プロローグ・前夜より
一日目(金)・出会い
信じられないコトが自分にも起きることがある。
それをある人は奇跡と呼ぶが、
今となってはとんでもない詐欺師が天上にいるとしか思えない。
雲の上は退屈らしくて、ドラマ仕立ての物語を
人間に演じさせるのである。
「行かない。」
と僕はいつもの感じで答えた。
しかし電話の相手はめずらしく引き下がらず。
とんでもない、神を冒涜するような言葉を発し始めた。
「アイツ。お前のこと好きだったんだよ。」
僕は、「あはは!」笑ってしまったのだが。
無言の間があったので、冗談じゃないことを理解した。
アイツは三十四歳の若さで死んでしまったのだ。
笑っては確かに不謹慎である。
しかし、アイツは「男」である。
僕は笑いを堪えて、唯一の友達である
屋島章から詳しい説明を受けた。
それは十八年前、高校二年の春に溯るらしい。
僕はその頃から誰と話すでもなく、
休み時間は本を読んでいるか、壁に向かって
サッカーボールを蹴っていることが多かった。
その日は、青空が一面に広がっていて、
嘘のつけないような良い天気だった。
僕は、昼休みになるとコリン・ウイルソンの本を持って、
早咲きの桜の木の下で眠るのが日課になっていた。
余程気持ちが良かったのだろう、
授業開始のベルが鳴っても僕は目を覚まさなかった。
上杉裕太は、そんな僕の肩を揺すって起こしてくれたのである。
その時、僕の髪と頬に桜の花びらが付いていて、
それを払うと僕は天使のような笑みを見せたそうである。
それが裕太の「禁断の一目ボレ」の始まりである。
そして、決定打だったのが、トイレでの救出事件である。
質の悪い奴らに絡まれている時、偶然救世主が現れたのである。
裕太は殴られて便器の横で倒れていたが、
僕は気にしないで小便をしようとチャックを開いた。
しかし、それが少しそれて右のズックを濡らしたのである。
「あーっ!」と僕が右足を上げるのを見て、
裕太の財布を探っていた男が笑った。
「今、笑ったでしょ。」
「別に。」
「笑ったよね。」
「だから、何?」
「なんだっつんだよ!」
「笑いチン。」
「グフッ。」
「ほら、笑った。笑い賃くれよ。」
それで喧嘩になった。
僕は、けっして暴力的な方ではなく、
裕太を救う気もまるでなかったのだが。
右足を汚してしまった事が許せなかったのである。
僕は、その頃ジーコに憧れていて、
その小便で汚れてしまったズックを蹴り潰してやりたかった。
僕は完全にキレまくり、殴られるのも構わず、
奴らを蹴りまくっていた。百発は蹴ったと思う。
それから、僕は危険な男として、
マシンガン・ケリーというネームを頂いたのである。
「でもなんで、そんな秘密をお前が知ってんだよ?」
「プール事件覚えているだろ。」
「ああ、裕太が溺れて保健室に担ぎ込まれた。」
「俺、水泳部のキャプテンで責任もあって、保健室で付き添ってたわけだよ。
アイツ。俺の指導のミスがあったって謝ると、泣きはじめてさ。
実は死のうと思ってたって言うんだ。
理由を聞くと、お前が好きだって言うんだよ。
友達としてか?って聞くと、わからないって言うんだ。
それから、色々話して、絶対に秘密にしといてくれってわけ。
もしバレたら死ぬって言うんだよ。俺、ちょっとジーンときてさ。
これって純愛じゃねえかって感動したわけよ。」
僕は、「バカ。」と一言でその純愛の感想を表現した。
葬儀は東急沿線にあるセレモニーホールで行われた。
僕は、たまプラーザに住んでいたので三十分程で駅に着いたが、
その間、昔し好意を抱かれていた男の葬式に行く思いを整理した。
無理だ。笑が底の底の方から湧いてくる。
だいたい裕太の顔をまるで覚えていない。
屋島はすでに改札口で待っていて、僕を見つけて安心したようだった。
僕の性格からして、突然消える確率もある。
ダブルの礼服が似合い過ぎて、組員の幹部みたいだなと笑うと、
屋島はマジで怒っていた。
コイツは真剣に裕太の死を受け止めているのである。
僕は、不謹慎で常識が無い。
死を惜しみ、哀しむのなら、生きているうちに尽くせば良い。
僕は、何もしてやれなかった。
ただ、素直に死を知るだけだ。
受付けで香典を渡して記帳すると、
すでに焼香が始まっていたのでその列に並んだ。
僕は、自然と裕太の家族を探した。
田舎から出てきた両親は老いていたがまだまだ丈夫そうである。
裕太の妻は優しそうな人で似合いの夫婦だったと想像できる。
そして、その横には幼い娘が眠そうにしていた。
「幸せだったんだろ。上杉裕太。」
お香の甘苦い匂いが鼻をつく、
僕はその時初めて裕太が死んだことを実感した。
僕は、何故こんなに冷たいヤツなんだろう。
僕に恋?をしていた男を笑い、
なんの哀しみも抱いてない。
ただ裕太の幸せな家族を確認して安堵している。
なんでオレなんて好きだったんだよ?
