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006 第六話

 ガツンと強く叩かれた衝撃に、後頭部を強かに打ち付けたユーナレアは驚きに息をのむ。

 次いで、痛みを訴え始める後頭部を押さえながら目を白黒させる。


(えぇえ? なにごと? なにごと??)


 何に叩かれたのかとユーナレアが動揺している間に、もう一度衝撃が壁を揺らした。

 衝撃の発生源はさほど大きなものではない。

 ユーナレアが頭をつけていた壁の右側から、一点に加えられた打撃が壁全体を揺らしているらしかった。


(ひぇぇ……)


 二度、壁を揺らした衝撃は襲ってきた時同様に唐突に収まり、静かになった殻の中でほんのり痛む後頭部を撫でながらユーナレアはいったい何が叩いてきたのだろうと思案する。


 卵を捕食するような生物でも襲ってきたのだろうか。

 殻の説明を見る限り、外からの攻撃で壊れるようなことはないだろうから、この中にいる限りは安全だろう。


(魔物もいるって言ってたし、外は結構危険なのかなぁ……)


 怖いなぁとどこか他人事のように考えていると、再び外からの衝撃が壁を揺らした。

 先ほどと同じように二回続けて伝わった衝撃に、ふとある可能性が頭をよぎる。


(これ、外から叩いてるのってもしかして……)


 そっとこぶしを握ったユーナレアは、意を決して壁を軽く三度叩く。

 すると、まるでそれに応えるように外からの衝撃が三度伝わってくる。

 卵を割るつもりならば、こんな規則的に鳴らさずに力の限り打ち鳴らし続けるはずだ。

 揺れる卵の中で、同じように小さく揺れながらユーナレアは溜息を一つ零した。


(び、びっくりして損した。“無事に外に出れた”んだ)


 外から殻を打ち据えているのは、先程まで外に出ようと奮闘していた『彼』であったらしい。

 それが誰なのか、ユーナレアにとってどういう存在なのか、確認したわけでもないのに相手が自分を傷つけるような存在ではないと確信していた。


 『彼』は先ほど自分の殻を打ち破った時のように、休憩を挟みながらユーナレアの卵を叩いているらしかった。

 二度打ち据えられて空間が揺れると、内側の反応を伺うような間があいて、ユーナレアが反応しなければ強めに叩かれる。

 恐る恐る返事をするように壁を打ち鳴らせば、叩いたところの近くを三度叩かれる。

 しきりに揺れる卵の中で、外に出てこいと催促されているような気がしてユーナレアは眉尻を下げる。


(硬すぎて無理……)


 返事をするタイミングで、内心の呟きを伝えるイメージで壁を叩くと不服そうに一度空間が大きく揺れる。

 声も言葉もないのに叱責されているような気がして、ユーナレアは薄暗い闇の中で感覚を頼りに自分の腕らしき場所に目を向ける。

 全くと言っていいほど見えないが、そこには弱々しい子供の手があるはずだ。


(壁叩くと、手が痛いんだよなぁ)


 どうにかならないかなぁと心の中で呟いた瞬間、ユーナレアの身体から何かが抜けるような感覚に襲われる。

 ぼんやりと青く光る光が生まれ、光が線となって肌の上を一瞬駆け巡る。

 そうかと思えば、皮膚の上でざわりと何かが触れたような感触があった。


(今の感じ……何だろ?)


 そっと腕を撫でれば、その触感が変わっていることに気が付く。

 先ほどまでは柔らかな肌の感触が手のひらに伝わってきたはずだが、今は硬質な何かが皮膚を覆っていた。

 魚の鱗にも似た形状をしているらしいその硬質な何かは肌の上を覆っているようで、爪で引っ掻いてみれば腕にも硬質な感触がわずかに揺れるのが伝わってきた。

 直接何かが生えているような感じではないが、肌の表面を硬質な何かが覆っているらしい。


(うえぇ……。私、いったいどうなっちゃったの?)


 ぞわりと鳥肌を立てたユーナレアだったが、外から再び催促するような強い衝撃が空間を揺らしたことで思考が断たれる。

 壁を『鑑定』した時に出てきた文言が正確なのであれば、卵の殻は外からの衝撃ではそう簡単に割れないのだろう。

 だからこそ、外にいる『彼』は内側から壁を壊すように催促することしかできないでいるのだ。


 腕を覆う硬質な鱗を指先でつついたユーナレアは、意を決してこぶしを握る。

 すると、手の甲を硬いモノが覆う感触がして、そのまま軽めに壁に打ち付ける。


(……痛くない)


 先ほどまで、全力で叩くと手がつぶれてしまうのではないかと心配になるくらいの硬度を感じていた壁を打ち鳴らしても、ほんの少しの衝撃があるだけで痛みはなかった。

 これなら、多少強く壁を叩いたところで怪我をすることはないだろうと心の中で算段を立てて、ぐっと拳を握って深く息を吸い込む。


(よし!)


