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007 第七話

 さくりと軽い音を立てながら、バニラ味がする青みがかった白色の卵の欠片を噛み砕く。

 甘いものばかりだとしょっぱいものが欲しくなるが、片割れは口元に笑みを浮かべて嬉しそうにチョコ味がする黒みがかった灰色の欠片とバニラ味がする卵の欠片を口に運んでいる様子からして相当に甘いものが好きなのだろうなんて考える。

 ユーナレアも甘いものは好きだったが、片割れに比べれば一般的な範疇に納まっていると言わざるを得ない。


 確かに、合間に別の味を挟めば飽きずに食べ続けられるくらいにはおいしいのだけれど。


 不思議な光を放つ樹の傍に座り、手のひらに収まるくらいの大きさに砕いた卵の殻を口に運びながらユーナレアは天井部に開いた穴を見上げる。

 青く澄み切った空には雲一つ見えず、心地よい日差しが小島に降り注ぐ。

 目を伏せて日差しを満喫するように身体を伸ばせば、ぽかぽかとした陽気が鱗に覆われた身体を温める心地よい感触に思わずあくびが零れる。


 ふと、一瞬だけ天井部に開いた穴から見える空に何かの影が横切ったのが見えたような気がした。

 鳥だろうかと目を凝らしたユーナレアは、それが鳥の影にしてはおかしな形をしていたなとふと思う。

 知識の中にある鳥の形は胴体がすらりとした形のものがほとんどだったように思うのだが、先ほど見えた影は胴体がずんぐりとしていたように見えた。


(あれはいったい何の影だろう?)

【何か飛んでるな……】


 鳥にしてはおかしな形をしていたと小首を傾げるユーナレアの横で、それまで絶え間なく響いていた咀嚼音が止まった。

 隣に視線を向ければ、それまで一心不乱に甘い味のする卵の殻を咀嚼していたリヒャルトが静かに天井部に開いた穴を見上げていた。

 その真剣みを帯びた表情に声をかけることもできずにいると、布が風を打つような音が周囲を揺らした。

 ユーナレアはリヒャルトに向けていた視線を外し、音の発生源を探るように天井部に開いた穴を再度見上げた。

 ふたりが見上げる先で、鳥に似た形をした影が穴の淵からその姿を見せた。


 それは、かつて暮らしていた世界では空想の存在であるといわれていた生物に酷似していた。

 白い鱗に覆われた爬虫類を思わせる身体は日の光を受けて荘厳に輝き、七色の輝きを放つコウモリのような皮膜の翼を広げた姿は恐ろしさよりも神々しさを感じさせた。


 ―――<古代竜エンシェントドラゴン

    歳を経た竜族が進化の末に至った姿。永遠にも等しい命と強大な力を持つ。ドラゴニクス族の守護者。

    現在世界でその域まで到達しているのは唯ひとりのみ。


 ユーナレアが疑問を抱くよりも先に、『鑑定』がその存在が何者であるかの回答を提示する。

 口を開けたまま呆けたように見上げるユーナレアとは違って、闖入者を静かに見上げていたリヒャルトは傍らのユーナレアの腕を掴んだ。


【ユーナ、下がれ】

「ひょぉう!?」


 突然腕を掴まれたユーナレアは肩を跳ね上げながら、情けない悲鳴を上げる。

 慌てて掴まれた腕の先を見れば、呆れたような表情を浮かべるリヒャルトがユーナレアを一瞥してゆったりと翼を動かす闖入者に視線を戻した。

 そんなふたりを横目に、白い鱗を輝かせる古代竜と示された生物は空中で静止したかと思うと洞窟の中に視線を巡らせる。


『精霊たちがやけに騒がしいから見に来てみれば。いとけなき子らよ、そなたらの親はどこにいる?』


 それが、空気を震わせて発せられた『音』だとすぎには気が付かなかった。

 美しい響きをはらむその声は歌うようにその場の空気を揺らし、不思議な響きをもってユーナレアも理解できる言語で話しかけてくる。

 ユーナレアはまず言葉が通じるらしいということに安堵し、次いで自分が日本語ではない言語を理解できている状況に首を傾げた。

 翼をゆったりと羽ばたかせながら空中に留まる古代竜が使ったのは、ユーナレアに理解できる言語ではあったが日本語ではなかった。それなのにどうして理解できるのだろうと考えている横で、ユーナレアの手を握るリヒャルトは上空の存在に返事を返すでもなく静かに見据えていた。


