スマホ使用時間制限条例
すばらしい条例だと思いませんか?
思うんですか?
そうですか。
「じつは、新しい条例を議会に提案しようと思っている」
私が秘書を務めさせていただいている市会議員先生は、そう切り出した。
「ライチ県のこじあけ市で、スマホの使用時間を制限する条例ができたそうじゃないか? 2時間だったか。
あれは画期的なものだ。うちの市でもとりいれてみようと考えておる」
はあ、スマホに使用制限時間ですか。
市会議員の秘書の仕事にも、タブレット派でない私には、スケジュール管理に文書作成/送信と、スマホは必需品となっていて。半日以上も操作している日も少なくないのですが。
「かの自治体でも言っているが、もちろん、仕事や学習に使う時間は別だとも。
あくまで余暇に使う時間だけだ」
余暇——と言いましても。
サブスクで映画を1本鑑れば、それだけでたいてい2時間前後。アプリで絵を描くひとなんか、1枚のイラストに数時間どころか何日もかけるといいますけれど?
「そういった、仕事/学習以外の『活動』も、もちろんべつだ。
それに、破ったからといって罰則があるわけでもない。
そうあるように、と促すことが目的なのだよ」
だったら、わざさわざそんなもの、条例というかたちをとらずともよいのではないですか? 納得しかねる私に、先生はさらにおっしゃった。
「スマホの使用時間が増えることによって、夜更かしと睡眠時間の減少。家族や友人とのふれあいの時間を奪われるとも言われているではないか。生活習慣を改善するには必要なことなんだ」
えっと、それでいくと。
寝る前に本を読む習慣があって、ついつい夜更かししてしまう文学好きな少女の読書も、規制しなきゃいけませんよね? 本を読む時間を減らして、友人と遊びに出かけて家族とおしゃべりしろって。
「むむっ。た、たしかに『ゲームは1日1時間』とも、昔から言われておるからな」
てか、生活習慣の改善なら、スマホだけを禁止するより、そもそも睡眠時間や他者との時間の確保のほうを条例化しないのはなぜです?
・1日の睡眠時間は○時間以上とること
・友人や家族との会話を1日○時間以上楽しむこと
そんな条例を提案しないのはなぜ?
あぁ、ご多忙な先生ご自身が守れないからですよね、あはは。
「笑うんじゃない!
○○するなと禁止するのと、○○しろと強制するのでは違うのだぞ!!」
じゃあ、以前から問題となっていた、ほかの生活習慣はどうですか? 喫煙、飲酒、ギャンブルに食生活なんかも。
・タバコは1日○本まで
・酒類は1日にアルコール○mgまで
・パチンコ/パチスロおよび公営ギャンブルは、収入の○%まで
・スポーツなどで1日に○kcal相当以上を消費するひとをのぞいて、1日の飲食は○kcalまで
そんなふうな条例も必要ってことですか?
なんで、そちらは議会に提案しないんです?
「スマホの問題は現代社会へと、急速に浮上してきたものだからだ。その対応が追いついておらんからこそ、条例が必要だとわからんのか?!」
でも、ずっと以前から問題視されてた、喫煙や飲酒については、もうじゅうぶん対応がすんでいるとおっしゃるのですか?
むしろ、これだけ時間があって対応できてないとなると。スマホ問題にやっきになることによって、その迅速な対応への評価よりも、あちらの以前からある問題への対応に怠慢があることを指摘されるんじゃないでしょうか?
それとも、いっしょにまとめて。
これまで私が例示したぶんも、条例として提案してみますか?
スマホの使用時間だけを槍玉にあげるなら、 恣意的と非難されるでしょうが。これらぜんぶを条例化すれは、スマホ以外とも整合性がとれて、 恣意と呼ばれはしませんでしょうし。
ですが!
そんなふうに市民生活に口出しをする社会を望ましいものだと、先生がお考えになるならば、のはなしです。
そして、市会議員として先生みずから、これらを守ってお手本を見せてくれるのですよね。
じゃあ、来週の議会への提案。がんばってください。
市民の模範となる生活を送るよう決意した、先生のご意思。私は秘書として誇りに思います。
先生が留守がちで、こどもやじぶんとの時間をぜんぜんつくってくれないと、私にこっそり相談していた奥様も、これで安心なさることでしょう。
……あれ? 先生???
なぜかご機嫌を損ねてらっしゃいません?
来週の議会への提案をキャンセルするように、連絡しておけですって?
承知いたしました。
では、そちらの提案への準備時間が必要なくなりましたことで、先生のご予定もいくらか余裕ができることですし。
週末はご自宅でゆっくりなさって、家族サービスにつとめられることをおすすめします。
もちろん、睡眠時間もたっぷりとってくださいね。
余暇ができたからといって、スマホいじりに精を出してはいけませんよ。
あぁ、皮肉ですとも(笑)