その時、ふと真横の席で泣いている女性の姿が目に入った。
その人は、目薬を何度も差したように奇麗に泣いていた。
目の下に青いクマをつくり、頬を伝った涙の粒は、厚い下唇を避けて、
ツンと尖ったアゴから流れ落ちていた。
その雫は、哀しみの数を数えるように、濁った溜りの中に落ち、
魔法の薬水のように傷ついた心を癒しているように見えた。
僕が見とれていると、視線を上げて、僕の方をチラッと見て微笑んだ。
それがまるで沈没している船から浮き上がってきた者のように見えて、
僕は少しドキッとした。
何?:と心の中で呟いたが、彼女はそれに気付くわけもなく、また俯いてしまった。
彼女は、助かったのだろうか?
焼香を済ませてから、聞いてみようと思ったが、もうその席にはいなかった。
二階の部屋に通夜ぶるまいが用意されていたので、章と上がったが、
そこにも彼女はいなかった。
「すぐ帰るんじゃなかったのか?」
僕は、こんな席は苦手だ。高校の時に見た顔が幾つかある。
年取って分からない者もいるが、僕と章は余り変わってないので、
こちらを見てヒソヒソと話している。
僕は、変わり者だったので噂の種になっているのだろう。
章は、一杯目のビールを空けると、胸ポケットから極普通の白い封筒を出した。
「これ、渡すよ。」
「なに?」
「ラブレターだ。:と思う。」
「まさか。上杉から?」
驚いたので、声が大きくなった。
「ああ。」と、周りを見渡してから章がひそひそと話す。
「自分が死んだら渡してくれって言われてたんだ。」
「それっていつの話し?」
「もちろん、高校生の時。卒業する頃かな。お前のダチって俺しかいなかっただろ。
そんなことで、俺が預かってたわけよ。」
「よく今まで持ってたな。」
「本に挟んで、段ボールにしまってあったんだ。探すのに苦労したよ。」
「本って?」
「若きウェルテルの悩み。」
「ゲーテかよ。」
「一緒に渡されたんだよ。」
「読んだのか?」
「まさか。俺、本なんて読まないの知ってるだろ。」
「違う。手紙のことだよ。」
「読むわけないだろ。」
僕は、破り捨てようか?と思ったが、それを読むように章はダメ出しをした。
研二、受け取らないって言ったら、ボコボコにするぞ。」
コイツの場合は脅しではない言った事はクソ真面目にやるタイプだ。
裕太は、コイツに託して正解だったわけだ。
僕は、少し考えた振りをしてから了解した。
あの女性が流していた涙を思い起こし、
もしかしたら自分もあんな風に泣けるかも知れないと思ったのである。
それから、場所を変えて軽く飲むことにした。
章は、すぐに酔い、裕太の死について語った。
それは事故死だったが、仕事や家庭のことで悩んでいて、
自殺ではないかと気になっているということだった。
「後で気付いたんだが。前の日に、携帯に着信が入ってたんだよ。」
「偶然だろ。」
「電話してきた事なんて一度もないんだぞ。会うのだって、同窓会の時だけだぞ。
それが、着信だぞ。」
「もういいだろ。お前は、手紙をオレに渡した。役目を果たしたんだ。」
「ただの手紙じゃねえ。ラブレターだ。」
「そうだな。わかった。もう話題を変えよう。」
「お前、結婚しろ。」
「なんだよ。いきなり。」
「また。暮れに別れたんだろ。」
「ああ、クリスマス前に別れた。ケーキは独りで食べるのが好きなんだ。」
「ふざけんな!一年に一回、女を取り替える。そんな事が許されると思ってるのか。」
「許されない?でも、そうなるんだよ。」
「今度出会った女と結婚しろ。いや、男でもいい。
とにかくお前には、パートナーが必要だ。人の心が必要なんだよ。
