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第22話「朝露へ溶け消える勝利」

 激闘終わって、朝。

 (まぶ)しい朝日の中の凱旋は、ラルスに心地よい高揚感を与えてくれた。

 口に出さずとも、テンションはアゲアゲで上昇しっぱなしだった。

 帰路を歩く五人の雰囲気は(なご)やかで、自然と誰もが多弁になる。

 その中でも、喋り続けているのはバルクだった。


「いやあ、今回もやってのけちまいましたな、隊長ぉ! いやはや、参った参った……エーリルも大概だったんですがね? 母子二代(ははこにだい)でハラハラさせてくれます、まったく」


 そうは言っても、バルクは笑顔だった。その横では、満面の笑みでカルカが(うなず)いている。ヨアンはお腹が減っているのか、しきりへその上を()でながら静かになっていた。

 先頭を歩くリンナも、心なしか歩調が軽い。


「私は皆さんの力を信じ、理解していたつもりです。それでも、よかった……あとは残った(とりで)ですが、増援の騎士達が早ければもう到着している筈です。彼らと合流して、可及的速(かきゅうてきすみ)やかに撤去しましょう」


 ゴブリンたちは一掃された。

 だが、血の海になった砦自体は、まだ健在である。

 そして、放置すればまた他の群れが棲み着く可能性はあった。オークやトロルといった、もっと危険性の高いモンスターが居座る可能性だってあるのだ。

 それでも、村を見下ろす丘まで来て、リンナは立ち止まる。

 吹き渡る朝の風が、常闇の騎士(ムーンレスナイト)を象徴する黒マントに真紅の日輪を踊らせていた。リンナは白い髪を軽く手で抑えて、春風の中で振り返る。


「少年、それにヨアンさん。バルクさんも、カルカさんも。見てください……これが私達の守ったもの、騎士が守るべきものです」


 朝餉(あさげ)の用意で、村の家々は煙突から白い煙を(くゆ)らしている。鳥がさえずり飛び交う中で、モルタナ村の平和な一日が始まろうとしていた。もうすぐ春の祝祭があるからか、挨拶を交わす村人たちは笑顔だ。

 平和そのものな村を見下ろす道を、一人の少女が駆け上がってくる。

 すぐにラルスには、転がるように走る矮躯(わいく)がヌイだと気付いた。


「おーい、ヌイさーん! ゴブリン、やっつけましたよ! 安心してくださーい!」

「……待ってください、少年。なにか様子が変です」


 リンナが、いつもの怜悧(れいり)な無表情をことさらに緊張させる。

 ヌイは五人の目の前まで駆けてくると、膝に手を当て倒れそうな自分を支えた。そうして肩を上下させながら、呼吸を整え深呼吸……そして、あげた顔は動揺と驚きに固まっていた。

 彼女は開口一番、叫んだ。


「ラルス! 騎士様も、みんなも! てえへんだ、えらいことになっちまっただよ!」


 全く要領を得ない説明が、緊急事態を告げてくる。

 今しがた来たばかりなのに、ヌイは「とにかく、来てけろ!」と来た道を戻ってゆく。詳しい話もないままに、慌ててラルスたちもあとを追った。






 モルタナ村の宿屋では、多くの笑顔がラルスと仲間たちを迎えてくれた。

 勝利を実感させる雰囲気の中に、危機感は感じられない。

 誰もが賞賛(しょうさん)で祝ってくれる。

 確かに、この村の危機は去った……そう思われた。

 だが、その雰囲気が逆に、ラルスには心なしか不安だった。

 任務完了の報告をするリンナを、じっと見詰めるラルス。彼女は握手を求めてくる村長に、静かに事実だけを告げた。


「おはようございます、村長。ゴブリンの砦を陥落させ、ほぼ全てのゴブリンを掃討(そうとう)しました。春の祭事は大丈夫でしょうし、これから増援を待って確実に砦を破壊します」


