第五話 ぼっちは大変
手ぶらで学校に行くと目立つ。
翌朝、恭哉は背中に受ける視線を感じながら昇降口に着いた。教科書や筆記用具を学校に置いて帰るものは中学の時からちらほらいた。そんな者達でも鞄くらいは持ってきていただろう。
しかし、昨日鞄ごと教室に置いて異世界人と戦いに行った恭哉はそのまま帰宅したため手ぶらだった。
ぼっちは目立つことを何より嫌う。カースト下位に位置する者は下手に目立てばそれをネタに総攻撃を受けるのだ。それは彼らは世の中に何か恨みでもあるのかと思うくらい苛烈になるのが常である。
恭哉はなるべく目立たないように足早に、しかし早過ぎない程度の早さで昇降口を去ろうとした。
「ぐっ」
体に痛みが走り恭哉は小さく呻き声を上げた。昨日の夜あたりから全身の痛み、特に下半身の痛みが凄い。筋肉痛だ。魔力で身体能力を強化して好き勝手動き回ったのが原因だろう。
この筋肉痛のせいでぎこちない歩き方になっているのも恭哉がいたずらに目立ってしまっている理由だった。
「えいっ」
可愛らしい声がしたかと思うと、ぐいっと指で押され恭哉の太腿に激痛が走った。
「いっ!」
思わず大きな声を出してしまい、近くにいた生徒達が驚いたようにこちらを見る。恭哉は逃げ出したい気分になった。
「あはははっ、黒崎さんはいい反応しますねえ」
「西園寺……」
西園寺メイサは白金の髪をそっと耳にかけながら実にいい笑顔をしていた。
「おはようございます。筋肉痛凄いみたいですね」
「分かってたなら触るなよ」
「いやーあんなロボットみたいな歩き方見せられたら触らずにいられませんよ」
このドSが。
恭哉は心中で毒づいた。さっきより向けられる視線が多い。メイサは校内で美少女として有名な少女だ。そんなメイサがさえない感じの恭哉と話していたらどうしても目立ってしまう。
「話なら後にしてくれ」
故に戦略的撤退が最善手となる。
「そんなに照れることないじゃないですかー」
「……」
恭哉は無視して歩く。これ以上目立つのはダメだ。
「昼休み、話があります。いつもの場所で待ってますから」
恭哉は苦い顔をした。
おい、その言い方は勘違いされるだろ……。
午前中、メイサが話し掛けてくることはなかった。思ったほどクラスメイトからの視線もない。恭哉は安心していた。自分が思ってるより他人は自分のことを見ていないと言うが、その通りのようだ。
しかし、世の中そう上手くいかない。
メイサの言う「いつもの場所」とは恭哉がいつも昼食を食べている屋上だろう。
昼休み、恭哉は屋上ではなく校舎裏にいた。呼び出されたのだ。余りにもベタだ、ベタすぎる。今から何をされるのか容易に想像がつく。
「おー、逃げずによく来たなあ」
恭哉を呼び出した三人組のうちの二人が言った。オレンジなのか赤なのか判断がつかない派手な髪色をしている。
「えーっと、用って何だ?」
「そんなの決まってるだろうが!今朝お前がメイサと話してたことだよ!」
ですよね……。
まあ予想はついていた。メイサと話すということはそれほど注目を集める事なのだ。本当に迷惑なことをしてくれたという気持もあるが、そう考えるのはおかしい気もする。メイサだってこうなることが分かっていて話し掛けてきたわけではないだろう。いや、メイサならやりかねないが。
「おい!何黙りこくってんだぶっ殺すぞ!」
「ぶっ殺すぞ!」
派手な男に便乗してもう一人が言った。こちらは金髪のいかにも取り巻きその一といった感じの男子だ。
「吉田、中川、二人とも落ち着いて、暴力はよくないよ」
奥にいた最後の一人が言った。恭哉は彼がここにいるのが不思議だった。彼の名は高野俊、スクールカーストトップに位置するクラス一人望がある男子である。薄く染めた茶髪に爽やかな笑顔で何かの雑誌から飛び出てきたかのようなイケメンだ。
