第5話-和樹の墓参りに…-
土曜日の朝、私は先週訪れた整形外科へと向かった。
先週の土曜日、整形外科へ行った私を、診察室で待っていたのは動物のナマケモノだった。そのナマケモノに出会ったことで、私は和くんの死を受け入れることができた。
どうしても、もう一度ナマケモノ先生に会いたい。そんな思いが私の足を病院へと急がせた。
ところが病院の前についた私は唖然とした。
そこには数人の作業服姿の人たちが病院の看板を外したり、中から椅子や棚を運び出していた。
「えっ?そんな…」知らず知らずのうちに、私の足は病院の方に向かって歩いていた。
「危ないから下がってください」と、後ろから声がした。
「この病院なくなるんですか?…先生はどこにいるんですか?受付の女性は…?」
私は振り向くと、すがるような思いで尋ねた。矢継ぎ早に聞いたものだから、その人は少し困ったように、「私たちは仕事の依頼を受けて動いているだけだから、詳しいことはわからなくてね…ごめんね…」
「いえっ、ありがとうございました」
私はそう言って病院を後にした。
突然、目の前に現れた現実に、私は動揺してしまった。
ナマケモノもいなくなって、病院までなくなるなんて。
あのとき病院にいた他の人たちは?
全部、私だけに見えていたの?
私は、もう一度ナマケモノに会って確かめたかった。
私の過去や、和くんの死を知っていたナマケモノは、和くんの転生だと思った。
だからどうしても、もう一度ナマケモノに会いたかった。
フラミンゴ、ネズミ、シマウマ、ナマケモノ、みんな関係があるのか?
時々あう黒猫はどこから来ているのか?
どんなに考えてもわからなかった。
でも、私はナマケモノに会って、和くんの死を受け入れることができた。
そして、和くんのお墓参りに行こうと考えられるようになった。
一人暮らしを始めてから一度も帰らず、和くんのお墓参りにも行っていなかった。
私の家と和くんの家は隣同士。
和くんの家を見ると、また私が和くんを思い出して辛くなる。
母は、私の気持ちをわかってくれて、帰ってくるように無理強いはしなかった。
「明日、帰ろう」
私はすぐに母に電話をした。
「お母さん、明日帰るね。和くんのお墓参り一緒に行ってくれる?」
電話の向こうで母は「ええ、もちろん、和くん喜んでくれるわ」
そして、少し間があって「妙子、待ってるね…」母のその短い言葉から、今まで私を信じて待っていてくれた気持ちが伝わってきた。母の気持ちが嬉しかった。ありがとう、の気持ちを込めて、泣かないように、明るい声で「うん、明日の朝、電車に乗る前に電話するね」と言った。
次の日の朝、私は駅のコンビニで、和くんが好きだったコーラ味のグミを買って、電車に乗った。
座席に座ると、グミを見ながら、心の中で和くんに話しかけた。
「和くん、このグミ好きだったよね。よく一緒に食べてて、一個残ったときジャンケンして『勝ったー!』って和くんすぐ食べちゃったけど、あのとき勝ったの私だったよね」
「私が風邪で学校休んだときも、このグミ買ってきてくれたよね。『ありがとう。もう熱も下がったから大丈夫だよ』って言ったら『よかったぁー、心配してたんだよ』って言いながら、うちの弟とずーっとゲームしていたよね」
私は、やっと素直に和くんのことを思い出せるようになっていた。でも、和くんのことを思い出すと涙が出てしまう。
電車の中で、他の乗客に気づかれないように涙を拭いていたら、「わー、きれいねー」「見事だわ」そんな乗客の声がした。
その乗客の声に混ざって、「妙子」自分の名前が呼ばれたような気がした。
顔を上げると、電車の窓から素晴らしい桜並木が見えた。
窓に顔を近づけて見ると、桜並木の下を大勢のフラミンゴと一頭のシマウマが走っているのが見えた。フラミンゴの頭の上には二匹のネズミ、シマウマの首にはナマケモノが抱きついていた。
「えっ?」
その光景は数瞬だけど、私にはスローで見えた気がした。
だが、他の乗客には見えていないようで、口にするのは桜のことばかりだった。
私にだけ見えているんだ、あのときのフラミンゴ、ネズミ、シマウマ、ナマケモノ。
間違いない。やはりみんな関係があるんだ。
でも、どうしてここに?
どこに行っているの?
この場所に関係があるのか?
それとも私が勝手に見ている幻なのか?
