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SF作家のアキバ事件簿275 ミユリのブログ 螺旋の約束

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/10/18

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第275話「ミユリのブログ 螺旋の約束」。さて、今回はスーパーヒロインとメイド弁護士の新婚家庭に特ダネに飢えた記者が乱入。


ヒロインの不思議な挙動に、彼女たちが超能力者であることに気づく記者。超スクープをものにしようと焦る記者と闇に葬ろうとするメイド弁護士…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 奥様はウルトラマン


奥様の名前はミユリ。

そして、旦那様の名前はテリィ。


ごくごくオタクな二人は、

ごくごくオタクな恋をし、

ごくごくオタクな夫婦になりました。


でも、ただ1つ違っていたのは……

奥様はウルトラマンだったのです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ。


ジェシとエアリ、新婚百合夫婦の新居。

ドアが開く。


現れたのは、梯子とペンキ缶を抱えた僕とマリレ。

マリレはメイド服姿。頭にはカチューシャの代わりに、後ろ前に被ったキャップ。


……萌え。


「ペンキ屋さんが来たわよ!」


エアリが満面の笑みで出迎える。


「ちょっとジェシ、どいて。これ、重いんだから」

「はいはい。あら、私も手伝うわ」


ジェシもメイド服。ただし、お出かけ仕様だ。


「それなら、ペンキがまだ車にあるから、お願い」

「でも、大丈夫なの?」

「いいから行けよ。マデラとゴルフなんだろ?」


僕が口を挟むと、ジェシは申し訳なさそうだ。

一方、マリレは容赦ない。


「そうよ。これは転居祝いの代わりだから。

 因みに、結婚祝いも込みってコトで」

「冗談でしょ。結婚祝いは別よ!」


エアリが即座に反応する。


「あら、別なの?」

「当たり前でしょ?」

「エアリ。せっかくの土曜日にペンキ塗りなんて

 やっぱり悪いわ」


ジェシは、どこまでも良い人だ。

良い人には、良い人が対応すべきだ。


僕の出番だ←


「いや、すぐ済むから。大したことないよ」

「そうそう。さあ、早くマデラが待ってるわ」


エアリがジェシの手を取る。


「あ、そうだったわ。じゃあ、また後でお願いね」


2人はキスを交わす。


「任せてね」


ジェシが出て逝く。

ドアが閉まった瞬間、エアリは舌を出す。


「壁の塗り替えなんて、超能力で出来るでしょ?なんで私たちにやらせるのよ!」


マリレが口を尖らせる。


「だから。私がやるって言えば、ジェシが手伝うと言うに決まってるでしょ?」

「ああ、そういうことね。……で、色は?」

「ニュー秋葉原レッドとネオ池袋グリーン。どっちにしようか迷ってるの」

「好きにして」


マリレは、早くも呆れている。

ところが、エアリはカラーサンプルを2枚出す。


「とにかく比べてみたいの。こっち半分はレッド、こっちはグリーン。両方見てから決めるわ」

「せめて赤か緑かくらい、先に決めといてよ!」


マリレは、左右の壁に手をつく。

カラーサンプルを見つめ、目を閉じる。


すると、壁がみるみる指定の色に染まっていく。

超能力による瞬間塗装。


職人泣かせにもほどがある。


「……ああ、疲れた」

マリレは大袈裟に溜め息。ソファに身を投げ出す。

そして腕を組み、テレビをつける。


「ねえ、テリィたん。これ見て!」


画面は、懐かしの特撮ドラマの特集が映っている。


「"奥様はウル虎ノ門"特集だって!」

「……え。何?奥様はウルトラマン?」

「違うわよ。ウル虎ノ門。3回続けて言うと、ウルトラマンに聞こえるのょ面白いでしょ?」


世も末だ。


「……テリィたん」


エアリは、僕を見る。


「マリレったら、いったいどうしちゃったの?」

「スピアと破局して以来、1日中TV漬けなんだ。

 マリレ、いい加減にしろよ」

「これ、最後にゼットンに負けて、手ブラにされちゃう奴よ。テリィたんの好きな回」


神回じゃないか!


「何か趣味を持ちなさいよ。ゴルフとか」

「ゴルフ?ごめんだわ」


そのとき。コンコン。

ドアがノックされる。


「ジェシだわ!」


エアリが飛び上がる。


「早く壁を元に戻して!」

「はあ?」

「いいから!」


エアリは慌ててドアを押さえる。


「エアリ、ドアが開かないんだけど!」


外からジェシの声がする。


「今、ドアの前に梯子があるの!」

「梯子なんか置いてないじゃない!」

「いいから、早く!」 


マリレが壁に手をつく。

赤と緑の壁が、瞬く間に白く戻っていく。


「おい、色が違うぞ。さっきは品川ホワイトだった」

「そんな細かいこと、私に言わないでよ!」

「どうしたの?」


ジェシの声が、ますます怪訝になる。


「な、何でもないわ!今、開けるから!」


エアリがドアを開く。


「ごめんなさい。何か忘れ物?」

「うん。ゴルフボールを忘れて」

「ギャハハハハ!」


マリレがソファで爆笑する。

ジェシは笑っていない。エアリも笑っていない。


「……何か、私の悪口でも言ってたの?」

「考えすぎなんじゃない?自分が秋葉原の中心だと思ってる?」 


僕がすかさず口を挟む。


「待てよ。アキバの中心はマリレだ」


マリレを指差す。

なぜかマリレは、ドヤ顔で胸を張る。


「その通り」

「……そう。じゃあ、行ってくるわね」


ジェシは納得したのか、してないのか。

エアリともう1度キスを交わし、出ていく。


今度こそ、ドアはきっちり閉まる。


「……危機一髪だったわね」


エアリが胸を撫で下ろす。


「マリレ、お気楽ね」

「なんで?」

「なんでって……」


マリレは、TVを指差す。


「ちゃんと見て、ドラマのテーマを読み取るのよ。"ウル虎ノ門"は港区の防衛に誇りを持っているのに、人類は冷淡。案外、奥の深い話なのよ」

「"奥様はウル虎ノ門"の話はいいから」


僕はソファに手をつく。あ、コレはアキバが今日の形に移行する前の未だ港区に属していた頃の話だ。


「でもね」


マリレは、急に真顔になる。


「プジ隊員は、ウル虎ノ門が正体を隠していることを知ってるの。だから遅田隊員は、ウル虎ノ門であることを彼女に隠す必要がない。だからプジ隊員の前では堂々と変身できるのよ」


