第四話 折れちゃった理由
メイサの一撃に度肝を抜かれている恭哉をよそに、メイサは何ともない顔をしている。メイサからすればいつも通りのことなのだろう。
「黒崎さん、それ見せてもらっていいですか?」
「あ、ああ」
恭哉は手に持っていたそれを手渡す。
「いやー見事に真っ二つですね」
対異世界人の武器エスパーダ、銀色の剣だったはずだが今は見る影もない。恭哉のエスパーダは根元からポッキリと折れていた。
「言っとくけど普通に使っただけだからな」
もしかしたら弁償の必要があるのだろうか。武器はかなり高価だと聞く。どう考えても一般庶民の恭哉一人で払える金額じゃない。
「普通に使ったら折れるはずないんですけど」
「じゃあそれがポンコツだったんだ」
金のためならどこまでも足掻く。人間は金の前には無力なのだ。金欠だけはどうか勘弁してください。
必死な表情の恭哉にメイサは呆れ顔だ。
「おかしいのは黒崎さんの方です」
「いや、でも一方的に俺が悪いってことは……」
「あります。黒崎さんが何を勘違いしているのか知りませんが、この剣はゴブリンを斬ったことで折れた訳じゃありません」
「え、いやそれは……」
いくら何でもおかしいだろう。剣が折れるのに斬ること以外に何があるのだ。外からの衝撃なくして剣は折れない。
「まあ、私にも少しは非があります。黒崎さんの吸収型としての素質を見誤ってました。黒崎さんはこの剣の魔力を吸い取り過ぎたのです」
「吸い過ぎた?」
「はい、吸収型はエスパーダから取り込んだ魔力を体内で循環させて身体能力を向上させます。しかし黒崎さんは魔力がまだ足りなかったのか、吸収した魔力を循環させずになお吸い続けました。そして魔力が枯渇したエスパーダは内側から崩壊したんです」
「そんな簡単に壊れるのか?」
「普通は壊れません。例えプロトタイプでもここまで派手に壊れることはないはずです。黒崎さんが残りかすになるまで吸収し続けた結果でしょう」
それが本当なら、恭哉は自分でボロボロにしながらエスパーダを振り回していたことになる。素質云々については分からないが、これは全面的に恭哉が悪い。メイサと弁償の折半はきつそうだ。
「おれ、やっぱり弁償か?」
「いやー黒崎さんはそればかりですねえ。その点については私が掛け合ってみますからご安心を」
軽い調子のメイサに言われても全然安心できない。そもそも、掛け合うとはどこにだろうか。確かなのは恭哉がこれ以上喚いてもどうしようもないということだ。
恭哉はこの件については諦めて一つ気になったことを尋ねた。
「倒されたゴブリン達が消えていったのは何だったんだ?あれもエスパーダの能力か?」
「いえ、あれは結界の能力です。この結界は敵が外に出るのを防ぐだけでなく、元の世界に帰す効果もあります。その効力は強くありませんが、大きなダメージを与えるとそれに抗えず強制的に元の世界に帰されます」
確かに、消えていったゴブリン達の中には絶命するまで傷が深くないものもいた。
「凄い結界だな……」
「さすがは神様といったところですね。まあ、本人はもっと強い結界を張りたいみたいですけど」
「できないのか?」
「ミケにとってここは異世界ですから、勝手が違ってそう上手くいかないみたいですよ。それと、魔法が存在しないとされているこの世界での影響も考慮しているそうです」
もしこんな住宅街に結界が張られていると知られたら驚くだろう。結界は過去に侵入を許した場所に張られているのだから、その全ての結界が見つけられでもすればパニック状態になりそうだ。
「この結界、見つからないのか?」
「それについては、出てみれば分かります」
結界の外に出る。相変わらず閑静な住宅街にしか見えない。恭哉は奇妙だと思った。つい数分前までここで戦闘があったのだ。当然大きな音がした。なのに、あたりは静かなままでこちらに目を向ける者はいない。
「ミケの結界の中はこことは別の空間です。普通の人には見えませんし、音も聞こえません」
恭哉は屋上のことを思い出す。あの時恭哉は屋上とは全く異なる空間に飛ばされた。それと同じなのだろう。
「マジで魔法なんだな」
恭哉はポツリと言った。メイサはそれを驚いた顔で見た。
「何を今更と言いたいところですが、まあそうですよね。黒崎さんはひよっこなんですから、格好つけてないで先輩を頼ってもいいんですよ。この先輩を」
メイサが得意気に言った。正直言って色々説明されてもまだ分からないことだらけだ。自分でも怖いくらい落ち着いてはいるが、それが何故なのかも分からない。だから、メイサの存在は頼もしい。しかし、メイサにそう言うのは何となく癪だ。
「俺は男だ。女には頼らない」
「うわーいかにも童貞って感じのセリフですね。メイサ、ドン引きです」
「うるせえよ」
本当に言わなくて良かった。こいつには絶対頼らない。恭哉は固く誓った。
「ではでは、私は諸々の報告があるので、ここで失礼します」
そう言うとメイサは背を向けて歩いていく。時折、あの小馬鹿にした笑みを向けて手を振ってくるが恭哉は無視した。
メイサが見えなくなっても恭哉は動かなかった。今日は色々な事が起きすぎた。これまでの薄い人生の埋め合わせをするような濃い一日だった。
「はあー」
大きくため息をついてから言う。
「帰るか」
今日はもう疲れた。学校に行くのは面倒くさい。別にいいか、どうせ友達もいないし。