1 小さな虫
草食動物たちの楽園と言われていたこの森に、魔物が現れるようになったのはいつからだっただろうか。
◇◇◇◇◇◇
「ユウイ!必要以上に振り回すな!」
「うっさいな!分かってるって!」
王族様の私有地であるこの森を管理する役目を担っている僕の一族は、毎日見回るのが仕事だ。
枝を払い、人が通ることのできる道を確保するのはもちろんのこと、計画的に伐採と植林も行う。
増えすぎないように動物を狩るのは、自分たちが食べるためでもあるが、何より凶暴な肉食動物を寄せ付けないためだ。
「つまんねぇ……」
危険なことなど無いほうが良いに決まっているが、外に出たことがなく、森の中しか知らないということに、いい加減飽いている。
そんな気持ちのまま振るわれる鉈は大振りで、道沿いの大木の幹に当たり大きな音を響かせた。
「出ていこう……はあぁ…」
間髪入れずかえってくる父親の声を聞きながら、それでも出ていくことはないだろう小心者の自分に辟易して、また、見たことのない町″を夢想した。
最初は小さな虫だった。
大事な薬草を食べられないように、いつものように退治した。
「反撃だとぅ?!生意気なんだよ!」
いつもなら逃げる虫を追い平らな鉈の先端で押し潰すだけだが、今日の虫は小さい口を大きく開き、飛びかかるように跳ねてきたのだ。
それでも指ほどの大きさでしかない虫に傷を負わされるわけもなく、難なく潰し、周辺の草木に目を走らせる。
「……萎れてる?」
すりつぶして塗れば傷を治し、煎じて飲めば病を癒す、万能の薬草が張りを無くし項垂れたようになっていた。
すぐに掘り起こし、根を確認する。
「!」
かじられていた。
重宝する葉ではなく、毒である根を食す生き物はいない。
さっきの虫がやったのだろうか。
「まさか…ありえねぇ」
少し強いように思えただけのそれに、それ以上の関心は持てなかったが、そのままにはしておけず、萎れた薬草を持って家路へと急いだ。
現物を持って報告したのが良かったのかどうか分からないが、もうすぐ夜番の交代だっていうのに父親は長のところへと飛びだして行ってしまった。
なんというか、もうビックリだ。
「…知らねえぞ?」
あの行動は理解できないが、腹が減っていたのもあって、ユウイの関心は晩飯へと向かうのだった。