第2話「4つの力と、時を告げる飛翔天機」
キイの町の古びた酒場を貸し切りにして、レオンとアリアは数人の男女とテーブルを囲んでいた。
卓上には、彼が描いた飛翔体の設計図が広げられている。
「つまり、俺たち民間の手だけで、この筒状のバカでかい塊を空の彼方まで飛ばそうってのか?」
腕組みをして図面を睨みつけているのは、50歳になる豪快な男、ドルトンだった。彼は王国でも屈指の腕を持つ建築ギルドの長であり、アリアの父に恩があるためこの町に留まっている。
「ええ、その通りです。ただ飛ばすだけじゃない。狙った星の軌道に正確にペイロードを配置するんです」
レオンは頷き、隣に座る神経質そうな中年の男に視線を向けた。
「そのためには、ガルドさんの力が必要です。従来の液体魔力を使った推進炉では、打ち上げの直前に温度管理や充填作業をしなければならず、多大な時間がかかってしまう。俺が目指すのは、依頼を受けたらすぐに飛ばせる『星の宅配便』です」
名指しされたガルドは、王国でも有数の錬金術師だった。45歳になる彼は、鼻眼鏡の奥の目を細めて鼻を鳴らした。
「ふん。要するに、あらかじめ魔力を固形化して機体に詰め込んでおき、点火と同時に一気に爆発的な推力を得る『固形魔力結晶』を使えと言うのだな。技術的には可能だが、燃焼の制御は極めて難しくなるぞ。一度火がつけば、途中で止めることはできないんだ」
「そこは俺が作る精密魔導具で制御します。そして……万が一、軌道を外れて制御不能になった場合のために、王国で初となるシステムを組み込みます」
レオンは図面の一箇所を指差した。
「『自律型安全結界』です。これまでの飛翔体は、地上の魔導師が常に水晶で監視し、異常があれば遠隔操作で機体を破壊していました。しかし、それでは高価な地上施設の負担が大きすぎる。新しい飛翔体は、機体自身が自己の位置や速度、姿勢を常に監視し、計画から外れたと判断した瞬間に、空中で自律的に魔力を霧散させて自壊します」
それを聞いたドルトンが目を丸くした。
「機体が自分で判断して自爆するってのか? そいつはすげえな。地上の被害を確実に出さないってわけだ」
「はい。南と東に広がる海を安全域とし、万が一の時は空中で散る。そうすれば、キイの町に被害は及びません」
レオンの自信に満ちた説明に、ドルトンとガルドは顔を見合わせた。技術者としての血が騒いでいるのは明らかだった。
「……資金はどうするの?」
静かな声で割って入ったのは、テーブルの端で優雅に紅茶を飲んでいた女性だった。
商業ギルドの若き会頭、シルヴィア。22歳にして数々の商会を束ねる彼女は、計算高い鋭い目つきで青年を見た。
「これだけの計画、莫大な金がかかるわ。発射塔の建設、錬金術の素材、魔導具の部品。領主様からの援助にも限界があるでしょう?」
「そこはシルヴィア、君の出番だ」
レオンは臆することなく答えた。
「俺が設計する魔導具の部品は、あえて特注品を減らし、市販されている民生品の魔導部品を転用してコストを極限まで削る。そして君には、この事業がもたらす未来の価値を王国内の商人たちに売り込み、投資を募ってほしい。軌道上に通信網ができれば、物流の速度は劇的に変わる。商の匂いに敏感な者なら、必ず飛びつくはずだ」
シルヴィアは口元に薄い笑みを浮かべ、カップをソーサーに置いた。
「いいわ。民生品の宇宙転用によるコスト削減と、未来のインフラへの投資……。実に面白い事業計画ね。私がパトロンたちを説き伏せてみせるわ」
4人の専門家が、ここに集結した。
精密魔導具のレオン、錬金術のガルド、インフラ構築のドルトン、そして資金と事業構築のシルヴィア。
さらに、土地の提供と住民の理解を取りまとめるアリア。
決して交わることのなかった異業種の者たちが、1つの星空を目指して強固な絆で結ばれたのだ。
「ギルドの名前は決めているの?」
アリアの問いかけに、レオンは力強く頷いた。
「『アストラル・ワン』。星空へ向かう第1歩という意味を込めて。そして、俺たちが造る飛翔天機の名前は……『ストライダー』だ」
「ストライダー……いい名前ね」
「ああ。依頼から打ち上げまでの期間を世界最短にし、顧客にとっての好機を絶対に逃さない。そういう強い意志を込めた」
酒場の窓の外では、夕日に照らされた海が黄金色に輝いていた。
民間主導の星空開拓というパラダイムシフトが、この辺境の小さな町から産声を上げた瞬間だった。彼らの前には、常識という名の高い壁と、果てしない困難が待ち受けている。
しかし、レオンの瞳には確かな未来の軌道が映っていた。




