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001 第一話


 生まれつき虚弱だった高城 悠奈にとって、世界はとても狭いものだった。


 彼女が生まれたのは、秋も終わる頃。

 買い物帰りの母が突然産気づいて救急車で運ばれ、出産予定日よりも大幅にずれ込んだ早産で生まれた。

 小さな未熟児として生まれた悠奈は、半死半生の状態だったらしい。

 取り上げてくれた医師の懸命な処置によって一命を取り留めたが、その後いくつかの検査を経て先天的に虚弱な体質であることが判明した。

 成長過程で多少は改善されるかもしれないが、気を付けてみてあげてくださいと医師に告げられた両親は丈夫な身体で産んであげられなかった罪悪感と共にほんの少しだけ安堵もしていたという。

 なぜなら、悠奈は3人兄弟の末として生まれ落ちた。姉と兄がそれぞれ一人ずつ居て、一番年の近い兄とも10歳以上年齢が離れていた。

 それと同時に、父の仕事も落ち着いて時間的余裕が持てるようになってから生まれた子供であったことも幸いした。

 十分に手をかけられる状況が揃っていたことは、悠奈にとっても家族にとっても幸いであったとしか言いようがないだろう。


 虚弱体質の悠奈は、外で遊ぶよりもベッドで寝込む時間の方が多かった。

 季節の変わり目には必ずと言っていいほど風邪をひき、ほんの少し薄着で外に出ただけで高熱を出す幼少時代を送った。

 そんな手のかかる悠奈をよく面倒を看てくれたのは、歳の離れた姉と兄だった。

 進路に悩んでいた姉は虚弱な妹を何とかしてあげたいと医療の道を志し、反抗期に差し掛かった兄はそれでも病弱な妹には優しかった。

 両親は仕事の休みが長く取れたときには、いろんな場所に連れ出してくれた。

 桜並木の美しい城跡を歩いたり、一年中温かい海に囲まれた島の水族館に行ったり、紅葉の美しい山の長いロープウェイに乗ったり、北の大地で雪まつりを見たり。

 制約の多い生活だったが、それでも悠奈は幸せだった。


 できることが限られる生活の中で、悠奈の趣味はもっぱら読書とゲームと料理だった。

 読書やゲームは寝込んでいてもできる趣味だったし、体調の良い時には台所に立って家族のために腕を振るった。

 母は辛口ながらもいろいろと教えてくれたし、父は娘の手料理が食べられることに感動していた。




 そんな日常が崩れ去ったのは、些細なことがきっかけだった。

 雨の季節にひいた風邪。

 いつも季節の変わり目には風邪を引くから気を付けていたが、その時は長く喉風邪が続いているなぁと暢気に構えていた。

 いつもと変わらないように思っていたその風邪が、命を脅かす大病へと繋がっていたなんて誰も気が付かなかった。


 あわただしく看護師が病室を出入りする。

 騒然とする病院スタッフを、部屋の外で待たされる家族たちは祈るような気持ちで見つめていた。

 開閉される扉の隙間から見える、ベッドに横たわった悠奈はまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた管に繋がれている。

 わずかに聞こえる電子音だけが、悠奈が今も生きていることの証だった。

 漏れ聞こえる会話からは、意識不明の重篤状態であることが伺える。

 これまでも何度か重い病気を患ったことはあったが、こんなに重症化したことはなかった。

 もしかしたら、今度こそだめかもしれない。そんなことを考えてしまう自分たちをそのたびに声無く叱責しつつ、祈ることしかできない自分たちを歯がゆく思いながら、悠奈の家族は病室の前に立ち尽くしていた。


