第二話 魔眼
恭哉は眩しさを感じて目を覚ました。場所は屋上であの白い光が辺りを覆う前と同じだ。
「ようやくお目覚めですか。もう五限目始まってますよ」
ベンチに座るメイサが言った。恭哉は地面に横たわっていたので自然と見上げる形になる。
「一体どういうことだったんだあれは」
恭哉が身を起こしながら言った。
「黒崎さんはミケに選ばれ、スキルを与えられたのです」
「あのミケって猫は何者だ?西園寺と知り合いみたいだったけど」
ミケの口ぶりは明らかにメイサを知っているようだった。
「私も詳しいことは知りませんが、ミケは異世界の神様です。異世界の人達がこの世界に侵入しようとしているのですが、それを阻止して欲しいそうです。そのための力を私やあなたに与えたんです」
「どうして俺なんだ?」
自分で言うと悲しくなるが、恭哉はさしたる特徴がない平凡な高校生だ。異世界の神から選ばれるとはとうてい思えない。
「黒崎さんには魔力に対する耐性があります。だから選ばれたんです。異世界からこの世界を守る『守護者』として」
「西園寺もそうなのか?」
「はい、もう随分昔のことですけど私も守護者に選ばれました。ミケは恐らくあそこに結界を発動させるつもりだったのでしょう。私はミケに黒崎さんを屋上に留まらせておくように頼まれました」
「だから話し掛けてきたのか」
「いーえ?あれは単純に黒崎さんをいじるのが楽しかっただけです」
何か言い返してやりたいがぐっと我慢する。メイサは恭哉の反応を楽しんでいるのだ。過剰に反応してはいけない。平常心……平常心……。
「そうかそうか、それでミケは西園寺と知り合いみたいに話してたんだな」
「本当はミケと会うのは黒崎さんだけの筈だったんです。それを……」
「何だよ、歯切れが悪い」
「いえ、ああいうのは続けた方がいいと思いますよ。女子の好感度が上がります」
「は?何のこといってるんだ?」
「無自覚ですか、それはそれは……」
メイサはまた歯切れが悪い。さっきから会話が噛み合ってない気がするのは気のせいだろうか。
「では、色々説明したいと思います。先ずはスキルです」
これでこの話はお終いとばかりにぴしゃりとメイサが言った。
「スキル?そう言えばあの猫も言ってたな」
「スキルとは異界からの侵入者と戦う術です。魔法と言ってもいいでしょう」
「じゃあ俺には魔力とかあるのか?」
「それはほとんどありません。黒崎さんは吸収型なので。私にはありますけどね」
メイサがドヤ顔で胸を張る。ないとまでは言わないが、薄い胸だと恭哉は思った。
「黒崎さん、今何か失礼なこと考えませんでしたか?」
「いや、考えてない。それより吸収型って何だ?」
「怪しいですけどまあいいでしょう。私達は魔力を使って異界の者達と戦います。その時に『エスパーダ』という武器を使うんですけど、その武器から魔力を吸収するのが『吸収型』、放出するのが『放出型』です。私は後者になります」
「それじゃあ俺は魔法使えないんじゃ……」
「いいえ、魔力が皆無という訳ではありませんので使えるはずです。少ない魔力で使う魔法、恐らく戦闘時に自分か他人を支援するような形になると思います」
魔力が少ないのは結構不利なんじゃないだろうか。魔力を吸収するというのもよく分からない。
「そのエスパーダって武器に魔力が溜まってるのか?」
「実際に見た方が早いでしょう。ちょっと待って下さい」
メイサは自分の座るベンチの空いたスペースのある点を指でそっと撫でた。するとそこに突然黒い箱が現れた。
「お前今何やったんだ?」
「この箱には人から見えなくする魔法がかけてありますから、それを解いただけです」
そう言いながらメイサが箱を開ける。中には銀色の剣が入っていた。
「これがエスパーダです。これはプロトタイプなので私達の物とは少し違いますけど、こういう武器を使って戦います」
「触ってもいいか?」