 心の中で気合を入れて、ユーナレアは拳を振り上げた。



*  *   *



 青みがかった白色の卵を叩いていた少年が何かに気付いたように振り上げた拳を空中で制止させ、じっと卵の表面を見据える。

 何の変哲もない殻を少しの間見ていたかと思うと、満足げな溜息を一つ吐き出して一歩後ろに下がる。

 それとほぼ同時に、卵の内側から鈍い打音が殻を揺らした。


 先ほどまでの弱々しい打音とは違い、殻を打ち破ろうとする意志を感じさせる力強い音を聞いた少年の口端が吊り上がる。


 力の込められた打音は、数度打ち鳴らされるとすぐに力尽きたように聞こえなくなる。

 少年がやれやれと肩を竦めて、催促するように数回打ち鳴らせば再び力を失った打音が聞こえてくる。

 しばらくの休憩を挟んで、再び強めの打音が殻を揺らす。


 少年の時よりも時間をかけて、柔らかな光を放つ太陽が天井部に開いた穴の端から顔を出して中天に上りきるだけの時間をかけて卵の表面に亀裂が入る。

 そこで休憩を挟んだ片割れに、少年は不服を前面に押し出した表情で催促するように卵を叩く。

 どんなに力を込めて叩いても、外側からの打撃では卵の表面に走る亀裂を広げることはない。


 青みがかった白色の卵はゆっくりと、だが確実に殻の亀裂を広げていく。

 それをもどかしそうに見守る少年の腹が切なげに鳴り、少年は自分の腹を撫でつけると自分が入っていた卵の残骸へと足を向ける。

 地面に散らばる黒色がかった灰色の欠片を手にすると、少年は少し考えて湖のほとりへと向かう。

 殻の欠片を水に浸してから、水を軽く払って欠片を口の中に放り込んだ。

 さくりと軽い音を立てて欠片を噛み砕いた少年は満足げに口元に笑みを浮かべると、卵の殻を拾うためにもう一度小島の中心に向かって歩いていく。

 いくつか欠片を拾い上げ、両手いっぱいになるほどに拾い集めたかと思えば、それを手にして青みがかった白色の卵に背中をつけて座り込む。


 背中に振動を感じながら、軽快な音を立てて自分が入っていた卵の殻を噛み砕く少年は退屈そうにしばらくそうして座り込んでいた。




 中天に上っていた太陽も傾いて、天井部に開いた穴のふちに光の端が触れようかという時になって、青みがかった白色の卵の表面に走っていた亀裂から欠片が零れ落ちる。

 一つ零れ落ちたかと思えば、表面に走る亀裂は範囲を広げていく。

 やがて耐えかねたように、表面を走る亀裂が避けて中身が外へと転がり落ちた。


 素早く反応した少年が手を差し伸べて、抱き留めたのは少年と同じように鱗を纏った少女だった。

 艶やかな灰青色の髪を頬に張り付かせて、きょとりと青みの強い青紫色の虹彩を持つ瞳を瞬かせた少女は、状況を理解できていないのか不思議そうに周囲を見回す。

 自分を抱きとめる腕に気付いたユーナレアが、そっと窺うように腕の主を見上げればそこには静かに自分を見下ろす少年が立っていた。

 ぱちりぱちりと瞬きを繰り返して、少年と少しの間見つめあうとへにゃりと笑みを浮かべた。


「おはよう、ケホッ……リヒャルト」


 自然と口に出たのは、慣れ親しんだ日本語だった。

 『彼』の名前を呼んで咳交じりに微笑んで話しかけたユーナレアに、リヒャルトと呼ばれた少年は愉しげな笑みを口端に浮かべた。


【ずいぶんと寝坊したな。ユーナレア】


 頭に響くように、声が聞こえた。

 声変わり前の少年らしい若々しい張りのある響きを感じさせる声で挨拶を返すリヒャルトは、掠れた咳を繰り返しながら応えるユーナレアに【無理をするな】と言葉をかける。


【音にしなくても伝わる。『知っている』だろう?】


 告げられた内容を受け止めて自分の中に意識を向けてみれば、原理はわからないが確かに声に出さなくても相手に意思を伝えるすべがあることを理解した。

 リヒャルトとユーナレアの間に糸電話の糸のような感覚が繋がっていて、それを通して声に出さなくても相手に伝えたい言葉を送ることができるらしい。繋がっているのはリヒャルトとだけのようだが、それが種族的な特性であることは不思議と理解できた。