「……高城さん」


 すっかり顔馴染みになった悠奈の担当医が重々しい顔立ちで、聴診器を肩にかけ直しながら扉の外で待機する家族に声をかけた。


「お入りください。最期のお別れを」

「最期って……最期ってどういうことですか!」

「佳穂、やめなさい! それよりも、悠奈のところへ行きましょう……」


 担当医の言葉の意味を理解してしまった家族は、悲しみと絶望に胸を引き絞られながら白い部屋の中に足を踏み入れる。

 そこには、弱弱しい音を奏でる心音を知らせる機械に繋がれ、呼吸を補助する機械でようやく息をしながら、真っ白なベッドに横たわる悠奈の姿があった。

 キラキラと何時も生気に満ち溢れていた大きな瞳は閉じられ、等間隔に響く無機質な音だけが彼女がまだ生きている証だった。


「悠奈……」


 声をかけても返事が返ってこないことはわかっていたが、それでも呼びかけずにはいられなかった。

 姉は何度も妹の名前を呼んだが、それに返ってくる声はない。

 兄は唇をかみしめて、それでも目をそらすことはせずに眠る妹を見詰めていた。

 母親は浮かぶ涙を拭うこともせず、とうとうこの日が来てしまったと眠る末の娘の頭を優しく撫で続けた。

 父親は優しく微笑んで妻の肩をそっと抱き寄せ、青白い末の娘の頬に触れると静かに目頭を押さえた。


 家族が部屋に入って少しして、機械音が無遠慮に甲高い音を立てる。

 止まることなくがなり立てるその音は、彼らの末の家族が二度と目覚めることはないと知らせるようだった。


 こうして、高城 悠奈は家族に看取られてその短い人生を閉じたのであった。




「以上が、あなたの人生となりますが何か訂正する場所はありますか?」

「ええっと……うん。ないです」


 本に描かれた架空の世界でしか見たことのないような長い巻物を手に、自分の人生を読み上げた着物姿の偉丈夫に悠奈は少し考えた後、訂正することはないと首を横に振った。

 偉丈夫はするすると巻物を巻き取ると、傍らに立つ悠奈の4倍はあろうかという大きな人にそれを手渡す。

 大きな人が改めて机の上にそれを広げるのを確認し、額から一本の角をはやした偉丈夫は口を開く。


「本来であれば、あなたはご両親よりも先に死んだ親不孝者に与えられる刑罰である『賽の河原での石積み』の刑に処されます。しかし、ご両親やお身内からの手厚い供養もありますし、ちょっとしたこちらの『事情』もありまして、貴方には減刑と『転生』の許可が下りました」

「……事情?」

「こちらの不手際……と言いますか、それは後で改めてご説明いたします」


 苦虫を嚙み潰したような顔で眉間に皺を寄せながら放たれた言葉を訊き返せば、軽く首を横に振った偉丈夫が話を進める。


「許可は下りましたが、現在『日本』への『転生』を待つ人間は列をなしていますから、しばらく待つことになります。ええっと、今は157年待ちですね」

「えっ!? そんなに待つんですか?」

「何しろ、生まれ先は減っているのに、罰を受け終わった魂はあふれかえっている状況ですからね。少子化と言わずにどんどん子供を産んでくれれば、ここまで待つ必要もないんですけどねぇ」


 やれやれと愚痴をこぼして、偉丈夫は新しく取り出した巻物を開く。

 懐から取り出していたように見えたが、どう見てもそこに納まるような大きさではない。


「このまま、157年待てば再び『日本』に生まれることができます。ただし、あなたの希望は一切聞き届けることはできません。そんなに選り好みできるほど、受け入れ先が多くないのが現状です」


 少子化の問題は、死後の世界にまで影響を与えているらしい。

 そう言えば、どこかの大学の偉い人がこの先さらに少子化は進むかもしれないとテレビで持論を唱えていたのを思い出す。

 実際に数字として出ているデータを基にしていると声を大にして主張していたが、どうやらあの世からも同様の評価をされているようだ。


「そして、もう一つ。こちらの『事情』が絡む転生先なのですが……文明レベルが未熟ではありますが『異世界』への『転生』を選んでいただくことが可能です。どちらかといえば、こちらの選択肢を選んでいただきたいと思っています」

「『異世界』?」

「そうです。理由があるにしても、この選択肢が出るのは非常に珍しいことですよ。なにしろ、『文明テロ』が起こってしまう可能性がありますからねぇ」


 テロとはまた、物騒な言葉が出てきたなぁと考えながら偉丈夫の言葉の続きを待つ。


「『異世界への転生』は受け入れ先にもよりますが、比較的早く順番が回ってきますよ。転生先の『異世界』は、所謂『剣と魔法の世界』とやらが多いですね。魔物が跋扈し、危険も多くありますが、その反面とても自由度の高い世界です。命の価値が安く、人の生き死にが軽く扱われている上に多種多様な人型種族が生息しているような世界らしいですね。私、この選択肢を見るとつくづく日本生まれでよかったなぁって実感しますね。宗教だの種族だのと今よりさらに裁判がめんどくさそうですし」

