もうスランプ。
忘れている人の為に、一応もう一度言っておく。
俺が召喚されたこの異世界は、球体の内側に存在する。
中心に卵が割れたみたいな殻をつけた太陽が鎮座し、太陽の殻と、恐らく地面が自転する事によって昼夜を作っている。
その世界で旅をするとなると、手描きの頼りない地図よりも重要なのは、旅人が星座を見るがごとく、ランドマーク、つまり空に見える特徴的な目印で方位を把握する事が不可欠となる。
最も確実な目印として挙げられるのは、世界に六本ある”天糸の塔”と呼ばれる雲の上、と言うよりは宇宙まで伸びた塔の存在だ。
俺の知っている物で最も近いのは、SFで時々出てくる軌道エレベータと呼ばれる宇宙と地上を繋ぐエレベータだ。
最初に向かうガリスタファドル王国はラヴィーナ王国から見ると、例のあいつが管理しているというだけで俺には真っ直ぐ建っている事が不思議に思える天糸の塔と、遥か彼方に見える鳥の形をした砂漠地帯の間を目指せば、間違いなく行きつく。
行きつくのだが……
それを目指せない事態を、この規模では想定していなかった。
旅に出て、一週間。
前回の旅でレオンがヒドラに遭遇した地域をわざわざ避けて通ったにも関わらず、行く手を塞ぐように目の前に現れたのは、新たに出来た無駄に雄大な毒沼だった。
迂回しようにも、冗談抜きでどこまでも毒沼が続いているのだ。
試しに木の枝を突っ込むと、音を立ててジワジワと熔解していくのが分かる。
うわぁ……
「レオン様いけません。危険です」
「……わかってる」
レティシアに言われずとも、痛い程に身をもって知っている。
レオンと、その記憶を共有している俺は鳥肌になる。
二度とごめんだ。
しかし、こんな所で足止めを喰らっている場合でも無い。
俺は、レティシアにイイ所を見せてやろうと、手をかざした。
「ここは、私に任せるんだ」
与えられたシェルと言うチートを今使わないで、いつ使うというのだ。
そう思った俺は、毒沼なんて速攻で浄化してやるぜとイメージする。
すると、シェルの声とやらが聞こえてくる。
「ああ、わかるよ、お前たちは毒沼を浄化するんだ。はあっ!」
ここで、もう一つ問題が発生した。
浄化はおろか、前の様に風も火も重力も操れない。
代わりに遠くの枝を触感付きで遠隔に動かせた。
これは、サイコキネシスか?
「あれ、おかしいな」
失敗に対して、いちいち格好つけ、いらない一言を洩らしてしまう俺。
まあ、あれだ。
前向きに考えれば、こんな事も出来るのかって事だ。
気を取り直し、もう一度。
「今度こそ、おお、このシェルの声が浄化だな。私の声を聞き届けてくれ! はあっ!」
今度は、何の変化も起きない。
「レオン様!? いったいどこへ!?」
自分の姿が消えていた。
んん?
「レティシア、私はここだ。どうやら姿が見えなくなったらしい」
シェルを解くと、姿がまた見える様になる。
「レオン様、驚きました。突然見えなくなるだなんて」
俺だって驚いたよ。
「今度こそ、おら!」
試しに雑にやってみたが、今度は視界がサーモグラフィを被せた様に可視光線の範囲が大幅に増えた。
油断していた俺は、視覚情報と光量の増加に目をやられる。
「うわぁっ!?? 目、目がぁっ!?」
古い映画の暗視スコープに閃光弾を喰らった雑魚兵士みたいに、俺の目は潰されかけた。
「レオン様!? レオン様!??」
情けなく地面にうずくまる俺を、何がどうなっているのかさえ分からないレティシアは心配する。
どういう訳か、まるでシェルが安定しない上に思い通りに使えない。
だが、祖国の為にはこの先に進まなければいけない。
そんな正義感が俺を突き動かす。
「レオン様?」
「……浄化は、私には、まだ少し早かったかな……」
シェルを使うのが怖くなった俺が、目をシバシバさせながら言うと、レオンが俺に絶句しているのが分かった。
いや、ホントごめん。
でもマジで使えないんだし、別の手段を考えた方がいいんじゃね?
弱腰かつ、すっかり自信を無くした俺にレオンは、確かに仕方が無いと肩をすくめた。
シェルが使えない原因を探らないと、この先の旅に差し支えるとレオンは至って冷静だ。
こうして、俺達は近くにある街道の町、ベネノに引き返す事にした。