第9話「3000の祈りと、星のまちの息吹」
ストライダー3号機の打ち上げ予定日まで、残すところ1ヶ月と迫ったある日のこと。
キイの町は、これまでにない異様な熱気と喧騒に包まれていた。初号機、2号機の喪失という重い過去を背負いながらも、町の人々の顔に悲壮感はない。むしろ、何度地に落ちようとも空を睨み続けるアストラル・ワンの不屈の姿勢が、辺境の漁師町に強烈な誇りと一体感をもたらしていたのだ。
町の中央広場には、色鮮やかなのぼり旗が何本も立てられ、海風にはためいていた。そこには「挑み続けよう、空の彼方へ」「アストラル・ワン応援団」といった力強い文字が躍っている。
広場の一角に設けられた特設テントでは、領主代行のアリアが、ひっきりなしに訪れる住民や他領からの来客対応に追われていた。
「アリア様! 隣の領地から、応援メッセージの羊皮紙がさらに50枚届きました! これで総数は3000枚を超えます!」
興奮した様子の文官が、山のような羊皮紙の束を抱えて駆け込んでくる。彼女は目を丸くしながらも、嬉しそうにその束を受け取った。
「3000枚……すごいわね。キイの町だけでなく、王国中からこんなにたくさんの思いが寄せられるなんて」
「ええ! それに、打ち上げ当日の見学会には、王都の貴族や他国の商人たちも含めて、数千人規模の観客が押し寄せるとの報告が入っています。急遽、宿屋の増築や臨時馬車の運行を手配しなければなりません!」
文官の報告に、アリアは心地よい目眩を覚えた。
かつて、人口減少と産業の衰退に喘ぎ、「ただ忘れ去られるのを待つだけ」だったこの最南端の町が、今や王国で最も熱い視線を集める「星のまち」としてブランド化しつつある。飛翔体見学会という新たな観光資源は、交通インフラの整備や関連商品の販売を生み出し、町に莫大な経済的波及効果をもたらしていたのだ。
『レオンさんの無謀な夢が、本当にこの町を変えてしまった』
アリアは、広場の奥に作られた真新しい石造りの建物を眩しそうに見つめた。
それは、地元の公立魔導学校に新設された「宇宙探究コース」の学び舎であり、子供から大人までが星の軌道や魔導工学を学べる「宇宙ふれあいホール」だった。レオンたちが持ち込んだ最先端の技術は、単なる見世物ではなく、地元の子供たちの人生観を揺さぶる生きた教材となり、全国から宇宙を志す若者たちをこの辺境の町へと呼び寄せる磁力となっていたのだ。
「アリア、忙しそうだな。少し休憩しないか?」
背後から声をかけられ、振り返ると、油と煤で顔を黒く汚したレオンが立っていた。彼の手には、金属の筒に厳重に保管された分厚い羊皮紙の束――集まった3000名の応援メッセージを特殊な魔力で縮小転写した特製シール――が握られている。
「レオンさん! ちょうどよかった。見て、またこんなに応援の声が届いたのよ。みんな、3号機の打ち上げを心待ちにしているわ」
アリアが満面の笑みで羊皮紙の束を示すと、レオンは少し照れたように頭を掻いた。
「ああ、商業ギルドのシルヴィアからも聞いている。見学会のチケットは即日完売、町の宿は数ヶ月先まで満室らしいな。俺たちが失敗続きの不良債権だと思っていた投資家たちも、この熱狂ぶりを見て手のひらを返したように追加融資を申し出てきているそうだ」
「ふふっ、シルヴィアの交渉術のおかげでもあるけれど、何よりレオンさんたちが決して諦めなかったからよ。2度の失敗を糧にして、さらに強い機体を作り上げようとする姿に、みんな心を打たれているの」
真っすぐな言葉に、彼は手元の金属筒を強く握りしめた。
「この3000名の想いは、すべて3号機の装甲に刻み込んで、星の軌道まで持っていく。俺たちの機体は、もはやアストラル・ワンだけのものじゃない。このキイの町、いや、王国全体の未来を乗せた『希望の象徴』なんだ」
レオンの瞳には、かつて王立魔導院を追放された時の反骨心だけでなく、重い責任と深い感謝の光が宿っていた。
2人は並んで、崖の向こうにそびえ立つ巨大な発射塔を見上げた。あの鋼の塔の頂には、すでに3号機の白銀の機体が据え付けられ、最終調整の時を待っている。
「今度こそ、絶対に届けるさ。俺たちの『好機』を」
青年の静かな誓いは、賑やかな広場の喧騒の中で、アリアの耳にだけ確かに届いた。




