魂の回収
ブランクが空いてしまいましたが、また執筆を再開しようと思います。
この小説を開いてくださった皆様、本当にありがとうございます。
病院にはたくさんの人がいる。
それだけ、たくさんの魂が集まっている。
「秀、何を考えている」
「どうしたら、お前がここに残れるのか」
「…私は消える」
あの事件からというもの、幸樹は親に頼み込んで一人で俺の見舞いに来るようになった。
最初は父さんが「幼い子を一人にするのは危ない」という理由で猛反対した。
しかし、母さんが「お兄ちゃん思いなのはいいことだから」と言ってそれさえも押し切ってしまった。
自分自身、もう危険なんてどうでも良くなっていた。
「お前さ、どうして風渡りになんてなったんだよ?外見からして小学生とか、そんなもんだろ?」
「…死にたくなかった」
「おいおい、今の医療技術だとその歳なら事故に遭わない限りは死なないぞ?」
「私の母も、父も、兄も、死んだ」
幸樹は病室の窓を開け、空を見上げた。
曇っていた空が幸樹の奥に隠れた希望をくみ上げるかのように明るくなった。
「私はもっと生きたかった。残された幼い私は、一人じゃ生きられない」
「幸樹…」
俺は起き上がり、幸樹の首輪に手をかけた。
「何をする気?」
「こんなところから逃げ出したいだろ?俺の力ならきっと…」
「無駄だ、離せ」
首輪にかけた手を払いのけられた。
「魂を駆らなければ、何もせずとも勝手に消える。この前来たのは警告だ」
「そんな…」
「鎌がない。人の命を駆ることなどできない」
「…武器があれば、できるのか?」
「人の命を奪うか、瀕死の状態にできればそれでいい」
「だったら…」
誰もいない暗い病室。
真ん中にぽつんと置かれたベッド。
植物状態の患者。
もう80年は生きたであろう老人。
ある意味、軽快とも言える音が病室に響き渡る。
一定のテンポで刻む機械の音。
幸樹はそっと、老人の腕につながれた点滴の調節ネジを捻った。
薬の投与が止まる。
「魂を回収させてもらう」
もう目を覚ますことはないと言われた老人。
例え目を覚ましたとしても、もう自分が誰かすらわからない。
「点滴、元に戻したか?」
「私が来たことはわからないようにしてきた」
「そうか…」
「でも、本当に良かったの?」
「あの場所は…もう、生きて帰ることのない人の行く場所だよ」
「秀はそこには行かないよな?」
突然の質問にぽかんとしていると、幸樹が顔を覗き込んできた。
「秀は、家に帰らなければならない」
「へ?」
「だって、私も秀も、あの愉快な父や母、優しい祖母の家族ではないか」
「幸樹…」
つい顔の筋肉が緩んで、表情が綻ぶ。
「俺は、幸樹の兄ちゃんだから」
そう言って頭を撫でると幸樹が一瞬微笑んだ気がした。
じっくり見ると、そこにいるのはいつもの無表情な幸樹だった。
そんな幸せに隠れて、一つだけ忘れていることがあった。
幸樹がここに留まろうとする限り、誰かの魂を「生贄」として差し出さなければならないことを。