エアリの表情が、ふっと曇る。


「……私も、そうだったら楽なのに」

「そうね」 


マリレは、珍しく素直に頷く。


TVの中では、ゼットンに敗れたウル虎ノ門が、両手でアチコチ隠しながら「いやーん」ポーズ。


その姿を見つめるエアリ。

彼女の瞳が、どこか遠くを見始める。


そして……


画面転換。地底軍艦"溶岩ライザー"。 


操縦席には、パイロットスーツ姿のジェシとエアリが並んでいる。


いつの間にか、SFのジャンルまで変更だ。


「エアリ隊員!」


ジェシが操縦桿を握ったまま叫ぶ。


「"ウル虎アイ"を"溶岩ライザー"に持ち込むなと、何度言ったらわかるんだい!」

「ごめんなさい……」


ションボリとうつむくエアリ隊員。

そして、こっそりコンソールに"ウル虎アイ"を隠すと、ジェシ隊長の肩に頭を預ける。


ジェシ隊長は小さく笑い、エアリ隊員の肩を抱く。


「まったく、君という隊員は……」

「だって、ジェシ隊長が隣にいるンだもの」

「はいはい」


エアリは、クスクス笑う。


「……面白い番組になりそうだわ」


脚本も監督も主演も、すべてエアリ。ただし…

予算と常識だけは、最初から配給されていない。


第2章 旧友と秘密と瓶ビール


場面転換。現実(リアル)のキッチン。


「おはよう、ジェシ」


エアリがNERVのマグカップを差し出す。

ジェシは眠そうな顔で受け取る。


「今日もフレンチトーストよ」


皿の上には、黒い物体が横たわっている。


「……丸焦げだけど」

「レンジの調子がおかしいの」

「フレンチトーストをレンジで焼くの?」

「細かいことは気にしないの」


エアリはシロップを手に取り、焦げた表面に惜しげもなく注ぐ。


じゃぶじゃぶ。

さらに、じゃぶじゃぶ。


焦げと糖分が、朝の食卓で壮絶な和解を始める。

ジェシは一口食べる。


噛む。もう1度噛む。


「……オレンジジュースは完璧だよ」

「しぼりたてだもの」


エアリは、ドヤ顔で笑う。


「それにしてもジェシ。もう8時58分よ。急がないと」

「ヤバ。9時15分に判事と会う約束なんだ」


ジェシは、マグカップを置く。

2人は立ち上がり、抱き合いキスをする。


「ごめんなさい。ホントは食べたいんだけど」

「仕方ないわ」

「じゃあ、行ってきます」


ジェシは玄関へ向かう。

エアリは笑顔で手を振る。


ドアが閉まる。

その笑顔が、ほんの少しだけ残る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


画面転換。"奥様はウル虎ノ門"へ。


ガソリンスタンドの青いツナギを着たカレルが、工具箱を抱えて入って来る。


「おはよー!」


効果音の大きな笑い声。

拍手。口笛。


エアリが振り返る。


「あら、カレル。何を持ってきたの?」

「これ、何かわかる?」


カレルは工具箱から機械部品を取り出した。

エアリは、首を傾げる。


「キャブ……何だっけ?」

「キャブレターだよ。詳しいね」

「進んだ女なの」

「僕もだよ」


カレルはニヤリと笑う。


「でも、聞いてくれ。これは仮の姿なんだ」

「仮の姿?」

「実は、金のなる木なんだ」


エアリは部品を眺める。


「それにしては、ずいぶんゴツゴツした感じね」


ドッと笑い声が起きる。

……どこが面白いのだろう。


カレルは気にせず、両手を大きく広げる。


「特別なキャブレターなんだ。リッターあたり130キロ走る!」


自信満々のドヤ顔。


「カレル?」

「……80キロくらいかな」

「あのね、超能力を金儲けに使うなって、ジェシに言われてるの」

「インチキ詐欺じゃない!これは人類への贈り物なんだ!」

「贈り物なら、タダなのね?」

「有料のプレゼントなんだ」


笑い声が鳴る。

しかし、エアリの顔から笑みが消える。


「……それで、なぜ私のところに持ってきたの?」


カレルも、ようやく真面目な顔になる。


「どこが壊れてるのか、原因がわからないんだ。それなのに客は修理をせっつく。こっちはガソリンスタンドの職員なのに、何でも直せると思われてる」


青いツナギの胸には、架空のスタンドのロゴ。


「完璧に直さなくても、動けば良いンだ」

「……わかったわ」


エアリは部品に手をかざす。

青白い光が走る。

カチリ。

小さな音がして、機械が動き始める。


「直った!」


カレルは、目を輝かせる。


「ありがとう、恩に着るよ!」

「いいのよ。人類への贈り物なんでしょ?」

カレルは一瞬、言葉に詰まる。


笑い声が起きる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


コンコン。ノックの音。

ドラマの色調が、ぱっと明るくなる。


花柄のブラウスに、鮮やかな橙色のパンツ。

スピアが勢いよく入ってくる。


「エアリ家は今日もみなさん、お元気かしら?笑い声が溢れてますか?」


返事を待たず、室内を見回す。


「ところで、私のボンクラボーイフレンドはどこかしらー?」

「謎ね」


エアリが肩をすくめる。


「じゃあ、帰るよ」


カレルが工具箱を持って立ち上がる。


「ダメ。逃さないわよ!」


スピアが振り向く。


「どこへ行くの?」

「……海王星」

「海王星?先週も行ったのに!」

「君の誕生日プレゼントを探しにだ」


カレルが両手を胸の前でパチンと合わせる。

その瞬間。スピアの顔が、ぱあっと明るくなる。


「私の誕生日に海王星!何があるの?まさか温泉卵なんかじゃないでしょうね?」


テーブルに両手をつく。

カレルも反対側に手をつく。


「それは秘密」

「素敵!」


スピアは、うっとりと目を閉じる。


「来週、誕生日に夕食へ誘われてるの」

「行けば良いだろう?」

「ダメよ。そーしたら、どうしたってロマンチックになっちゃうわ」

「……そうか」

「そして、お休みのキス」


スピアは指を1本立てる。


「キスの後はセックスね」


エアリが嬉しそうにうなずく。


「そういうの、覚えとくよ」


カレルは頬杖をつき、真剣にメモをとる。


「何を描いてるの?」

「恋愛のフローチャート」

「……あなた、本当にボンクラね」


効果音の笑い声。

スピアは急に思い出したように手を叩く。


「そうそう。今日ここに来たのは、来週が誕生日だから、ちょっとイメチェンしようと思って」


エアリが嫌な予感に眉を寄せる。


「また超能力で髪型をセットしてほしいの?」

「悩んでるのよねえ。今回はカラーリングしようかなって。セットだけじゃなくて、軽く脱色してみたいの」

「私はあなたの美容院じゃないのよ!」 


ピンポーン。

エアリは救いを求めるように玄関へ向かう。


「はい、どなた?」


ドアを開ける。

カンカン帽をかぶった女が立っている。


「貴女がエアリ?」

「そうよ」

「エリクよ。ジェシの法科院時代の……」

「ああ、聞いてるわ。同級生よね。どうぞ入って。どうして秋葉原に?」

「渋谷の百軒店で仕事があったの。お隣だから、近いし、寄ってみようかと思って」


エリクは軽く手を振る。 


リビングでは、スピアとカレルが同時に手を挙げて応じる。


「そうだったの。ジェシはきっと喜ぶわ。結婚式では会えなかったから」

「参列できなくて申し訳なかったわ」

「良いのよ」


エリクは、カンカン帽を直す。


「予定には入れていたの。津軽からこっちに向かってる途中で、飛び込みの仕事が入ってしまって」

「まあ。あなた、民謡歌手なの?」

「いいえ。フリーランスの記者をやってるの」


一瞬。

エアリの表情が止まる。


「……フリーランスの記者ですって?」

「うん」


エリクは、気軽に答える。

その瞬間、リビングの空気が変わる。


「私たち、帰るわ」


スピアが立ち上がる。


「えっ?」


カレルも工具箱を抱える。


「じゃあ、また」


2人はエリクに目もくれず、玄関へ向かう。


「ちょっと、あなたたち……」


エアリの声を背中に受けながら、2人は慌ただしく飛び出していく。


ドアが閉まる。残されたエアリとエリク。

テレビの中なら、効果音の笑い声が入るところだ。


しかし、入らない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「正直、ジェシが結婚だなんて驚いたわ」


エリクは、室内を眺めながら言う。


「貴女には、何か特別なモノがあるんでしょうね」

「いいえ。何にもない、つまらない女よ」


エアリは笑う。


「それで、ロズウェルにはいつまでいるの?」

「ネタが見つかるまで」


エリクはソファに腰を下ろす。


「編集長がうるさくて。徹底的な調査取材で特ダネをつかめ、真相をスッパ抜け、文秋砲に負けるな、そう言われてる」

「大変ね」

「それがダメなら、職探しを始めなきゃ。失業よ」


エリクは冗談めかして笑う。

エアリも笑顔を返す。


「ぜひ、泊まっていって。ジェシはいつも大学時代の話をしていたわ」

「それは良い話?」

「まあ、かなり脚色してるから」


エアリは指を折る。


「暇さえあれば、社交クラブのみんなと哲学を語り合っていたとか」

「さすが弁護士は口がうまいわ」


エリクは、感心したようにうなずく。


「それじゃあ、このソファを使わせてもらうわ」

「ええ、もちろん」

「いつまでいるかは、ネタ次第。意外に良いネタが、すぐ見つかるかもしれない」


エリクは、背もたれに身体を預ける。

そして、白い歯を見せて笑う。


「何しろ、ここは秋葉原だから」


1拍置く。


「で、時空漂流者(レーンウォーカー)はどこ?」 


エアリも笑う。白い歯を大きく見せて。

まるで、何も問題はないというように。


画面の外では、まだ誰も笑っていない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ。ジェシとエアリの新居。


夜のキッチンで、ジェシとエリクが瓶ビールを飲んでいる。テーブルには古いCDが山積みになっている。エリクは1枚ずつケースを開け、学生時代の遺物を想い出と共に発掘中だ。


「そういえば、この前キースからメールが来たんだ。平和部隊に入るらしい」

「ホンキなの? 井戸掘りなんて柄じゃないわ」


ジェシは、空になった瓶を軽く振る。


「人間、変わるモノね」


そう言うと、瓶を口で器用に開け、エリクに放る。

エリクは、片手で受け取る。


「貴女も変わったわね。ジェシ、昔はもっと真面目だったのに」

「今も真面目だけど」

「そのセリフを瓶ビールを口で開けながら言う人間を、私は信用しないし」


ジェシは、大笑いする。

エリクも笑い、瓶に口をつける。


夜は、すっかり更けている。


「すっかり学生気分ね」


パジャマ姿のエアリが、リビングに顔を出す。

ジェシは、古いCDを手に取っている。


「懐かしいわ。これを聴くと、あの頃のことを全部思い出しちゃう。それじゃあ、タイムマシンに挑戦よっ」

「私は、もう寝るけど」


エアリは、欠伸をする。


「おやすみ、ミユリ」

「誰がミユリよ」

「スピアだっけ?」

「それも違うわ!」


エリクが腹を抱えて笑う。


「まだ早いよ、エアリ。これからだぞ」

「2人で楽しんで」


エアリは、ジェシにキス。


「じゃあね」


寝室へ向かう彼女の背中に、ジェシが手を振る。

エリクがCDをプレーヤーに入れる。


懐かしいイントロが流れ出す。


2人は、まるで大学の寮に戻ったような顔で肩を組み歌い始める。

エアリは、寝室のドアを閉める。


そして、溜め息。

……眠れるわけがない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


それから1時間。


リビングでは、法科院の学生2人がソファに並んで瓶ビールを何本も空けている。

ジェシはいつの間にかフロアに座って、CDの歌詞カードを眺めている。


「昔は葉っぱもやったわよね」


エリクが懐かしそうに言う。


「ちょっと、声が大きいわよ。スピアには秘密にしてルンだから」

「なんだって?」


ジェシが大袈裟に目を見開く。


「奥さんに隠しゴトをしてるの!」

「これから時間をかけて知り合うところなの」

「結婚してから?」

「そうよ」


エリクは、ビールを飲み、しみじみと首を振る。


「あら。結婚っていうのは、お互いをよく知ってからするモノでしょ?」

「それは理想論よ」

「じゃあ、貴女はどのくらい隠してるの?」

「彼女よりはマシよ」

「なんdeathって?」

「何でもない!」


ジェシは笑いながら、2人の瓶にビールを注ぐ。


「やめてよ、水臭いわね。昔は助け合った仲じゃない。K-Popキングのときなんて、大騒動だったじゃない?」

「……ああ」


ジェシの顔が、ぱっと明るくなった。


「彼女が付き合ってたのは、身長190cmのラクロス選手だったし!」

「よく覚えてるわね」

「あれは忘れられないわ」


ジェシは朗らかに笑う。


「その節は、確かに世話になったわ」


エリクも笑う。

2人は、瓶を軽くぶつける。


カチン。


その音が消えると、ジェシはふと黙り込む。


「……ねえ、エリク」

「ん?」

「なんとなくナンだけど」


ジェシは、空になった瓶をテーブルに置く。


「エアリって、私に知られたくない秘密を持っているような気がするの」


エリクの笑顔が止まる。


「例えば?」

「よくわからない。ただ、しょっちゅうおかしなことが起こるのよ」

「おかしなこと?」

「この間、壊れた製氷機を直そうとしていたの。全然うまくいかなくて、腹が立ってね。休憩しようと思ってキッチンを離れたんだけど、戻る途中でちらっと見たら、エアリが製氷機に触れていたのよ」

