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No.13 ―聖女の贖罪―  作者: 初 未来


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第2話 とにかく逃げるわよ

 夜中の街を歩くのは初めてだった。


 昼間の賑やかさとはまるで違い、街路は静まり返っている。誰も歩いていない。どの民家も人の気配はあるものの、静まり返り、まるで時間が止まってしまったかのようだ。


 不気味だ。こんなに遅い時間だとしても、夜通し賑わっている店が一つもないなんて。


 セルフィーは違和感を覚えながら、足を一歩踏み出した。


 少しばかり散策すると、歓楽街へと続く道に差し掛かった。そこだけは明かりが煌々《こうこう》とともり、かすかに人々の話し声が聞こえてくる。しかし、足を踏み入れてみると、その違和感は確信に変わった。


 客の姿は、街の住人たちではなかった。 そこにいるのは、王国の騎士団員や、王城に関わる人間ばかり。制服を着た男たちが酒を飲み、大声で笑っている。ここは本当に歓楽街だろうか。まるで騎士団の詰所にしか見えない。


(一般の人がいない?お城の人ばっか…?)


 身の危険を感じたセルフィーは、その場を離れた。


 その後、いくつかの民家の窓を覗き込んだ。確かに人はいる。子供も寝ている。食事もしている痕跡はある。だが静かすぎる。


 なんだろう、この違和感は。


「祝福」に満ちた平穏な街。そう教えられてきたはずの王都は、夜の闇に隠れて、どこか奇妙な空気をまとっていた。


 しかし、今はその謎を解き明かしている場合ではない。捕まる前に、一刻も早くこの街から離れなければ。 セルフィーは、再び走り出した。


「今はまだ、わからない。分からないから、出てきたんだ」


 心の中でそう言い聞かせ、セルフィーは再び走り出した。足が向かうのは、王都の城門ではなく、地下へと続く細い通路。聖女になって初めて、こっそり城壁の外へ出た際に発見した、秘密の抜け道だった。


 彼女は、聖女としての城下での「お勤め」の合間に、街の民を祝福して回るという名目で、散歩の時間を頂き、王都を散策し、その地理を頭に叩き込んでいた。その知識が、今、彼女の逃走を助けている。


 地下通路は、ひっそりとしていて、湿った空気が漂っていた。カビの匂いと、時折聞こえる水の滴る音。地上とは全く異なる世界だ。迷路のように入り組んだ通路を進み、ようやく出口の重い扉を押し開ける。


 扉の外は、木々に覆われた薄暗い森だった。王都を囲む、手入れされた森だ。夜風が頬を撫で、土の匂いが鼻腔をくすぐる。


「……久しぶりだわ」


 故郷の山を思い出し、セルフィーは静かに呟いた。


「自由って、こんなに気持ち良かったのね。忘れてたわ」


 彼女は満面の笑みを浮かべ、空を見上げた。王都の光に隠されていた星々が、今、彼女の頭上で輝いている。


(まずは、この王都から離れよう。そして、人目につかない場所で、この魔力の秘密を探るのよ)


 そう決意を固めた彼女は、森の奥へと足を踏み入れた。


 森の中をどれほど歩いただろうか。夜が明け、太陽の光が木々の隙間から差し込んできた。

 その時、彼女の耳に、かすかな悲鳴が届いた。


「う、うわああああ!」


 叫び声は、森のさらに奥から聞こえてくる。


(……魔物?)


 セルフィーは、相棒である魔法銃に手を伸ばした。


 森の奥から聞こえてきた悲鳴に、セルフィーはすぐさま駆け出した。草木をかき分け、わずかな獣道を進む。


 そして開けた場所に出た瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、地面に倒れ込む一人の男と、その男に今まさに襲いかかろうとしている、巨大な熊の姿だった。


 だが、それはただの熊ではない。その体躯は黒く変色し、爪も牙も異常なほどに長く伸びている。見るからにただならぬ獰猛さを放つそれは、おそらく魔獣の類だろう。


「助、助けてくれえ!」


 男の悲痛な叫び声が、森に響き渡る。

 考える余裕はなかった。セルフィーは腰に下げた相棒、魔力銃を素早く引き抜いた。引き金に指をかけながら、彼女は魔力を集中させる。


 重要なのは、イメージ。何を撃ち出したいか。鉛の弾丸か、鋭い氷の刃か、灼熱の火炎か、轟く雷撃か、あるいは癒しの光か。


 一瞬の静寂の中、セルフィーの脳裏には、研ぎ澄まされた一つの形が浮かび上がる。


「氷の刃……」


 彼女の魔力が銃身に流れ込み、銃の先端に透き通るような青い光が宿る。それは、冷気をまとった、氷でできた鋭利な刃の形を取った。


「来い!」


 セルフィーが叫んだ瞬間、魔獣が咆哮と共に飛びかかってきた。


 彼女は巧みに身をかわし、その巨体を紙一重でかわす。魔獣の爪が地面をえぐり、土煙が舞い上がる。その一瞬の隙を見逃さず、セルフィーは再び走り出す。


 魔力銃から放たれる氷の刃は、魔獣の分厚い皮を切り裂き、その動きを鈍らせる。彼女はそれを囮に使い、魔獣の攻撃を誘いながら、その動きを観察した。


 彼女が狙うはただ一つ、急所。 頭を狙うべく、魔力銃を構え、狙いを定める。彼女は魔力銃を構えながら、まるでダンスを踊るかのように魔獣の周りを駆け巡る。そして、魔獣が再び咆哮を上げて頭を振り上げた瞬間、セルフィーは動いた。


「一撃よ!」


 それは、彼女が故郷で野盗や魔獣を相手に、幾度となく重ねてきた経験が導き出した、確信の一撃だった。


 狙いを定めた銃口から、最後の氷の刃が放たれる。その刃は、風を切り裂き、正確に魔獣の額を貫いた。


 魔獣は短い悲鳴を上げて、そのまま沈黙した。巨大な体が地面に崩れ落ち、もう動くことはない。


「久しぶりの戦闘だけど、なまっちゃいないわね!」


 セルフィーは微笑み、使い慣れた相棒を愛おしそうに撫でた。


「あ、ありがとう…」


 男が震える声で感謝を述べた。

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