続けていた悪魔がピクリともしない。


 まぁ、えぇか。


 なぁ、おーい!いい加減開けてくれ!悪魔なら悪さ出来んから、安心しろ!こいつ、ピクリとも動かん。

 ノイエが白目を剥いておるんじゃ!頼む!診てくれ!ヒノ!


 少し、時を戻す。


 ノイエを担いだ動く鎧は、貧民街にある教会の扉の前で止まった。

 ニックが頼りしたのは妹のヒノが作った教会である。貧民街にあるが治療の設備は王都でも一番優れている。とにかく、ニックはノイエが心配であった。ゆっくりと体を休められる場所を、受けた傷を癒せる場所をと考えるとここしかなかった。


 敷地に入ってから無言の悪魔を無視して、あまり汚れていない場所に背負っていたノイエをゆっくり降ろす。ノイエが穏やかな寝息をたてて、安らかな寝顔をしていればよかった。本当に、そうであればよかった。


 彼女は、何があったのか白目を剥いて泡を吹いていた。


 悪魔は、ぶんぶんとその浮かぶ火の玉の体を左右に動かす。そして何度も、何度も「違う、自分ではない」としか言わない。自分は無罪だと、懸命にニックに訴え、泡を吹くノイエに声をかけ続け、献身的に介抱をする。


「起きて!本気で起きて!」

「マジでお願いします!」

「いぃやぁぁだー!死にたくない!」

「ヤバイ、ヤバイ!絶対、ヤバイ!」


 悪魔の癖にノイエを救わんと必死の様子は、かつての敵味方を越える真の平和が実現する可能性の示唆だろうか、さすがのニックも、その様子に犯人が他にいると判断する。


 一体何者が?

 ずっと、ノイエを運んできたのはニックである。運んできている間、誰かがなにかをノイエにすることはできないはずだ。

 

そこで、ニックに英雄的な直観が冴える。

 

 自分が運ぶ前であれば、それができるではないか!

 恐らく、これはノイエを亡きものにせんとする何者かの毒か呪いだ。とにかくヒノに診てもらわんといかん。頼む!開けてくれ!


時間を進める。


 懸命な呼び掛けが行われた。だが、一向にヒノクは教会の扉を開けようとしない。一応、妹がいる教会であるから、あくまで、紳士に交渉を続けていたニックの我慢は限界を越えた。


 今なお、凶悪な毒と邪悪な呪いに抗い、懸命に命を繋げているノイエを背にして、なにもしないという選択はない。

 純真無垢で可憐な天使を助けようとしない教会などいらない。


 ノイエを苦しみ続ける世界などいらない。


 今、貧民街の教会で世界を変えんとする英雄の亡霊が生まれんとしていた。その時!


「立ち去れ!悪魔!」


 塊がニックに向かって突進してきた。



 魂を誘う鬼火の視点


 いぃやぁぁ!だぁぁめぇぇええ!

 お願いします!

 目を覚ましてください、お願いします!

 ぼく、死んじゃいます。

 マジで、殺されます。

 目を覚ましてください。

 だれかぁ、たすけてぇ、起きて、起きて、起きて!


 声がけを続けなくてはいけない。

 白目を剥いて泡を吹いていた孫娘ノイエを見て、ニックがこちらを見たときに、底の知れない恐怖を知った。


 駄目だ。絶対に駄目だ。

 こいつは、化け物は、世界なんかどうでもいいんだと確信した。 

 この娘しかいない。

 この娘に目を覚ましてもらわないと、世界がまずい。


 悪魔は悪滅の聖詞を浴びせられても、世界を、世界中を悪心に染め上げる大頭目の願いの為に頑張って生き残った。


 しかし、賞味期限間近と言えど、聖女ヒノクの唱える聖詞は強力であった。既に、事切れる寸前。

 動くことはおろか、一言も言葉を出すことは叶わない。


 悪魔は祈った。

 悪魔は願った。

 悪魔は奇跡をすがった。


 そして、世界は答えてくれた。


 異端審議官 殲滅のリョーエンがニックに突進をして吹っ飛ばしてくれた。


 あぁ、世界なんてろくでもない!

 神のクソヤロウ!


 魂を誘う鬼火は感謝の祈りを捧げて気絶した。


 リョーエンの視点


 教会の前に騎士が一人で立っている。その出で立ちに、かなりの違和感を覚える。


 ここは、貧民の為にヒノク司教が私財を使い作った場所だ。騎士が、それもニックの愛用した装いを真似ることが出来る身分の騎士が、従者を従えずに一人で扉の前に立っている。 

 何より、こんな夜分に灯り持たずにいるなど、あまりにもおかしい。


 不審な騎士を警戒して、気配を消して近づくと紛れもない亡き友の鎧が濃密な悪魔の気配をまとっていた。


 なにも考えられなかった。

 勝手に体は動き出し、口は肉体強化の聖詞を唱える。

 ただ、神の意志を示す。いつもの事を為す。


「立ち去れ!悪魔!」

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