「それで?」

「戻ったら、完全に直っていた」


エリクは、首を傾げる。


「……偶然じゃないの?」

「そうかもしれないわね」


エリクは、にっこり笑う。


「でも、プロの記者から言わせてもらうと、それは特ダネじゃない」


ジェシはほっとして、ビールを飲む。


「よかった」

「何がよかったの?」

「いや、別に」


エリクは、ジェシをじっと見る。


「それじゃあ、テリィたんは?」


ジェシの顔が曇る。


「……ああ。あの人?」

「結婚式の前に、貴女の鼻を折ったんですって?」

「そうなの。国民的SF作家だからって許されないわ」

「鼻を?」

「鼻よ?」


ジェシは自分の鼻を指差す。


「ところが翌日、ステーキ肉で直してくれたの」


エリクの手が止まる。


「……ステーキ肉で?」

「そう。高級フィレステーキ」

「待って。食べる方のステーキ?」

「他にどんなステーキがある?」


ジェシは、心底不思議そうな顔をする。


「折れた鼻を、ものの30秒で完治させたのよ。スゴくない?」


エリクは、ゆっくり瓶を置く。


「……ジェシ」

「何よ」

「貴女、弁護士よね?」

「そうだけど」

「証拠の意味、わかってる?」

「もちろん」

「なら、どうしてそんな話を、ビールを飲みながら笑顔で私にしているの?」


ジェシは、考え込む。


「……学生時代の思い出だから?」


エリクは、天井を仰ぐ。


「製氷機を超能力で直す女。ステーキ肉で鼻を再生させるSF作家。しかも、結婚式の前日に」

「うん」

「変でしょ? 絶対におかしいわよ!」


エリクは、ジェシの肩をつかむ。


「もしかしたら、時空漂流者(レーンウォーカー)なのかもしれない」

「誰が?」

「エアリたちよ!」


ジェシは、しばらく黙っている。

それから、吹き出す。


「ハハハハハ!」


エリクもつられて笑い出す。


「何を言い出すかと思ったら!」

「だって、そう考えれば全部説明がつくじゃない!」

「つかないし!」

「つくわよ!」


2人は、腹を抱えて笑う。

笑い声は、夜更けのリビングに響き渡る。


そのころ、寝室では。


エアリがベッドの中で、目を大きく開いている。

笑い声は壁を越えて、容赦なく届いてくる。


お願いだから、静かにして。


エアリは、枕を頭にかぶせる。

しかし、笑い声は止まらない。


「貴女は、秋葉原の時空漂流者(レーンウォーカー)と結婚したのよ!」


エリクの声が、やけにはっきりと聞こえる。

続いて、ジェシの笑い声。


「やめてよ!」


エアリは、枕を顔に押しつける。

……何がそんなに面白いのよ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ねえ、知ってる?」


リビングのエリクが、急に声を弾ませる。


「これって、21世紀版"あくび娘ジニー"じゃない?」

「もう、やめてよ!」


ジェシが笑い転げる。

エリクは、立ち上がって両手を広げる。


そして、どこかで聞いたようなテーマソングを歌い始める。


ジェシが手拍子を打つ。


2人は、完全に学生時代に戻っている。

少なくとも、本人たちはそう思っている。


寝室。


エアリは目を閉じる。

歌声が聞こえる。笑い声が聞こえる。


そして、脳内では……原色のコスチュームを着た自分が、TV画面の中で愛想笑いを浮かべている。


私はウル虎ノ門じゃない。

私はウル虎ノ門じゃない。

私はウル虎ノ門じゃない。


心の中で何度も唱える。

そのとき。


寝室のドアが勢いよく開く。


「大変よ!」


ジェシだ。


肩を出したネグリジェ姿のエアリは、本を読んでいたふりをして顔を上げる。


「どうしたの?」

「奴はココに泊まる気よ!」

「……心配いらないわ」

「ネタに飢えた新聞記者が、私たちのソファで寝るつもりなのよ!」

「貴女」


エアリは、本を閉じる。

そしてジェシの肩に、そっと手を置く。


「大丈夫よ。約束するわ」


ジェシは、彼女を見つめる。


「彼の前では、パワーを使わないから」

「ホントに?」

「ホントにホントよ。だから何も心配しないで」


エアリは、ジェシに身を寄せる。

ネグリジェの胸元が、ジェシの視界をふさぐ。


ジェシの表情が、みるみる緩む。


「……そう。貴女がそう言うなら」

「ええ」

「それなら、安心だわ」


ジェシは、彼女を抱きしめる。エアリは、微笑む。

その顔は、ジェシからは見えない。


困り果てていることも。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


リアル真夜中。寝室。

ジェシがようやくベッドに戻ってくる。


「もう真夜中よ」


エアリが言う。


「ごめん。起こした?」

「構わないわ。楽しめた?」

「最高よ!学生時代の話って、どうしてあんなに面白いのかしら!」


ジェシはパジャマに着替え、ベッドに潜り込む。


「エリクもすっかり学生時代に戻っちゃって」

「そう」

「ところで、何なの?」

「何が?」

「いや、エリクが記事にするネタに困って、すっかりぶっ飛んじゃってるのよ」


ジェシは、枕に頭を沈める。


「エアリ。貴女のコトを秋葉原の時空漂流者だとか言い出したのよ」


エアリの笑顔が、ぴたりと止まる。


「……何ですって?」

「いやあ、笑った笑った」


ジェシは楽しそうに寝返りを打つ。


「まったく、エリクも変わらないわ」


エアリは、天井を見つめる。

隣では、夫が満足そうに目を閉じている。


旧友との再会。

学生時代の思い出。

瓶ビール。


最高の夜だったらしい。


一方、妻の秘密は、今や新聞記者の取材対象になりかけている。


「……ジェシ」

「なぁに?」

「もし、私がリアル時空漂流者だったら貴女、どうする?」


ジェシは目を閉じたまま、少し考える。


「そうだなあ……」


エアリは、息を止める。


「……面白いじゃない?」


ジェシは、笑う。


「弁護士としては、まず事実関係を確認しなきゃ」


そして、あっという間に寝息を立て始める。

エアリは、ゆっくりと顔を向ける。


「……もう!」


枕を投げようとして、ヤメる。


超能力を使えば、枕どころかベッドごとひっくり返せる。だが、夫との約束がある。


彼女は枕を元の位置に戻し、布団をかぶる。

明日からエリクの前で絶対に超能力は使わない。


製氷機も直さない。

壊れたモノには触らない。


テリィたんにも、ステーキ肉のドサクサ騒ぎに紛れてヒーリングパワーを使うのは控えるように言わなければ。


考えるコトは山ほどある。


隣では、ジェシが幸せそうに眠っている。

エアリは、もう1度だけ天井を見上げる。


結婚の秘密を守るための妻の戦いは、夫が眠ったあとから始まる。百合だけど。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


マリレのアパート。


TVがつけっ放し。画面は"ウル虎ノ門"最終回。夕陽に染まる雅楽特捜隊基地。ソプィの声が響く。


「私は巨乳を2つ持ってきた。1つをミユリ隊員にやろう……」


明け方。ソファでは、メイド服のままマリレが眠りこけている。


「おいおいおい。ヤメてくれ」


帰宅した僕は、腕を組んで彼女を見下ろす。


「こりゃ、もう末期的だな」

「放っておいて。絡むのも面倒だから無視」


寝ぼけ眼のマリレ。

僕は、リモコンを取り、TVを消す。


「まともな生活を送るんだ」

「ご親切にどうも。私のアパートから出て行って」


マリレが指を動かす。

TVがつく。


「こんなコトを続けていたら、脳みそが腐るぞ」


僕は、再びテレビを消す(リモコンで)。


「SFの名作を鑑賞して、どこが悪いの?」


TVがつく(超能力で)。


「ごまかしてるだけだ」

「ここは私のアパートよ。だから、私が何をしようと勝手でしょ?」


また消す(リモコンで)。

またつく(超能力で)。


もはやリモコンと超能力の意地の張り合いだ。


「いい加減にしろ」

「テリィたんこそ!」


マリレが最後の力を込めて念じた、その瞬間。


バチッ。


青白い火花が散り、TVは永遠に沈黙する。


画面には、雅楽特捜隊もソプィもいなくなる。

残ったのは、黒い鏡のような画面に映るマリレの顔だけだ。


「ありがとう。どうしてくれるの?」

「すまない。悪かったけど、僕のせいか?」

「出かけるわ。じゃね」


マリレはヨレヨレのメイド服のまま出て逝く。


僕は、壊れたTVを見る。

彼女は、どこへ行くのだろう。


少なくとも、家電量販店ではないだろう。

未だ開いてないし。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


脳内妄想ドラマ"奥様はウル虎ノ門"。

サイケデリックな原色が渦巻くリビングルーム。


フロアにはポテトチップス。

食べかけのホットドッグ。

空のピザ箱。

そして、森のように乱立するビール瓶。


"ウル虎ノ門"が溜め息をつく。

正確には、顔だけエアリのウルトラマンだ。


「まったく、男ってどうしてこうなのかしら」


その呟きに反応したのか、掃除機が自走してくる。


ウィーン。


掃除機は、床のポテトチップスを吸い込み、空き瓶は、ひとりでに宙へ浮かぶ。1本。また1本。瓶の林は編隊飛行し、順番にゴミ箱へと着陸していく。


ピザは箱に戻り、ホットドッグは皿に整列すると、あっという間にリビングは元通りだ。


「便利な能力ね。これで夫がもう少し片付け上手なら、私の人生は完璧なのに」


そこで画面が止まる。原色の背景が消えて、現実の秋葉原ヒルズの新居に転換する。


エアリは、再び散らかっているリビングを見回し、深い溜め息をつく。


妄想の中なら、ゴミもビール瓶も勝手に片付く。

だが、リアルでは、超能力を使えば使うほど、夫に説明出来ない秘密が増える。


「悪いわね。ゴルフから戻ったら、直ぐに片付けるから」


ジェシが頭をかきながら言う。


「エリク、早くして。遅れるわ」


トイレからエリクが出て来る。手を拭きながら、まるでノーベル賞でもとったような顔をして叫ぶ。


「ひらめいたわ!」

「どうせ、くだらない話でしょ?」

「エアリと貴女のコトを描くわ。電撃結婚のあと、お互いを知っていく2人の物語よ」

「面白くないンじゃない?」


エアリは、即座に防衛線を構築スル。


「いや、私の力で面白くしてみせる。やり手の若手弁護士と田舎出の女子大生のスピード婚の実態物語だ」

「私たちの結婚がB級だと言うの?」

「いや、心温まるお話だよ!」


エリクは、急に懇願調になる。


「頼むわ。困ってるの。ネタがいるんだよ」

「私は、雑誌に載る気分じゃないわ」


エアリは会話を打ち切り、玄関へ向かう。

扉を開けると、そこに僕が立っている。


画面は"ウル虎ノ門"のレトロ時空に転換。リアルな秋葉原ヒルズの新居は消え、サイケな原色のリビングが再び出現する。


僕は、古着屋の奥から発掘されたようなアーガイル柄のカーディガン。国民的SF作家という肩書きには、いささか説得力を欠く装いだ。


「テリィたん!」

「やあ」

「こちらは友達のエリク。彼は、国民的SF作家のテリィたん」


ジェシに紹介され、僕はエリクと握手する。

エリクは爽やかな笑顔で僕を見る。


「テリィたんには、すごいヒーリングパワーがあるんだって?」


その瞬間、僕は手をかざす。


ボワン!


エリクの頭に触角が生え、顔が紫色に変わる。彼女はレトロお洒落な帽子をかぶったシルヴィバルタン聖人になっている。


エアリに詰め寄られる。


「テリィたん!お友達を侵略宇宙人に変えちゃダメでしょ?」

「猿の子孫に説教されるつもりはないぞ」

「テリィたん。いーからエリクを元に戻して!」


僕は、厳かに首を振る。


「一体どうして秘密が漏れたんだ?」

「テリィたんが"リアルの裂け目"で時空旅行をしまくるからでしょ?」

「しまった。でも、違う世界線を侵略するとスカッとするんだ」

 

ジェシまで、真顔で横から突っ込んでくる。エアリは、ほとんど泣き声だし。


「ねえ、テリィたん。このカーペットはおろしたてなの。オシッコされたら大変よ」

「聖人はオシッコしないだろう。ちょっと待てよ。"リアルの裂け目(時空トンネル)"と言えば、マリレがシステムエラーを出してから、今、ここの地下室に隠してある」

「なんだって?ココの地下室?」


ジェシが仰天する。

僕は、鷹揚に答える。


「猿の子孫には早口すぎたかな」

「どうやって入れたの?」

「スリップストリームを使ったに決まっているでしょ」


エアリのワケのわからない助太刀が入る。

とりあえず、僕も上から目線で畳みかける。


「お分かりか?」

「いや、まったく」


ジェシは頭を抱える。

だろうな。


「家には特ダネに飢えたフリーランスの記者。地下の駐車場にはタイムトンネルが無断駐車。とりあえず、シルヴィバルタン聖人を檻に入れよう。侵略者だから」

「テリィたん!早くエリクを人間に戻して!」

「わかった。面倒だな」


僕が手をかざすと、エリクは元の人間に戻る。

自分の顔を確かめる。触角もなく紫色でもない。


「よかった。これで記事が描けるわ」


そのセリフだけは、変身前と変わらない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


現実(リアル)モード。

秋葉原ヒルズ。ジェシとエアリの新居。


「じゃあ、楽しんで」


ジェシとエアリは、玄関先で軽くキス。

エリクは、そのまま出かけていく。


「じゃあ、行ってらっしゃい」


エアリは、笑顔で2人を見送る。


ドアが閉まる。

笑顔が消える。


「はあ……」


彼女は、壁にもたれる。


「テリィたんが中途半端なヒーリングでジェシの鼻を直した話を、ジェシがエリクにしたらしいの。それ以来、私が超能力に覚醒した時空漂流者だって、2人はフザケ合ってるのよ」


僕は、肩をすくめる。


「笑えるね。でも、冗談を言い合ってるだけだろ?神経質になれば、かえって怪しまれるだけだ」

「ええ、そうね」


エアリは、納得したようにうなずく。


「で、今日は何の用なの?」

「エアリが僕のセフレだった頃を思い出して、たまには朝食でもどうかと思ってさ。おごるよ」

「素敵。どこにする?」


彼女の返事は、あまりに早い。

さっきまでの憂鬱は、もう微塵もない。


秘密を抱えた女にも、朝食は必要だ。

しかも、奢られるとあれば、なおさらだ。


エアリはバッグを手に取り、鏡の前で髪を整える。


彼女はまだ知らない。


エリクが描こうとしているのは、

単なる電撃結婚のロマンスではない。


彼の頭の中では、既に記事のタイトルが

決まりかけている。


"秋葉原の百合婚ヲタク夫婦。その地下室に眠る、説明不能の秘密"


もちろん"説明不能の秘密"が時間トンネルの違法駐車であるコトなど、彼女は未だ知らない。


少なくとも、現実のエリクは。


そして妄想の中の僕は、今宵も違う世界線を侵略するつもりでいる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万貫森ゴルフ倶楽部。


マデラが会員になっている。ジェシとエリクが並んでグリーンを歩く。

そこへエリクが、尋問でも始めるような口調でジェシに質問を始める。


「それで、エアリとはいつ出会ったの?」

「2か月前」

「お誕生日の頃?」

「YES」

「それで気に入ったの?お誕生日プレゼントとして?」

「YES。とても良い感じだったから……」


エアリは、そこで言葉を濁し……目が細くなる。


「あら?」


彼女の視線が、エリクの手元に向く。


「コースにアルコールを持ち込んでいるの?……まぁ、飲んで良いけど。マデラのコースだから」


許可なのか、皮肉なのか。言ってるエアリ自身にも区別がついていない。


そして、エリクの口から最後の一発が放たれる。


「ところで、ヤッたときはピチピチのJKコスプレだったんじゃないの?」

「やめて」


マデラが即座に制止する。

聞こえてたのかw


「……すみません」


エリクは、素直に引く。


どうやらこの女、情報源の怒りを買った時の対処法だけは心得ているらしい。


そのときだ。


ヒュンッ!


