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02 愛の爆弾

「というわけでイギリスから国を超え編入してきました!! ルールゥ・マーレイです!! よろしく!!」

 跳ねて手を振るという眩しさ。

真新しいブレザーに短いスカート。

プラチナブロンドに涼やかな翡翠色の瞳、高校生というよりも小学生に近い幼い容姿のせいか本当に人形に見えてしまう彼女だが、クラスでの評価は大変に良かった。

 何せ都内学校ランキングでは中の下、非行少年が多いわけでも秀才が多いわけでもない中途半端な学校。

当然交換留学生など制度もなければ、聞いたこともない。

驚異の学校格差の中で中道を浮かぶ中途半端な学校に降って沸いた本物のイギリス人少女。

 言われなくても眩しい存在に色めき立つ学友たち。

言葉の壁を無様に作ってしまいそうな日本人青年たちに、イギリス人少女がペラペラの日本語で挨拶とまでくれば盛り上がらずにはいられないというものだ。

質問の手が雨後のタケノコのように伸びている

「どういうルートでこの学校への留学を選んだのですか!!」

 紹介で前に立つ福見先生が、自分の授業では見られない熱気に驚くほどの男子レスポンス。

自分を迎える挙手にルールゥは上機嫌で言い放つ

「私は天野くんのお父さんの紹介で日本にやってきました!! なんでも質問してね!! 私も色々聞くから!!」

 名前が飛び出す事で視線が2分割される、司とルールゥへと。

光の速さで視線を反らせば追従音は歓声だ。

 寝起き確定の鳥の巣頭、天野司(あまの・つかさ)は一転した自分の生活に黙秘を通そうと決めていたが、当然のようにその野望は打ち砕かれていた

「おいおい天ちゃんよぉ、どういうことだよ」

 天ちゃんってなんだよ、いつそんなあだ名がついたんだよ、突っ込みたいが黙秘を決める

「まさか一緒に暮らしてるとかってやつですかぁぁぁ!!」

 男子羨望の視線が痛い、何も答えずやり過ごしたいのにルールゥが黙らないのが辛い

「天野くんちのパパさんの紹介ですのでぇー、ご縁を大事に今は天野様宅にやっかいになりながら皆さんと色々学びたいと思います!!」

「テメー!! 天野!! 同棲ってやつですか!!」

「うちには母親だっているっつーの!!」

 変な噂は立てないでくれ、願いむなしく色恋に逸るクラス

「そうそう母上様とは仲良しなのだ−!!」

 テンションの上がる教室という箱を言葉でシェイクしまくりのルールゥ、止まらない質問の嵐を笑顔で続ける中、司は机にうつぶせていた。

 言ってくれるなよ、何も言わずにただ静かにしていてくれとつぶやきフル回転の頭で。

余計なことは一切言わないと約束したのに、それでも伏せておけない事実を語ってしまうルールゥ。

社会的諸事情で伏せておくこともできないものがあるのも理解しつつも、四方八方から耳に届く囃子と質問に倒れそうになる

「頼むよ……それ以上はいうなよ、あんたが吸血鬼だってことは絶対に言うなよ」

 肩を揺する騒ぎの中で使は自意識強制終了のために眠りに入ろうとしていた。

眠ることで何かを忘れ、目が覚めた時にこの悪夢が過ぎ去ってくれる事を心底願い落ちる瞼に、福見先生の説教が響くのであった。



「ます、質問にこたへるニョロ」

 月光の下ゴザに包まったルールゥの言葉はこんにゃくのように揺らいでいた。

どちらかというと前歯をなくした老人のような話し方にも似ている。

違うのは目の前に素っ裸の少女がいて、それが砂から現れて、砂は小さな小瓶に入っていたという人間らしからぬ登場であり、それゆえに普通に話ていいのかをどう迷っていいのかという点だ。

