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第7話-別れ-

 次の日の朝、和くん(黒猫)は私の部屋のソファの上にいた。

昨日の夜、「私が寝たら和くんも消えてしまうんでしょ、だったら私寝ない」そう言ったら、「絶対に黙って消えたりしない」と、約束をしてくれた。

それでも私は心配で、夜中に何度も、ソファの上の和くんを覗いていた。

でも、和くん、私を安心させるために寝たふりをしているようにも感じた。

和くん…ごめんね、私わがままだよね、和くんが傍にずーっといてくれたらいいのに…って願ってる。

わかっているんだよ、無理だよね。


 私は、朝静かに会社に電話をした。

「おはようございます飯田です。急で申し訳ありませんが、急用ができてしまって…今日、休ませていただきたいのですが…あっ、はい、はい、はいありがとうございます。よろしくお願いします」

電話が終わると、私は静かに歩いてソファの前に来た、そしてソファの前でしゃがみ込んだ。

和くんを見ながら、猫だけど和くんだ、和くんに間違いない。


 「ズル休みか?」和くんの言葉に私は「和くん起きてたの?」と、少し驚いたように言った。

そして「ズル休みじゃないよ、急用だよ。それに有休扱いにしてくれたの、普段あまり有休を取ってなかったの」と、余裕で話した。


 「妙子、あのな…」

和くんが言いかけたとき、私はすぐ「あっ、そうだ、昨日の夜から何も食べてないよね、そこのコンビニ行ってくるね」と、和くんの話を遮った。

私は昨日から和くんの言葉に構えてしまうようになった。


 和くんが何かを言い出すと、昨夜のように和くんも「空に帰る」と、言いだしそうで怖かった。

 「和くん、何がいい?キャットフードかなぁ?」和くんに聞くと、和くんは、信じられない、そんな顔で「妙子、キャットフードはないだろ」と、言った。

私は「そっか…和くんだもんね」と、言って、そして、「和くん、私、昨日から気になっていたんだけど…和くん、和くんはなぜ黒猫のままなの?」

聞くと、和くんは「俺か…それは…まだ修行が足りないんだよ…」と、罰が悪そうに答えた。

私は笑ってしまった。なんか和くんらしい。


 急に和くんが、よし、決めた!そんな感じで、「妙子、コンビニじゃなくて、ハンバーガー食べに行こう」

突然の和くんの言葉に驚いた。「本当に?ほんとにほんと?」何度も和くんに聞いた。

私は嬉しくてたまらなかった。


 部屋の中で二人でいると、いつ帰るって言い出すんだろう…。そんな不安ばかりが押し寄せてきた。

そんな私に気づいて、私を寂しがらせないように、って考えてくれている和くんの想いが伝わってきた。

黒猫の姿だけど、それでも、一分一秒でも長く和くんといたかった。


 私が和くんを、見ていると、しっかり聞けよ!と、言わんばかりに「妙子、いいか、外に出たら俺の方ばかり見ないようにな。何度も言うけど、俺、つまり黒猫が見えているのは妙子だけだからな。

それと会話は、全て心の中で出来るから『和くん』なんて声に出さないようにな。

俺は直接は何も食べないんだ、妙子が食べてくれれば俺に繋がるんだ」

私は和くんの言葉を真剣に、頷きながら聞いた。すると、和くんが上から目線で、「俺が『バニラのシェイクが飲みたいなー』って言ったら、バニラのシェイクを頼むようにな!」と含み笑いをした。