その冷め切ったブルーなハートを誰かに暖めてもらえ。」
「わかったから。もう飲むな。声がでかいんだよ。」
「うるせえ!顔も声もでかいんだよ。あそこは小せえけどな:。」
「バカ。恥ずかしいだろ。」
僕は、一年に一回彼女と別れていた。
高校を卒業してこっちの大学に入学してからは、
ほぼそのペースで女性と別れている。
もちろん、彼女のいない年もあれば、三ヶ月ももたない時もある。
しかし、九十%くらいの確率で、春に出会い。
夏に盛り上がり。
秋の収穫を経て、
冬の訪れとともに別れる。
何故、そんなコトになるのか?もちろん、自分に欠陥があるのだろう。
今度こそは、と自分なりに思っているのだが、
やっぱり違うという結論に達してしまう。
もちろんフラレることも多々ある。
「あなた、私のこと好きじゃないんでしょ?」
と聞かれると、正直に頷いてしまう。
「じゃあね!」と軽く別れて行く女性もいれば、
冬の期間中ずーと付き纏う女もいる。
そんな時は引越したり電話番号を変えたりと逃亡者のような生活に苛まれる。
そして、早めに新しい彼女をつくる。
女は、新しい彼女がいるコトを知ると諦めがつくらしい。
そんな苦労を経て、ここ何年かは彼女一周期法則が完成されてしまった。
自分でもそれが自然に逆らわないベストの生活だとさえ思い始めている。
「あなたって、最低ね!」
「なんて、寂しい男なの。」
「別れるのが、そんなに楽しい?」
「孤独がイイわけ。バカじゃないの。」
「あなたを見てると、こっちの方が悲しくなって泣けてくるわ。」
冬の木枯らしと共に、そんなセリフが聞こえて来る。
僕は、こんな都会に来てからも春夏秋冬を一番感じている人間だろう。
屋島章は、僕とは正反対の男で、高校を卒業してからも唯一人の女性だけを愛していた。
なぜこんなイイ奴が自分の友達でいてくれるのか、それには少々理由がある。
その恋を取り持ったのが自分であり、
お互いの心の底にある暗い淵を唯一知る者だからである。
小学校五年生の頃、章は同級生の男の子に大怪我を負わせた。
それは他愛無い正義心から注意しただけだったが、喧嘩になり、
章の殴った個所が災いを呼び込んだ。
不運にもその男の子は脳障害を起こしたのである。
それから章の拳は悪魔の手になってしまった。
こんなイイ奴なのに、クラスの者は章のそばにいるだけで
その震えを隠せなかったのである。
僕は、別のクラスだったので詳しい事は知らない。
それに興味もなかったのだが。
その頃の章は、デカイ体を丸めて物陰に隠れていた。
隠れんぼの鬼はクラス全員である。
章は、その頃の夢はある意味子供じみてはいるが、
透明人間になる薬を発明することだったらしい。
中学に入学した時、僕らは同じクラスになり、
章は自分と同じように息を殺している人間に気付き、興味を持ったらしい。
それから、僕らはすぐに友達なった。
でも、僕らは全然違っていた。
章は、それから自分の不幸に負けないように努力して、
学校の中でも認められる存在になっていったのである。
水泳部で記録を残し、生徒会長にもなった。
僕には乗り越えようとする対象もなく、
混沌とした濁った海でただ独り立ち泳ぎをして、
遥かなる水平線の向こうに誰かが存在する事をただただ願っていただけである。
「奥さん元気か?今日一緒に来るのかと思ったよ。」
「明日の告別式に行くらしい。最近、会話ないんだ。」
「ケンカでもしたのかよ。」
「俺、浮気したんだ。」
「お前が?」
「笑うなよ。俺だって男だ。」
「笑うよ。それで?」
「それでって?」
「離婚するの?それともまだ純愛をオレに自慢するわけ。」