「剣と魔法の世界って、ゲームみたいな世界ってことですか?」

「そうですね……まあ、おおむね間違ってはいないでしょう。あなたに選択肢として与えられた世界は、神からの人型種族への干渉が日本よりも顕著であり、人型種族は『スキル』や『魔法』といったこちらの世界では使用できない能力をつかえるようです」

「はえぇ~。……えっ? 私はその世界に転生することができるってこと、ですか?」


 与えられた情報に飽和していた脳が、それも自分が選べる選択肢の一つなのだと認識した途端に好奇心が湧き上がってくる。

 キラキラと期待に目を輝かせて問い掛ければ、偉丈夫は一つため息を吐き出して頷いた。


「やっぱり食いつきますか。今の世代の人たちは好きですよねぇ。一応忠告しておきますが、こちらの世界で生きていた人間にとっては割とつらい環境だと思いますよ。下手をすれば、一生奴隷……なんてこともあり得る世界なのですから」


 まあ、あなたの場合はそんなことにはならないでしょうけれど、と続けられた言葉に首を傾げれば、偉丈夫はちらりと机の向こう側に座る人に視線を送った。

 その人が言葉なく頷いたのを確認して、偉丈夫は口を開く。


「あなたがその若さで亡くなった原因に、その世界が大きく絡んでいるからですよ。はっきりと言ってしまえば、あなたはあちらの世界から行われた干渉により魂が半分『欠けて』しまっているんです」

「でも、私の虚弱体質は生まれたときからで……」

「ですから、生まれる前にあなたはあちらの世界からの干渉を受けたんですよ」

「生まれる前?」

「そうです。あなたが生まれる少し前、ほんの数秒間だけこの世界のものではない神の力が『あの世』に干渉しました。調査の結果、別次元に存在する異世界からの接触があったことが確認されました。所謂『異世界召喚』系の事象が起こったらしいというところまでは突き止めたのですが、こちらの世界からはどうすることもできないのが現状です。異世界に干渉する術なんてものは、生憎持ち合わせておりませんので。なので、それによって引き起こされる可能性のある被害について調査をしていたところ、あちらから私たちに対して接触がありました」


 首を傾げる悠奈に、隠し立てすることはないと言わんばかりの堂々さで偉丈夫は経緯の説明を始める。


「接触してきたかの方は、あちらの世界でいうところの『最上位神』という立場の方らしくそれでも自由に交信をとれるわけではなく、限定的に2回だけ道をつなげることができると仰っていました。曰く、あちらが行った『異世界への干渉』は本来ならば許されることではなく、信仰心を集めて調子に乗ったお馬鹿さんが自らの影響力をさらに増大させるために強行した愚行であり、こちらの世界に迷惑をかけてしまったことをお詫びしたいと。その際に協議を重ねまして、あなたの存在も発覚したのです」

「ちなみに、150……何年か待って日本に転生したいって言ったら、私の欠けてる魂って言うのはどうなっちゃうんですか?」

「そうですねぇ。魂が欠けた状態が固定化されたまま、転生されるんじゃないでしょうか。生憎とあなたのような事象は見たことがないので、次の生から先どうなるかはわかりませんが……時間は掛かっても元に戻るんじゃないでしょうかねぇ? あちらの神の口ぶりから考えるに、あちらに『渡って』しまっているもう半分も『個』として確立されるんじゃないでしょうか。そのまま消滅したりとかは、さすがにないとは思いますよ」

「ということは、本当にどっちを選んでもいい感じですか?」

「どちらかというと『異世界への転生』を選んでいただきたいところではありますが、あなたの人生ですから。……ただ、そうですね。取捨選択をするうえで、こちらから提示することのできる情報としては、このままこちらの世界で転生するのであれば正規の手順による転生となりますのであなたの人格、知識、記憶等は一度まっさらな状態に戻ることになります」


 どちらでも構わないと気負うことなく告げた偉丈夫は、ふと顎に人差し指を添えて考え込むような少しの沈黙の後に助言のために口を開いた。


「あちらの世界での転生を選ぶのであれば、今世の延長として生きていくこととなります。あなたの自我と知識は引き継がれ、あちらに適応した新しい肉体で生きていくこととなるでしょう。ただし、あちらの世界に行くのであれば、こちらの世界にはおそらく二度と戻ることはかなわないでしょう。あちらでどのような転生をするのかも、こちらでは関与することができません」


 それぞれの世界を選んだ場合のこれからについてを口にした偉丈夫はそこまで説明し終えると、ひたりと悠奈をまっすぐに見据えた。


「さて、あなたはどちらを選びますか?」


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