白いボールが、3人の頭上をかすめる。


「きゃっ!」


ジェシが身をかわす。


ボールはカートにコツンと当たり、軌道を変えてグリーンへ。ホールの周囲をクルリと1周すると、まるで最初から計算されていたかのように、カップへ吸い込まれる。


コトン。


一瞬の沈黙。


「やった!」


誰かが叫ぶ。

いや、正確には、まだ誰も喜ぶ資格を得ていない。


「フォア!フォア、皆さん、フォアですよー!」


グリーンの向こうから、両手を振りながら女性が走ってくる。ん?メイド服?


マリレだ。


マリレは、3人の間を堂々と横切り、カップにしゃがみ込むと、入ったばかりのボールをひょいと拾い上げる。


「いやあ、皆さん、奇遇ですね!こんにちは!」


奇遇という言葉は、こういう時のためにあるのかもしれない。


少なくとも、ボールを打った本人が、打球の行方より先に知人との再会を喜んでいる状況を説明するには便利だ。


マリレはボールを握ったまま、エリクの紹介を待つように手を広げる。エアリが口を開く。


「こちらは友達のエリクよ」

「どうも」


エリクが手を差し出す。


マリレはボールを持った手を持ち替え、何事もなかったかのように握手する。


マデラが不審そうに尋ねる。


「マリレもゴルフをやるの?」

「いいえ。テリィたんに言われて、少し外に出ようと思って」


マリレは、屈託なく答える。


「それより、今の見ました?カートに当たって、そのままホールイン!まさにスーパーショットでしたよね?」

「……そうね」


マデラの返事には、いくつかの感情が同居する。


偶然のホールインワンへの驚き。

無断でコースに入ってきたコトへの困惑。

そして、この女がこれから何をしでかすのかという、経験に裏打ちされた予感。


マデラは、できるだけ穏やかな声を作る。


「マリレ、気を悪くしないで欲しいンだけど。貴女、このゴルフ場の会員ではないでしょ?」

「ええ、違います」


マリレは屈託ない。会員制度を理解してないから。


「じゃあ、私と一緒に回りましょう」


だから、マデラの好意を理解出来ず、何か聞き間違えたのかと戸惑う。


「……え?」

「せっかくですもの。お知り合いになれたし、今のショットも見せてもらえたし」


マリレは、既に参加が決定した人間の顔をしている。

彼女にとって、会員権とは、他人の善意を受け入れるための資格に過ぎない。


「良いですよ」


マリレは、マデラの返事を待たずに鷹揚に微笑む。


「私に賭けますか?」

「……はい?何に?」


マデラの問いに、マリレは首を傾げる。


「もちろん、勝負ですよ。私、今日は何か持っている気がするンです」


その根拠は、カートに当たってホールインしたボールだ。


1度の偶然を、実力の証明と解釈スル。

そして実力があるなら、勝負を申し込むのが当然だとの展開だ。


マリレの中で、そこまでの論理が既に完成している。


ジェシは、エリクを見る。

エリクもジェシを見る。


2人の視線が、ほんの一瞬だけ交差する。


先ほどまでエアリの恋愛事情を考えていたマデラは、いまや自分のゴルフ場で、会員でもない女性から勝負を挑まれている。


しかも相手は、ボールを拾ったばかりだ。


「……マリレ」


マデラが慎重に口を開く。


「ゴルフって、ルールがあるのよ」

「もちろん知っています!」


マリレは、胸を張る。


「ボールを穴に入れルンですよね?」


マデラは、空を見上げる。

長雨の去った秋空は、どこまでも高い。


どうやら今日のゴルフは、スコアを競う競技ではないらしい。


誰が最後まで、マリレの善意に付き合えるか。

その勝負なら、彼女は既に優勝候補だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)。


「テリィたん。自分の御屋敷ナンだから1人で御帰宅すれば良いでしょ?もうマデラの出禁も解けたコトだし」


エアリが呆れ顔で言う。


「ミユリさんのシフトが終わるまで待ってルンだよ。第3新東京電力を退職して昼からブラブラしているダメ男だと思われたくないんだ」

「実際、ダメ男なんだからしょうがないでしょ?」


身も蓋もない。


ミユリさんに会いたい。

でも、会いたくて来たと思われるのは困る。


我ながら、ずいぶん面倒な立場だ。

まるで恋する腐女子。


そのとき、ドアが開く。


恋するツインテ。アンナミラーズの制服。

そして、なぜかいつもより豊かな胸元。


ミユリさん巨乳ver.だっ。


僕とミユリさんは見つめ合う。

1秒。2秒。3秒。


「ミユリさん……」

「テリィ様……」


名前を呼び合っただけで、僕の中では恋愛ドラマが始まっている。


隣でエアリが、海より深く冷めた目をしている。


「……席に案内してくれる?」


その一言で、ドラマの幕が落ちる。


「少々お待ちください」


ミユリさんはウェイトレスの顔に戻る。

息を整える。萌え。


「今日はお2人で朝食を召し上がりに来たんですよね?テリィ様が私に会いに来たワケではなく」


そう言って、僕にウィンクする。


接客なのか。

全世界に対して僕だけへの合図を送ったのか。


考え始めた時点で、もう負けだ。


「そうですょね?テリィ様」

「もちろん。そうさ、ミユリさん」


返事だけは早い。


「さぁ、こちらです」


ミユリさんが先頭に立つ。

僕は、その後ろ姿を見た。


アンミラの制服は、正面だけで勝負しているわけではない。


歩くたびに揺れるヒップライン。

安定感のある、実に頼もしい後ろ姿。


僕は、思わず背筋を伸ばす。


「テリィたん」

「何?」

「鼻の下」

「伸びてない」

「伸びてるわよ」

「これは姿勢の問題だ」

「どういう姿勢よ」

「……前向きな姿勢」


エアリは、黙る。

その沈黙が、何より痛い。


ミユリさんがカウンターへ戻る。

最後にもう1度、僕と目が合う。


彼女が小さく息をつく。

僕も息をつく。


すると。


ワハハハハハハ!


どこからともなく、大きな笑い声が響く。

僕の恋愛ドラマを、誰かが客席から笑っている。


「テリィたん、何を食べるの?」


エアリの声で、僕は現実に戻る。


「ミユリさんのおすすめで」

「自分で決めなさいよ」

「彼女のおすすめなら、何でも良い」

「重症ね」


ミユリさんがこちらへ近づいてくる。


「ご注文はお決まりですか?」

「ええと……朝食を」

「どの朝食になさいますか?」


僕はメニューを見る。

さっきまで読めていた文字が、すべて消えている。


「……ミユリさんのおすすめで」


ミユリさんは微笑む。


「かしこまりました」


そして、またウィンクする。


僕は、完全に沈黙する。

エアリが天井を仰ぐ。


「誰か、この人をリアルに戻して」


ミユリさんが伝票に目を落とす。


「では、モーニングセットを1つ」

「はい」

「それから、妄想を1つ」

「えっ?」

「追加注文ではありません。すでに付いています」


エアリが吹き出す。

僕は、ようやく理解する。


御屋敷で大盛りなのは朝食ではない。

僕の妄想だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。万貫森ゴルフ倶楽部。


「ところで、テリィたんやエアリとは古い付き合いなのかしら?」


エリクがマリレに尋ねる。

取材先の多様化だ。


「かなり長いわ。私たちはずっと一緒なの」

「ずっと?」

「ええ。親がいないから。里親に育てられたの」


エリクは、それ以上聞かない。

マリレはボールに目を落とし、スイングする。


ボールは勢いよく飛び出したが、途中から大きく右へ曲がる。


スライス。


林の中へ消えていった。

マデラが溜め息をつく。


「アゴが上がったわね。完全に林の中だわ。打ち直す?」

「いや、癖になるから良いわ」


マリレは、潔くクラブを2本持って立ち上がる。


「先に行ってくれる?林でボールを探してくるわ」

「無理しなくて良いのよ!」

「大丈夫よ!」


マリレは振り返らず、林の中へ入って逝く。

その背中が木々の間に消える。


エリクは、彼女の言葉を反芻する。

親がいない。里親に育てられ、ずっと一緒。


「……ずっと一緒、か」

「エリク?」


マデラが呼ぶ。


「何でもない」


そう答えたものの、林の奥が気になる。

マリレが探しているのはボールだけなのだろうか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)。


僕の妄想が朝食として提供されている頃、ゴルフ場ではマリレが林の中で何かを探している。


同じ世界線の、別々の場所。


片方では、僕がミユリさん巨乳ver.のウィンク1発で人生の意味を見失う。

もう片方では、マリレが過去のどこかに置き忘れた何かを探している。


ただ1つ確かなのは、僕の朝食が冷めるより先に、物語の方が熱を帯び始めているコトだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ。エアリの新居。


ダイニングテーブルに頬杖をついたエアリは、何やら深刻な話をしている。


「"奥様はウル虎ノ門"のコトを、ずっと考えていたの」


僕は、コーヒーを飲んでいる。


「へぇ」

「私のダーリンにも、そろそろ秘密を知ってもらった方が良いと思うの」

「ふーん」

「でしょ?きっと強い味方になってくれるわ。記者の友達に、言って良いコトと、ダメなコトの違いもわかるし」

「確かに。考えとくよ」


僕は、カップを傾ける。


話は聞いている。

聞いてはいるのだが、脳の大半は別のコトに使われている。


ミユリさんが絡んでくる。


「何かいるモノありますか?」

「大丈夫だよ。ドラマみたいな人生なら楽なのにって話してたところさ」

「韓流みたいに?」

「いや"お面ライダー"だ」

「"奥様はウル虎ノ門"の話をしてたのよ、姉様」


その瞬間。


僕の脳内で、何かが転換。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


妄想ドラマ"脳内アンナミラーゼ"。


「チーン!」


料理の完成を知らせるベルが鳴る。

そこはアンナミラーゼ北青山店。


カウンターの向こうには、ツインテにアンミラ制服のミユリさん。70年代風メイクも完璧。


僕は、出来上がった料理を待つ客の顔。


いや、正確には、料理よりもアンミラ制服のウェイトレスの人生を応援したい客だ。


そこへ、マデラが現れる。


社員用の襟なしアンミラ制服。若くて美しい……けど手にはハロウィン用の血のついたチェーンソー。


どういう設定なのかは、僕にもわからない。


「ウチの制服メイドを盗撮しないで!」


マデラが叫ぶ。


「えっ?」

「あれだけ言ったでしょ?忘れたの?」

「いえ、社員メイド様。誤解です!」


僕は、両手を上げて降参する。


「私はセフレと朝食を食べに来ただけです。ほら、この子が私のセフレです!」


エアリを指差す。


「ほら、エアリ。おはようって挨拶しろよ」

「……おはようございます」


エアリは、なぜか妙に上品な笑顔で頭を下げる。


「そう!こういう健全な朝食風景です!」

「健全?」


マデラの目が光る。


「アンミラ制服を着たメイドに指1本でも触れてご覧なさい!そうしたら……!」


チェーンソーが振り上げられる。百均製だが……


「ひぃっ!」


僕は、目を瞑る。

振り下ろされる刃。


その瞬間、チェーンソーは花束に変わる。


マデラの手から、赤い薔薇を中心にした豪華な花束を受け取る僕。


「あ……ありがとうございます」


花束からマデラにバラ1本返し、香りをかぐ。


「うーん。いい香りだ」

「テリィたん」


エアリがウィンクする。

僕もウィンクを返す。


マデラは血のついたチェーンソーを振り回していたハズだが、今では花束をプレゼントする優しい社員メイドになっている。バースデー設定らしい。


もはやドラマというより、脳内の労働環境が完全に崩壊している。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻……というか同時空の万貫森ゴルフ倶楽部。