 リヒャルトは手を添えてユーナレアを立たせると、そっと支えていた手を離す。

 支えを失ったユーナレアがバランスを崩せばすぐさま手を差し伸べて、バランスを保てるまで手を貸したリヒャルトはユーナレアの手を引いて湖のほとりに近づいていく。

 かすれる喉の違和感に眉をひそめながら喉に手を当てたユーナレアは、手を引かれるままに大人しくついていく。


 湖のほとりに腰を下ろしたリヒャルトにくいっと腕を引かれて、同じように座り込んだユーナレアの視線の先でリヒャルトは水面に手を差し込んで水を掬い取る。

 手のひらにわずかに揺れる雫に口をつけると、繋いだままのユーナレアの手を自分の手ごと水面に差し入れる。

 ひやりとした心地よい感触にリヒャルトの意図するところを感じ取ったユーナレアは、窺うようにリヒャルトに視線を向ける。


「(飲めって?)」


 声を出さずに問い掛ければ、口端を吊り上げたリヒャルトが頷くのを見て、繋がれていない手も水面に差し込むとリヒャルトの手がするりと離れていった。

 ユーナレアは少しの不安を残したまま両手で水をすくい上げる。

 ちらりとリヒャルトを伺い見れば、力強く安心させるように一つ頷く姿があった。


(リヒトも飲んでるし、大丈夫だよね?)


 わずかな不安を抱きながらも、片割れを信じて掬い上げた水に口をつければ妙な雑味もない、ミネラルウォーターのような癖のない味わいが舌に伝わる。

 喉を滑り落ちていく水が、自覚していた以上の渇きを満たしていく。

 一度では足りず、何度も手のひらで水をすくい上げて喉の渇きをいやしているユーナレアの様子を眺めていたリヒャルトは、顎に人差し指を添えて思考を巡らせる。

 少しの間考え込んでいたリヒャルトは、ひとつ頷いて立ち上がると二つの割れた卵が転がる場所へと戻っていく。


 ようやく一息ついたユーナレアが濡れた口元を拭いながら視線を上げれば、ずいっと青みがかった白色の卵の欠片が目の前に差し出される。

 反射的に受け取って、渡してきたリヒャルトを見やれば腕いっぱいに卵の欠片を抱えていた。

 見境なく拾い集めてきたのか、抱え込まれた卵の殻はふたつの色が混ざり合っていた。


「え? これ、どうすればいいの?」


 受け取ったまま目を瞬かせて問いかければ、リヒャルトは不思議そうに小首を傾げて抱え込んだ欠片を無差別につかみ上げて口に運ぶ。


「えぇぇ!? な、何してんのぉ!?」


 手のひらほどの大きさの欠片に歯を立ててかみ砕いたリヒャルトに、悲鳴のような驚きの声を上げて歯型のついた欠片を取り上げようとユーナレアが手を伸ばす。

 抵抗することなく齧った青みがかった白色の欠片をユーナレアに取り上げられたリヒャルトは、不思議そうに目を瞬かせて何かに納得したように一つ頷いた。


【まったく、仕方のない奴め】


 口端を吊り上げて優しげな瞳を向けるリヒャルトは、抱えていた二色の欠片の山から大きめの欠片を差し出す。


「いやいや、そういう事じゃないから」


 首を横に振るユーナレアを心底不思議そうに見つめるリヒャルトの表情に、これは何か認識の齟齬が起きているみたいだぞと取り上げた欠片をじっと見つめる。

 壁だった時に鑑定したときには、食べられるものであるような記述はなかったはずだと『鑑定』をかける。


 ―――<神竜の卵(欠片)>

    最高神『天空神』により創り出した神性生物の卵の一部。ランク:判別不能

    孵化した神竜の雛が最初に口にする栄養補助食品。ちなみに、バニラ味


 表示された文言に、ユーナレアは目をこすってもう一度じっくり眺める。

 しかし、文章は変化することはなかった。


「えぇ……。これ、食べれるんだ……」


 改めて表示された文章にがっくりと肩を落として、最初に手渡された欠片を摘み上げてそっと口元に近づけた。

 ほんの少し躊躇して、ちらりとリヒャルトの様子を伺えば不思議そうにユーナレアを見ながら次々と欠片を口に運んでいた。


【食べないのか?】


 頭に響いてくる声にユーナレアは口元まで近付けた欠片を一度下げて、歯形が付いた欠片とリヒャルトの顔を交互に視線を向ける。

 取り上げた方の欠片を差し出せば、リヒャルトは首を傾げながらそのまま受け取って口に運ぶ。

 その姿に心を決めて、ほんの少しだけ口に入れて歯を立てる。


 さくりと少し硬めのクッキーを噛んだ時のような食感と芳醇なバターの風味が、口の中を柔らかに刺激していく。


「……あ、おいしい」

【そうだろう。初めてものを食べたが、これは好ましい味だ】


 口の中に含んだ欠片をしっかりと噛みしめてぽつりと呟けば、リヒャルトが満足げな笑みを浮かべて一つ頷き返した。


評価いただけると、私のモチベーションが上がります。

よろしくお願いします。

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