 しなる猫のように両手を上に背伸びする少女に、尻もちついて転がった使は恐る恐る聞いた

「えーと、あんたは吸血鬼さん……なんですか?」

 改めて聞くと、聞く方も恥ずかしい言葉だ。

というか面と向き合って事態の奇妙さに嫌気を覚える。

星空見える屋根の上で、なにやっているのだかという気持ちが大きくもたげる。

 司のそんな気持ちを逆なでするように、質問に対する答えは蛇口の壊れた水のように出る。

ボロボロと

「私はきゅうふぇつきとかやなんろい」

 壊れてる、言葉の外角が完全に壊れている

「……なに言っているのかよくわかんないんだけど……てか、さっきは普通に話できたのに?」

「うにゅうにゅ、ひゃっぱりもたにゃいのニャ、キスだけりゃ言語形成にはたりなひのよね」

 言うやルールゥは立ち上がり、司に覆いかぶさった。

裸の体が密着して司の耳を柔らかい舌が這う、このかっこうはやばい、自分の体の上に裸の少女が乗っかるとか究極的にインモラルな図に慌てる

「なっなっなっなっ!!! なにするの!!」

「血をもらうひょの」

 司の照れテンションなど知ったことでないという行動は間髪置かずに働いたていた。

血が欲しいからという相談があって、話し合ってなど一切ない、あっても困るが心構えが目の前の裸に上気してついていかない。

目の行き場を探し視線を逸らした瞬間に、事は始まっていた。

ルールゥの牙はすんなりと首筋を突き、差し込んでいた

「うごひゃなひでね……」

 動くなと。

動けるわけがない。

噛まれた瞬間、全身に別の意思が走っていた。

彼女を突き放したい腕がしびれ、同時に全ての神経が司の支配から遠ざかる。

痺れる感覚、頭の中に直接舌が入り込み脳みそのしわの隅々を舐められるような、不気味なのに甘ったるいシロップの海を泳ぐような浮遊感。

 全てが染み込み、飲み込まれる、むず痒い波が繰り返し体全体を襲う

「……もう……ダメだ、俺、化け物になっちまうんだ」

 浮かれる体とは別に、思考の方はどんどん埋没していた。

よぎる絶望、陽の下を歩けない夜の生き物に自分が変わってしまうという恐怖で目が回りつつも、ばっちり前を向いて裸から視線がそれないのが悲しい

「たすけて俺……吸血鬼になんかなりたくない!!」

「むふん!! 大丈夫!! ならないから!!」

 明確な哀願に、明確な答え。

先ほどまでトロトロだったルールゥの言葉にしっかり角ができている。

膝の上に乗ったままの小さな彼女はにこやかに唇を飾った血を払う

「心配しないで、司を眷属になんかしないから」

「眷属? 何それ?」

 あどけない顔があっけらかんと、涙目で呆然としている使を見て

「なんかさー、人間って勘違いしているみたいだから言っておくけど、噛んだ程度で吸血鬼に成れるなら今頃地球は吸血鬼であふれた星になってるわよ」

「それは……ほら、需要と供給という……」

 てんで意味不明な回答をしてしまう司を前に、ルールゥは薄く笑う

「むふん、バカにしないでよ。吸血は食べるための行為だと思っている時点で周回遅れもいいところな考えよ。だいたいそうでしょう食欲と性欲が一緒なんてとてもいやだわ」

「食欲と……性欲?」

 言われて目の前の裸体に体が硬直する。

そういえば裸が目の前、真っ白な肌にほのかな膨らみと薄いピンクのさくらんぼが2つ見えてしまう。

凹凸少ない幼い体ではさらに下まで見えそうで必死に空を見る使に、お構いなしの説明が続く、可愛く人差し指をフリフリして

「だってそうでしょう、噛んで血を得る事が食欲だとして、噛むことで種を増やすのは性欲になるじゃない」

「いやよくわからないですが、俺は吸血鬼にはならないってことで……オケ?」

「むふん、オッケーよ」

 よろしいと小首を傾げる彼女に、はだけていたゴザをクローズさせる

「あの……隠しておいてもらえねー? 困るんで……」