『いや、我がここまで近づいても気配すらないということは……。あまり考えたくはないが、そういう事なのであろうな』


 自分をじっと見上げるだけのリヒャルトのことを気にした様子もなく、洞窟の中を見回していた白い鱗の古代竜はため息交じりに独り言のように呟いた。

 白い鱗の古代竜は周囲を伺っていた視線を小島の上に座る二人に向けると、ひとつ大きく翼を動かして口を開く。


『そう警戒せずとも、我はそなたらに危害を加える気はない。まあ、そちらの片割れのように全く警戒した様子がないというのも問題ではあろうがなぁ』


 穏やかな口調で話しかけてくる相手を静かに見上げていたリヒャルトは、白い鱗の古代竜の指摘に視線だけでユーナレアの様子を伺う。

 ぽかんと呆けたままの表情で警戒心の欠片も感じさせないで空中に浮かぶ古代竜を見上げる片割れの姿に、むっと眉を寄せたリヒャルトは握っていたユーナレアの手を離して、手のひらを広げたまま振り上げてぱしりと軽く肩を叩いた。


「うぇ!?」(な、何で叩かれたのぉ!?)

【少しは警戒くらいしろ。まったく……】


 痛みよりも突然叩かれたことへの驚きに抗議の声を上げたユーナレアに、少し怒った表情を見せるリヒャルトはもう一度軽く叩くと今度は腕を掴んでグイっと自分の後ろに隠すように掴んだ腕を引っ張った。

 突然引っ張られたことに驚きながら、頭に響く片割れの声に大人しく従うことにしたユーナレアは、膝で立ち上がると腕の力を使ってゆっくりとリヒャルトの後ろに身を隠すように移動した。


「(後ろに隠れてろって、危ないの?)」

【さあな。あれが何なのかはわからんが……僅かだが、神の力を感じる。こちらを害するものではないと思うが……】


 声に出さずに心の中で問いかければ、考え込んでいるような声が返ってくる。

 ちらりとすぐ近くにある端正な顔を伺い見れば、リヒャルトの強い意志を宿した赤紫色の瞳は空に向けられたままユーナレアを振り返ることはなかった。


『やれやれ、ずいぶんと成熟した子供たちだな』


 苦く笑ったような声が響いたのと同時に、白い鱗を輝かせる古代竜の身体が淡い光を放つ。

 ふわりふわりと古代竜の身体から放たれた光が珠の形になって空中に舞い上がったかと思うと、段々と放たれる光が強さを増していく。

 目も開けていられないほど強い光ではないが、古代竜の身体はすっかり光の中に覆い隠されてしまってどうなっているのか窺い知ることすらできない。

 リヒャルトは目を光から守るように前にかざしながら、古代竜の動向を伺い見るようにじっと光の発生点を見据えている。ユーナレアも額に手を付けて光から目を守りながら、変化をしっかり見ようとリヒャルトの後ろに隠れながら視線をそらさないまま見上げる。

