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第19話「突きつけられた現実」

 急いでモルタナ村へ戻ったラルスたちは、驚愕する。

 昨日まであんなに歓迎ムードだった村人たちも、どこかよそよそしい。そして宿では、丁度バルクたちとの話を終えた村長が帰るところだった。

 ラルスたちに一礼して去ってゆく村長も、昨日の陽気さが嘘のようだった。

 ただ、それを見送ってから振り返るバルクだけが、いつものやる気のなさでバリボリと頭をかく。彼は普段と全くかわらぬ声で、ぼんやりとラルスたちを呼んだ。


「隊長、ボウズも嬢ちゃんも。ま、昼飯にしましょうや……中で話しましょう」


 バルクは努めて平静で、それを取り繕っている素振りすら見えない。

 彼を追って入った宿屋の酒場は、昼は閑散としていた。

 そんな中でバルクは適当に注文を投げかけて、テーブルに座る。

 ラルスも座ったテーブルでは、既にカルカがお仕事中だ。広げた書類に走らせる視線は、鬼気迫るもので異様な迫力がある。

 バルクがついでに酒を注文したが、誰も咎めはしなかった。

 そして、突然の事実が告げられる。


「隊長、幹部連中にハメられたみたいですぜ? ……このゴブリン退治、()()()()()()()()明後日(あさって)までの討伐という条件で、我らがゾディアック黒騎士団は引き受けたそうでして……なあ? カルカ」


 耳を疑う言葉で、思わずラルスはリンナと顔を見合わせてしまう。

 流石(さすが)の彼女も、驚きを(わず)かに見せてくれた。

 リンナは一拍の間を置いてから、落ち着いた声で確認を取った。


「カルカさん、バルクさんの言ってることは本当なんですね? 書類上での不備はないでしょうか」


 顔も上げずにペンを走らせながら、眼鏡を不気味に反射させてカルカが喋る。彼女の声はいつになく平坦で、作業に没頭してるからか手は止まっていなかった。


「先程村長さんから、契約内容の確認をさせてもらいましたわ。正式な討伐の依頼で、確かに明後日までの契約になっていますの。書類上の不備は見受けられません。ただ」

「ただ?」

「どうやらオフューカス分遣隊(ぶんけんたい)への連絡事項として、時間の限られた任務であることが意図的に伏せられた可能性がありますわ。理由は二つ考えられますが」


 ようやく顔を上げたカルカは、眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


「まず一つ。騎士団内では現在、こうした地味な仕事を嫌う傾向があります。この期限で仕事を受けた直後ならば、十分な準備期間、討伐の時間があった筈ですの。でも」

「どの支隊も、任務を引き受けるのを嫌った訳ですね? 十二の支隊、全てが」

「はい……ゴブリンは危険度の低いモンスターで、場所によっては地域の自治体が結成した自警団で対処しています。それでも集団になり、あまつさえ拠点を持つと話は別なんですが……残念ながら、ゴブリン退治では名誉も名声も得られないという方が多くて」


 思わずラルスは椅子を蹴ってしまった。

 背後では酒を運んできた女主人が、ビクリと身を震わせる。


「騎士の風上にもおけません! 名誉と名声は、あとからついてくるものです!」


 ラルスは(いきどお)りを隠さなかったが、バルクはそんな彼を一瞥(いちべつ)してから、運ばれてきたワインを受け取る。グラスは一応五つあったが、バルク以外は誰も飲もうとしなかった。


「まあまあ、落ち着いて座りなさいよ。ボウズ、お前さんの言葉は正論だ。理想論とも言うな。悪くはない、(むし)ろ正しい。けどなあ、正しさだけじゃ人間動かんのよ」

「でも、バルクさん!」

「話が途中なんだ、最後まで聞いてから怒ってくれ。それとな、ラルス……正しさじゃ誰も救われねえ。救われてねえ奴には、誰も救うことはできねえんだよ」


 不意にバルクの声が低く沈んだ。まるで、地の底から響くような声音だ。突然、目つきを(けわ)しくしたバルクは、すぐに普段のぼんやりとした顔を取り戻す。

 ラルスは渋々座ったが、まだ納得はしていないかった。

 カルカは、さらにもう一つの複雑な事情を語ってくれる。


「ラルス君の言うことももっともですが、組織とは常に全体の利益をこそ優先するものです。それが結果的に、組織に属する全員を守ることになりますから。ですが……もう一つ、わたくし達が追いつめられた窮地(きゅうち)には、深刻な事情があります」


 カルカが語るもう一つの、(なげ)かわしい現状。

 それは、先程にもましてラルスの怒りを()き付けた。


「ラルス君が憤慨(ふんがい)する現状に対して、リンナ隊長は現在、正式な手続きに(のっと)り組織の自浄作用を促していますの。多くの改善案や改革案を提示している……そうですわね? リンナ隊長」


 カルカの言葉に、黙ってリンナは頷いた。


「しかし、大きくなった組織では、既得権益(きとくけんえき)……つまり、ただ組織の一部であるだけで旨味(うまみ)享受(きょうじゅ)する人間が発生してしまいますわ。そうした方達は皆、リンナ隊長のような存在を(うと)ましく思ってるんです。我々が十二の支隊とは別に、オフューカス分遣隊という半端な少数編成なのは、これに起因しますの」


