第10話「5つの星と、最終防衛線の構築」
星港キイの地下深くに作られた特別防塵室。
そこは、目に見えないほどの微細なチリ1つすら許されない、極限まで浄化された魔力空間だった。白衣と防護魔具に身を包んだレオンとガルドが、息を詰めるような緊張感の中で、3号機の頭脳とも言える先端部分の最終点検を行っていた。
彼らの目の前には、5つの真新しい小型観測魔導具が、精密な金属の台座に固定されている。
これこそが、3号機が星の軌道へ送り届けるべき最優先の使命だった。
「民間企業や教育機関が血の滲むような努力で開発した、5つの希望だ。これらを高度500キロメートルの太陽同期軌道へ正確に投入する。それができなければ、我々の宇宙輸送ビジネスは永遠に『実験』の域を出ない」
レオンは、1つ目の魔導具の装甲を撫でながら、低く鋭い声で言った。
「これは『タタラ1型』。魔導具自体の信頼性を宇宙空間で実証するためのものだ。こっちは『サットワン』。汎用的な計算回路が、強烈な宇宙の放射線に耐えられるかをテストする。そしてこれは、王都の魔導学園の生徒たちが作り上げた超小型の観測機……教育機関による宇宙利用の第1歩だ」
レオンが説明するごとに、ガルドは鼻眼鏡の奥で目を細め、それぞれの魔導具に接続された魔力伝導線の固定状態を厳しい目でチェックしていった。
「ふん。どれもこれも、王立魔導院の馬鹿でかい金食い虫に比べれば、玩具のように小さくて安っぽい代物だ。だが、その玩具が500キロメートルの上空から地上のすべてを見通し、瞬時に情報をやり取りできるようになれば、王国の歴史は根底から覆る。……俺たちがその扉を開けるんだな、レオン」
「ええ。そのために、俺たちは2度も地獄を見たんですから」
レオンは、職人の隣に立ち、2号機の失敗原因となったノズル舵角制御用センサーの交換部位を指差した。
そこには、以前の民生品とは全く異なる、重厚な金属の装甲に覆われ、幾重にもノイズ対策の結界が施された新型のセンサーが組み込まれていた。
「2号機で不具合を起こした第1段のセンサーを、軍用の耐環境性が極めて高いモデルに刷新しました。さらに、センサー信号を伝達するケーブルの固定位置をドルトンさんに頼んで限界まで強化し、振動による断線やノイズ混入のリスクを物理的にも魔力的にも完全に排除した。この対策は、第1段だけでなく、同じ構造を持つ第2段、第3段の姿勢制御系にも水平展開してあります」
『妥協は一切ない。フライト環境という未知の猛威をより忠実に再現した環境試験を地上で何百回と繰り返し、設計の妥当性を再確認した。考えうるすべての弱点は、この9ヶ月間で完全に潰し切った』
青年の顔には、極限の疲労と、それを凌駕する狂気じみた自信が張り付いていた。
彼らは「失敗」という言葉を使わない。2号機のスピン状態は、単なる挫折ではなく、この完璧な3号機を生み出すための致命的だが不可欠な膿出しだったのだ。
「よし、魔導具との接続結界、すべてオールグリーンだ。導力線のノイズもゼロ。ガルドさん、推進炉の固形魔力結晶の状態は?」
「完璧だ。100回の燃焼テストを経て、俺の調合は神の領域に達した。気温や気圧のわずかな変化にもブレない、最高純度の推力を約束する」
ガルドが不敵に笑い、親指を突き立てた。
「ドルトンのおっさんが組み上げた発射塔の固定も万全だ。シルヴィアの嬢ちゃんも、王都の投資家たちを完全に黙らせて追加資金を引っ張ってきやがった。あとは、お前がボタンを押すだけだぞ、レオン」
「……はい。俺たちの『自立』のための決定的な1歩。必ず踏み出してみせます」
レオンは、5つの魔導具が格納されたフェアリングの装甲板に、そっと手を触れた。
その装甲の裏側には、アリアが集めてくれた3000名の応援メッセージが、びっしりと魔力転写されていた。冷たい金属の向こう側に、キイの町の人々、そして彼らを信じてくれた世界中の人々の熱い血潮の鼓動を感じるようだった。
3号機は、もはや彼1人の夢ではない。
異業種の専門家たちが結集したアストラル・ワンの技術の結晶であり、辺境の町を救う希望であり、古い常識に縛られた世界に風穴を開けるための、巨大な槍なのだ。
防塵室の重い扉が開き、ドルトンとシルヴィア、そしてアリアが姿を現した。
「レオン、最終点検は終わったか? 外は、もうすごい騒ぎになってるぜ。見学場は人で溢れかえって、屋台の串焼きの匂いがここまで漂ってきそうだ」
ドルトンが豪快に笑いながら肩を叩く。
「ええ。ハードウェアとソフトウェアの総点検、すべて完了しました。これ以上、やれることはありません。3号機は、完璧です」
レオンの迷いのない声に、4人の仲間たちは深く頷いた。
「さあ、行きましょう。私たちを待つ、空の彼方へ」
アリアの凛とした声が、静寂の防塵室に響いた。
2月25日。
すべての準備を終えた5人の開拓者たちは、決戦の地である地下管制室へと向けて、力強い足取りで歩みを進めた。