カートに乗り込むジェシとエリク。

エリクは、さきほどの話を思い返している。


「マリレは、里親と縁を切ったの?」

「解消したわ。うちの事務所で処理した」


ジェシは、さりげなく答える。


「そうなの……」


エリクは、考え込む。


マリレの過去。

エアリとの関係。

そして、あの妙な言動。


疑いは、少しずつ輪郭を持ち始める。

そのとき、ジェシが前方を指差す。


「あら、見て。あんなところにボールがあるわ」


林の手前、木々の間に白いボールが見える。


「悪いけど、ちょっと良い?」


エリクは、カートを降りる。


「ねえねえ。メイド長のクラブで葉っぱ?」


ジェシは、エリクの手元を見て言う。


「向こうの茂みに隠れてやって」

「貴女、何を言ってるの?」

「いや、隠すならあっちの方が良いと思って」

「誰が隠すのよ!」


エリクは呆れながら、茂みへ向かって歩き出す。

そして、何気なく林の方へ目を向ける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


林の中。


エリクは草をかき分け、白いボールを探している。


「あったわ」


ボールを見つけ、しゃがみ込む。

そのとき、背後で枝の折れる音がした。


振り返ると、マリレだ。周囲を見回している。誰もいないコトを確かめるように、ゆっくりと視線を巡らせる。


そして、1本の木に向き直る。

右手をかざす。


何をしているのだろう。

エリクは、声をかけようとする。


その瞬間だ。


ミシッ。


木の幹が、音を立てる。

ジェシは息を止める。


マリレの手が、ほんの少し動く。


ミシミシミシッ!


太い幹が、あり得ない角度にねじれ始める。

ディズニーのアニメでこんなのあったな。


枝は揺れ、葉が舞う。


木は、まるで目に見えない巨大な手に握られたかのように、幹ごとねじ曲がっていく。


ジェシは声を失う。


何かの仕掛け?

機械?

特殊な道具?


どれも違う。


マリレの手以外、何も動いていない。

やがて、マリラは手を下ろす。


ねじ曲がった木を一瞥する。

それから、何事もなかったようにクラブを握る。


「さて」


マリレは、グリーンの方向を向く。


「ナイスショット!」


スイング。


ボールは林を抜け、きれいな弧を描き飛んで行く。

まるで、さっきの出来事など存在しなかったかのように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


エリクは、その一部始終を見ている。


マリレが木に手をかざすトコロも。

太い幹がねじ曲がるトコロも。


そして、その直後に何食わぬ顔でナイスショットを放つトコロも。


すべて。


実は、エリクの口には、さっきからマリファナがくわえられている。

だが今、それがゆっくりと唇から滑り落ちる。


ポトリ。


「……ウソでしょ?」


声がかすれる。


木はねじ曲がっている。

マリレは平然としている。


ゴルフ場の風は、何事もなかったかのように芝生を渡っていく。

エリクは、落ちたマリファナを拾うコトさえ忘れている。


これまで感じていた違和感。


彼女の過去。

説明のつかない言動。

そして、時折見せる、人間離れした何か。


疑惑は、全て確信に変わる。

マリレは、普通の腐女子ではない。


少なくとも、自分の知っている世界線の常識には収まりきらない超能力を持っている。


「……超能力者?」


口にした途端、別の可能性が脳裏をよぎる。


もし、超能力があるのなら。

もし、マリレが自分たちの知る世界線の人間ではないのなら。


そして、もし。


エリクは、ねじ曲がった木を見つめる。

マリファナを落としたコトなど、もうどうでも良くなる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ。ジェシとエアリの新居。


キッチンで、ゴルフから帰ったジェシとエリクが瓶ビールをラッパ飲みしている。


「やめて。そんな記事を載せてくれるトコロなんか、絶対ないわ」


エアリは、呆れた顔で言う。


「大丈夫。タブロイド紙にツテがある。大丈夫よ」

「だからダメなの。頭を冷やして」


ジェシは、瓶を口から離す。


「信じがたいけど、私はこの目で確かに見たのよ」

「はいはい」

「笑いゴトじゃないってば!」

「ハハハ!」


ジェシは、豪快に笑い飛ばす。

そのとき、勝手口からエアリが入ってくる。


「どうしたの?」

「ソレがウケるわよ。ほら、エアリに話して」


ジェシは身を乗り出す。


「ゴルフ場で、マリレが超能力を使って木を倒したンだって!」


一瞬の沈黙。エアリはジェシを見る。

それから、爆笑する。


「最高だわ!」


ジェシの顔が明るくなる。


「でしょ?マリレ、スーパー光線を発射!」


ジェシは、ペットボトルを2本つかみ両目に当てる。

そして、両腕を前へ突き出し、ノシノシと歩く。


「ビビビビビッ!木を倒すぞー!」

「……エアリ」


ジェシの顔から笑みが消える。

エアリはペットボトルを目に当てたまま、さらに歩く。


「次はゴルフ場を破壊する!」

「やめなさいよ!」


ジェシは、瓶ビールをテーブルに置く。


「どう言えば、私の話を信じるの?彼女はどこかおかしいのよ。超能力者か、それとも時空漂流者かも」

「時空漂流者?」


エアリがぴたりと止まる。


そして、ペットボトルを2本、今度は頭の両側に当てる。角のつもりらしい。

白目をむき、口を大きく開ける。


「地球人よ、降伏せよ」

「……」

「我々は、木をねじ曲げる能力を持っている!」

「エアリ!」

「抵抗は無意味だ!」


エアリは、角を生やした超能力者のつもりで、テーブルの周りを行進する。


ジェシは頭を抱える。


「マリレは絶対、この世界線の人間じゃないわ!」

「ホエホエ」


ジェシは白目をむき、口を半開きにする。


「地球人よ、降伏せよ……ホエホエ」


今度は、ジェシまで加わる。

2人はしばらく、白目をむいたまま向かい合う。


そして、同時に吹き出す。


「アハハハハ!」

「ハハハハハ!」


キッチンに笑い声が響く。

瓶ビールの泡が、グラスの底で小さく弾ける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ。ジェシとエアリの新居。


「なんてコトをしたの!」


スマホから、エアリの怒声が飛び出す。

画面の向こうで、マリレが小さくなっている。


「ごめん。それが、気がつかなかったのよ」

「気がつかなかった?」


エアリは、額を押さえる。


「そもそも、ゴルフのスコアを上げるために超能力を使うなんて信じられないわ!」

「だから、1人だと思ったの」

「そういう問題じゃない!」


エアリの声が部屋に響く。


「実にマリレらしいわ。脇が甘いのよ。もう取り返しがつかないわ!」


マリレは、スマホを耳から少し離す。


「そんなに怒らなくても……」

「エリクが貴女を取材したいと言ってるのよ!」


マリレの顔から笑みが消える。


「……取材?」

「そう。彼女は記者なの」

「エリクの声帯を潰せば、誰にも話せなくなるわ」

「何を物騒なこと言ってるのよ!」


エアリは、思わず叫ぶ。


「声が出なくても、ジェシは新聞記事を描くわ」

「じゃあ、指も消してしまいましょ」

「そういうコトじゃない!」


エアリは、スマホを握り直す。


「そんなことをしても無駄よ。何か方法を考えなくちゃ」


しばしの沈黙。

マリレは、ようやく真面目な顔になる。


「わかった。彼女と話すわ」


エアリは、目を閉じる。


「……その方が余計に心配だわ」

「もう良いから、任せろって」


その瞬間だ。

別の声が割り込む。


「何のコト?」


リアルなマリレだ。

エアリは、頭を抱える。


「……もう、どうして今なのよ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


妄想画面。

そこにも、エアリがいる。


「私に話してる?」


リアルなエアリが、思わず聞き返す。


「他に誰がいるの?」


リアルなマリレが答える。

しかし、妄想のエアリは納得していない。


「ちょっと待って。今、私に話しかけたのは誰?」

「貴女でしょ?」

「私はここにいるわよ!」

「だから、他に誰がいるの?」

「……え?」


エアリの思考が止まる。

そのとき、リアルなマリレが登場する。


「じゃあ、任せて良いのね」


低く、重々しい声。

何か重大な決断を下した顔だ。


ところが、妄想のエアリは眉をひそめる。


「何のこと?」

「え?」


マリレが固まる。

そこへ妄想のマリレまで割り込んでくる。


「何何?」

「何が?」

「なんなの?」


誰も質問の主語を把握していない。


会話は成立しているようで、誰1人、同じ会話に参加していない。脳内画面が4分割される。昔の海外ドラマのように画面が上下左右に分かれる。


左上。リアルなエアリ。

右上。妄想のエアリ。

左下。リアルなマリレ。

右下。妄想のマリレ。


4人が、それぞれ別の方向を見ている。


「私に話してる?」

「他に誰がいるの?」

「何のこと?」

「何何?」

「だから、何が?」

「何なの?」


4つの画面が一斉に動き始める。


上を向くエアリ。

下を向くエアリ。

右を向くマリレ。

左を向くマリレ。


誰かが話す度にに、別の誰かが反応する。

しかし、反応した相手は話しかけた本人ではない。


もはや超能力より高度な現象だ。


世界線が交差しているのか。

妄想と現実が混線しているのか。

それとも単に電話の会話が下手なのか。


少なくとも、ここにいる全員にとって、自分だけが正常だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


リアルなエアリが、ついに手を叩く。


「ちょっと混乱してきたわ。落ち着きましょう!」


4分割画面が一斉に静止する。


「みんな、しばらく黙って!」


沈黙。エアリは深呼吸。


「OK?ここからは私が話すから」


全員がうなずく。


「それで、取材では何て話すつもりなの?」


マリレは、少し考える.


