表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風渡り  作者: チフユ
5/7

目覚めと宝石

 俺は病院のベッドに横たわっていて、焦点の合わない目で天井を見つめていた。視界に父さんと母さんが入ったが、俺の目はそっちへ動こうとしなかった。

「秀…」

母さんの弱々しい声といったら。今までの自信が何処へ行ったのか、見当もつかない。

「母さ…ん…幸樹(こうじゅ)…は…?」

顔を横へ向けようとすると、首の骨がギシギシと軋んだ。喉の奥に、何か熱い物が込み上げてくる。

「幸樹ちゃんなら、ちゃんといるわよ」

そう言って母さんは幸樹を連れて来る。前と何ら変わらない表情だ。

 なぜか、彼女の顔を見たらほっとした。俺は幸樹の頬に震える手を添えて、微笑みかけた。

「無事だったんだな」

「…」

何の反応も返ってこなかった。でも、別に不満の欠片も感じなかった。心を持たない風渡り。人との間には、「感情」という壁がある。なぜだか自分は、その壁を超えて幸樹に接していた。

「秀…。あなたは、帰宅中に交通事故に遭ったのよ」

「…え…?」

「覚えてなくて、当然かしら。酷い怪我だったからね。ショックも相当なものだったでしょうし」

「違う…!」

 首が、背中が、体中がギシギシと痛んだ。幸樹に鎌で刺されたときの傷が、熱を持って神経を痛めつける。

「秀、あなたはきっと夢を見ていたの。あなたは交通事故で重症を負ったのよ」

「この怪我は風渡りにやられたんだ!母さん、このままだと幸樹が…消される!」

「…落ち着いて、あなたが何を言っているのか、全くわからないわ」

「嘘だ!俺はあのままだったら間違いなく死んでた!誰かが助けに来ない限り…」

 そのとき、俺は母さんの肩越しに俺を睨み付ける父さんと目が合った。その目はまるで…俺に「それ以上は何も言うな」と訴えるようだった。俺は悟った。全ての事件を、父さんは知っている。ただ、母さんには秘密にしておいたのだ。幸樹を家族として招き入れたことの責任を、感じさせないために。

「…ごめん、母さん。俺、きっと、気が動転してるんだ」

「秀…」


 回復は至って順調だった。背中と首の傷は車と衝突して飛ばされたときに、落ちていた石が刺さったことになった。俺をはねた車は逃走した。いわゆる轢き逃げというやつだ。警察の手続きは、一通り父さんがやったということになっている。家の片付けは父さんがしてくれたらしく、相変わらず母さんは事故が怪我の原因だと信じ込んでいた。でも、俺としてはありがたいかもしれない。もし母さんが本当のことを知ったら、今度こそ幸樹を絞め殺すだろう。

「幸樹、元気か…?」

 返事のしない女の子を、俺は妹を見るかのような眼差しで見つめた。幸樹は自分が守り抜く。そう、俺はこいつを、家族として認めた。


「あなたは元気じゃなさそうね」

 親が医者と話をしていて、幸樹と二人きりになったときだった。

「…え?」

「私は元気かもしれないけれど、あなたは怪我をしている」

「そうさ。誰かさんに鎌で刺されてね」

俺は笑いながら、幸樹にいじわるを言った。

「消えたくない」

「…何だ?聞こえないぞ」

「私はまた、間抜けなミスを犯した。今度こそ消されてしまう」

「幸樹…?」

「だけれど、私にはあなたが殺せない」

「幸…樹…?」

 光を反射させるそれは、ビーズか宝石のように、キラキラと俺の目の前ではじけた。初めて見る、風渡りの…幸樹の、涙だった。

「消えてしまう。死なないために風渡りになったのに、消えてしまう」

表情こそなかったものの、彼女の頬を伝い落ちた涙は、明らかに悲しみと恐怖を表していた。

「心配するな。幸樹は俺が守るから」

「無理。風渡りは、人間など遥かに及ばない力を持っている」

「じゃあ教えてやる。人間様はな、『魂』ってのを持っているんだ。こいつは、風渡りとは違う、計り知れない力を発揮するんだぞ」

「…」

 もう、幸樹の涙は止まっていた。俺は痛む腕を何とか上げて、幸樹の柔らかい黒髪を撫でているだけだった。ほんの小さな、子供みたいな誓い。

「幸樹は、誰にも渡さない」

自分が幸樹の兄なのだと、いつの間にか信じきっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