#1 忘れ心
「今日もお疲れさまでした!」
そう言って私は会社を後にした。もうすぐ高校を卒業してから五年がたつ。就職して社会の厳しさを知りながらも私は一生懸命生きている。最近、帰るのはいつも遅い時間だけどそれはそれで充実した毎日だと自分に言い聞かせていた。
都会の空気は私が生まれ育った田舎とはまるで違う。その違いが私にとってとても新鮮であった。
でも……。毎日、誰もいない部屋に帰ると思うと無性に寂しくなってしまう。
自分の歩く影が街角に設置された蛍光灯の元で揺れ動く。コンビニで遅い夕食を買った私は家へと急いだ。
***
「ただいま……」
靴を脱ぎながら私は暗闇に向かってそう言った。いつからだろう。こうやって独り言が多くなったのは。
「ねぇ都会ってこんなものなのかな」
だれもいない真っ暗な私の部屋に向かってまた一言つぶやいた。
もちろん誰も答えてはくれない。
部屋の電気をつけた時、私の部屋がかなり散らかってるのに気がつく。そう言えばこうやってまじまじと自分の部屋を見ることがなかった。そのことが無性に気になった私は部屋を片付け始めた。
――ガタン……。
適当に雑誌類をまとめてクローゼットにしまいこんだときだった。その音が聴こえたのは。いったい何が奥で落ちたんだろうと思い私は手を伸ばす。そこには薄く埃をかぶった一冊の本があった。
「あれっ……。これって」
本を取りながら私は感慨深げにそうつぶやいた。懐かしいな。この本はあの駅の待ち合い室で東藤君から借りた本だ。いや、厳密に言うと私にくれた本か。そういえば変わりゆく日々の中でこの本の存在を忘れてしまっていた。
何気ないほんの一瞬の出来事だった。
これまで過ごした時間からすれば微々たるものだ。
でも……。
なんだろう。この胸に引っ掛かるような思いは。結局彼とは自動販売機の前で少し話してから会うことはなかった。そして今、この瞬間までその時の気持ちを忘れていた。
「やっぱりこれ返すべきなのかな……。いや、でも東藤君の住所なんてしらないし」
彼は返さなくてもいいと言った。だからきっとこの本もこのままクローゼットの奥で眠っておくべきものなのかもしれない。
でもなんだかそれじゃあ私が納得できない。もちろん彼に繋がるような手がかりなんてないけど。
本をペラペラとめくる。まるで時間を巻き戻すように。ハードカバー版のこの本はずっしりと重たかったけどそれはそれで懐かしかった。
そんな時だった。
あの小さく折り畳まれたメモを見つけたのは。




