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第八話 どちらが良いかと聞かれたら

恭哉が武闘場で襲撃を受ける少し前、メイサは玲二に連れられ彼の書斎にいた。玲二の部屋ではない、書斎である。まだ高校生の玲二が書斎を持っているという事実から、西園寺という家が世間一般の家とは異なることが分かる。


その書斎の椅子に玲二は腰掛けていた。対してメイサは正面に立っている。椅子を勧められたが固辞した。ここに長居するつもりはない。


「話とは何でしょうか?」


メイサは事務的に言った。その態度を玲二が気にする様子はない。


「うーん、最近会ってなかったから元気かなーと思って」


「体調に問題はありません」


「堅苦しい言い方だな-。兄弟なんだから、もっとくだけてもいいんじゃない?」


兄弟……この家でその言葉はただ血のつながりを示しているだけだ。そこに親しみなどはない。


「……」


「無視か……冷たいなー、黒崎くんとはあんなに親しそうなのに」


「親しくは……ありません」


メイサは恭哉と出会ったばかりだ。まだ親しいとは言えない。それは恭哉も同じ事を思っているだろう。


「ふーん、じゃあ僕が彼と仲良くしても問題ないよね」


「それは……」


「ダメなの? あのミケが半ば強引にでもスキルを与えたって聞いたから興味があるんだけど」


メイサは玲二が恭哉のことをそこまで知っていることに驚いた。恭哉には玲二が気にかけるほどの何かがあるのだろうか。メイサはミケが結界の継続時間ぎりぎりで恭哉にスキルを与えたことを思い出す。


あの時の結界は簡易的で継続時間が少なかった。だからあんなことになったとメイサは思っていたのだが、他に何か理由があるのだろうか。


「黒崎さんは、ただ少し素質があるだけの高校生です」


今は分からない。だからメイサはそれだけ言った。


「それはいくら何でも過小評価だよ。ただ素質があるだけの人がプロトタイプとはいえエスパーダを壊したりしないでしょ」


メイサは歯噛みした。分かっていたことだが玲二は西園寺家の次期当主、上への報告は筒抜けだ。


「それとも彼を庇ってる? メイサも高校生だ。そろそろ恋を知ってもいい頃だしね」


「違いま――」


「でも、よく考えて相手を選ぶんだよ? 君は一途そうだからね。母親に似て」


メイサは拳を握りしめた。自分のことならいい。しかし母親を悪く言われるのは耐え難い。ここで言い返してはダメだ。それでは玲二の思う壺、相手の一番脆い部分を突くのが玲二のやり方なのだから。メイサは唇を噛んで無言を貫いた。


そんなメイサに玲二が口を歪めた時、大きな音がした。音は足元からする。何か大きなものが動き回るような音だ。


「どうしたんだろ?音は地下からかな」


地下と聞いてメイサは即座に理解した。玲二は恭哉に何かしようとしている。メイサをここに連れて来たのも邪魔をされないためだ。


『お知らせします。たった今地下の実験室から被検体のケルベロスが脱走しました』


それを聞いたときすでにメイサは書斎を飛び出していた。恭哉が危ない。魔物の実験施設がある地下は結界を張ってあるものの、魔物がすぐに消えないようにするためその効果は弱い。またケルベロスは個体的にも恭哉が昨日戦ったゴブリンより格段に強いのだ。


階段を一段飛ばしで下りながら、メイサは玲二の表情を思い出す。恭哉が玲二に嵌められたのはメイサのせいだ。いくら良い武器があるとしてもやはりここに近付くべきじゃなかった。


「間に合って……っ!」


白金の髪がなびく。それを振り払うこともせずメイサは走った。




武闘場は荒れ果てていた。壁に大きな穴が二つあり、何か大きなものがぶつかったような跡もある。武闘場にケルベロスの姿はない。しかし、確かにここにいた気配がまだ残っていた。一体、いや二体だろうか。


「……西園寺」


恭哉の声がした。武闘場の中央に恭哉がうずくまっているのが見えた。


「黒崎さんっ」


メイサが駆け寄ると、恭哉は弱々しく顔を上げた。怪我をしたのか右のふくらはぎを押さえている。細かい擦り傷はいくつかあるが、足以外に大きな怪我は見当たらない。


「足を見せてください」


「ちょ、待って今動かすのは無理だ」


「そこまで……ケルベロスに噛み付かれたんですか?」


「違う」


「では爪で抉られたとか」


「……ったんだ」


「はい?」


「足がつったんだよ!」




恭哉の声は武闘場に響き渡った。恭哉は少し声が大きすぎたと後悔した。


「はい?」


メイサはぽかんとした顔をしている。そんなこと?とでも言いたげな顔だ。これは恭哉からすると極めて遺憾である。足がつったときの痛みを舐めてもらっては困る。もう本当に痛いから、これ以上足動かしたら死ぬから。


「……それだけですか?」


メイサが言った。俯いていてその表情は見えない。


「え、何が?」


「怪我のことです。それだけですか?」


「まあ、つった以外は特に何も……」


「本当に?」


「……本当に」


メイサは口を閉ざした。武闘場に沈黙が降りる。何となく気まずくて、恭哉はメイサから目を逸らした。え、何これ、謝った方が良いのか?