ぼっちの恭哉でさえ名前を覚えているほど、クラスでも目立つ存在であった。派手な二人は所詮は彼の取り巻きに過ぎない。
「黒崎くん、俺は一つ君に聞きたいことがあるんだ」
「はあ」
「メイサとは仲がいいのかな?」
「いや、よくない」
そこは断言できる。しかし、高野ほどの男がどうしてそんなことを気にするのだろうか。もしメイサに気があるなら止めておけと言いたい。あれは人間的に問題があるに違いない。まともな人間には相手をするのは無理だろう。
「じゃあ今日の昼休みの話って何?」
「それは……言えない」
やけに詳しいなと思いながら恭哉は言った。
「どうして?」
「どうしてって……」
昨日起きたことを言っていいのか分からないというのもあったが、話しても誰も信じないだろうという気持の方が強かった。
「俺にはできない話なのかな?」
「いやできないって言うか、意味ないって言うか」
「じゃあメイサに聞くから、君はもういいよ」
高野は冷たい笑みを浮かべた。そして取り巻き二人に目配せするとすぐに去って行った。メイサに聞いても無理だろうと言ってやりたかったが、そんな状況ではなかった。
「んじゃ、取り敢えずやっとくか!」
「やっとくか!」
「おわっ」
殴りかかってきた二人の拳を恭哉は咄嗟に避けた。どうやらさっきの目配せはやれという合図だったらしい。高野は顔に似合わず黒い一面があるのか、それともメイサへの恋心がそうさせるのだろうか。暴力はよくないと言ったばかりなのにひどい変わり様だ。
そんなことを考えながらも恭哉は二人の攻撃を次々かわしていく。朝より良くなったがまだ筋肉痛はある。それでも当たる気がしない。ゴブリン達に比べたら動きが遅く拙いし、何より次の動きがよく分かる。
やっぱり視力上がってるな。
恭哉がそう思ったとき、校舎の陰から一人の女子生徒が出てきた。メイサだ。
「ちょっと黒崎さん、何分待たせるつもりですか」
お前のせいだ。そう言おうとした恭哉だったが、先に口を開いたのは派手な方の一人、確か吉田という名前、だった。
「さ、西園寺さん……どうしてここに?」
「私は黒崎さんに少し用がありまして」
「そ、そうなんだ」
こいつさっきメイサって呼んでなかったか?
吉田も中川も気まずそうな顔をしている。メイサはそんな二人に構わず恭哉に笑みを浮かべてきた。
「黒崎さん、喧嘩は感心しませんねえ」
「おい……」
どう考えても被害者は恭哉だ。それなのに、メイサの口ぶりだと恭哉が喧嘩をふっかけたように聞こえる。
「そうなんだよ、こいつがいきなり殴ってきてさ、俺達は危ないところだったんだ」
ここぞとばかりに吉田が言った。
「ほーそれはそれは、黒崎さんには私がよく言って聞かせるのでもう帰っていいですよ?」
「じゃ、じゃあ任せた」
「任せた」
そう言い残すと二人はそそくさと帰って行った。
「西園寺、俺は被害者なんだけど」
「あんなのにどう思われようと、どうでもいいじゃないですか」
「俺はよくないんだよ」
もしこの件で悪い噂が広まったら、恭哉のクラスでの立場は危うくなる。
「そんなことより」
しかし、メイサは恭哉の苦悩を一言で切り捨てた。
「黒崎さんが壊したエスパーダを新調することになりました。今度はプロトタイプじゃなくちゃんとしたものになる筈です。なるべく早くしたいんですけど、放課後時間はありますか?」
「あるけど」
「すみません、当たり前のことを聞いてしまいました」
言い方が気になる。まるで恭哉が放課後いつも暇みたいじゃないか。まあ、暇なんだけどさ。
「……それはいいけど、どこに行くんだ?」
「私の生家、西園寺の家です」
メイサは何とも言えぬ苦い表情をしてそう言った。