第六話 西園寺家
西園寺家は世間には余り知られていないが、守護者の中では言わずと知れた名家であるらしい。
まだレイダーという呼び方もない頃、異世界からの侵入者に戸惑い恐怖するばかりの人間達の中で異世界人に勇敢に立ち向かい、これを退けた者達がいた。その中の一人が西園寺だ。
その血を受け継いだ西園寺家の人間は守護者から敬意と羨望の対象であるという。
また西園寺家は魔法や武器の研究もしており、家の武器庫にはエスパーダもあるらしい。その中から一つ恭哉のために貸してくれるという。
そんな話を恭哉は西園寺家までの道すがらメイサから聞いた。
そう言われてメイサに目を向けると、確かに上流階級の者が漂わせる気品がある気がする。まあ、黙っているとき限定だが。
「じゃあ西園寺は、守護者の中じゃ結構有名なお嬢様なんだな……」
「簡単に言うとそうなりますね」
メイサが静かに言った。
恭哉はてっきり、メイサがこれ見よがしに自慢してくるものと思っていたので少し驚いた。らしくないような気がする。それとも真性のお嬢様とはこういうものなのだろうか。
「ここです」
メイサが足を止めて言った。
二人の前にあるのは大きな西洋風の屋敷だった。御伽話の絵本に出てくるような屋敷だった。白い壁は薄く汚れていたが、それがまた厳かな雰囲気を放っている。
「でかいな……」
恭哉はその大きさに圧倒された。屋敷その物もそうだが、敷地も広い。庭に噴水がある家を恭哉は初めて見た。
呆気に取られる恭哉を置いてメイサは門を開いて中に入っていった。恭哉は慌てて追いかける。
「なあ、俺なんかが入ってもいいのか?」
「いいんじゃないですか?」
「使用人とかいそうだな」
「いると思いますよ」
「……」
「どうかしました?」
「いや、なんか他人事みたいな言い方だと思ってな」
メイサの口振りは他人行儀で、自分の家の話をしているようには聞こえなかった。
「なんですか黒崎さん、私を心配してくれるんですか?」
「そんなんじゃないけど……」
冗談めかして言ったメイサの声にはいつもより張りがない気がした。
「まあ、半分は他人ですからそうもなりますよ。そもそも私はこの屋敷に住んでませんし」
そこで恭哉は気付いた。メイサはハーフだ。息を飲むほど整った顔立ちをしているが、日本人には見えない。果たして西園寺家のような由緒ある家が異国の血を受け入れるのだろうか、そしてそんな子供を忌避しないでいられるだろうか。メイサが言う「半分は他人」とはそういう意味ではないか。
「すまん」
恭哉の予想が当たってないとしても、メイサを取り巻く環境が複雑なのは確かだ。そこに軽々しく踏み込んではいけない気がした。
「謝る必要はありませんよ。少し面倒なことなので、このことは追々話します」
「ああ、そうしてくれ」
恭哉としても、異世界人やら魔法やらで今は手一杯なのでそうしてくれると助かる。
ドアの前に着くと、メイサは躊躇うことなくノックした。すると、すぐにドアが開き老齢の執事が出てきた。
「メイサ様……お待ちしておりました」
「お久しぶりです。こちらは先日お話しした黒崎恭哉さん」
メイサの紹介を受け、執事が恭しく頭を下げた。恭哉も深く頭を下げた。
「メイサ様、黒崎様、話は伺っております。どうぞこちらへ」
執事のあとをついていくと、屋敷の地下にある大きな倉庫にたどり着いた。中を開くと埃っぽい臭いがする。
「それではごゆっくり」
そう言い残して執事が去った後、恭哉とメイサは倉庫の中に入った。そこには剣や槍、斧などがあった。
「これは凄いな」
「量は多いですけど、黒崎さんが使っていたプロトタイプかそれに毛が生えた程度のものばかりですよ」
「じゃあ借りてもすぐに壊してしまうんじゃ……」
「奥の方を見てみましょう」
