表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風渡り  作者: チフユ
1/7

鎌を持った少女

 空を見上げると、とても綺麗に晴れていた。気持ち悪いくらいに。何だか嫌な予感がした俺は、やや急いで家へと向かった。家族皆がオカルトマニアだというせいもあって、俺は何だかんだ言って第六感が発達しているらしい。


 意味のない散歩が終わると同時に俺は家に上がり、家族全員の安否を確認する。当たり前だが全員無事だった。そうわかると俺はすぐに自室に閉じこもった。リビングには大量のオカルトグッズが溢れかえっているため、居心地の良いものではない。 俺は窓を開け放し、机の上に置いてある日記に、今日の出来事を詳しく書き始めた。


 しばらくして、自分が眠っていたことに気が付く。辺りが暗くなっているから、もう夜だろう。俺は起き上がると、開けっ放しになっていた窓を閉めた。それと同時に誰かに肩を叩かれた。振り向くと小学生くらいの女の子がいる。

 綺麗な黒髪を肩より少し下まで伸ばし、白いワンピースに靴。靴下にはレースがついており、これで無表情でさえなければ可愛いのにと思った。

「お前、何者だ?」

俺の鍛え上げられた第六感が、この女の子が人間ではないと告げた。

「風渡り」

「名前は?」

幸樹(こうじゅ)

「幸樹って…男の名前じゃないのか?」

「本当の名前じゃない」

「で、何の用?」

「こっちがききたい。私を呼んだのはあなた」

「呼んでなんかいないんだけど」

「窓を開け放していた」

 とりあえず俺は幸樹と名乗る女の子をクローゼットに押し込んでおいた。


 リビングに行くと、父さんと母さんはもう家を出たらしく、婆ちゃんしかいなかった。父さんと母さんはこの家族の中でも特に霊感が強いらしく、霊が寄り付くからと言って、少し離れたボロアパートに住んでいる。爺ちゃんは何年か前に幽霊の研究をするとか言って家を出たっきり。でも連絡はきちんととっている。

「婆ちゃん!婆ちゃん!」

「あぁ、(しゅう)ちゃんか。珍しいね、秀ちゃんが話しかけてくれるなんて」

「なぁ婆ちゃん、窓を開けておくのって何か意味あるの?」

「あぁ?井戸がどうしたって?」

 婆ちゃんは耳が遠い。俺はきちんと伝わるように、ゆっくりと大きな声で喋った。

「窓 を 開 け て お く の っ て 、 何 か 意 味 あ る の ?」

「窓ねぇ。窓を開けっ放しにしちゃあかんよ」

「何で?」

「風渡りっちゅうのが入ってくるからねぇ。風渡りさんは怖いよ」

「風渡りって何だよ、婆ちゃん!」

「あぁ、風渡りねぇ。風渡りは人間の魂を奪う怪物さ。それはそれは恐ろしい怪物なのさ」

「ふぅん。で、どうやって成仏させるの?」

「成仏はさせられんよ。風渡りは好きで風渡りをやっているからねぇ。何か理由をつけて帰ってもらえばいい」

「へぇ。ありがとう」


 急いで部屋に戻ると、俺はクローゼットから幸樹を出した。彼女は不満そうに俺を睨むと、宙から特大の鎌を取り出した。

「魂、欲しいの」

「俺の?」

「うん」

「俺の魂はお払いされてんだ。下手に触ったら成仏しちまうぞ」

大抵の幽霊はこれで逃げて行く。

「それくらいで成仏しない」

「マジで?」

 幸樹は今の話をお構いなしで鎌を振り下ろした。間一髪その刃を避けた俺は幸樹をおびき寄せながら外へと飛び出した。行き先は父さんと母さんのいるボロアパートだ。

 いくら夜といえど、街には意外と人がいる。そんな中を中学生の俺が、しかも鎌を持った美少女に追いかけられて走っていると、嫌でも目立つ。しかし今はそんなこと気にしていられない。生きるか死ぬかの危機なのだから。