「はあー」


突然メイサが大きなため息をついた。何事かとそちらを見ると顔を上げたメイサの青い瞳と目が合った。


「心配しました……すごく」


メイサは薄く微笑み、安堵した顔をしていた。しかしそれは一瞬だった。いや、気のせいだったのかもしれない。


メイサはすぐにいつもの人を小馬鹿にしたような笑顔に戻って言った。


「いやー黒崎さんが童貞のまま最期を迎えるんじゃないかとヒヤヒヤしました」


「もっと別のことを心配しろよ」


まあ確かにこのまま死にたくないとは思うけどさ。


「ほえー、ケルベロス倒しちゃったんだ」


そう言って武闘場の入口から現れたのは玲二だった。メイサと一緒にいたはずだが、遅い登場だ。玲二が遅いというよりメイサが急いでくれたということだろうか。それはないかな。いや、そういうことにしとこう。


「怪我してるんじゃないの? 医務室があるからそこで――」


「いいえ、その必要はありません」


メイサが玲二を手で制して言った。


「黒崎さんは無傷です。だから、医務室に行く必要はありません」


「ちょ西園寺、俺足をつって――」


「我慢してください。男の子でしょ」


恭哉が小声で抗議するが、聞き入れられない。


「いや、最近は男女平等で――」


「いいから、我慢してください」


「はい……」


恭哉は首を竦めて言った。顔が整ったメイサは睨むと人一倍怖い。


「そっか……それは残念。じゃあ最後に黒崎くんのスキルを――」


「黒崎さん、教える必要はありません」


「あ、ああ」


メイサの迫力にたじろぎながら恭哉は玲二の表情を窺った。こんなに邪険に扱われて気分を害したのではないかと思ったのだ。しかし、玲二は変わらず柔和な笑みのままであった。恭哉は逆にそれが少し薄気味悪かった。


「話も済みましたし、私達は帰ります」


メイサは恭哉の手を取ると、ずんずん歩いて行った。恭哉は屋敷を出るまで何度も足をつりかけたが、玲二に無傷と言った手前、足を引きずる訳にはいかず必死に平静を装った。


門を出て少し歩くと、メイサはぱっと手を離した。恭哉はメイサに握られていた手を見た。驚くほど柔らかかったメイサの手の感触がまだ残っている。


「黒崎さん」


「は、はい」


恭哉はビクッと肩を震わせた。やばい、見られてたか?女子の手の感触を思い出すとかちょっと自分でも引くくらいだからこれは何を言われるか――


「すみませんでした」


「は?」


恭哉は気の抜けた声を出した。


「私が連れてきたばっかりに黒崎さんを危険な目にあわせてしまいました。私の責任です」


「いや、別に気にしてないけど」


「それとさっきの兄とのやり取りですけど、黒崎さんには理解できないと思いますが兄にはあまり関わって欲しくなくて……いや、私が兄より信用できるのかと言われるとあれなんですけど……」


メイサがここまでしどろもどろになるのを恭哉は初めて見た。口調もいつものように軽い感じではない。


「それは何となく分かる」


「分かるんですか?」


恭哉はガリガリと後ろ頭をかいた。これを言うのは少し恥ずかしい。


「分かるって言うかさ、西園寺とあの兄ちゃんどっちが良いかってなったら俺は西園寺が良いってなると思う」


「それは……どうして?」


「いや、ほら……人ってそれなりのことをしたら褒められるけど、それって当然と言えば当然のことだろ? でも、心配してもらえるのはそうじゃないっていうかさ」


「……」


「簡単に言うとあれだ。褒められるより心配してくれる方が嬉しいんだ」


恭哉は恥ずかしくて叫びたくなった。あー、自分語りとかかっこ悪い……


少しの沈黙の後、メイサが言った。


「……驚きました」


「何が?」


「黒崎さんに口説かれるとは思いませんでした」


「お前、俺の話聞いてた?」


「はい、メイサちゃん可愛いって話ですよね」


「全っ然違うから」


「あははは、分かってますよ。安心してください、今後私は絶対に黒崎さんを褒めたりしませんから」


「それも違うから」


恭哉の話し方が悪かったのだろうか。もっと国語を勉強しとけば良かった。


「つまり、私と上手くやっていけそうってことですよね」


「ああもういいよ、それで」


おざなりに答える恭哉へのメイサの温かい眼差しに恭哉が気付くことはなかった。

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