「何も困ってないよ」

「……俺が困ってるんだよ……」

 裸は困る、目のやりどころにも、下半身にも。

ましてやここは外、こんなところを近所の人に見られたらとんでもないことになる。

ズバリ「天野雑貨店のバカ息子、小学生少女を裸にする!!」

 こんな噂が立ったらあっという間に背びれに尾びれに手も足もついて羽までついて、魚どころかキメラのようなモンスタースキャンダルになり、この街にいられなくなる。

 実際には相手がモンスターだろうが、見かけは少女で自分が思春期真っ盛りの男の子である。

このままでは「先生泣かせた」を上回る汚辱の波にさらわれてしまう。

 頭の中をめぐる危険な結末への道、諸々の事態に目を泳がせている使をいたずらな目でみるルールゥは開き直っていた


「むふん、見てもいいのよ。どうせ子供の体だし……あっ、子供の方が好きなタイプなのか、そうかそうか若いのに偏ってるわね」


「ちげーよ!! いきなり性癖確定するなよ!!」

 危険な裸体が、危険を押し付ける。

そうであるかのように言われるのは心外を通り越す、神経にスリコギ状態の司の顔にルールゥは人差し指を立てて説教

「まあまあ、落ち着きなよ。見るだけならいいんじゃない、本人合意の上、周知確認は必要だけど」

 決めつけてニッコリ、決めつけにプッチンだ

「ちげーって言ってるだろ!! 話しを聞けよ!! でもってそういう問題じゃねーんだよ、ここは場所が悪いんだよ」

 もはや相手が砂から現れた化け物であることなど、どうでもよくなっていた。

ここで他者に見られることの方がよほどに危険と、若い本能が告げている。

「とにかく部屋に入ってくれよ、裸はまずいんだよ」

「あー200年ぶりの空だ。イギリスの曇った空とは違いよく星が見える」

「おい!! 聞いてるのか!!」

 司の事などどこ吹く風、ルールゥは立ち上がる。

体に覆っていたゴザを落とし、裸体の両腕を空高くに開き深呼吸した。

 真っ白な体はまるで白磁のよう、月の色を反射させるプラチナブロンドと、人を見透かす真紅の瞳は世界を堪能していた

「ああ月よ、星よ、私は再び地の元に立った!!」

 戻った。

砂より出でし吸血鬼、その姿は改めてみるまでもなく美しかった。

それは下世話な本能よりも、美しいものに心うたれる人間の核心にふれるような存在で、焦燥しきっていた使の時を止めてしまうほどの存在だった

「さあ、恋に会いに行こう!!」

「やかましいわ!! 何してんだよ!!」

 振り返った満面の笑みに我を取り戻し手を引いた

「うわわわわわわわ」

 どんなに美しくてもそんな姿を呆然と見続けて良い訳がない。

感激ひとしおのルールゥを司は引っ張るが、司は急ブレーキをかけるように硬直し動きを止める。

全裸で立ち上がるなんて言語道断の愚行だ。

子供に注意、メッをするように人差し指を立てて怒る

「いいか、何してもいいけどまず服を着てくれよ!! ここで全部見せるなよ!!」

「気にするな全部見て良し、なんなら司も脱いで見せてくれ!!」

「見たくねえし、近所迷惑なんだし!! 俺が脱ぐわけないだろ!!」

 フル回転の行き違いに意識は激しく混濁していた。

突然砂から現れた化け物、なのに姿はかわいい少女、そんでもって裸。

何に一番注意すべきかは色々あっが、まずはルールゥの肌を隠すことが常識的だった

「服取ってくるから……ここにいて」

「司? 何騒いでるのよ? まだ塔矢くんいるの?」

 今日こそお節介はやめて欲しかった。

母麗子がここに顔を出すことは滅多になかった。

何せ店からここまで階段で3階あがり、更に裏窓に引っ掛けたハシゴを登ってこないといけない。

大抵は大声で呼ぶ程度の母が、何故に今日に限ってここまでやってきたのか

「母さん……」

「何やってるのよあんた塔矢くん帰ったと思ったのに、誰と話しして……」