私は「和くん、ずるいよ、私がチョコのシェイク好きなの知ってるくせに」そう言って笑った。


 和くんと二人で、久しぶりに声を出して笑った。

私は幸せだった。時間が止まればいいのに、と心の底から思った。 和くんが、「出かけよう」そう言ってくれたのは、私のことを考えてくれてのことだとわかていた。


  和くんの想いが悲しいほどに伝わってきた。そして私の我儘が和くんを困らせていることも…。


神様、あと少し、あと少し和くんと一緒にいさせてください。


 外に出ると、和くんの姿が見えなくなった。

私は慌てて「和くん、和くん、どこ?どこにいるの?」

和くんは、慌てる私を笑うように「妙子、ここだよ。妙子の左肩の上だよ」と身を乗り出して私を見た。

「良かったぁ」私は安心した。

和くんには体重がないので、いるのか、いないのか?わからなかった。

私が「和くん、私が見える所にいてよ、不安になるよ」そう言うと、和くんは私の腕まで降りて、コアラみたいに私の腕につかまっていた。


 ハンバーガーショップに入ると、「いらっしゃいませぇ」店員さんが笑顔で迎えてくれる。

心の中で、和くんのこと私にだけ見えているんだ。そう思うと嬉しくて、ワクワクした。

「妙子。顔すごいニヤけてるぞ」和くんに言われ、「嬉しいからいいの!」そう言ってカウンター行った。


 カウンターでメニューを見ていると、和くんはカウンターに飛び降りて、メニュー表の上で、「チーズバーガーは妙子も好きだよな、それとポテトにシェイク。

シェイクは妙子の好きなチョコでいいよ」と和くんが言った。

私は「ありがとう。次は和くんの好きなバニラにしようね」


 次の約束なんてあるはずないけど、0%の可能性に100%の期待をかけて…。


 私たちは窓辺の二人がけの席に座った。

周りから見れば、私一人黙って静かに食べているように見えると思う。

でも、私は一人じゃない、和くんと一緒。


 和くんがテーブルの上に座っていた。

姿は黒猫だけど、声も話すときの癖も全部、間違いない和くんだった。


 子供の頃の懐かしい話。

空で、私のひいおばあちゃんに会った話。

私の会社の愚痴も「そうかぁ、それはキツイよな」とか「妙子、よく頑張っているよ」と、全て受け止めてくれる。

温かくて、安心できて、やっぱり和くんだ、と思えた。


 楽しい時間は嘘のように過ぎて、私たちは私のアパートに帰った。

和くんはソファの上に座り、話し始めた。


 「妙子、人の死ってな、その人がいなくなってしまうんじゃないんだ。目には見えなくなるよ、でもな、生きているときよりも、大切な人の傍にいるんだよ。僕たちが願うのは、残してきた家族、大切な人が幸せでいてくれること、元気で笑っていてくれることなんだよ」


「それが僕たちの幸せなんだよ」


「妙子の家と僕の家は隣同士で、俺たち子供の頃から、家族同士みんな仲良くてさ、だから俺には大切な家族が二つあるんだ。

それに、話しかけてくれた言葉は全て聞こえているんだ。

だから妙子、いつでも話しかけてほしい。

俺には妙子の声、いつでも聞こえているからな」


 私は和くんの言葉に胸がいっぱいになった。

「和くんごめんね、私…和くんに心配ばかりかけて、和くんを困らせて…」

私はそう言いながら、また涙が落ちそうになった。

和くんはすぐに「妙子違うよ、妙子の気持ち全部伝わってきて『妙子、こんなに…』ってすごく嬉しかったよ。ありがとうな。

でもな、俺、妙子に笑っていて欲しいんだ」

和くんはそう言って、私の顔を覗き込んできた。


 私は頑張って笑ってみせた。そして「うん、わかった。ありがとう」「和くん、和くんの心の声、もう私には聞こえないの?」と、聞いた。

和くんは「じゃあ、今から俺が心の中で妙子に話しかけるからな。いくよ…」

私は、気持ちを込めて目を閉じて集中した。

「…」

「ダメだ、何も聞こえないよ」と、言ってしまったけれど、私が寂しそうな顔をすると、和くんがまた心配をする。

私は慌てて「聞こえない。でもなんとなくわかる。私の悪口でしょう?」

私は笑って言った。

「さすが、シゲさん(妙子のひいおばあちゃん)の孫だね。鋭い!」と、言って和くんも笑っていた。

 

 そして、一呼吸おいて「じゃあな妙子、俺帰るな」そう言ってベランダに向かった。

それは和くんが、いつも私の家に遊びに来て帰るとき、いつも言っていた言葉だった。

私もあの頃のように「うん、和くん気をつけてね」と言って和くんの後ろを歩いた。


 必死で涙をこらえた。

ベランダの手すりに飛び乗ると、一度だけ振り向いて、夜空に駆け上がっていった。

私の目からは、堪えていた涙が、堪えきれなくなって溢れ出した。

「和くん、私、和くんのことずっと大好きだった…これからも、ずーっとずーっと大好きだからね」でも、もうこの声も届かないんだよね…。

そう言って、私はすぐに思い出した。和くんが妙子の声はいつでも聞こえてる。って言っていた。

どうしよう…和くんに聞こえたかなぁ…?

こんなにはっきり告白してしまった…。

まだ肌寒い四月のベランダで、私は寒さも忘れて一人顔を赤くしていた。




そんな妙子を、黒縁和樹に戻った和樹(和くん)は空から見ていた。

「妙子、その言葉、さっき俺が妙子に言った言葉と同じだよ。

それと妙子、ウソついてごめんな、すぐにでも黒縁和樹の姿に戻れるんだけどな、そうするとよけいに妙子を悲しませる気がしたんだ。だから黒猫のままで帰ってきたんだ。ごめんな」

「それと街で黒猫を見かけても、『和くん』なんて声かけるなよ、その黒猫は俺じゃないからな」

あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。

私がこの本を書くきっかけになったのは、大切な人の「死」そして、その「死」に向き合う切なさ、苦しさでした。人の「死」を「運命」という言葉だけで片付けることはできない。これは、私自身の経験から感じたことです。その痛みを少しずつでも癒してくれるのは、もしかしたら時間しかないのかもしれません。

この物語を書こうと思ったとき、目についたのは、フラミンゴのオブジェでした。

亡くなっていった人の想いを少しでも、コミカルで優しく、さまざまな動物たちを通して主人公に繋げたい。

残された人は、旅立った人の静かな幸せを願い手を合わされると思います。

私には、旅立った人も、残してきた人の幸せを願っていてくれるように思えるのです。

私はそう信じています。

旅立った人の姿はなくても、それでも、お互いを想う心は決して消えない。

私がこの本に込めた想いです。


長いあとがきになってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。

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