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雨空一秒ノ恋

 ひとしきり降り続く雨には嫌悪感をいだいてしまう。自転車通学をしている私にとって雨ほど嫌なものはない。制服にしっとりとまとわりつくようなカッパも着たくないし傘さし運転も嫌だ。その日、私はいつも乗る電車を降りた後、自転車に乗らなかった。雨の勢いはどんどん強くなる一方だ。もういい。今日は学校を休もう。どうせ行っても楽しくなんてない。

 その日、私は学校を休むことにした。


 体にまとわりつくかのような雨は止む気配すらなくその勢いを保ったままだ。素直に家に帰ろうとも思ったのだが、家に帰るとお母さんに怒られてしまう。結局、私はしばらく駅の待ち合い室で過ごすことにした。

 黒のエナメルバックを開けてしおりを挟んだ小説を取り出す。書店で偶然目にして買った恋愛小説は私に読む楽しさを与えてくれた。こんな恋愛本当にあるのかしらとも思うがそこは小説の世界だからなのだろう。有り余る時間を有効的に使うために私はページをめくり始めた。

 お昼になったら早退したことにして家に帰ろう。そう思いながら。


 腕時計を見ると今の時刻は午前10時。この時間にもなると駅の待ち合い室には誰もいなくなる。そう、ここは私だけの空間。そう思うとなんだか嬉しくなってきた。


 その時だ。


 待ち合い室のドアが開き同じくらいの年代の男の子が入ってきた。彼は私が座るベンチの向かい側に座り静かにため息をついた。着ている制服は私の高校のものではなくて他校のものだ。きっと彼も学校に行きたくないのだろう。そういう日ってやっぱりあるよね。私は心の中でそうつぶやいた。


 しばらく時間がたった。向かい側に座る彼のことがなんだか気になりチラチラと見る。その男の子はカバンから本を取りだしどこか虚ろな瞳で黙々と読んでいる。なんの本だろう。私は少しそのことが気になった。


 えっ……。もしかして――。

 その事に気がついたのは少し後だった。その本の背表紙に書かれているタイトルは私が読んでるものと同じだ。違いといえば私のは文庫版。彼のはハードカバーということだけだ。彼もその事に気がついたのかやけにこちらを気にしてくる。そんなにこっち見ないでよ。恥ずかしいじゃない。その視線に耐えられなくなった私は待ち合い室を出ることにした。


 その時だった。


「あの……。すいません!」

 後ろでそんな声がした。私は顔が赤くなりながらも振り向く。


「落としましたよ。これ」

 彼の手には淡いオレンジ色のハンカチ。紛れもない私のものだ。どうやら立ち上がった瞬間にスカートのポケットから落ちたようだ。


「あっ! ありがとうございます」

 ドキドキする心を必死に押さえながら私は彼にお礼を言いその場を去った。


***


 次の朝は昨日の雨模様とは一転して淡く透き通った青空が空いっぱいに広がっていた。今日は昨日いた彼は待ち合い室に来ないだろうなと思いながら私は駆け足で電車に飛び乗った。


 人混みを何とか進み偶然空いていた席に座る。私が降りる駅まであと25分。それまで昨日読み進めた小説の続きを楽しもう。そう思ってバックの中を見た時だった。


「あれ、ない……?」

 ガサゴソと教科書やノートをかき分けて探すもどこにもない。もしかして落としたのかも。そんな考えが頭を過る。でも、どこで?

 その時、一つの可能性が思い浮かんだ。昨日、待ち合い室を出た時だ。あの時、バックを閉めずに帰ったからだ。もしかして、まだ落ちたままなのかもしれない。

 その時は探そうとも思った。でも、すぐに諦めた。見つかったとしても昨日降った雨でびしょびしょだろう。悲しいけどあの本は諦めよう。その時はそう思った。


 夕方、電車を降り改札を出る。ふんわりと暖かみを帯びた空気は私に小さな元気を与えてくれた。まるで私に春の訪れを予感させるかのようだった。


「あっ! そこのあなた!」

 不意にそう話しかけられビクリとする。振り向くとどこかで見た顔。


「これ、昨日落としましたよね? 見つけた時はもう雨でびしょびしょになってて……」

 そう言って彼は私にボロボロの小説をくれた。そんなに高くはなかったけど大切な私の本。それがこのような形になっても私の元へと帰って来てくれた。それが何よりも嬉しかった。


「あっ……。ありがとうございます。わ、わたしよく物を落とす癖があって……」

 恥ずかしさのあまり声にならない声を必死に絞りだしながらそう話した。


「でもこの小説雨に濡れて読むの難しいですよね。もしよかったらこれどうぞ」

 彼はカバンから私が読んでたのと同じ本を取り出しながらそう言った。


「ハードカバー版で重たいけど……。内容は同じだから。それに俺もう読んだし」

 そんな名前も知らない彼の優しさが私の心を強く締め付けた。


「ううん。そんなことないよ。ありがとう」

 私は嬉しさと恥ずかしさで顔が真っ赤になりながらもそう言ってペコリと頭を下げた。


 そういえば――。もうすぐ春だ。


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