表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

最終話「エピローグ」

 王都(おうと)へと戻ったオフューカス分遣隊(ぶんけんたい)に、いつもの日常が戻ってきた。

 そして、それは多忙(たぼう)を極める激務の中にあった。

 今、ラルスは改めて実感している。騎士団の正騎士たるもの、剣を振るって民を守るだけが務めではない。常に万事に備えて、時には雑務をこなすことも必要なのだ。

 だから、タウラス支隊から持ち込まれた書類の山を前に、机に向かう。

 今日も今日とて、オフューカス分遣隊は忙殺(ぼうさつ)されていた。

 イキイキとしているのはカルカだけである。


「さあ、お仕事ですっ! 情けは人のためならず、ですわ。こうしてタウラス支隊の業務報告を、たっくさんいただけましたし!」

「……尻拭(しりぬぐ)い、ですよね。これ……うーん、テンションがアガらない」

「なにを言ってるんですか、ラルス君。ちゃんと私が勤怠(きんたい)を管理してあげますわ。定時あがりだと報告しておきますから。今夜はわたくしと徹夜で頑張りましょう!」


 満面の笑みで、カルカは例の小瓶(こびん)を胸元から取り出す。魔女の霊薬(れいやく)とか、呪いの毒薬とか、そういうのが入ってそうなそれを開封して、それを一気に飲み干した。

 ぶるりと震えたカルカは、一種恍惚(こうこつ)の笑みにも見える表情で机に向かい出す。

 その向かいにいるはずのバルクは、先程から姿が見当たらない。

 昼休みもまだの時間なのに、どうやら敵前逃亡のようだ。


「はぁ……こんなことなら、俺も残ってゴブリン(とりで)の解体作業に参加すればよかった」


 ぼやいても始まらないので、ラルスは渋々ペンを手に書類を精査してゆく。

 怪我人を多数出したが、タウラス支隊は全滅を(まぬが)れた。それは、ラルスたちオフューカス分遣隊の活躍があったからだ。それも、一人で全てを背負おうとした隊長によってもたらされたものである。

 ちらりとラルスは、奥の机を見やる。

 今日も天使像のように可憐な表情を引き締めて、リンナはペンを踊らせていた。

 次々と書類の文字を目で追い、チェックして、決済のサインをしたためてゆく。

 事務的な動作の反復さえ、魔法仕掛(まほうじか)けの女神細工(めがみざいく)のように美しい。

 そうしていると、ふとリンナが顔を上げた。

 あまり見詰めすぎたから、視線に気付いたのだろう。

 楚々(そそ)とした(すず)やかな声で、彼女は不思議そうに小首を傾げる。


「どうかしましたか? 少年」

「あ、いえ! なんでも、ないです」

「そうですか。では、これを」


 椅子から立ったリンナは、腕を伸ばして書類を渡してくる。

 それは、先程ラルスがチェックを追えて提出したものだ。


「こちらの計算が間違っています。訂正(ていせい)しておいてください」

「は、はい」

「……王都に戻ってきてから、少し気が(ゆる)んでるみたいですね? しゃんとしてください、少年。こうした業務の方が、我々オフューカス分遣隊には多いのですから」

「す、すみません! ……でも、隊長も、ですよね」

「え、ええ……ま、まあ。ん、でも、私も気を引き締めてかかりますので! 少年も、いいですね? 決して緩まぬように」


 顔を赤らめ、リンナは目を(そら)した。

 ラルスが口にしたのは、二人だけの秘密……姉と弟でいられた今朝の出来事だ。とうとうリンナは、久々にベッドで眠って気が抜けたのか、今朝は寝ぼけて下着すらつけていなかったのだ。それで朝から、ラルスは一人で大騒ぎする羽目(はめ)になったのである。