 浮かび上がった光の珠が空中に円を描くように回っていたかと思うと、大元の光ごと小島の樹を挟んで反対側に移動していく。

 空中から移動する光は移動している間に小さくなっていき、地面に降り立った時には成人男性ほどの背丈くらいまでに縮んでいった。


 弧を描くように飛んでいた光の珠は、形を変えた光の塊に吸い込まれるように一つ一つ消えていく。

 すべての光の珠が吸い込まれると光の塊はひときわ強く輝き、光が晴れるとそこには一人の男が立っていた。

 地球にいた頃の知識ではアオザイと呼ばれていた服装に近い、それよりもゆったりとしたシルエットの服を纏った男性は長めの白銀に輝く髪を片側だけ結い上げている。

 柔らかに垂れ下がった目尻が優し気に見せる瞳は、古代竜と同じように叡智を感じさせる深い青色をしていた。


『この姿なら少しは威圧感とかも減るだろう?』


 口元に苦笑を浮かべながら話しかけてきた男性は、先ほどまでの厳格さを漂わせる口調から一変して気安い雰囲気を漂わせていた。

 威厳を感じさせる佇まいから一転して親しみやすさを漂わせる男性に、ふたりの反応は分かりやすく正反対に分かれた。

 わかりやすく興味を示したのは、リヒャルトの後ろに隠れていたユーナレアだった。しっかりと手を掴まれていることでリヒャルトの後ろから出ていく様子はなかったが、興味津々と言わんばかりの視線を男性にまっすぐ向けていた。

 反対に、リヒャルトは姿どころか雰囲気までも変わった男性にほとんど興味を示した様子はなかった。毛を逆立てた猫のように威嚇する様子は見せず、ユーナレアの手を握って制止しながら静かに観察していた。


【いきなり現れた怪しい奴であることに変わりはないと思うがな】

「(古代竜って種族らしいよ)」

【……なんで、そんなことを知ってる?】

「(え? だって『鑑定』したら出てきたし……)」

【……『鑑定』?】


 淡々と呟くリヒャルトに『鑑定』で覗き見た相手の情報を教えれば、不思議そうな声とともにリヒャルトは視線だけでユーナレアを振り返る。


(あれ? リヒトは『鑑定』使えないの?)

【……そうみたいだな。ユーナの固有能力じゃないか?】


 記憶にあるゲームではお馴染みの能力だったのにと首を傾げれば、リヒャルトは一度視界を凝らして変わらぬ世界にユーナレアに与えられた固有の力であると結論付けた。

 声を出さずに会話するふたりの前で、困った様子で頬を掻いた男性は離れた場所に立ったまま胸元に手を添える。


『私の名前はクラルス。永い時を生きた竜族の年寄りで、同胞たちのご意見番のような役割を務めている。不審な者でも、子供に手を出すような無頼者でもないつもりだよ』


 胸元にあてたのとは逆の手には何も持っていないと示すようにふたりに向けて開いて見せながら自己紹介を口にした男性……クラルスに、ユーナレアはそっと掴まれていない方の手でリヒャルトの腕をつついた。

 つつかれたことに気付いたリヒャルトが意識をクラルスから逸らさないまま、ユーナレアの方に顔を傾けて耳を近づける素振りを見せる。


(さすがに、相手が名乗ったのにこっちは名乗らないって言うのは失礼なことじゃないかな? 悪い人じゃなさそうだよ?)

