第三話 折れた剣とメイサの実力
恭哉とメイサは学校から出て住宅街を歩いていた。
「なあ、普通にサボったけど学校は大丈夫なのか?」
「当然です。守護者はこの世界を守っているのですから、そのくらいの権利があってもいいでしょう。学校側は私が守護者であることを知っているので問題ありません」
「それって西園寺だけなんじゃ……」
恭哉がスキルを与えられたのは今さっきだ。それを学校が知っているはずがないし、メイサが誰かに報告している様子もなかった。
「ああ、確かに黒崎さんはまだ守護者と知られていないのでアウトですね。まあいいじゃないですか授業の一回や二回」
「お前完全に忘れてただろ」
「ははははっ、テヘペロです」
テヘペロって……。
恭哉はメイサの軽い態度を見て確信した。こいつ絶対わざとだな。午後の授業の教師は中々面倒そうだったから、恭哉が彼らから説教されるのを陰から見て楽しみたいのだろう。
恭哉が何とかして言い逃れる方法はないかと考えていると、メイサが足を止めた。
「ここです」
アパートやビルが並んでいるだけで、そこはどう見てもただの住宅街にしか見えない。
「ここからそのレイダーとかいう異世界人が来るって?」
「はい、間違いありません」
「どうして分かる?」
「ここは過去レイダーが侵入してきた場所なので既にミケの結界が張ってあります。そこにレイダーが近付くと知覚できるんです」
「俺はできなかったけど……」
「それは黒崎さんに才能がないからです」
「……」
「あはははっ、冗談ですって。そんなに真に受けないで下さいよ」
「お前の冗談は分かりづらいんだよ」
凡人はこれまでの経験から才能というものを疑いがちだ。典型的な凡人を自負する恭哉もそれは例外でない。
「黒崎さんはまだ魔力に触れて間もないですから、分からなくて当然です。黒崎さん、才能あると思いますよ」
だから、メイサに笑顔でそう言われても疑わしく感じてしまう。それでなくてもメイサの笑顔は胡散臭いのだ。
目の前にある道路の先が微かに揺れた。恭哉が目を細める。見間違いかと思ったが間違いない。その一点だけがまるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺れている。
「あれは?」
「レイダーがこの世界を隔てる結界を壊しているんです」
「いよいよお出ましか」
「エスパーダを用意してください」
「了解」
手元に黒い箱が浮かび上がってくる。学校を出る前に魔法の解き方を教えて貰っていた。恭哉はそれを開き、銀色の剣を握った。魔力が流れ込んできて力がみなぎっていくのを感じる。
「西園寺は用意しないのか?」
メイサはエスパーダを持っていない。黒い箱もなかった。
「私は手間がかからないので、ギリギリでも構いません。ですが、今回は早めに出してあげましょう。特別ですよ」
その偉そうな口ぶりが気に食わなかったが、メイサのエスパーダがどんなものなのかは気になる。恭哉のものはプロトタイプと言っていたので、それとは違うのだろうか。
メイサは恭哉が見ていることを確認してから、すっと右手を前に出す。すると、掌が淡く光りそこから細い棒状のものが出てきた。
「それが西園寺のエスパーダか?」
「はい、名を『無形』といいます」
メイサの右手から顕現したのはタクトのようなものだった。純白のそれがきらきらと日の光を反射している。
「そんな小さい棒で戦えるのか?」
「うふふっ、心配ご無用です」
確かにそうだ。歳こそ同じだがメイサは守護者として恭哉より遥かに先輩に当たる。余計なお世話だろう。
道路の先の揺らぎが大きくなり、遂に壊れた。透明な紙がペロリとこちらに向かって破れるようだった。その破れた先から何かが出て来た。
「来ましたね。ゴブリンです」
「おいおい、ファンタジー感すごいな」