 村長は握るリンナの手に手を重ねて、何度も満足げに頷いた。

 周囲からも「おお!」と歓声があがる。

 村長の言葉は、喜びに満ちて弾んでいた。


「いやあ、ありがとうございます! 流石(さすが)は噂に名高いゾディアック黒騎士団ですな! これで我々も春を祝うことができます。本当にありがたい! 期日通り、完璧な仕事でしたな!」


 周囲で大勢の村人たちが、頷き声を上げる。

 既に朝から、祝宴(しゅくえん)の準備が始まっていた。

 だが、村長の次の一言が事態を豹変(ひょうへん)させる。


「さあ、乾杯しましょう! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()v()!」


 流石にリンナも、ぴくりと片眉(かたまゆ)を震わせた。

 そして、次の一言で小さく息を飲む。


「本隊は今朝方到着しましてな……なんでも、()()()()()退()()()()()()()()。最近、森の奥へと営巣(えいそう)してるらしいのですが、そいつも片付けてくれるそうで」

「あの、少し話が見えないのですが。……タウラス支隊の本隊は、今はどこへ?」

「さては、()(ちが)いになりましたな! 朝早く、ドラゴン討伐に出てゆかれました。ゾディアック黒騎士団の手で、この村にもドラゴン退治の伝説が生まれますなあ。噂が人を運んで、ますます栄えてゆきますぞ、モルタナ村は!」


 ラルスは戦慄(せんりつ)した。

 自分たちオフューカス分遣隊(ぶんけんたい)の手柄が、あとから来たタウラス支隊にかっさらわれていたこと。自分たちがタウラス支隊だと思われたこと。それは、いい。恐るべき事態の前では瑣末(さまつ)なことだった。

 無謀にも増援のタウラス支隊は、村に到着するなり出撃したのだ。

 この世界で最も強く気高い、神にも等しい存在……ドラゴンを退治するべく。

 咄嗟(とっさ)に踏み出し声をあげようとしたラルスは、リンナに手で制される。

 瞬時に落ち着きを取り戻していたリンナは、静かに言葉の意味を確認した。


「タウラス支隊は……本隊は、ドラゴン退治に出たのですね?」

「確かに言うとりましたわ。なんでも、竜殺しの名声は騎士の最高の栄誉だとか。いやはや、御伽噺(おとぎばなし)や伝承の世界ですなあ」

「無謀な……戦力はどれほどの規模だったでしょうか。人数や装備は……あ、いえ、すみません。そこまで詳しくはわからないのが道理ですね」

「大勢の騎士たちでしたぞ? 威風堂々(いふうどうどう)、まさに大騎士団の陣容でしてな。あれならもしや――」

「なんて(おろ)かなことを」

「は? いやしかし、支隊長が直々に指揮をとる最精鋭だと」


 リンナの表情が、逼迫(ひっぱく)に凍りついてゆく。

 それを隣から見て、ラルスも事態を察した。

 ドラゴンに人が挑むなど、狂気の沙汰(さた)としか思えない。神話の世界は、あくまで昔の崇拝を語っているに過ぎないのだ。

 だが、現実にタウラス支隊の主力はドラゴン討伐に行ってしまった。

 リンナは小さく溜息をつくと、毅然(きぜん)と前を向く。


「村長、せっかくの祝宴(しゅくえん)ですが申し訳ありません。私達は取り急ぎ、タウラス支隊の主力を援護せねばなりません。私達でなにができるか……しかし、なにもしない訳には」