「何か考えとくわ」


エアリの顔が曇る。


「……それが心配なのよね」

「どうして?」

「貴女、考えたコトをそのまま口にするでしょ?」

「そんなコトないわよ」

「今だって、そうじゃない!」


妄想のエアリが、横から口を挟む。


「もっと面白いドラマに出れば?」


リアルなエアリが振り向く。


「それは私のセリフよ!」

「え?」

「え?」


2人のエアリが同時に固まる。


リアルなマリレも、妄想のマリレも、また別々の方向を見始める。


「何の話?」

「だから、何が?」

「私に言ってるの?」

「あなた以外に誰がいるの?」


4分割画面が再び動き出す。

今度は、エアリまで加わる。


「話は聞かせてもらったわ」

「何を?」

「何の話よ?」

「だから、何なの?」


もはや、誰も救えない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


リアルなエアリが、遂にスマホを耳から離す。


「ねぇ、お願いだから、みんな切って!」


画面の中で、4人が一斉にこちらを見る。


「マリレもよ!」

「私も?」

「貴女も!」

「わかったわよ」


マリレが渋々答える。

エアリは、時計を見る。


「じゃあ、1時間後に」

「1時間後?」

「そう。1時間後に、もう1度話しましょう。それまで、誰にも余計なコトを言わないように!」

「わかった」

「了解」

「ROG」

「何のこと?」

「貴女は黙って!」


全員が一斉に通話終了のボタンを推す。


プツッ。

プツッ。

プツッ。

プツッ。


画面が次々に消えて逝く。


最後に残ったリアルなエアリは、スマホをテーブルに置き、深々と溜め息をつく。


「……1時間で何とかなるのかしら」


返事はない。当然だ。

"4人"が電話を切ったのだから。


第3章 ベッドで特ダネを追わないで


御屋敷。


テーブル席でパソコンを開くエリク。その前に、メイド服姿のマリレとエアリが立っている。隣ではジェシが、すでに取材を楽しむ顔をしている。


「ホントにマリレが、魔法の杖で木を曲げたの?」


エアリが尋ねる。


「杖じゃないわよ。手よ、手!手をかざしたの!」


エリクが訂正する。

ヘラヘラ笑うジェシ。


「へえ。ずいぶん便利な手ね」


マリレが笑顔で振り返る。


「ところで、私からも聞いて良い?」

「どうぞ」

「その水筒、何が入ってたの?」


エリクの笑顔が固まる。


「……スコッチ」

「なんで木陰に入ったの?」

「それは、その……用足し」

「まあ。女子が立ちション?ねぇ。はっきり言えば?これでしょ?」


マリレは指先を口元に持っていき、葉っぱを吸う真似をする。


沈黙。


エリクは観念したように肩を落とす。


「……まあ、ちょっとね」

「ほら、ばれた」


すると、エリクはヘラヘラ笑いのジェシを見る。


「そういえば、昔はジェシも、もっと太く巻いてたわよね?」

「ちょっと!余計なコトを言わないで!」


ジェシの笑顔が消える。

夫の薬物疑惑に思わず身を乗り出すエアリ。


「アオゥッ!」


テーブルの下で、エアリの靴がエリクの脛を直撃。

御屋敷に悲鳴が響く……が、追求は止まない。


「昔やってたの?」


エアリが笑顔のまま詰め寄る。


「詳しく話してちょうだい」

「いや、法科院時代に、ちょっと軽くやって……ぶっ飛んでただけよ。ほら、毎日がお祭りだったから」


ジェシが必死に話をそらす。


「ねえ、エリク。そのタイプライター、良いわね」

「タイプライター?」


マリレがパソコンをのぞき込む。


「最新式かしら?」

「最新式って……」


エリクは、自分のパソコンを見る。


「いや、これ、パソコンだけど」

「へえ。最近のタイプライターは画面までついてるのね」

「マリレ、もう良いから!」


エアリが止める。

だが、マリレは興味津々で画面をのぞき続ける。


「ずいぶん古そうだけど、何年モノ?」

「いや、もうだいぶ前の化石ものよ」


御屋敷の空気が、一瞬だけ止まる。

次の瞬間。


画面が、バキッと音を立ててクラッシュ!


「うそでしよおおお!」


エリクが飛び上がる。


「何もしてないわよ!」


マリレが両手を上げる。


「今、何かしたでしょう!」

「してないってば!」

「木だけじゃなくて、パソコンも曲げられるの?」

「曲げてない!」

「じゃあ、なんで壊れたの?」

「知らないわよ!」


エリクは、壊れた画面を見つめる。


目の前には、超能力を使う女。

その隣には、過去の薬物使用を知る女。 

そして、パソコンの不自然な突然死。


「……ねえ、ジェシ。外で話せる?」


エアリが低い声で言う。


「ええ。良いわよ」


2人は、エリクの返事を待たずに席を立つ。


「ちょっと待って!今の現象について説明……」


ドアが閉まる。

エリクは1人、黒い画面に向かっている。


取材相手に逃げられたのか。

自分が逃がされたのか。


その区別さえ、もうつかない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通り。メイド服姿のエアリとジェシが並んで歩いている。


「マリファナなら、もうとっくの昔に辞めたけど」


ジェシが言う。


「その話はもう良いの」


エアリは周囲を気にしながら、声を潜める。


「エリクに、私たちのことは記事にしないように言って。私、過去を探られたくないの」


ジェシは足を止める。


「エアリ、どうしたの?何をそんなに必死になってるの?」

「……」

「エリクは、ただのくだらない三流記事を描こうとしてるだけよ」


そのとき、カチューシャをつけたウェイトレスが、2人の後ろを通り過ぎる。


エアリの視線が、ほんの一瞬だけそちらへ向く。


「違うの」


彼女は、ようやく口を開く。


「まず私に質問して、それから友達。きっと次は両親に聞くわ。もうやめさせて。お願い」

「だから、なんで?」


エアリは、言葉に詰まる。

いつもなら、こんな質問は笑い飛ばせる。 


だが。


「それは、つまり……私にとって過去は、葬り去りたいモノなの。黒歴史だから」

「黒歴史?」

「思い出すだけで、辛すぎる」


エアリは、うつむく。

芝居だけど。


「私のマジ両親は、私たちを万貫森に捨てたの」


ジェシの表情から、笑いが消える。

息を呑む。


「……エアリ」

「そんな親だったのよ。だから、もう知りたくない。何があったのかも、どうして捨てられたのかも。できることなら、過去なんて最初からなかったコトにしたい」


すると、ジェシは何も言わず、彼女を抱きしめる。

しめしめ。


「わかったわ、エアリ。私、エリクに言うわ。記事にはしないように。たとえ三流記事でも」


エアリは、ジェシの背中に腕を回す。

僕にもよく使う手だ。


「ありがとう」


小さな声。


この1言のために、ずいぶん長いあいだ、強がっていたんだわ……誤解するジェシ。マジ良い奴だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷では、エリクが壊れたパソコンを前に、まだ首をひねっている。


木を曲げた手。

突然クラッシュしたパソコン。

そして、取材の途中で逃げるように消えた2人。


偶然だと考えるには、偶然が多すぎる。


「……これは、オカルト系だわ。取材方針を変更よ。オカルト雑誌の"ラー"に売り込む!」


エリクは、静かに決意を固める。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ジェシが務めるメイド弁護士事務所。


「そう?じゃホントに記事にするのは諦めてくれたのね、ジェシ」


エアリは、念を推す。


「はいはい、わかったわ」

「絶対よ。私は本気だから」

「わかったって。記事にはしない。約束する」


ジェシは、あっさり答える。

あまりにアッサリしていて、エアリは不安になる。


「……ホントに?」

「ホントにホントよ。それより、1つだけ聞いても良いかしら?」


ジェシは、クラッシュしたパソコンを指差す。


「私の勘違いかもしれないけど。このパソコンが壊れる直前、マリレが触らなかった?」

「エリク。あのね……」


エアリは頭を抱える。


「貴女、マジでどうかしちゃってるわ。もうビョーキじゃない?」

「そうかしら」

「そうよ。超能力だの、PCがクラッシュしただの。次は何?マリレが月を動かしたとでも言うの?」

「月はさすがに聞いてないわ」


エリクは真顔で答える。

エアリは、返す言葉を失う。


「ところで、貴女のパソコンを使っていい?メールを確認したいの。ほら、私のは壊れちゃったから」

「どうぞ。私は今から裁判所へ行くわ」


ジェシは、バッグを手に取る。


「夕食、一緒に食べる?」

「そうするしかないでしょ?」

「じゃあ、あとでね」

「うん」


ジェシが出て逝く。

ドアが閉まる。足音が遠ざかる。


エリクは、しばらく動かない。

それから、ゆっくりと立ち上がる。


向かった先は、デスクではない。

部屋の奥にある書類キャビネットだ。


周囲を確かめ、鍵のガードを外す。

中から1冊のファイルを取り出す。


動作に無駄はない。


記事にはしない。それはジェシとの約束だ。

ただし、調べないとは約束していない。


エリクは小さく笑う。


フリーランスのジャーナリストにとって、約束とは、言葉の選び方を学ぶための教材に過ぎない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


昼下がりの芳林パーク。


ベンチに腰掛けたケースワーカーのヨーンは、安い缶コーヒーを手にしている。

その隣には、エリクが座っている。


「でもね、福祉事務所にある里子の記録は、口外できない決まりなの」


ヨーンは、最初から取材を終わらせるつもりの顔で言う。


「それは承知しています。お名前は匿名にしますし、発言も必要に応じて加工します。とにかく、マリレについて調べていルンです。何か変わった点はありませんでしたか?」

「いいえ」


即答だ。

エリクは脳内ノートに1言描く。


収穫なし。


その様子を見て、ヨーンがコーヒーをひと口飲む。


「……実はね」


彼女は声を落とす。

エリクは顔を上げる。


「ミレニアムの頃の話なんだけど。ちょっとした事件があったのよ」

「事件?」

「私たちの事務所が、マリレの里親を決めたあと。2日もたたないうちに、おかしな騒ぎがあったの」


ヨーンは、遠い記憶を探るように目を細める。


「彼女が、妙なことをしたらしいの」

「妙なこと、というと?」

「里親が言うにはね……マリレがテーブルを宙に浮かせたんだって」


エリクの脳内ペンが、紙の上で止まる。


「……テーブルを?」

「そう。1mくらい」

「1m?」

「ええ」


エリクは、顔を上げる。


「それは、かなり変わった6才児ですね」

「でしょう?」


ヨーンは、なぜか少しドヤ顔になる。

エリクは、慎重に言葉を選ぶ。


「その件は、記録に残っていルンですか?」


ヨーンは鼻で笑う。


「そんなもの、公式ファイルに残すと思う?」

「……残さないでしょうね」

「それに、実を言うとね。マリレの里親自身、あまりあてになる人じゃなかったのよ」


ヨーンは、グラスを傾ける仕草をする。万国共通の酒を飲む仕草だ。


「つまり、酒癖に問題が?」

「はっきり言って、アル中だった」


エリクは、脳内ノートに描き込む。


里親の証言。テーブル浮遊の裏付けなし。


文字にしてしまえば、どんな話も記事の材料だ。

だが、文字にしないと、ただの奇妙な話。


「ほかには、何かありませんか?」

「ないわね。あとは、施設に来た時の経緯くらい」


ヨーンは、缶コーヒーを飲み干す。


「マリレは、実の親に捨てられて、万貫森をさまよっていたのよ」


エリクは、顔を上げる。


「親に捨てられて、万貫森を?」

「YES」

「……あら?お友達のミユリ姉様やエアリも、同じだったンでしょう?」


ヨーンの表情が、わずかに変わる。


「そうよ。マリレの1週間前にね」


エリクは、脳内反芻する。


1週間前。3人の少女。同じ森。

そして、親に捨てられたという共通点。


偶然と呼ぶには、並び方が整いすぎている。


「なるほど……」


エリクは脳内ノートを閉じる。


「これは、すごい特ダネですよ。ありがとうございました、ヨーンさん」


ヨーンは、にんまりと笑う。


「お役に立てたなら、よかったわ」


その笑顔には、妙な余裕がある。

秘密を漏らしてしまった人間の顔ではない。


むしろ、秘密を1つ売り渡したことで、別の秘密を守った人間の顔だ。

とりあえず、エリクは立ち上がり、礼を言う。


芳林パークを離れながら、彼女は考えている。


6才のマリレは、本当にテーブルを浮かせたのか。

それとも、アル中の里親が見た幻だったのか。


証拠はない。

記録もない。


それでも、あのゴルフ場で見た光景は、目の奥に焼きついている。


マリレが手をかざす。

木が、ありえない動きをする。


あれは現実だ。

少なくとも、エリクにとっては。


彼女は、気づく。


ひとつの秘密を追い始めたことで、いくつもの秘密から見返され始めたことを。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ。新居のキッチン。