それは紛うことなくゴブリンだった。緑色の小さな体に不釣り合いな大きな頭、耳は尖っておりでっぷりと腹が出ている。手には刃こぼれがひどい剣や斧を握っていた。
「異世界人なんですから、ファンタジーに決まってるじゃないですか」
「あれと戦うのか……」
「あれと戦うのか……」
そう言った恭哉を見て、メイサはハッとした。果たして恭哉は戦えるのだろうか。メイサは当たり前のように異世界からの侵入者レイダーと戦ってきたが、それはメイサが特殊だからだ。しかし、恭哉はそうではない。ただ素質があっただけの高校生なのだ。
それなのに、メイサは何も考えず恭哉をここに連れて来てしまった。戦いに早く慣れるには実戦あるのみだが、恭哉の場合今日スキルを与えられたばかりで、説明も簡単にしかしていない。実戦は少し早過ぎたか、そもそも恭哉は守護者になるとは一言も言ってないのだ。
「俺、目が良くなったかも」
「へ?」
「いや、なんかよく見えるんだよな。視力が上がったのかも、今度はかってみるかな」
恭哉のあっけらかんとした態度にメイサは寒気を覚えた。飄々とした性格だとは思っていたが、まさかここまでとは。もうあまり覚えていないが、メイサが初陣の時はこれほど落ち着いていなかっただろう。
「視力が上がったのは、魔眼の能力の一つかもしれないですね」
「こっちは全然ファンタジー感ないな」
「まあそれは気長に待ちましょう」
二人が会話を続けている間にもゴブリンは次々と侵入してきて、最終的には三十体ほど出てきた。
それを見ながら恭哉が言う。
「吸収型の俺は放出型の西園寺より身体能力が高いんだったよな」
「そうですけど、それが何か?」
「じゃあ俺が前衛だな」
「え……」
まさかと思ったときにはもう遅かった。恭哉は地面を蹴り出して一直線に飛び出した。
凄まじいスピードだ。一瞬前そこにあった景色は既に遥か後方にある。恭哉は魔力による身体強化に改めて驚いていた。
あっと言う間に先頭のゴブリンに近付き、その首を刎ねる。頭のなくなったゴブリンは音もなく消えた。
そのことに疑問を抱く間もなく次のゴブリンを斬る。そこでようやく急襲者に気付いたゴブリン達が声を上げて襲い掛かってくる。構わず恭哉はギアを上げる。
「焦る必要はありません!一旦離脱して下さいっ」
後ろからメイサの声が聞こえる。何を言っている、と恭哉は思った。恭哉は焦っていない。寧ろ落ち着いていて怖いくらいだ。自らを取り囲むゴブリン達の状況がよく分かる。いや、よく視える。
一体、また一体と斬り伏せていく恭哉、二十体目を斬った時に異変は起きた。ゴブリンの胴体を真っ二つにしたところで、銀の剣、恭哉のエスパーダが根元から折れたのだ。
かんっと折れた剣の先がアスファルトに落ちる音がする。
「マジか……」
唖然とした顔で手元を見つめる。あんなに頑丈そうだったものがこうも簡単に壊れるのか。
そんな恭哉に関わらずゴブリン達はチャンスとばかりに襲い掛かってくる。さっきまでとは一転してピンチだ。恭哉は必死に避ける。十対一のこの状況で攻撃を避けられていることに驚いた。
「全く、だから焦るなと言ったのです」
いつの間にか隣に来ていたメイサが言った。
メイサの手元が光を放つ。無形とはよく言ったものだと恭哉は思った。タクトはその形状を変え、二メートルほどの幅広い大剣になった。
「巻き込まれても怒らないでくださいね」
からかうような口調でそう言うと、メイサはその細腕のどこにそんな力があるのか、大剣を軽々と振り回した。
「やばっ」
恭哉が慌てて後ろに跳ぶ。その直後、メイサが大剣を横薙ぎに振るった。ゴブリン達は為す術もなく吹き飛ばされ、消えていく。
「ふーっ、これでひと段落ですねえ」
輝かんばかりの笑顔で言うメイサを見て、恭哉の額に冷や汗が流れた。
こいつ、半端ねえ……