奥に進むにつれて、立て掛けられてある武器のグレードが上がっていくのが分かった。どれも物々しい雰囲気を持っている。その中でも一際異彩を放つ武器があった。
それは一振りの刀だった。刀身は赤黒く、薄暗い倉庫の中で鈍い光を放っている。柄に結び付けてある紙には『紅蓮』と書いてあった。
「なあ西園寺、これはどうだ?」
「それは……かなり強そうですね」
「ちなみに、西園寺のエスパーダもこの中から選んだのか?」
「それは――」
「そうじゃないよ。メイサのエスパーダ『無形』は技術者がメイサ専用に作ったんだ。放出型のエスパーダの中では最高クラスだよ」
その男の声がしたのは入口からだった。男は柔和な笑みを浮かべて歩いて来ると、すっと右手を前に出した。
「君が黒崎恭哉くんだね。僕の名前は西園寺玲二、よろしく」
「ど、どうも」
恭哉は慌てて手を出して握手した。玲二と名乗ったその男は、ひょろりと背が高かった。それなのにひ弱な風には見えない、独特の雰囲気を持った男だった。
というかさっきこの人西園寺って言ったけどまさか……。
「うん、僕はメイサの兄だよ。母親は違うけどね」
玲二がメイサの兄であること以上に恭哉は自分の考えが見透かされたことに驚いた。
「『紅蓮』は吸収型のエスパーダの中では『無形』と並ぶ傑作なんだけど、残念なことに内包されてある魔力が多過ぎて十分に扱える人間がいないんだ」
「……そうですか」
吸収型と放出型のエスパーダの作りが違うことは初耳だが理解できた。魔力をエスパーダから吸収するのと放出するのでは内部の構造もかなり変わってくる筈だ。
「黒崎くんは素質があるって聞いてるよ。君になら『紅蓮』を使いこなせるかもね」
「こんなに良いものを俺が使ってもいいんですか?」
「ここで埃を被ってるのも可哀想だし、使ってくれると嬉しいな。それに、ここで下手なものを渡してこれ以上エスパーダを壊されても困るしね。ああ、それと弁償の件に関しては気にしなくていいよ。素質を見抜けなかったメイサも悪かったから」
「じゃあ、使わせてもらいます」
そう言われれば受け取るしかない。弁償のことについては本当にありがたい。これで借金生活を送らずに済んだ。
「早く体になじませた方がいいだろうから、この先にある地下の武闘場を用意しておいたよ。そこで軽く振ってみるといい」
「え、そこまでしてもらわなくても……」
「遠慮することないよ。同じ守護者同士、仲間なんだから」
「はあ」
「メイサは少し話があるから僕についてきて」
メイサは黙って頷いた。
メイサは玲二が登場してからずっと黙っている。表情を見る限り兄を恐れている訳ではなさそうだが、何を思って口を開かないのか恭哉には分からない。玲二にはそんな妹を気にする様子もなく、それがまた奇妙だった。
「じゃあ、決まりだね」
上機嫌にそう言った玲二に続いて恭哉とメイサは武器庫の外に出た。ここから廊下の先に進む恭哉と引き返すメイサは別行動になる。
遠ざかるメイサの背中を見て、恭哉は何とも言えない胸のしこりを感じた。このままメイサに何も声を掛けないで別れるのはまずい気がしたのだ。
「さいお、じゃなくてメイサ……さん」
メイサが足を止め無言で振り返った。しかし呼び止めたは良いものの何を言ったらいいのか分からない。
「あの、さ……話、よく聞くんだぞ」
自分でも何を言っているのか理解不能だったが、メイサは表情を緩め、閉ざしていた口を開いた。
「ははっ、黒崎さんは何様ですか」
「確かに……」
「黒崎さんこそ、私がいないからって寂しがらないで、ってそれはないですね。黒崎さんは一人、慣れてますもんね」
「うるせえよ」
そう言いながらも恭哉はいつも通りのメイサに安堵していた。
この後、自らに危険が迫ることになるとは知らずに……。