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追放された天才魔導具師、辺境から星の海へ〜魔法と科学で港町を世界一の宇宙港へ成り上がらせる〜  作者: 黒崎隼人


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第4話「5秒の衝撃、空に散った初陣」

 空は底抜けに青く、海は穏やかな凪を迎えていた。

 キイの町の南端にそびえ立つ星港には、歴史的な瞬間を目撃しようと、町中の住民が押し寄せていた。崖から少し離れた安全な見学場には、漁師や商人、そして子供たちまでが息を呑んで発射塔を見上げている。


 巨大な発射塔の中心には、白銀の飛翔天機「ストライダー初号機」が静かに天を指していた。

 機体の先端には、王国の辺境警備隊から試験的に託された小型の観測魔導具が格納されている。これが軌道に乗れば、南の海から接近する魔物の群れや巨大な嵐を、数日早く察知することができるようになる。


 発射塔から分厚い防護壁で隔てられた地下の管制室では、息詰まるような緊張感が漂っていた。

 壁一面に配置された無数の水晶板には、機体の各部に取り付けられたセンサーからの情報が、複雑な光の波形となって絶え間なく流れ込んでいる。


「機体内魔力圧、正常。固形魔力結晶の温度、規定値内で安定」


 計器盤の前に座るレオンが、鋭い声で読み上げる。その声には一切の迷いがなく、極度の集中によって研ぎ澄まされていた。


「導力線の接続状態、オールグリーン。自律型安全結界、起動確認。自己位置の算出および予定軌道との照合システム、異常なし」


 彼の背後には、腕組みをして水晶板を睨みつけるガルド、祈るように両手を組むアリア、そして計算機を弾きながら冷静を保とうとしているシルヴィアの姿があった。ドルトンは地上の最終点検を終え、汗だくのまま管制室の隅で壁に背中を預けている。


『ついに、ここまで来た。俺の理論と、皆の技術が、今1つの形になって空へ挑む』


 レオンの胸の奥で、熱い塊がうごめいていた。王立魔導院を追放されたあの日から、泥にまみれ、油と汗にまみれて作り上げてきた結晶が、今まさに目覚めようとしている。


「打ち上げまで、残り60秒。全職員、最終退避結界を起動せよ」


 青年の冷徹な声が、魔声拡声器を通じて地上に響き渡った。

 見学場にいる住民たちが、一斉に息を呑む気配が地下まで伝わってくるようだった。アリアの鼓動が早鐘のように打ち、彼女は無意識に隣にいるシルヴィアの袖をきつく握りしめていた。


「30秒前。……20、10」


 水晶板の光が、赤い警告色から眩い黄金色へと一斉に切り替わっていく。それは、機体がすべての拘束から解き放たれ、自らの力で空へ向かう準備が整った合図だった。


「5、4、3、2、1……」


 レオンは大きく息を吸い込み、計器盤の中央にある赤い魔力石を力強く押し込んだ。


点火イグニッション!」


 瞬間、地獄の釜の蓋が開いたかのような轟音が世界を支配した。

 ガルドが精製した固形魔力結晶が一気に燃え上がり、数千度を超える黄金の炎が機体の底部から猛烈な勢いで噴き出した。ドルトンが組み上げた鋼の塔が悲鳴を上げ、分厚いコンクリートの基礎が震える。

 その凄まじい反作用により、総質量数十トンにも及ぶストライダー初号機が、重力の鎖を引きちぎってゆっくりと宙へ浮き上がった。


離昇リフトオフしました! 機体、予定の軌道へ向けて上昇中!」


 レオンの叫び声が、轟音にかき消されそうになりながらも管制室に響いた。

 水晶板には、真っすぐに天を目指して突き進む機体の光点が映し出されている。凄まじい加速。音速の壁を突き破るための、圧倒的な力の奔流。

 見学場からは、地鳴りのような歓声が上がっていた。アリアの目から、安堵と歓喜の涙がこぼれ落ちそうになった。誰もが、成功を確信した。空の彼方へ、彼らの夢が届くのだと。