 そのことを思い出したのか、リンナは咳払(せきばら)いをして机に戻る。


「と、とにかく。少年、今日中にこの仕事を片付けてしまいましょう。タウラス支隊にも貸しが作れましたし、砦の完全な破壊と撤去もお願いできました。こちらも書類仕事を片付けてあげたいですし」

「例のドラゴンは――」

「確定情報ではありませんが、巣を移すみたいですね。北の空に飛び去ったきりだと、モルタな村の方達が口々に」


 ラルスたちはギリギリの戦いの中、英雄になりそこねた。

 竜殺(りゅうごろ)しとなれば、それは伝説や神話に出てくる勇者と同義である。そして、それを現実で成し遂げた人間を、正確な歴史は伝えていない。民話や伝承にのみ、その名を残すだけである。

 ラルスは今思い出しても、ドラゴンの恐ろしさに身震(みぶる)いが込み上げた。

 それに比べれば、書類の山などなにするものぞ、である。

 戻された書類を手に、ラルスが机に戻ったその時だった。

 向かいの机では、仲睦(なかむつ)まじく二人の少女が仕事をこなしている。

 一人はヨアンで、もう一人は――


「よっし! オラ、全部の書類が終わっただ! 他にスタンプが必要な書類、ないだか?」

「ヌイ、上手。わたしより、上手い」

「任してけろ、細々とした仕事も得意だでよ」

「次、ヌイに……わたし、字、教える」

「ほえ? ヨアンさは字が書けるだか!? あんれ、すげえなや」

「魚と、鳥と、他にも色々。あと、自分の名前、書ける」


 そこには、満面の笑顔のヌイがいた。

 彼女は結局、再び王都へとやってきた。(なか)ば押しかけるようにして、ラルス達の帰りの馬車に同乗してきたのだ。今は、リンナのはからいでゾディアック黒騎士団の事務方(じむがた)として(やと)われている。

 時間単位で雇われる、アルバイトと呼ばれる雇用形態らしい。

 それでもヌイは、雑用からなにから積極的に働いていた。

 彼女にできることはそう多くはないが、これから増やしていけばいいのだ。そして、心なしか彼女を職場の後輩と見ていて、ヨアンはずっと朝から上機嫌だった。

 微笑(ほほえ)ましいなと思っていると、本営の敷地内にラッパの音が鳴り響く。

 どうやら昼食の時間、昼休みのようだ。

 隣ではまだカルカが猛烈な勢いで書類と格闘していたが、ラルスは立ち上がる。

 それは、()(しょ)にバルクが戻ってくるのと同時だった。


「よぉ、お疲れさん! 昼だな? (めし)に行こうぜ、ボウズ。カルカもやめやめ、やめちまえ。みんなで今は昼飯だ。そうでしょう? 隊長ぉ!」


 今までどこで油を売ってたのか、バルクはやたらと元気がいい。

 そのことを問いただそうとした瞬間だった。

 バルクの長身のその後ろから、血相を変えた騎士が顔を出す。彼は道を譲ったバルクの横を、転がるようにして室内に入ってきた。


「でっ、伝令(でんれい)! オフューカス分遣隊、出動願います! バルゴ支隊より救援要請!」


 次の瞬間、詰め所の空気が緊張感で張り詰める。

 すぐに立ち上がったリンナは、落ち着いた声で静かに応えた。


「了解しました、これよりオフューカス分遣隊はバルゴ支隊の支援に出動します。たしか、郊外(こうがい)の古い廃坑調査(はいこうちょうさ)に出ていた(はず)ですが……カルカさん」

「すぐに確認しますわ。足も用意しましょう……急ぎですと、馬がよろしいかと」


 カルカはすぐに、眼鏡を上下させながら部屋を出ていった。いつもの笑顔だが、やはり目元は笑っていない。どこか(つか)みどころのない女性だが、信頼できる仲間であることは疑いようがなかった。また、ラルスには疑う理由がない。