「わかんねえ。だから上杉の事、思い出してさ。その手紙、大事にしてやってくれ。」
「わかったよ。それより、帰ったら仲直りするんだ。」
「そうだな。」
僕らは、駅で反対方向に別れて、
高校時代の事を少しだけ名残惜しそうに思い出していた。
屋島章は、妻である旧姓三田厚子の事を、
僕は、あの頃泳いだ海の色を、
酔い冷ましに流れてくる窓の風に、まだ見慣れない駅に着くことを期待したのである。
そして、僕はそれが実現したことをたまプラーザの駅に着いて知った。
驚いたコトに、ドアが開いてホームに降り立った時、
二つ離れた車両からあの喪服を着た女性が降りて来たのである。
流れるような黒髪から、ツンと突き出た顎が男に媚びない事を知らせていた。
化粧をし直したのか、目の下の青い隈は少し淡くなっている。
彼女は、ホームで酔っ払い達の流れを遮って、茫然とつっ立っている僕に気付いた。
そして戸惑い、何か言いたげな表情を見せた。
時折振り向くと、電車が走り出したのか風が流れて来た。
僕は、言い知れない力を感じ、心の奥底から湧いてくるざわめきに触れた。
それが僕らの一日目の出会いであり、
僕はその時の彼女の姿を今も忘れられないでいる。
まるで映画のワンシーンが僕の眼の網膜に焼き付けられたようにいつでも上映される。
それは、森の清水を口に含んで振り向いた雌鹿よりも美しく、
敵か見方なのかも解らず、戸惑ったように僕に何かを語り掛けようとしている。
二人は、いつも何かに追われていた。
逃げようとして乗った船はいつも沈没寸前だった。
そして泳ぎ出して流れ着いた海原には誰もいなかった。
まるで誰もが幽霊のように、僕らの目の前を通り過ぎて行ったのである。
改札を並ぶようにして出て、駅の広場で会話をやっと交わした。
彼女の背は高く、一七九センチある僕の目線と殆ど変わりない。
しかし、二人とも喪服のため、暗がりに溶け込んで影となっている。
その時、駅前の百貨店が月光で僕には眩しく映った。
そう、まるで宇宙ステーションのように見えたのである。
「また会いましたね。」
「ええ。」
「上杉とは?」
「誰?」
上杉裕太ですよ。今日のお通夜。」
「ああ、亡くなった方ね。」
「よく知らないんですか?」
「質問ばかり。まさか刑事じゃないですよね?」
「まさか、違いますよ。言いたくなかったら別にいいんです。
あの涙は、何か理由ありなのかと思っただけです。」
「刑事じゃなければ、立ち話もなんでしょ。コーヒーでもどうかしら?」
「こんな遅くまでやってるお店があるんですか?ああ、また質問でしたね。」
「ほんと。」
微笑みを見せた彼女の後について行くと、
百貨店の横手にコーヒーカップの自販機があった。ベンチに腰掛けると、
彼女は僕のためにミルク入りのコーヒーを買ってくれた。
彼女はブラックである。
逞しい腕には似合わない細く小さな指でカップを包み込むと、
熱いコーヒーを大事そうに飲んだ。
(後で聞いたことだが、カメラマンのアシスタントをしていて
腕に筋肉が付いたそうである。)
「私、知らないんです。」
「上杉裕太をですか?」
「ええ。」
「遠い親戚。または奥さんの友達ですか?それにしては泣いてましたね。」
「全然知りません。」
「まさか?なぜ?しかも笑顔だ。」
「ゴメンなさい。不謹慎ですね。」
「いや、自分もそうですから。でも、じゃ何なんです?すごく泣いてたし。」
スゴク落ち込んだ時、葬式に出向くんです。
そこで思いっきり泣いて、また復活するってわけ。バカみたいでしょ。」
「知らない人の葬式でですか?」
「ええ、でもちゃんと香典は渡してますよ。一年に一回くらいは行ってますね。」