 目的地に到着するなり、俺はアパートのドアを叩いた。ここは今時珍しい、チャイムさえもついていないほどのボロアパートなのだ。

「父さん!父さん!」

「…何だ、秀じゃないか。何だよこんな夜中に。もう10時だぞ!」

「話は後で!とりあえず中に入れて!」

 振り返ると、幸樹がすぐ後ろに来ていた。俺は半ば無理矢理アパートに飛び込むと、ドアとその鍵を閉めた。

 母さんはもう寝ていて、父さんだけに話をした。父さんは首をかしげると、今日は泊まっていくようにと言った。


「なぁ、秀」

「何?」

 父さんが何かいいかけたそのとき、俺のすぐ目の前に鎌が振り下ろされた。

「何だ!?」

「…こ、幸樹!?」

目の前には鎌を持った可愛らしい少女がいて、手に持っている鎌の刃を俺に向けていた。

「ん?これがお前の言っていた風渡りの女の子か」

「あ、あぁ」

「逃がさない」

 父さんは寝室にある引き出しをあさると、いかにも怪しいオーラを放っているお札を何枚か取り出してきた。

「えーい、こんな可愛い子を成仏させるのはもったいないが、とりあえず成仏しろい!」

そして父さんはお札を幸樹に貼り付けたが、幸樹は「邪魔だ」という風に全て振り払ってしまった。

「こんなもの私には効かない」

「おい秀!コイツ何者だ!?」

「だから風渡り!お払いも怖くないとか言ってるんだよ!」

「うーん。…父さんには何もできん。後は頑張ってくれ」

 そして父さんは俺と幸樹を残し、寝ている母さんと一緒に寝室に閉じ篭ってしまった。

「おい!裏切り者!俺がどうなってもいいのか、父さん!?」

「秀!?秀なの!?うるさいわねー!いい加減にしなさい!」

父さんが篭ったばかりの寝室の扉が開き、ボサボサの髪の母さんが出てきた。

「か、母さん!危ない…!」

 俺がそう言うのよりも早く、幸樹の鎌は母さんへと向かって振り下ろされていた。


 何が起こったか、全く覚えていない。目の前には母さん、幸樹、そして引っ込んでいる父さん。母さんは全く動かず、幸樹はぼうっと母さんのことを見つめていた。父さんはガタガタ震えている。

「この女、何者…?」

そう言って幸樹はドサリと倒れこんだ。

「ちょっ、幸樹!?母さん!?何があったわけ!?」

俺は父さんに解説を求めた。

「あのなぁ、秀、母さんは寝てるんだよ。大丈夫、ちゃんと生きてるから」

「…良かった」

「母さんは昔から睡眠を妨害する者を許さなかった。そして今、幸樹ちゃんが母さんを怒らせてしまったわけだ。恐ろしい話だが、母さんは人をも殺しかねない」

「なるほど」

 馬鹿げた話ではあるが、幸樹の首の後ろにある空手チョップの痕は、明らかに母さんのものだった。

「で、秀、この子どうするの?」

「知らねぇよ。成仏させられないんだろ?」

「うちに置いてあげるってのはどう?」

「アホか!コイツは俺の命狙ってるんだぞ!」

「母さんがいれば大丈夫だろ。父さんも母さんも、あっちの家に帰ればいい」

「でも、父さんと母さんは変な霊を引き寄せるって…」

「男は細かいことを気にするな。あははは!」

「…おい」


 そんなわけで、父さんはそっと母さんを元の位置に戻すと布団を更に二枚敷き、そこに幸樹と俺を寝かせた。

 数分後には部屋中に父さんのいびきが響き渡ったが、俺は到底寝る気にもなれなかった。こうして寝て、目が覚めたときには首が取れている可能性が少しでもあるかと思うと、とても寝る気にはなれない。

 暗闇の中に、うっすらと浮かび上がる少女の顔はとても可愛らしかった。今夜は長い夜になりそうだと、俺は欠伸(あくび)をしながら思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