 団畜と揶揄(やゆ)されるカルカは、オフューカス分遣隊の中にあって別の指揮系統を持っているようだ。

 だが、カルカは文武両道の優れた騎士で、仲間のために、なにより騎士団のために働いている。そして、リンナやラルスたちを騎士団のためになる人間だと思ってくれていた。

 そうこうしてる間にも、リンナはマントを羽織って矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「バルクさんは武装した上で先行してください。ヨアンさんも一緒に。今ある装備、備品の何を使っても構いませんので」

「やれやれ、飯を食う(ひま)もないんですかねえ。ま、いいでしょう! お嬢ちゃんたち、手伝ってくれ。倉庫で鎧を着込んで、そのまま出る。急げよ!」

「わかった、手伝う。わたしも、戦う」

「したら、オラは昼飯(ひるめし)ば都合してくるだ! すぐ(つつ)んで持ってけるもん、沢山あるべ!」


 バタバタと慌ただしくなる中で、ラルスも皆に続こうとする。

 (すで)に伝令の騎士も出ていって、詰め所にはリンナと二人きりだ。


「隊長、俺たちも急ぎましょう! ……隊長?」


 だが、リンナは剣を()き直してから、ラルスの袖を指でつまんだ。

 決して強くはないが、はっきりと踏みとどまらせてくる存在感。振り向けば、見上げてくるリンナが神妙な顔で見詰めてくる。


「少年、その、ええと……こんな時にすみません。少し、ほんの少しだけ」

「はあ。あ! なにかありますか、用意するものとか。なにか作戦があれば」

「い、いえっ! そういう訳では、ない、です……()()()

「隊長?」


 もじもじとしながらも、珍しく歯切れの悪いリンナが目を()らす。

 それでも、再度向き直って、はっきりと彼女は告げてきた。


「ラルス、あの……先日はありがとうございました。それが、言いたくて」

「先日? ああ、それは別に。気にしないでください、隊長」

「今は、二人です。昼休みですし……これから出動ですが、二人きりですから」

「……え、ええと……ねえ、さん」


 少し嬉しそうにリンナは笑った。

 それは、常日頃から生真面目な怜悧(れいり)さで覆われた美貌(びぼう)とは違った。まるで、(つぼみ)がほころぶような笑顔だった。


「ラルス、私も今後は自分だけで背負過ぎぬよう、気をつけます。隊を預かる者として、なにより貴方(あなた)の姉として。……多分、姉なんだと思いますから……()()()()()

「残念? なにがですか?」

「……なんでもないです。では、行きましょう、少年!」

「はいっ!」


 ラルスを追い越し、颯爽(さっそう)とリンナが肩で風斬(かぜき)り歩く。

 その背を追えば、漆黒のマントに真紅の日輪が今日も揺れていた。

 リンナは常闇の騎士(ムーンレスナイト)で、隊長で、姉で……その全ての面で、ラルスにとって守りたい人で。彼女を支えて戦うことが、今のラルスには一番の騎士道に思えた。

 そして、そのために関わる職務の全てが、挑むべき戦いに思えてならない。

 ならば、常に真剣勝負、一意専心(いちいせんしん)……気負うつもりはないが、全身に英気が満ちて気合が(みなぎ)る。


「よーし、隊長! アゲて行きましょうっ!」

「ア、アゲ……? と、とにかく、今日も期待しています。今日も、全員で帰ってきましょう。少年たちを無事に帰還させることも、私の大事な任務ですので」


 二人は連れ添い早足で歩く。

 騒がしいゾディアック黒騎士団の本営(ほんえい)は、行き交う騎士たちが忙しく働いていた。今は昼休みだが、食堂へと向かう者達はまばらである。

 栄えある騎士団の中の騎士団、古強者(ふるつわもの)が参集せし偉大な大騎士団……ゾディアック黒騎士団。そのブラックな暗部を知ってか知らずか、今日もラルスは騎士としての己を奮い立たせ、リンナと共に戦いへと出てゆくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