 隠そうとする使の後ろ、ルールゥはお茶目に飛び出しピースサインをしていた

「やあ母上さん、こんばんわ!! 今日から世話になるルールゥ・マーレイだ!! よろしく!!」

「よろしく……じゃねーだろ!!」

「なんで裸の女の子?」

 三者三様の驚きが、ここでビックバンを起こしそうだ。

司はルールゥをひっぱり、裏窓から頭を出し息子の痴態に目が点になった母を押し込め部屋へと飛び込んだ。



「……とにかく俺は疲れている」

「ああ見ればわかる」

 昼休み、司は教室からダッシュで逃げ学校屋上北サイドで手付かずの弁当を広げていた。

隣には噂の転校生を見ようと顔を出した村井塔矢(むらい・とうや)が、苦笑いを浮かべてパンを食う

「親父さんすごいの送ってきたな」

「まったくだ……俺の平穏にして静かな人生をめちゃくちゃにしやがって」

 空に向かってため息を吹き上げる。

そのまま魂が抜けそうなぐらいに疲れ切っていた。

父親は今まで色々な雑貨小物を送ってきたが、化け物を送ってきたのは当然初めて

「まったく、どこであんなもの……」

「いっても親父さんエリートサラリーマンなんだろ、だから向こうの偉い人が娘の就学にって話だろ」

「……そうなのか」

「いやいや、お前の方が知ってる事だろ」

 知るわけない。

いつその「設定」はできたんだと頭を揺らす。

真面目に疲労を顔に浮かばせる司を気にしながら、今度の一品には興味を示す塔矢

「それよりさ、昨日突然きたの?」

「ああ突然きた……」

 まごう事なく突然瓶詰めからでてきた。

普段使のことなど影の薄い存在程度にしか思っていないクラスメイトより、ずっと近い悪友塔矢だって聞きたいことがたくさんだ。

何せ彼女がこの世に顕現する数分前まで司と一緒にいたのだから。

「俺が帰ったのって10時ぐらいだろ、あの後に来たの?」

「……ああ、うん」

「かーぁ、もうちょっといればよかったよ!! そしたら最初に会えたのに!!」

 そんな恐ろしいことあって欲しくない。

ルールゥのあの態度からすると、素っ裸のまま塔矢にも抱きついていただろうと容易に想像できて怖い

「で、お前の家に住むって本当?」

「らしいよ……」

「なんだよなんだよ、突然出会いが降ってきたな!! やっぱりい良いことあったじゃん」

「……全然よくねーし、出会いじゃねーし」

 この出会いは危険すぎる、それに伴う秘密はもうたくさんだ。

平凡を望む自分の身の上にどうしてこんな騒動が降りかかったのか、恨めしい思いばかりが募り、塔矢が考えるようなワクワクは欠片もない。

だが他者にそれは説明できないのだから、ノリはあくまで軽くホットなことでしかないのだ。

 壁に張り付くように腰を下ろした司が、寝たり起きたりを繰り返すように頭を動かしているのが楽しくで仕方ない

「司、前向きに考えろよ。いいリハビリじゃねーか、一つ屋根の下に可愛い女の子がいるんだ。いろんなものが熱くなるだろ」

「あのなー、母ちゃんいるのに何期待しているんだよ、うざいだけだよ」

「母ちゃん大歓迎だったろ」

「……まあまあかな……俺といるよりは楽しいんじゃねーの」

 母の対応。

いうまでもなく母も噛まれた、噛まれて警戒の顔色は剥がれ、ハロー&ヨロシクで物事は収まっていた。

嘘のように、だからこそ相手が本当に人間ではないことを強く確信した

「あんな化け物のことは無視する、無害ならなんだっていいや」

 重くのしかかる秘密は誰にも言わないことで、静寂の人生を守れる。

司の押し黙った態度に、塔矢のお節介は加速していた

「なあ、あの子面白そうだしさ、俺もご一緒するから遊びに行こうぜ。最近面白い店見つけたんだ、あの子も早くこの街に馴染みたいだろ」

「いらねーよ、誰がいようと俺に楽しみは不必要だ」

 1年前に燃え尽きた男。

天野司が恋愛に燃えて走った道を、村井塔矢はよく知っていた。