 ラルスにはよく、わからない。

 ゾディアック黒騎士団を象徴するエース、常闇の騎士たる一人として、リンナはとても理想的な騎士だ。理想そのものだ。

 そのリンナが疎まれているというのが、ラルスには信じられなかった。

 悲鳴があがったのは、そんな時だった。


「うわーっ、難しいだ! 小難(こむずか)しいだよ! オラにもわかるように説明してけろ!」


 その声でラルスは思い出したが、まだ一緒にヌイがいた。誰も帰るように言わなかったからか、彼女もちゃっかりテーブルに座っていた。

 ヌイは頭の髪を掻き乱すと、混乱を叫びながらリンナに言葉を向ける。


「つまり、あれだか? 騎士様は……騎士様とラルス達は、えっと、いじめられてるんだか?」

「ヌイさん、その表現は適切ではありませんが……まあ、私達は少し、騎士団の本流からは外れた存在であるかもしれません」

「騎士様は、そりゃ立派な方だあ。オラ、一目でわかっただ! あの日あの朝、王都でオラを助けてくれただ。そったら立派な騎士様が、なして()(めし)ば食わされてるだよ!」


 俺が真っ先に助けに入ったんだけど……と、思わなくもないラルスだったが、黙っていた。事実、ヌイを助けたラルスごと、リンナは救ってくれた。そして、その場を収めて誰一人として罰せず咎めず、機転で裁いたのだ。

 ヌイが懐くのも無理はない……リンナの姿こそが、民が求める騎士の全てだ。

 勿論、ラルスも心から敬愛し、尊敬している。

 そんなリンナが姉で嬉しいのだ。

 リンナはヌイの手に手を重ねると、静かに言の葉を(つむ)ぐ。


「ありがとうございます、ヌイさん。ですが、これは私達ゾディアック黒騎士団の事情です。モルタナ村のため、ゴブリン退治は滞りなく……安心してください」


 諭されたヌイは黙ったが、まだ瞳が不安げに揺れている。

 だが、リンナはようやく事情を共有した五人に向かって静かに話を続ける。

 既にもう、彼女の逆境への挑戦は始まっていた。


「カルカさん、村長に期限の引き伸ばしの交渉はできるでしょうか?」

「それが、このモルタナ村では今週末に春の村祭があります。この時期、あの森での狩りは欠かせません。また、神事の一部は森で行われるため、最低でも明後日までにゴブリンを無力化させる必要があります。……実はもう、提案してみたのですが、すみません」

「いえ、懸命な判断と行動でした。助かります。では……バルクさん」

「現状の戦力では、恐らく期日内に砦を落とすのは難しいでしょうなあ。我らオフューカス分遣隊は、少数精鋭の遊撃戦力(ゆうげきせんりょく)です。組織だって大規模な攻撃ができないのは御存知でしょう? ……まあ、やるなら付き合いますがね。やりようによっては、ですが」

「それについては私に考えがあります。先程下見をしてきましたので」


 リンナの判断は素早かった。あっという間に現状を把握しつつ、それを(なげ)いてばかりではいない。すぐに現実を認識し、実際的な行動に移ったのだ。


「カルカさん、村の方にお願いして王都に早馬(はやうま)を出してください。すぐに書簡(しょかん)をしたためますので、騎士団の本営(ほんえい)に届けてもらいます」

「わかりましたわ、増援の要請ですわね? ……上層部が取り合うかどうか心配ですけど」

「そこは、カルカさんの上へのパイプをお借りできないでしょうか。貴女がオフューカス分遣隊にいる理由も、今は有効活用すべき大事な貴女の能力、財産ですし」

「……気付いてらしたんですね。では、そうさせて頂きます」


 なんの話かは、よくはわからない。

 ただ、バルクは知っているようだ。

 カルカがこのオフューカス分遣隊にいる理由……? 仲間であるという以外になにがあるのだろうか? だが、そのことを考えている暇は、今はない。


「次に、バルク副長。明日、夜明け前にゴブリンの砦を強襲します。準備を」

「なにが必要ですかね? 一応、午前中で一通り道具や装備は揃えたつもりですが」

「人数分のロープを……頑丈な物をお願いします。長さは一本につき百メテル以上」

「了解です、当たってみましょう」


 そこまで話したところで、女主人が料理を持ってきた。

 大皿の上で、(にわとり)が一匹まるごとグリルされている。香草(こうそう)の匂いが油の香りと混じって、空腹を思い出させた。すぐにナイフを鷲掴(わしづか)みにしたヨアンが、今までの話など自分には無関係とばかりに手を伸ばす。

 だが、意外にもヨアンは自分から肉を仲間達へ切り分け始めた。


「ラルス、食べる。なにか、大変? 大変な時ほど、ちゃんと食べる。これ、生き残る秘訣……わたしも、みんなも、きっと生き残る」

「ヨアンさん……そうですね。困難な状況だからこそ、ちゃんと食べなきゃ」


 最後に、リンナは改めて全員の顔を見渡し、静かに告げる。


「通達した作業がそれぞれ終わり次第、各自十分な休息を取ってください。ヨアンさんはバルク副長を手伝って、その指示に従うようお願いします。少年は……午後、ヌイさんともう一度斥候(せっこう)に出てもらえますか? 危険は承知ですが、例の砦の左右……あの断崖をできるだけ詳しく調べて欲しいのです」


 それだけ言って、彼女はナイフとフォークを手にする。


「では、冷めないうちにいただきましょう。少し過酷な任務になりますが……誰一人欠けることなく、王都に戻りましょう。この私が、全責任を持って皆さんの命をお預かりします」


 リンナの言葉に、誰もが頷いた。

 こうして、前代未聞の奇襲作戦が立案される……そして、戦いはもう始まっていた。たった五人の小さなオフューカス分遣隊は、モンスターと同時にゾディアック黒騎士団の暗部とも戦うことになったのだった。

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