私はますますわからなかった。
動物たちが見えなくなってから、しばらくすると目的の駅に着いた。
改札を出ると、母が待っていてくれた。
「妙子、おかえり…」
母の声が震えていた気がした。
「お母さん、ただいま」
心の中で、心配かけてごめんね。
そう思いながら笑顔で答えた。
もうこれ以上心配かけないように、泣かないと決めていた。
そのまま、二人で和くんのお墓参りに行った。
和くんのお墓に着くと、足が震えた。
和くんの死を受け入れていたつもりなのに、目の前の現実が、また私の心を混乱させた。
でも、もう泣かない、これ以上母に心配かけたくない。強く自分に言い聞かせた。
「和くん、お墓参り今になってごめんね、そして、ずーっと傍にいてくれたんだよね。ありがとう」
和くんへの思いが溢れてきた。でも泣かない。絶対泣かない。
母に向き直り「お母さんと和くんに聞いて欲しい話があるの」と、切り出した。
私は、今まで自分の身に起きたこと、さっきの電車の窓から見た動物たちのことまで全て話した。母は、私の話を一つ一つ丁寧に聞いてくれた。
そして母は、その話の全てを信じてくれた。
それは、私が小さい頃から他の人には見えない物が、見えていたのを知っていたからだ。
母は、「妙子、東北にいたおばあちゃんのこと、覚えている?」曽祖母のことを聞いてきた。
「うん、覚えている、でもなんとなくだけど…」そう答える私に、母は「無理もないわ、ひいおばあちゃんが亡くなったのは、妙子が幼稚園に入園したばかりの頃だったから」
「ひいおばあちゃんはね『イタコ』だったの。『イタコ』ってわかるよね。そのひいおばあちゃんが、妙子を見て言ったの『たえちゃんには、人に見えない物が見えたり、聞こえたりして悩む日が来るかもしれない、だけどそれは、たえちゃんの力になる日が必ず来る』って」
母の言葉を聞いて私は思い出していた。確かに動物たちが私のところに来るのは、私が落ち込んだときや、私が辛いときに来てくれる。
「お母さん、転生って聞いたことあるでしょ。ナマケモノ先生は和くんの転生かなぁ…?」
母は「妙子は、ナマケモノ先生が和くんだと思うの?」と聞いてきた。
私は迷いながら「うん…でも、ナマケモノ先生から聞こえてきた心の声が和くんの声じゃなかった気もするの」
「じゃあフラミンゴ?」と、母に聞かれ「フラミンゴは沢山いたから…たとえ和くんがいたとしてもわからない。それに、和くんあんなに上手に踊れないと思う」
私が首を傾げて言うと、母は小声で「妙子、和くん気を悪くするわよ」と和くんの方を見た。
「ごめん」と、私は苦笑した。
今度は「じゃあネズミ?」と母が聞いたので、「違うと思う、和くん、社交ダンスできないと思うし、それに私が何度足を踏んでも、優しい目をして教えてくれたの。和くんだったら『妙子、おまえなぁ…』って言うと思うよ」
そして私は話を続けた。
「それに、シマウマから聞こえた心の声も、和くんではなかったと思う」
「黒猫はアパートの外で見かけるから、他の人にも見えてると思うの、最近、急に見かけるようになったから気になって…」
「あっ、そうだ」私はオセロ盤を母に見せようと思って、かばんを開けた。
「あれ、今日オセロ盤持ってこようと思ってかばんに入れておいたの、でも入ってない…」
「確かに入れたはずなのに…」私がそう言うと、母が「オセロ盤は、従兄弟の圭くんたちにあげたでしょ」
「うん、でも、シマウマが持ってきて今、私の部屋にあるの…」
「……」
私はしばらく母と話をして、帰ることにした。
「和くん、和くんじゃなかったの?和くんだったら教えて。じゃあまた来るね」
そう言って、家に帰った。
久しぶりの実家、隣は和くんの家。
心配そうに私を見る母が見えた。
「お母さん、心配かけてごめんね。私、大丈夫だよ」母は微笑んでくれた。
しばらくぶりに家族で囲む食卓。母の手料理を食べながら、私はやっと自分に戻れた気がした。
帰りの電車の中、私は思い出していた。和くんのお墓参りのこと、やっと正面から和くんの死を受け入れることができたこと。
実家に帰ると「お帰り」と、家族の声。
家族で食べた母の手料理。「こんなに美味しかったんだ」「実家ってこんなに優しい…」
家族の温かさを改めて感じた私は、また涙が流れた。
電車を降りて、アパートの前まで帰ってきたとき、ふと思った。
そういえば最近、黒猫見かけなくなった。
どうしたんだろう…?
少し気になりながら部屋に帰り電気をつけた。
私は、ハッとした。
そこにいたのは、しばらく見かけなかった黒猫だった。
ずっとここで私を待っていたかのように、静かに私を見つめてきた。