あの頃は人の言うことなんか一切に耳をかさず、毎日をギラギラしながら彼女を思って浮ついて、本心を隠すために無駄話しをよくした。

 馬鹿笑いと話題作り、新しいものに走り、彼女の趣味を知るたびに一喜一憂した。

告白という一大事業を高確率な成功へともっていきたいという気持ちと、彼女を思うことで浮かれる時間を楽しんでいた。

会話をする仲になり、おなじ学校に行く事を語り合った彼女とは、受験失敗を気に全てが消えて無くなった。

 今はどんな話題にも色恋にも乗らない根暗な男になった。

たった一度、たかが受験に失敗して、初恋の彼女が行く高校に行けなかっただけで全てが終わってしまった

「たった一度じゃねーか、次があるって!!」

 合格発表の日、付き添った塔矢は肩を落とした使にそう言った。

跳ね除けられた手の向こうで司は涙をこらえ深く俯いていた


「何十年生きようが……人生たったひとつの願いだった……」


 そこまで強かった想いを踏みにじった。

自分が同じ学校にいることを申し訳なく思ってしまうほど、だが一緒の学校になった以上はこいつを見放さないと決めた。

自分の一言が司の今を決めたという自責の念があった

「司、世の中いろんなものが流行ったり廃れたりしてるんだ。もう一度……いろんなもん見に行こうぜ……」

「塔矢、俺のことは気にするな。俺もお前を気にしないから」

 痛い即答だった。

あれ以来一緒にいても、遊びに誘っても、常に塔矢を突き放すような態度を口に出していた。

完全な拒絶、誰とも関わらないことが望みだと。

 親友だった男にそう言われるのは息が止まる想いだ

「……司、あのさ……」

「頼むよ、放っておいてくれよ」

突き放すことを頼む友に、かける言葉がない。

空が青くても、雲が白くても、新しい友達が来ても、変われないのかという絶望が距離を広げ始めていた。

生暖かい風が間を通るのが、今の距離なんだと塔矢は口をつぐんだ、その時だった

「愛のバクダン!!!」

 炸裂していた。

シーンでいうのならば、暗転のあとにゾンビが飛び出すような現象がシリアスを破壊していた。

 パカーン。

最初の鈍い衝撃音に続き破裂して溢れ出した泡。

塔矢が見る司の後頭部に2リットルペットボトル2本の入った袋が見事に当たっていた。

その勢いたるや横並びのペットの片方がくの字に折れ、ねじ込みのキャップを弾け飛ばし、シャンパンファイトが華々しく始める程のもの

「見つけたぞ!!」

 スカッと爽やかルールゥは爆発したペットボトルを取り出し司の顔に擦りつけた

「すごいぞ!! 世の中には愉快な飲み物が溢れている!! 見ろピーチ味!!」

 誰がどう反応していいのかわからない。

目の前、地震源のように揺れる司、その前で事件発生を目撃した塔矢。

1人はしゃぐルールゥ

「……てっテメーえ、何してくれるんだよ!!」

 あくまで当然の反応だった。

頭から糖分みっちりの炭酸ジュースをかぶった司はたちあがりルールゥの襟首を捕まえた

「おかしいだろ!! なんでいきなりジュース浴びせたりすんだよ!! いてーだろ!!」

 フルスイングで入った攻撃に司が普通でいられるはずもなく、思わず怒鳴る

下げていた頭を後頭部から突き上げるような刺激、いくらペットボトルとはいえこの重さがぶつかるのはエキサイティングすぎるし、誰でも怒る。

 そう相手が吸血鬼であっても、そんなこと消し飛ぶほどのテンションに立ち上がってしまう。

だがルールゥには激怒は無意味だった。

襟首を掴まれた爪先立ち状態の中で、塔矢を見つけて手を振る始末だ

「お待たせ!! やあやあ司の友達くん!!」

「……あ……ルールゥさん」

「ルゥでいいぞー!!」

「話を聞け!!」

 塔矢は、驚きが先行していたが同時に笑をこらえざる得ない状況を目の前に見ていた。

今まで自分がどんなに誘ってもそっけなかった。