「勿論です」
メイサから剣を受け取る。
「結構重いな」
そう呟いた時、恭哉の体に何かが駆け巡ったような感覚があった。剣を持った右手から何かが流れ込んでくる。全く不快感はなく、むしろ心地よかった。これが魔力なのだろうか。
「ちょっと飛んでみてください」
言われたとおりその場で軽くジャンプしてみる。
「なっ!?」
重力を無視したように体が浮いた。三メートルは飛んだだろう。体が恐ろしく軽い。加減してこれだ、本気で飛べばどこまで飛べるのだろうか。
「魔力を使うと飛躍的に身体能力を向上させることができます。吸収型は放出型よりその傾向が強いです」
魔法が弱い吸収型は身体能力でそれをカバーするということなのだろう。吸収型だから不利だというわけではないようだ。
「しかし……」
「どうかしたのか?」
恭哉が何やら思案顔のメイサに言った。
「今の動きからすると、黒崎さんはかなり素質があるようです。エスパーダから魔力を引き出す量には個人差があるのですが、黒崎さんは凄まじいです。流石はぼっちの黒崎さんですね」
「ぼっち関係ないだろ……」
それに恭哉はまだ友達を作ってぼっちを脱却する可能性があるはずだ。いや、絶対脱却してみせる。
「これで概ね説明は終わりです。次に黒崎さんがどんなスキルを与えられたのかですが……黒崎さん、私に黒崎さんのスキルを教えて下さい」
いきなり教えろと言われても分かるわけがない。恭哉はスキルがどういったものなのかも今知ったばかりなのだ。そう言おうとした恭哉だったが、口から出たのは全く違う言葉だった。
「ああ、俺のスキルは『魔眼』だ」
恭哉は言った後に驚いた。『魔眼』、当たり前のように口にした言葉だが、これが恭哉のスキルなのだろうか。
「驚くのも無理はないです。スキルは与えられるとそれを生まれたときから知っていたような感覚がします。そういうものなのです」
「そうなのか」
「魔眼というのですから、目に何か作用する能力なんでしょうね」
「西園寺は知らないのか?」
「系統的に似ているものはありますが、スキルは基本的に固有の魔法です」
「今使うことはできないのか?」
「スキルは使っていくうちに強くなっていきます。すぐ使えるものもあれば、暫くして使えるものもあります。黒崎さんのはどうでしょう。魔眼というからには目に何か変化が……」
自分のスキルを知っていても、それがどんな能力なのかは分からない。魔眼という名前からも想像できない。ただある人種が聞いたら発狂して喜びそうだなと思うだけだ。
そんなことを考えていると、メイサがぐいっと顔を寄せてきた。甘い香りが頬をくすぐる。白い肌は滑らかで陶器のようだった。
「うーん、変化といえば目が死んでいることですかねえ」
「それは前からだ」
憮然とした表情で恭哉が言った。メイサはそれを聞いて初めて距離の近さに気付いたのか、ぱっと顔を離した。
「おっと、黒崎さんにファーストキスを奪われるところでした」
「そんなことするか」
そもそもメイサから近付いてきたのだ。恭哉に非はない。というか……
「西園寺、お前キスしたことないのか……」
ポツリと言ったその言葉に、恭哉の知る限り初めてメイサが動揺した。メイサの頬が紅潮する。
「え、ええ、そうですよ。私はうら若き乙女ですから……それが何か問題でも?」
「いや、なんでもない」
メイサは必死に平静を装っているようだが、肌が白いので赤くなった頬が羞恥を隠せていない。
その様子がおかしくて、恭哉は笑ってしまった。
「五限目が終わってしまいます。早くいきますよ!」
笑いを噛み殺しながら恭哉も屋上出口にむかう。すると突然メイサが立ち止まった。
「黒崎さん、五限目は間に合いそうにありません」
表情こそいつも通りの笑みを浮かべているが、メイサの声には厳しさがあった。
「どういうことだ?」
「『レイダー』、異界からの侵入者です」