薄いシャツを着たって、強調されるだけです
街道にある小さな町、べネノ。
近くに出来た毒沼のせいで、活気も何もあったものじゃない。
すっかり寂れ、道は人影もまばらだ。
酒場の二階にある安宿で一度落ち着こうと、俺達は建物に足を踏み入れた。
西部劇かよと言うぐらい、酒場の中の空気がピリついたのが分かる。
酒を飲んで現実逃避ぐらいしか出来る事の無い人々で溢れる酒場は、閉塞感と不満で殺気立っている。
「ご主人、宿を頼みたい」
レティシアは不穏な空気を感じつつも、毅然とした態度でカウンターに話しかけた。
厳つい店主がコップを拭きながら返事をした。
「二人か?」
「そうです。あと、一番詳しいこの辺の地図はどこに行けば手に入りますか?」
「そこの壁にあるのがそうだ。勝手に見な」
壁を見ると、町の周辺が描かれた手描きの大きな地図がある。
所々ナイフでも突き立てた様な穴が開いているが、持ってきた物よりも確かに詳しく描かれていた。
地図には、毒沼が大雑把に追加され、クソッタレと恨み節が追記されていた。
毒沼と上書きされる前には、そこには畑や民家があったらしく、分割線と担当農民の名前が書かれていた。
「レオン様、さあ、二階へ」
レティシアは主人から鍵を受け取ると、気が付けば馬から降ろした大荷物を限界まで抱えて一人で運ぼうとしていた。
どう考えても無理をしている。
俺は見ていられずに重そうな荷物を奪い取った。
「悪い、気付かなくて」
「レオン様!? いけません!」
「いいから、早く二階へ……」
俺の勘違いで無ければ、酒場の客達からは「こんな時に美人の従者と二人旅かよリア充めが」という殺気が漂い始めていた。
視線から逃れる様にレティシアに無理やり階段をのぼらせ、なんとか部屋に辿り着く。
「ふう、久しぶりのベッドだな」
ボフッと部屋に一個しかない大きなベッドに寝っ転がる。
俺もレオンも野宿に慣れておらず、ベッドが恋しかったのだ。
本当ならもう一室借りたい所だが、この宿には二室しかない上に一室には、どうやら先客がいたので仕方が無い。
安宿なのでベッドは汚いし固いが、屋根の無い地面を考えると我慢が出来る。
「あの……レオン様、先ほどは大変失礼しました。せっかく騎士にして頂いたのに、こんな荷物も持てなくて」
床も壁も薄いからか、レティシアは声を押さえて言う。
「レティシア、気にする必要は無いよ。君は、よくやってくれている。君が旅について来てくれて、私は本当に感謝しているんだ」
ベッドに寝っ転がったまま、レオンとの総意として俺が言う。
「もったいないお言葉です。レオン様は、そのまま少しお休みになっていてください」
そう言うとレティシアは荷を解いて、休みもせずに何を買い足す必要があるかのチェックを始めた。
俺もレオンも、こんな旅は未経験だし、レオンに関しては細かい作業は周りの人間が勝手にやってくれているのが当たり前となっていたので、レティシアのやっている当たり前の作業でさえ、発想自体が無かった。
本当に連れてきてよかったと改めて思い、レティシアをじっと見つめる。
旅慣れをしていないと言っても、レティシアは世間に疎い訳でもなければ、馬鹿でも無い。
字は確か読めない筈だが、それは学ぶ機会に恵まれなかっただけで、気の付く頭のいい女性なのだ。
そんな事を考えながら、俺は気が付くと眠りに落ちていた。
どれぐらい眠っていたのだろう。
寝苦しさと水音に目が覚める。
レティシアが酒場の主人にお湯を貰って来たらしく、桶から漂う湯気で部屋の湿度が微妙に高い。
ベッドから体を起こし、部屋の中にレティシアを探す。
すると、椅子に座って片腕をあげ、脇や下乳を入念に拭いているレティシアの姿があった。
当たり前だが、上半身裸である。
俺の視線が背中に刺さるのに気付くと、レティシアがこちらに振り向いた。
「す、すみません! ずっとにおいが気になっていて、我慢出来なくて……」
レオンの裸は見慣れているが、裸を見られることには慣れていないらしい。
まあ、当たり前か。
レティシアは伏し目がちに潤んだ碧い瞳で下を見ながら、両手で大きな胸を隠してこちらにまっすぐと向き直った。
羞恥心から、その顔は頬と耳を真っ赤にして、薄い唇は居心地が悪そうに結び震えている。
今まで纏めていたライトブロンドの髪を下ろしているのも手伝い、妙に艶っぽい。
その綺麗になった肌からは、緊張からか、しっとりと汗が滴り、部屋にはレティシアの香りが満ちている。
背中を向けて話すのは失礼に当たると考えての事だろうが、俺は目のやり場に困った。
「こちらこそすまない。私は後ろを向いているから、終わったら服を着てくれ。そしたら、食事にしよう」
俺とレオンは心臓がバクバク高鳴るのを感じた。
俺は単純に生まれて初めて見た、母親を除く生の女性の裸と、部屋のニオイに……
レオンは、普段は見せぬレティシアそのものに心を奪われていた。
レティシアは、すぐに薄いシャツを一枚着ると、自分を拭いていた布を湯につけて固く絞り、近づいて来た。
「いえ、その前にレオン様のお身体も綺麗にさせて頂きます」
俺は自分のにおいを嗅いでみる。
一週間、時々軽く布で拭いたり水浴びをするだけで、ひたすら馬に乗って過ごしていた。
そんな生活を続けていると人はどうなるのか、というか、どういう臭いを発するかを痛感する。
慣れている間は気にならないが、一度気付くと耐えられない。
「たのむ……」
「お任せください」
服を脱がされ、レティシアに身体を拭かれながら俺は気付いた。
城でされていた事の延長線でしかない行為なのに、慣れない俺以上にレオンがドキドキしてる事に。
さっきまでレティシアが自身を拭いていた布が背中に当たると、レオンの中の感情が掻き乱れるのが伝わって来た。
他人がパニックを起こすと、人は釣られるか、理解しようと逆に冷静になる。
この時の俺は、レオンを感じて、途端に冷静さを取り戻し、よく出来た王子様かと思ったら普通にそんな反応もするのだと思い、少し安心したのだった。