危険な旅なんだって?
「もう少し様子を見てからでも良いのでは無いか?」
思ったよりも質素な王の私室で、生き返ったレオン王子を心配するオニキス王に言われた。
だが、俺としては少しでも早く国を出たかった。
俺を犠牲にしようとしたオニキス王と距離を取りたかったのだ。
俺の中には、父親としての優しいオニキス王の記憶と、俺を人格的に殺そうとした現実の両方がせめぎ合っている。
レオンの記憶だと分かっていても、実感が伴っていて憎み切れない。
「陛下、一刻も早く王獣を手に入れなければ、ラヴィーナに未来はありません。すぐにでも国をたち、王獣を持ち帰ってみせます」
レオンの記憶に任せて喋る。
レオンの人格は消えた訳では無く、俺の中にしっかりと生きている。
あくまでも主導権が俺にあるだけだ。
レオンとはペラペラ会話こそ出来ないが十分意思疎通は可能で、奇妙な感覚だ。
レオンは俺が主導権を持っている事を当たり前だと感じているし、昨日今日アラネアのせいで晒した痴態に対して、俺を責めてもいないと、かなりまともな奴に思える。
こいつが次の王様なら、この国の未来もお先真っ暗と言う訳では無いだろう。
そんな事を考えると、レオンは恐縮する。
俺を犠牲にしてまで復活を試みただけの人格者ではあるらしい。
「死より蘇らせ、したくも無い相手との結婚まで……オリヴェニスさえ生きておったらのぉ……お前に全てを背負わせて、本当にすまん。新たな王獣を得る武も無く、あいつが亡くなってからというもの子も作れぬ無能ゆえ、民の為にしてやれる事、これしか思いつかなかったのだ。どうか……ダメな父親を許しておくれ……」
オニキス王は何度もレオンに謝った。
どうやら、お后が亡くなってからオニキス王は子を作らない誓いを立てたと言うのは国民向けの発表でしかなく、実際は作りたくても作れなくなっていたらしい。
あまりにも妻一筋だったため、その死後、インポテンツとなったのが真相のようだ。
追いつめられた末、国を考えて愛する妻ではなく子を生き返らせなければならなくなったオニキス王に俺は同情したが、俺としてはその優しさの欠片でも良いから俺に向けて欲しかった。
レオンの人格が俺に対して「本当にすみません」と思っているのが分かる。
いや、お前は悪く無いよ、まったく。
中庭に出るとオニキス王によって集合をかけられた大仰な護衛の騎士に傭兵、自ら参加を申し出た王国民が溢れかえっていた。
旅支度自体は既に整えられていて、すぐにでも隣国へ向かえる。
しかし、父親の過保護をそのまま受け入れる訳にはいかないとレオンが訴えてきた。
そもそもの発端、レオンが死んだのは三ヶ月前。
見合いの為に隣国へ向かう途中。
目の前の半分にも満たない護衛をつけ、旅をしていた時だった。
自国の領土に侵入していた巨大なヒドラと遭遇してしまい、逃げ帰る羽目になったのだ。
死因はその毒によるものだった。
ちなみに、ヒドラとは頭が沢山ある竜だか蛇みたいなモンスターである。
ヒドラに追い掛け回され、毒で全身が溶けただれた末に死んだ事を思い出し、鳥肌が立つ。
国内の行き来で命がけとなると、隣国になんて行けるのか俺は不安になる。
でも、これを見越してアラネアがシェルをくれたのだと思えば、色々と辻褄が合う。
俺は城壁にあがる階段を半分だけのぼり、レオンの考えるままに王子様らしく演説した。
「知っての通り、この旅は過酷なものになる。力無き者は以前の私の様になるだろう。志だけでこの場に来た者は、私に託し、留守の間この国を守って欲しい。それでも、私に命を預ける覚悟と力ある者は、手をあげて欲しい」
レオンの言葉に中庭がどよめくと、手があが……らない。
皆、レオンについて行きたそうではあるが、覚悟も力も足りないのが見ていてわかる。
危険な旅なのはわかるけど、俺は「ええええええぇ!?」と思った。
しかし、レオンはこれで良いと考えている。
大人数で豪華な馬車を守りながら移動するより、単騎で駆け抜けた方が安全だと言うのだ。
それもそうかと思い、来てくれた事に礼を言って護衛団を解散させると、俺は長距離伝令用の早馬がいる城の馬屋へ向かった。
馬に乗ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「レオン様、私も行かせてください!」
そこにいたのは、召使いのレティシアだった。