 しかし、悪夢は唐突に訪れた。


 離昇から、わずか5秒後。


「な……っ!?」


 レオンの指先が、計器盤の上で硬直した。

 機体の状態を監視しているメインの水晶板が、突如として禍々しい赤色に明滅し始めたのだ。


「推力が……落ちている!? 計算値よりも数パーセント低い! 速度が足りない!」


 彼の悲痛な叫びに、ガルドが血相を変えて水晶板に飛びついた。


「馬鹿な! 燃焼は正常に行われているはずだ! 結晶の出力に異常はない!」


「でも、機体が十分な速度を得られていません! このままでは、予定された高度に到達する前に重力に捕まり、軌道から逸脱する……!」


 レオンの脳裏で、最悪のシミュレーションが恐ろしい速度で駆け巡った。

 飛翔体というものは、ほんのわずかな速度不足が命取りになる。予定の軌道を外れれば、機体はコントロールを失い、最悪の場合は陸地へ墜落して大惨事を引き起こす。


 そして、その「異常」を、人間よりも早く、より正確に判断した存在があった。

 機体の心臓部に組み込まれた論理回路、『自律型安全結界』である。


 水晶板の隅に、無機質な緑色の文字が浮かび上がった。


【計画軌道からの致命的乖離を検知。第2種危険事態と認定】

【地上への二次被害を防ぐため、自律破壊手順に移行します】


「待て! まだだ、まだ高度は稼げる! 手動で制御を……!」


 レオンが結界の判断に割り込もうと、必死に解除の魔力波を送る。しかし、彼自身が「絶対に人間の介入を許さない」という完璧な独立性を持たせて設計した結界は、創造主の叫びすらも冷酷に弾き返した。


【自律破壊結界、起動】


 離昇から、正確に5.2秒後。

 青空を切り裂いて上昇していた白銀の機体は、突如として内側から凄まじい光を放った。

 空中で、小さな太陽が生まれたかのような閃光。

 直後、空を殴りつけるような爆発音が遅れて地上に到達した。


 ストライダー初号機は、搭載していた観測魔導具もろとも、空中で完全に粉砕された。

 燃え盛る破片が、無数の火球となって南の海へと降り注ぐ。それはまるで、神の怒りに触れて撃ち落とされた流れ星のような、痛ましいほどに美しい光景だった。

 安全域である海上に落下したため、地上の町への被害は一切なかった。結界は、完璧にその使命を果たしたのだ。


 しかし、管制室を支配したのは、死のような静寂だった。


「……嘘、でしょう?」


 アリアが、力なくその場にへたり込んだ。シルヴィアは口元を手で覆い、ドルトンは壁を力任せに殴りつけて血を流した。ガルドは自分の髪をかきむしりながら、呪文のようにつぶやき続けている。


 レオンは、ただ1人、真っ赤に染まったまま沈黙した水晶板を見つめていた。

 彼の顔から表情が消え落ち、瞳の奥の光だけが、奇妙なほどに鋭く冷たく燃えていた。


『失敗した。俺の計算が甘かった。機体は壊れ、人々の期待を裏切った』


 絶望が、冷たい泥水のように足元から這い上がってくる。王立魔導院の老魔導師たちが嘲笑う声が、幻聴となって耳の奥で響いた。

 やはり、お前のような若造に空は飛べないのだと。


 彼は、計器盤の縁を白くなるほど強く握りしめた。

 呼吸が荒くなる。心臓が痛いほどに脈打つ。

 しかし、レオンは目を逸らさなかった。真っ赤な水晶板に刻まれた、機体が死の直前に地上へ送り届けてくれた最後の一瞬までの膨大な記録から。


「……泣いている暇は、ありませんよ」


 絞り出すような、しかし岩のように固い声が、静寂を破った。


「誰も怪我はしていない。町も無事だ。安全結界は完璧に作動した」


 レオンは振り返り、絶望に沈む仲間たちを強い眼差しで見渡した。


「これは失敗じゃない。空の過酷さを知るための、必要な痛みを伴う『データ』だ。機体がなぜ推力を失ったのか、なぜ結界が5秒で判断を下したのか。その答えは、すべてこの記録の中に残されている」


 その言葉には、狂気にも似た技術者としての執念が宿っていた。

 5秒間の衝撃は、彼らの心をへし折るには至らなかった。むしろ、未知なる空という強大な敵の姿を、初めて明確に捉えた瞬間でもあったのだ。

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