エリクが勢いよく飛び込んで来る。


「やっと特ダネをつかんだわ!」

「なに?どんな?」

「万貫森で発見された3人。それぞれ、特別な超能力を持っていたの!」


エリクは、返事を待たずに冷蔵庫を開け、瓶ビールを取り出す。まるでスクープの祝杯を、取材対象の家で勝手に始めるような勢いだ。


「つまり、ミユリ姉様とエアリとマリレよ」

「ソレ、描かないって約束だったわょね?!」

「確かに描かないとは言ったわ。でも、ちょっとしたツテから話が聞けたのよ。ネタ元の紹介で、マリレのソーシャルワーカーと話をしたら、とんでもない話が飛び出したの」


エリクは、勢いよくビールの栓を開ける。


「6才のマリレが、テーブルを空中浮遊させたんだって!」

「空中浮遊?まさか、そんな話を信じるのか?」

「信じる必要なんかないわ」


あっさり言い切る。


「証明する必要もない。載るのはオカルト雑誌の"ラー"だもの。それに、ソーシャルワーカーの証言があるし、貴女の話もある。ネタ元としては十分だわ」

「私の話?」


ジェシがおうむ返しに聞く。


「テリィたんが貴女の鼻を直したり、製氷機が元通りになったりしてるじゃない」

「ねえ、それは困るのよ」

「大丈夫。貴女の名前は出さないから」


エリクは瓶を傾け、取材相手の不安などビールの泡と一緒に飲み込むように語る。


「お願い。私にはチャンスなの。ビッグニュースの条件が揃ってる。封印されていた記憶、匿名の証言、そして政府の陰謀。ソレも昔から政府が絡んでいる事件なら、もう最高よ。国中が騒ぐわ!」

「いいから、ちょっと待って。一体、何を描く気なの?」


エリクの目が輝く。


「ミユリ姉様とエアリとマリレは……未来人よ!」


ベッドでは、エアリが横になったまま壁際を見つめている。会話の一部始終が聞こえている。

エリクの声が大きくなるたび、エアリの唇がきつく結ばれる。


未来人。


その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

やがて彼女は、音もなく唇を噛む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


妄想TV番組"緊急スクープ特番"


場面転換。

流線型のソファで夫婦が仲良く雑誌を読んでいる。


そこへエリクが駆け込んでくる。


「ねえ、たまげたわ!」

「なに?」

「どうしたの?落ち着いて。いったい何があったの?」


エリクは息を整える間もなく、声をひそめる。


「ここの地下室に"リアルの裂け目(時空トンネル)"があるらしいの!」


夫婦は顔を見合わせる。

1秒。2秒。3秒。


それから2人は、何事もなかったかのように雑誌へ視線を戻す。

ページをめくる音だけが、やけに大きく響く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"地下のリアルの裂け目(時空トンネル)"基地。


「まずいわよ。テリィたん、最悪の事態だわ」


マリレが頭を抱える。


「マリレ。お前がくだらないことに超能力を使うからだぞ」


僕は、マリレの後頭部を軽く叩く。


「痛い!私のせいじゃないわ。悪いのは超能力よ!」

「超能力に責任転嫁するな」

「それで、どうするの?」


エアリが僕を見る。


「どーやら別の時空に移るしかないようね」

「あら。私は、この時空にいたいわ」


エアリは、即座に答える。


「私もよ。他の時空にはネバードッグがないから」


マリレも譲らない。


「時空を選ぶ基準が納豆ドッグの有無か?」

「あら。大事なことよ?」

「大事なのは、我々の正体が世間に知られることだ!」


僕の声がトンネルに響く。

3人とも黙る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


昭和通り。僕はケッテンクラートで南下中だ。

東京の夜風が顔を打つ。


「どーせ"3人の未来人"なんてネタ、文秋砲止まりよ」


マリレは、言う。


「それでも私たちの顔写真が載るのよ?」


エアリの声は笑っていない。


「確かにまずいわね。注目されたら、いろいろ勘ぐられるし」


マリレは、少し考えてから、珍しく素直に言う。


「私が悪かったわ。それで良い?」

「謝って済む問題じゃないわ」

「じゃあ、これからどうする?」


前方を見る。

街の灯りが、流れていく。


未来から来た人間が、未来へ逃げることは出来るだろう。back to the future だ。

だが、過去に置いてきたものや、今ここで手に入れたものを同じように連れていけるとは限らない。


「……わからないな」


それが、僕の結論だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


深夜の秋葉原ヒルズ。夫婦の寝室。

エアリがダブルベッドに戻って来る。


「起きてるわ」


背中を向けていたジェシが寝返りを打つ。


「眠れないの?」

「貴女こそ、どこに行ってたの?」

「あちこち散歩してたの」

「夜中に?」

「夜中だからよ」


ジェシは半分眠ったまま、エアリの声を聞く。

いつもと何かが違うことに気づく。


「ちょっと聞いて良い?」

「何?」

「もし、貴女に人と違うトコロがあるとしたら……教えてほしいンだけど」


エアリは黙る。


「例えば、何?」

「よくわからないの。最近、妙に不思議なコトが起きる。気にしないでおこうと思ったけど、やっぱり気になるの」


ジェシは、枕に顔を埋めたまま続ける。


「つまり……貴女は、ひょっとして超能力者?」

「超能力?何、それ」

「自分でも、ばかげてるとは思うの。でも、ちょっと気になるコトがあって」

「例えば?」


ジェシは、少しだけ言いよどむ。


「セックスに不満があるわけじゃない。むしろ最高よ。ただ、貴女とのセックスは、何かが違う」


エアリは、眉を上げる。


「何が?」

「クスリをやったときの気分……みたいなものかな。もちろん、経験はないわ。だけど、現実が少し遠くなるというか、何もかもがいつもと違って感じられるというか」


ジェシは困ったように笑う。


「うまく説明できないの。最高に満足してるのに、説明しようとすると、ますます変な話になる」

「つまり、私とのセックスは怪しいと?」

「そういうコトじゃないの。ただ……」


ジェシは、言葉を探す。


「エアリには、私の知らない何かがあるんじゃないかって思うの」


エアリは、しばらく彼女を見つめている。

その目に、からかうような光が戻ってくる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


妄想TV番組"深夜の検証スタジオ"


画面転換。

派手なテロップが躍る。


"禁断の能力!愛する夫を虜にする超常現象とは"


司会者が身を乗り出す。


「これは単なる夫婦の愛情なのか。それとも、未知の能力なのか!」


画面の隅には、なぜか"リアルの裂け目(時空トンネル)"の断面図。


「専門家のセンセ方、いかがでしょう?」

「時空省のダイムです。現段階では何も断定できません。しかし、説明のつかない現象が複数報告されている以上、慎重な調査が必要です」

「政府は何かを隠しているのでしょうか!」

「その可能性も、否定はできません」

「出ました!政府の関与キター!」


スタジオに、意味ありげな効果音が鳴り響く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"夫婦の寝室"。


画面転換。

エアリはベッドから半身を起こす。


「ねえ、ジェシ」

「うん?」

「今夜も、どうかしら?」


彼女は、アンミラ制服を思わせるデザインのネグリジェをまとっている。


ジェシは一瞬、言葉を失う。


「……それは、調査の続き?」

「さあ、どうかしら」


エアリが微笑む。

ジェシの眉が、ぴくぴくと動く。


「待って。今の質問、法的見地から、もう一度評価し直しても良いかしら」

「どうぞ」


少しウンザリするエアリ。


「貴女は、超能力者なの?」

「それを確かめてみたいの?」

「いや、あの、その……」


ジェシは指を立て、サイドテーブルを指す。

テーブルが、すっと消える。


「……え?」


今度はエアリが目を丸くする。


ジェシは自分の指を見つめる。それから、恐る恐るエアリに向かって指を曲げる。


Come on


ベッドが、音もなくジェシのほうへ近づいてくる。

2人は顔を見合わせる。


次の瞬間、どちらからともなく笑い出す。


「貴女まで未来人なの?」

「私だって知らなかったわ!」


笑い声が寝室に広がる。


けれど、笑いながらも、2人は消えたサイドテーブルのあった場所を見ている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


場面転換。

同時刻の"リアル寝室"。


エアリはジェシにのしかかり、ベッドサイドのランプをつける。


「ねえ。ホントにマリファナをやってたの?」

「え。あぁ若かったから」

「じゃあ、私は超能力者なの?火を噴くとか?」

「奥様は……サラマンダー?」


ジェシは眉をひそめる。


「君、大学に行った?」

「もういいわ。忘れて。ライトを消すわよ」

「そうね。顔を見られると恥ずかしいし」

「でも、暗闇の中だと私、魔女に変身しているかもしれないわよ」

「頼むから、もう消して」


エアリがランプを消す。

暗闇の中で、彼女はジェシの胸に頭を載せる。


「ごめん。バカみたいなことを言ったわ」

「ホントね」


即答だ。


「でもね。確かに私もどうかしてるけど、エリクは私の上を行くわ」

「どうして?」

「ふざけたコトを言ってるの。貴女とミユリ姉様とマリレが"リアルの裂け目"だっけ?時空トンネルから来た未来人だって」


ジェシは、天井を見つめる。


ただし、暗闇なので、天井が見えているかどうかは本人にもわからない。


「……未来人?」

「そう。しかも超能力者のおまけつき」

「記事にするかしら」

「する気満々よ。あの女、世紀の謎を解く前に、まず見出しを決めてるし」


ジェシは、小さく息を吐く。


「せめて、魔女くらいで済ませてほしいわ」

「魔女なら火を噴くわよ」

「ソレね。もう終わりにして」


エアリが笑う。

ジェシも笑う。


笑い声はすぐに静まったが、エリクの言葉だけは、暗闇のどこかに残っている。


未来人。


ジョークとして片づけるには、彼女たちの周囲では不思議なコトが起こりすぎている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


メイド弁護士事務所。


「"リアルの裂け目"から来た未来人?」


白黒SF番組"タイムトンネル"のプレミアマグカップを片手に、マデラが聞き返す。


マグカップには、トンネルのイラストと記念ロゴが入っている。未来人疑惑の調査をするには、あまりにも観光土産らしい品だ。


「馬鹿げてるわ」


「YES。単に記事を売りたいだけなの。たぶん、エリク本人も信じてないでしょう」


ジェシは弁護士らしく、きっぱりと言う。

マデラはマグカップを置く。


「それで?エアリたちに超能力があると証言したソーシャルワーカーは誰なの?」

「わかりません。匿名が条件みたいで。エリクは誰かに紹介されたとか言っていましたが……ほんとに不思議ですよね」

「不思議、ね」


マデラは、その言葉を口の中で転がす。


「ちょっとファイルを調べてみてくれない?私も、メイド協会の会員メイドが未来人でした、なんて話は、さすがに放っておけないわ」

「名前くらいは、わかるかもしれません。マリレのファイルに、福祉事務所のカウンセラーのリストが入っていたハズだから」


ジェシは立ち上がり、キャビネットへ向かう。


鍵を開け、扉を開く。

書類を確認する。


1冊目。違う。

2冊目。これも違う。

3冊目。


ジェシの手が止まる。


「あら?」

「どうしたの?」

「ファイルがないわ」


マデラの顔から、笑みが消える。


「なんですって?」

「マリレのファイルです。確かに、ここに保管してあったハズなのに」


ジェシはキャビの奥を探り、隣のファイルを抜き、下の段まで確認する。書類の山が少し崩れる。


「おかしいわね。別の場所に移したのかしら」

「最後に見たのはいつ?」

「ええと……」


ジェシは、記憶をたどる。


「少なくとも、なくなっていることに気づかなかったくらいには、最近まであったと思います」

「それ、弁護士の説明としては最悪よ」

「自分でもそう思います」


2人は、キャビネットをもう1度調べる。

やはり、ファイルはない。


マデラはマグカップを手に取ったが、口をつけずに置き直す。


「誰かが、間違えて持ち出したンじゃない?」


ジェシは、答えない。


ファイルが1冊なくなっただけなら、珍しいことではない。忙しい事務所では、書類が別のキャビに紛れ込むコトもある。


けれど、今、探しているのは、未来人疑惑の発端につながる記録だ。

しかも、エリクは匿名の情報提供者から話を聞いたと言っている。


偶然が、少しずつ都合よく並びすぎている。


「……マデラさん」

「なに?」

「もし、誰かがそのファイルを探していたとしたら?」


マデラは、今度こそマグカップを持つ手を止める。


タイムトンネルの記念ロゴが、蛍光灯の下で間の抜けた笑顔を浮かべている。


「その場合は、未来人がどうこうという話じゃないわね」

「はい」

「誰かが、私たちより先に真相を探ってるってコトになるわね」


2人は、空になった棚を見つめる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


秋葉原ヒルズ。ジェシとエアリの新居。


「エリク!貴女、私のオフィスからファイルを盗んだのね!」


ジェシの怒声が、リビングを突き抜ける。

エリクは、肩をすくめる。


「盗んだんじゃないわ。明日、返すつもりだったの。だから、そんなに騒がないでよ」

「言っとくけど、これは犯罪よ。警察に通報したって良いの」

「私はフリーランス。"Weekly文秋砲"にネタを売ってナンボの商売なの。確かに、ちょっとやりすぎたかもしれない。でも、私は絶対にこのネタをモノにするわ!」

「いいえ。ここまでよ」


ジェシは、1枚の文書を差し出す。

エリクは受け取り、目を走らせる。


「……なんなの、これ?」

「記事の差し止め命令。弁護士は依頼人に対して守秘義務がある。貴女が盗んだファイルには、勝手に持ち出して良い情報なんて1つもない。違法に手に入れた情報を売りさばくつもりなら、こちらも法的手段を取るわ」


エリクの顔から、笑みが消える。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


妄想TVドラマ"メイド弁護士の逆襲!"