【悪人が悪人ですって顔で近づいてくるわけがないだろうが。まあ、名乗り返さないのが失礼に当たるという意見には賛成するが】


 目線を合わせて提案してみれば、リヒャルトが苦言を告げて口元に指を添えて考える仕草をする。

 僅かの間に思考を巡らせたらしいリヒャルトは、ユーナレアの提案にも一理あると思ったのか一つ頷いた。


【相手の動きを伺うのも一つの手だ。名乗ってみるか。ユーナ、任せたぞ】

「(おっけー……って、リヒトは名乗らないの?)」

【あちらにはどうも俺の言葉が届いていないようだからな。おそらく、思念を伝えられていないのだろう】

「(……声出せばいいだけじゃん)」


 リヒャルトに丸投げされたことに釈然としないまま、ユーナレアは一つ息を吐き出した。

 クラルスに向けた視線を外さないまま、リヒャルトがユーナレアを押しとどめるために掴んでいた腕の力が弱くなる。

 ユーナレアはそれでもリヒャルトの後ろから出ることはせず、そっとリヒャルトの肩に手を添えて肩口から顔を出す。

 リヒャルトを盾にするような形だが、直接対峙するほどの勇気はユーナレアにはなかった。


「えっと……こんにちは。私はユーナレア、です。こっちはリヒャルトって言います」


 ほんの少しだけ躊躇しながら、ユーナレアは真正面に立つクラルスの目元を見つめて名乗りを上げる。

 何故か声を出そうとしないリヒャルトの名乗りも一緒に口にすれば、クラルスに視線を固定していたリヒャルトが軽く頭を下げたのが手に伝わる動きでわかった。


『名前はあるんだね。と言うことは、親はちゃんと名前を付けていたってことかぁ。……捨てるつもりなら名前は付けないだろうし、やっぱり親の身に何かがあったと考えるのが妥当かな? それにしたって、このところ子供を身籠った子たちなんていたかな?』


 軽く握った拳を頬にあて、胸の前で腕を組みながらクラルスが呟くように思考を巡らせているのが見てわかった。

 呟いている内容の半分ほどは聞き取れなかったが、どうやらリヒャルトとユーナレアを親に捨てられた、あるいは何らかの事情で親が養育を放棄した子供であると認識しているらしかった。


「(そう言えば、私たちに親っているのかな?)」

【いや……この身体を作ったのは、天空に座すすべてを統括する神と呼ばれる存在だぞ。厳密に言ってしまえば、我らは神造物。生物としての親は存在しないぞ】

「(そうなの?)」

【まあ、馬鹿正直に話しても説明が面倒だ。あちらが勝手に推測して誤解しているのなら、それを利用させてもらえばいいと思うぞ】


 ふと疑問に思ったことを聞いてみれば、リヒャルトは軽く首を横に振ってからユーナレアの疑問にしっかりと答えてくれる。

 どうやら、自分たちについてはユーナレアよりもリヒャルトの方が詳しく知っているらしい。


【それに、ユーナの前世のことを聞かれたら説明に困るだろう。触れ回るような内容でもないしな】

「(……そっか、リヒトは知ってるんだっけ)」

【まあ、当事者でもあるからな】


 この世界で『前世』というのがどのような扱われ方をしているのかは分からないが、説明するとなればリヒャルトの言う通りうまくごまかしながら説明するなんて器用なことができる気はしなかった。

 説明するならばユーナレアのわかる範囲で話すしかないのだし、うまく説明することができる気は微塵もしなかった。

 文明が一度消え去ってからどのくらいの時間が過ぎたのかはわからないが、どんな形であれ同郷の人間が齎した出来事を知られれば無用の迫害を受ける可能性だってあった。


(よし、黙っていよう!)


 決意を込めて一つ頷き、いまだに思案しているクラルスに視線を戻す。

 そこから更に考え込んでいたクラルスは、しばらくしてからようやく結論を出したのか深く息を吐き出して本人も意識していない状態で強張っていた肩から力を抜いていく。

 結論を出したというよりも『観念した』に近い表情を浮かべるクラルスに、リヒャルトの肩口から顔をのぞかせていたユーナレアは首を傾げる。

 ずっとユーナレアを後ろに庇う形になっているリヒャルトは、無関心を宿した瞳でじっとクラルスを観察しているままだった。


『まあ、見つけてしまったからには放っても置けないしなぁ』


 溜息交じりに呟きを零したクラルスは、ふたりに向けた目線をそらさないままゆったりとした足取りで一歩を踏み出した。

 敵意がないことを示しているようにゆっくりとした動きで二人に近づいたクラルスは数歩離れた位置で止まると、ふたりと目線を合わせるように片膝をついて腰を落とした。

 そっとクラルスの右手が二人に向かって差し伸べられる。


『君たちの親の代わりに、私が用意できるだけの最高の環境を用意してあげよう。君たちが独り立ちできるようになるまで、しっかりと面倒を見てあげる。だから、私と一緒にこないかい?』


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