「変な趣味ですね。」
「ええ。ほんと変な趣味みたいです。」
「でもなんで、あんなに見事に泣けるんですか?」
「悲しかった事を思い出すんです。
例えば、愛犬のジョニーが鳥肉を喉に詰まらせて死んだこととか。
巣から落ちたツバメの雛を誤って踏み潰してしまった事とか。」
「そりゃ、泣けますね。でも、もっと深い理由があると思ってました。」
「例えば?」
「うーん。:絶望とか。それから:」
「救いようのない、孤独感。」
「ええ、それです。」
「実はお通夜で目が合った時、見破られたような気がして、すぐに逃げ出したんです。
偽ってるのも後悔して、自己嫌悪で一人で飲んでたんですよ。」
「僕は、御焼香を済ませてから、あなたを探しました。
あの涙の理由をどうしても聞いてみたくて。」
「それで、答えは見つかりました?」
「ええ、もしかしたら。自分と同じ悲しみを持ってるのかなと。
なんか似てると思う:。」
彼女は、長い黒髪を揺らしてクックッと笑った。
そして悪戯な猫のように下から僕を覗き込んで、
厚い唇から「アーアッ。」と溜息を発した。
「それって、めずらしいコトなのかな?
それとも、いつもそうやって口説くんですか?」
「凄く、めずらしい事ですよ。ホントです。」
僕らはそれから、自己紹介をした。
僕の名前は、溝口研二。
母が映画好きで溝口の姓を得た時に溝口健ニ監督より研二と名付けたらしい。
そのせいか映画好きではあるが、皮肉なことに邦画は殆ど見ない。
できればラブコメなどのハッピーエンドが好みである。
三十四歳。未婚。友達は極端に少ない。
恋人とは一年周期で別れるのがライフワークになっている。
スポーツはサッカー。恋人は嫌でもサッカー観戦に出掛けるはめになる。
趣味は料理かな。科学の実験みたいにビーカーで計量して
食べた事とない料理を作るのが好きである。
仕事は広告関係というと格好はイイけど、チラシや業界紙を作っている
小さな会社に努めている。
彼女の名前は、神坂弓子。
父親は小林幸子が好きで、幸子と名付けたかったらしいが
母親に反対され、祖母が弓子と名付けたらしい。
祖母は厳しく古風な人で古武道を習わせたかったらしいが、
泣きながら祖母の教えから逃げ出し、いつしか二十九歳になってしまった。
未婚。カメラマンのアシスタントをしていた事があり、腕に筋肉がついている。
今はディスプレイの会社で制作アシスタントをしている。
趣味は映画。DVDのライブラリーが百本はある。
スポーツはバスケットボール。マイケル・ジョーダンを尊敬している。
落ち込むと、知らない人の葬式に赴き、号泣する。葬式は暗い海。
涙のダイビングと自分は名付けている。
「それで、その手紙にはなんて?」
「まだ読んでないんです。見ます?」
「ダメですよ。誰にもそんな権利はないわ。
大事に読んであげて下さい。でも、後で教えてもらえますか?」
「わかりました。」
裕太のコトを話すと、彼女は、
「なにか運命を感じる。」と言って興味を示した。
そして、「責任もある。」と言った。
僕には、よく理解できなかったが、裕太に感謝の念を持った。
僕らは彼のお陰で出会えたのには間違いない。
明日の十二時にまたここで会う約束をして二人はコーヒーを飲み干した。
まだ話したいことは沢山あったが、急ぐ必要はないとその時は思った。
しかし、僕らは結局これからハイスピードで濃密な時間を過ごしてしまうのだが。
僕と彼女は、駅を挟んで左右に別れた。
その時点で、塊かけていたカサブタを剥がされる痛みを感じたが、
まだ二人とも理性を失ってはいなかったのである。