場面転換。

エアリが、優雅に指をひと振り。


「貴女には、記者としての適性がないわ」


ポン!


エリクの姿が消える。


代わりに、カンカン帽をかぶったオウムが1羽、ソファの背に止まっている。


ジェシは腕を組み、満足げにうなずく。


「悪いわね。でも、自業自得だから」


オウムが叫ぶ。


「彼女は未来人よ!」

「よくしゃべるオウムね」


ジェシは、感心している。


「で、このオウム、どうするの?焼き鳥?」


「ペットショップにでも持っていきましょう。悪ガキがきっと買ってくれるわ」

「私はペットじゃない!私は新聞記者よ!」

「まあ。上手にしゃべるオウムだこと」


エアリは時計を見る。


「そろそろ夕食ね。それまでには戻しておくわ」

「私は記者!オウムじゃないわ!」

「わかった、わかった。夕刊に載せておくから」

「載せないで!」


オウムは羽をばたつかせる。

ジェシは新聞を広げる。


「見出しは……"オウムになったワ・タ・シ」

「やめてえええ!」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


リアル。秋葉原ヒルズ。新居のリビング。

エリクは文書を握ったまま、しばらく動かない。


「信じられないわ」

「信じるのね」


ジェシの声は冷たい。


「さあ、荷物をまとめて出て行って」

「何?」

「記事にしないでと頼んだのに、貴女は嘘をついた。私の家で、私を裏切った。最初から、そのつもりだったのでしょう?」


エリクの表情が揺れる。


「ごめんなさい」

「それは本心かしら?」


ジェシは1歩近づく。


「ネタ元の人に紹介されてソーシャルワーカーに会ったくせに、私には"ちょっとしたツテ"だなんて。私の目を見て、よくそんなコトが言えたわね」


エリクは、視線を落とす。


「だけど、実際には私の仕事場のキャビネットからファイルを盗んだ」

「ちょっと魔が差しただけよ。悪かったわ。記事はもう描かないわ。そんなに怒るコトないでしょ。私たちの仲じゃない。忘れてよ」

「忘れられるワケないでしょう」


ジェシの声が、かすかに震える。


「侮辱されても、殴られても、友達なら仲直り出来る。でも、私の家で平気で嘘をつくことだけは許せない」


何か言おうとしたエリクを制する。


「貴女は私の信頼を裏切った。友情を利用した。私が貴女を友達だと思っていたコトまで、記事を描くための足場にした」

「ジェシ……」

「もう縁を切るしかないわ。さあ、早く出ていって。顔も見たくない。そして、2度と来ないで」


ジェシはエリクの鞄を、ドンと押しつける。

2歩下がる、エリク。


いつものように言い返す言葉を探しているようだったが、今度は見つからない。


トボトボと玄関へ向かう。


カンカン帽をかぶり、振り返りかけた、その瞬間。

ジェシが帽子をつかみ、閉まりかけた戸口の隙間から外へ投げ捨てる。


カンカン帽が廊下に落ちる。


バタン!


扉が、家中に響くほどの音を立てて閉まる。

リビングには沈黙が残る。


エアリは、ジェシを見つめている。

こんなジェシを見るのは、初めてだ。


その目には、怯えがある。


第4章 螺旋の向こう側


妄想SF特撮"ウル虎ノ門【最終回】"。


ウル虎ノ門はゼッドンに敗死する。負けて手ブラで"いや〜ん"のポーズは映倫カットとなる。

仕方なく、僕はクロスを手に"リアルの裂け目(時空トンネル)"を乾拭きするコトにする。


エアリが、その横で手伝いもせずに不満をこぼす。


「ソプィ兄さん。最初から事実を人間に打ち明けていれば、こんな面倒なコトは起こらなかったわ」

「何を言ってる。やっと直立歩行を覚えた連中だぞ。時空旅行を可能にした我々とは、頭脳のレベルが違いすぎる」

「兄さん。でも、ジェシは私を守ってくれたわ」

「彼は特殊だからな」

「それって、私の旦那様をバカにしてるの?」

「よくわかったな」


エアリは、僕をにらむ。

元セフレの鋭い眼光。


「もしジェシがいなかったら……」

「平和な毎日だった」

「そういうコトじゃないわ!」


エアリは、声を張り上げる。


「私は幸せなの。彼とは結ばれる運命だったの。それは素直に認めてちょうだい」


僕は返事をせず、リアルの裂け目(時空トンネル)に息を吹きかけて、さらに磨いてサビを落とす。


「言っておくが、我々が優等なる世界線から来た、栄光ある時空人であることを決して忘れるな。我々は時空旅行を可能にした最初の種族だ。猿の孫とは出来が違う」

「テリィたん!リアルの裂け目(時空トンネル)が故障した原因が、やっとわかったわ!」


突然、マリレが立ち上がる。

何処にいたんだ?


指先に銀色の小さな球体。

BB弾?あ、ヤバい。


「サバゲーの銀玉が詰まってたわ」


僕は、クロスを持つ手を止める。

エアリが、マリレの指先をのぞき込む。


「……それが故障の原因?」

「そうみたい」

「時空旅行を可能にした、我々の超文明の装置の故障の原因だけど?」

「うん」

「猿の孫とは出来が違うンだっけ?」

「そう言う説もある」


マリレはBB弾をつまみ上げ、光に透かす。

ヤバい。店名入りだ。僕は、咳払いをする。


「まあ、タマには、我々の種族においても猿の子孫に劣る事象が見られる場合もある」


エアリは腕を組む。

僕を見る。


「まぁそーなの?サバゲーマーさん?」

「あくまで一般論だ」

「テリィたん。さっきからリアルの裂け目(時空トンネル)を磨いてるだけじゃない。その間にウル虎ノ門、ゼッドンにヤラれちゃったわょ?」

「メンテナンスは重要な仕事だ」

「で、故障の原因は?」

「……現在、調査中」


マリレは、BB弾を小さな袋にしまう。


「これ、証拠品だから取っておくわね」


僕はクロスを握り直す。

時空を渡る高度な超文明。


そして、その超文明の最高傑作に詰まっていた、サバゲーのBB弾。

人類に知られたら、歴史が変わりかねない。


いや。


変わるのは歴史ではなく、我々に対する評価の方かもしれない。

そんなコトは、断じてあってはならない。


ここは黙ってリアルの裂け目(時空トンネル)を磨くしかない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


リアル秋葉原。


パーツ通りを3人で歩いている。

僕と、2人のメイド。エアリとマリレ。


「言いたいコトは良くわかるよ」


僕は、インバウンドの人波を避けながら言う。


「ジェシには真実を話すべきだと思ってルンだろう?2度も助けてくれたんだからな。僕としても、反対しきれない。ただ……」

「もう良いわ」


エアリが静かに遮る。


「今は、無理に話そうとは思ってない。いざとなったら、私にも話す勇気がないモノ」


彼女は、少しだけ視線を落とす。


「ジェシ、すごく怒っていたわ。あんな彼女を見たのは初めて。信じていた人に嘘をつかれたからなのよ。騙されて、学生時代からの大事な親友と縁を切った。私たちの知らないトコロで、あんなコトになってしまった」

「大丈夫よ。相手が奥さんならジェシは許すわ」


マリレは、いつもの調子で言う。

気楽なモノだ。他人ゴトだからな。


ところが、エアリは大きくうなずく。


「そうかもしれない。でも、自分を騙したコトは忘れない。きっと、心のどこかに残るわ」


パーツ通りの店先には、電子部品が整然と並ぶ。小さな部品を組み合わせれば、機械は動く。壊れた部品を交換すれば、元通りになるものもある。


人間の心も、そうなら良いのに。


「出来れば、ジェシには打ち明けたい。でも、話すのが怖いの」


エアリは歩きながら、ほんの少し笑う。


「"ウル虎ノ門"の世界なら、最後は誤解が解けて一件落着。悪い宇宙人もやっつけて、みんなで笑って終われる。でも現実では、そうはいかないわね」


僕は、答えられない。


秋葉原の雑踏は、僕たちの秘密など気にも留めず、いつもどおり流れて逝く。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


夜。ベッドの中。

ジェシは、エアリの様子をうかがっている。


「眠れないの?」

「うん」

「エリクのコト?」


エアリは少し迷ってから、うなずく。


「どうしても気になって。とっても大事なお友達だったンでしょう?」


ジェシは、天井を見つめる。


「そうね。かけがえのない友達だったわ」


その言葉には、まだ少し痛みが残っている。


「でも、仕方ないわ。残念だけどね」


ジェシは、エアリの肩を引き寄せる。


「大丈夫。友達は他にもいるから。それに、私には貴女がいれば良いの」


エアリは、顔を上げる。


「貴女が、すべてよ」


ジェシは妻の頭を肩に載せ、髪をゆっくり撫でる。

そして、そっとキスをする。


エアリは、目を閉じる。


真実を話せば、何かが変わるカモしれない。

話さなければ、何かが残り続けるカモしれない。


それでも今は、この腕の中にいたいと思う。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


妄想TVドラマ"夫婦の寝室"。


レトロフューチャーなベッドルーム。ジェシはベッドサイドで靴を脱ぎながら、エアリに尋ねる。


「それで、今回の教訓は何なの?」


エアリは即答。


「貴女の友達は信じない」

「……それ、教訓としてどうなの?」

「じゃあ、人前で絶対に超能力を使わないコト」

「それはつまり、リアルの裂け目(時空トンネル)を地下の駐車場に無断駐車するのを許さないってことね?」

「そうよ。約束して」

「時空波動帯にかけて」

「よろしい」


エアリは手を差し出す。


「さあ、来て」


ジェシは、その手を取る。


「私は貴女がいれば良い。貴女がすべてよ」

「私もジェシが大好き」


2人は笑いながら、ベッドに潜り込む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


パーツ通りの地下深く。


伝説の"リアルの裂け目(時空トンネル)"の螺旋が、ゆっくりと回転を始める。


光は輪を描き、輪は次の輪へとつながっていく。

その先に何があるのか、誰も知らない。


過去へ戻るのか。

未来へ進むのか。


あるいは、どこにも行かず、ただ同じ場所で転生を繰り返すのか。


螺旋は静かに回り続ける。


そして、誰にも聞こえないほど小さな音を立てて、地底の闇の中に消えて逝く。

 


おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"海外のコメディ番組"をテーマに、リアルと妄想をパラで進めながら物語を展開してみました。自分の海外ドラマ好きの原点を見直し、懐かしさを感じながら楽しく描けました。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、夜までインバウンドがそぞろ歩く街となった秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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