喜怒哀楽のうちいくつかを欠落させたように静かで穏やかで無気力だった司が怒っているのだ。

一気に怒りという感情に着火したルールゥに尊敬の念さえ生まれていた

「てめー、一体何しにきやがった!!」

「ご飯だよーご飯!!」

 ご飯? 袋の中はジュースだけだぞ。

後頭部をフルスイングでぶん殴られた司がプルプルしながら睨む

「なんでこれが飯なんだよ、あのさー……血とか必要なら家から出るなよ」

 一度はいきり立ったが、相手が人間でないことでテンションがフリーフォールで下がり小声で頼み込む

「学校で騒ぐのはやめてくれよ、まじで……」

「コミニケーションだぞ、事件じゃない、ワンダフリャーだ!!」

 キッパリに笑み、笑みにプッツリ。

「どこの世界にコミニケーションで不意打ちするやつがいるんだよ!! しかも炭酸ぶつけるか!! お前はテロリストか!!」

「味はどうだった!!」

「話を聞けよ!!」

 完全なるシリアスブレーカー、このまま落ちて友達にも見限られるという司のシナリオは破綻していた

「殴ったことと味は関係ないだろ!! なんの意味があってこんなことしやがる!!」

 激怒を笑う天使は指を立ててチッチッと振る

「大有りだよ、街角で突然ぶつかるように。ぶつかった時にあふれ出すように、その思いが甘ったるい花ように!! どうだ!!」

「何がどうなんだよ……」


「これは恋の味なんだ!! 弾ける甘さ!! 今日お前は恋の味を知ったのだ!!」


 花咲くように一回転。

闇の眷属なのに、春風を楽しむ吸血鬼は笑顔をにじり寄せて司の答えを待っている

「恋の味……だと……」

 ついていけないと項垂れる頭を前に、うなずきが水飲み鳥のように続く

「そうだ!! そうだ!! そうだ!! 私は嬉しいぞ!!」

「なんでだよ……もうついてけない」

シュワっと弾ける炭酸の泡と、甘さでべとつく体、そうじゃなくても逃げたい、だからもう消える。

足早くルールゥを避けようとした時、司の耳に甘い声が続く

「私の裸を思い出して、熱くなってもいいのよ」

「なるか!!」

 距離はあったはず、離れいても耳に響く声に真っ赤になった顔で飛び上がる

同時にそのことを「言うのではという恐怖」が巻き起こる

「あの時きのことは絶対にいうなよ……絶対に」

「了解!! 絶対にだ、でどうだ恋の味は?」

 一方通行、絶対に進路を変えられない予感に顔が歪む。

今までは自分本位の一方通行を作り、塔矢も学友もいれなかったのに、ルールゥを前に簡単に行く道をへし折られていた。

 平穏で静かな、そのためにはあの事を黙っていてもらうしかない、にこやかに自分を見るルールゥに付き合うしか

「わかん……ねーすよ……」

 怒りに傾ぐ司の顔に塔矢はもう我慢できなかった。

笑い転げてしまっていた

「恋の味……最高じゃん!!」

 こんなに動転し、顔色を何度も塗り替える司を見るのは久しぶり、まったく話を聞かないルールゥに手を伸ばす

「俺は村井塔矢、よろしくルールゥさん」

 ありがとう。友達をとりもどしてくれて、気持ちは握手となって表れていた。

 この波に乗ろう、彼女が連れてきた怒涛が友達の凝り固まった想いを流すのなら、乗るしかない。

塔矢は、はちゃめちゃなこの出来事で、司の落ち込みに引きずられつつあった自分を取り戻した

「司!! よかったな恋の味(物理)が実感できて!!」

「言い訳ねーだろ、どうすんだよこれ!!」

 この日司は自分では気がつかないほどに声を出した。

言葉を選ぶのも億劫になり、枯らした喉でボソボソと話した男の喉に体に、染み渡った炭酸ジュース。

何かが少しずつ変わり始めていた。





QIの投稿時間割は9時と21時、こういう決まりを作ってどんどん書いていこうと思ってます。

よろしくお願いします。

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