「お、おお、そうですな……では、それが済みましたら改めて」

「ありがとうございます。できれば仲間たちに休息と食事を……部屋に運んでもらえると助かります」


 それだけ言って、(うやうや)しくリンナは一礼した。

 相変わらず、流麗(りゅうれい)なる所作(しょさ)に一分の隙もない。礼を尽くして辞退を告げると、リンナはラルスたちを振り返る。


「各自、部屋に戻って少し休憩しましょう。昼食時にまた、この酒場へ集合してください。今後の行動についても、その時にお伝えします。では、解散」


 珍しくリンナが、即断即決を避けた。

 常に冷静沈着、類まれなる判断力を発揮してきたリンナが、である。

 思わずラルスは、一歩踏み出し声をあげてしまった。


「リンナ隊長っ! 事は一刻を争う緊急事態です! すぐに追うべきですよ!」


 だが、振り返るリンナは短く言葉を切ってくる。


「いけません。判断を誤れば、私たちも共倒れになります」

「しかし! 仲間がが危機にさらされているのです。駆け付けずになにが騎士道でしょうか! 今すぐ追いかけて、止めましょう!」


 ドラゴンと戦う、その選択肢は最初からラルスの頭にはない。

 自分たち五人が加わって、それで倒せるほどドラゴンは甘くはないのだ。それでも、同じ騎士団の仲間を見捨てるわけにはいかない。

 しかし、そんなラルスとは別の意見が突然持ち上がる。

 その声は、嫌に冷静で、ともすれば冷酷に思えるほど()んでいた。


「隊長、よろしいでしょうか。意見具申(いけんぐしん)を」


 振り向くと、そこにはいつもの微笑(ほほえ)みを浮かべたカルカが立っていた。彼女の笑みは、目元だけが眼鏡のレンズに覆われ見えない。光を反射する硝子(がらす)の底から、カルカはリンナを射抜くように見詰めていた。

 リンナが発言を(うなが)すと、カルカは静かに喋り出す。


「タウラス支隊の暴走は明らかに独断、そして騎士団の利益にそぐわぬものですわ。本来、彼らはわたくしたちと合流し、砦の完全な破壊が任務の(はず)ですし」


 リンナはカルカを真っ直ぐ見据(みす)えて、静かに言葉を選んだ。


「カルカさんの言う通りです。しかし、現実には竜殺しの栄誉に目が(くら)んだ騎士達が、死へと向かって行軍している現実があります。それを見て見ぬふりは――」

「それです、隊長。見て見ぬふりができずとも……今のわたくし達で何ができるでしょう? わたくし達五人で、用意する(ひつぎ)を五つ増やしてどうするのか、と」


 カルカは周囲の村人たちを見渡し、リンナの前に歩み出た。

 彼女は、オフューカス分遣隊の一員、仲間だ。

 だが、不思議と彼女の背後には、以前から別の大きな力を感じることが多い。それをラルスにはまだ、はっきりとわからないが。


「隊長、わたくし達は任務を完璧にこなしましたわ。そして、タウラス支隊の暴走に関して、責任を負う必要はありませんの。……()()()()()()も、そう考えておいでの筈です」

「……カルカさん、貴女の(あるじ)というのは」

「それは勿論(もちろん)、ゾディアック黒騎士団そのものですわ。わたくしの全ては、騎士団のために……故に、わたくしは騎士団の意思と使命の代弁者として、この場所におりますの」

「それは以前から知っています。しかし」

「こうは考えていただけませんか? タウラス支隊、恐らく多くは生きて戻らないでしょう。無謀な独断専行で騎士団の利益を損ね、大切な団員を多く失った……そうなれば、タウラス支隊長の失脚は不可避ですわ。隊長なら、これをチャンスに変えることができますの」


 ラルスには少し、難しい話になってきた。

 そして、リンナに話を難しくするつもりはないらしい。

 リンナは静かに結論を下した。


「私は組織の中での地位や利権、名誉や名声に興味はありません。ただ、限られた戦力でどうタウラス支隊をフォローし、最小限の被害で食い止めるかを考えています」

「……そう、ですわね。隊長はそういうお人でした。今の話は忘れてくださいな」

「とりあえず、全員に正午までの休息を命じます。その後、昼食時に今後の方針を伝えますので……ゆっくり休んでください。今日は朝からお疲れ様でした」


 それだけ言うと、リンナは宿屋の二階へ引き上げてしまった。

 ラルスには心なしか、その足取りが重く鈍いように感じる。いつでも凛として気高く、美しい所作で振る舞うリンナとは別人に見えた。

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