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第九話 突然の誘い

大型連休のありがたみを最も感じるのは二日目である。普通の週末ならば、二日目の夕方あたりになったとき翌日からの学校や会社のことを考えて憂鬱になるだろう。しかし、休みが三日以上続く大型連休となるとこの二日目の憂鬱がない。


つまり何が言いたいかというと……


「ゴールデンウィーク……万歳」


リビングのソファーに寝転がって恭哉は呟いた。


「お(にい)、何一人でにやけてんの」


ちょうどリビングに入ってきていた妹の沙耶(さや)が言った。恭哉の妹の沙耶は世間一般で言うところの大和撫子風美少女である。切れ長の目が少しきつい印象を与えそうだが、肩まである黒髪と相まってそれさえも魅力的に見える。


「にやけてない。大型連休のありがたみとそれを感じるタイミングについての考察をだな」


「何それ、意味分かんない」


まあ世間からどう思われていようと、兄である恭哉からすればただのガキとしか感じない。故にいくらゴミを見るような目を向けられても全く気にならない。全くである。本当、これっぽっちも気にならない。


「中二の沙耶には少し難しいかな」


「いや、歳とか関係ないと思う。そんなんだからお兄は……」


「最後まで言ってくれよ。なんか怖いから」


見た目完璧に見える妹の数少ない欠点を恭哉は知っている。沙耶は絶望的なまでに無表情なのである。いつもむすっとした顔をしており、瞳には冷たい色がある。初対面の人間は彼女がいつも不機嫌なのだと勘違いするかもしれないが、これがデフォである。恭哉は今まで爆笑したり大泣きする沙耶を一度も見たことがない。


そんな鉄仮面を持った妹が意外にも周りに好かれていて、友達が多いのが恭哉からすると不思議でならない。今度友達作りのコツを聞いてみようか。いや、それは兄としてあまりにも……


そんなことを考えていると、こちらをじっと見ていた沙耶が言った。


「ねえ、今から買い物に行こうと思うんだけど」


兄妹とは不思議だ。それだけの言葉で沙耶が何を言いたいのか分かってしまう。


「そうか、人が多いだろうから気をつけろよ」


「お兄、人混み苦手なのに荷物係ありがとう」


「やっぱりか……俺に拒否権はないのかよ」


「え、あるの?」


「真顔で言うな。そんなの友達と行けばいいだろ」


「お兄私が買い物長いの知ってるでしょ。付き合わせたら友達が可哀想」


恭哉なら可哀想でもいいと聞こえたが、気のせいだと信じたい。もしかしたら友達作りの秘訣は身内の犠牲にあるのかもしれない。


「分かったよ。付き合ってやる」


恭哉は苦い顔をして言った。色々と複雑だが、十年以上も兄をやっているとそのくらいは許せてしまう。


「ん、用意するから待ってて」


沙耶は一つ頷くと、リビングを出て行った。階段から弾むような足音が聞こえてくる。恭哉も用意しなければならない。さすがに寝巻き代わりのTシャツと短パンでは悪かろう。


「面倒だけど、まあお兄ちゃんだしな」


恭哉はソファからのっそりと身を起こしながら呟いた。




自分で言うだけあって、沙耶の買い物は長かった。ショッピングモールを縦横無尽に歩き回る沙耶に恭哉はついていくだけで疲れてしまった。


「お兄、ちょっとここで待ってて」


「お、休憩タイムか?」


「違う。ついてきて欲しくないだけ」


「あのな……」


その言い方は流石の恭哉も少しむっときた。しかし、その苛立ちは次の沙耶の言葉で急速に冷めることになる。


「下着、買うから……来ないで」


ああ、それはそれは、何というか……すみません。


沙耶は気まずい顔をする恭哉を置いてさっさと歩いて行った。

何はともあれ、やっと休める。恭哉は近くのベンチにドサッと腰を下ろした。手に持っていた買い物袋も隣に置く。


分かってはいたが、ショッピングモールは人で溢れかえっていた。その中を歩くのは普通に道を歩くより格段に疲れる。三時間以上歩きっぱなしだった恭哉は疲労困憊だった。全く疲労を感じさせず、むしろいきいきとしている沙耶が恭哉には信じられない。


とにかく、この短い休憩時間の間に体力を回復させねば。そういう時は頭を空っぽにするに限る。何かを考えるのにも人間は体力を使うのだ。しかし、それはしようとするほどうまくいかない。


ぼんやりと右に左に過ぎ去っていく買い物客達を眺めながら、恭哉はこの間の戦闘のことを考えていた。地下の武闘場でケルベロスの攻撃を避けたとき、恭哉は攻撃を避けきれなかった場合の末路を一瞬だけ見た。


あれが何だったのかはまだ分からない。しかし、推測している事はあった。あの光景は「あったかもしれない未来」だったのではないか。もしそうなら、恭哉のスキル『魔眼』は予知能力のことなのだろうか。


「ふむ、黒崎さんに女装の趣味があったとは」


突然耳元から声がして恭哉はビクッと肩を震わせた。慌てて声のした方に目を向けると見知った顔があった。白金の髪に青い瞳、西園寺メイサだった。


メイサはその人形のように整った顔に手を当てて恭哉の隣にある買い物袋を覗き込んでいた。中には沙耶が買った服やらスカートやらが入っている。


「これからは黒崎ちゃんと呼べば?」


「呼ぶな。それは妹のものだ。というかどうして西園寺がここにいるんだよ」


「決まってるじゃないですか。買い物です」


それもそうだ。ショッピングモールにそれ以外のどんな理由で来るというのか。メイサの突然の登場に恭哉は自分が思っている以上に動揺していることに気づいた。


冷静になると、メイサが私服なことに気づく。ミニスカートに黒を基調とした落ち着いた服装だった。制服姿しか見たことがなかった恭哉にはそれが新鮮に見えた。


物珍しげに見る恭哉の視線に気付いたのか、メイサはにやりと笑った。


「何ですか? メイサちゃんの私服姿が可愛すぎて惚れちゃいましたか?」


「それはない。少し珍しかっただけだ」


「どうですかねえー」


心底楽しそうに顔を覗き込んでくるメイサを無視して恭哉は言った。


「そんなことより、何か用か?」


「そうですね。明日言おうと思ってたのですが、今言いましょうか」


メイサは咳払いを一つして言った。


「黒崎さん、明日私と二人で遊園地に行きましょう」

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