表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

善いも、悪いも

作者: 永野 絵凪

無口で、自分に無関心な父親のことが嫌い。

母と、結婚した理由がまるでわからない。

けれど、ある時を境に主人公の少しずつ心に変化が。

ほんのちょっとだけ、あったかくなるお話です。

私の父親は、無口だ。


「おかえり」

仕事帰りの父は特に無愛想で、いつも眉間に皺が寄っている。今日も返事はない。

家にいる時はいつも自室にいて、リビングに来るのは食事の時だけ。

「おとうさーん、ごはーん」

物心着いた頃から、ご飯の時間になると2階に向かって父を呼ぶのは、私の役目だった。

階段を降りてきて、冷蔵庫から缶ビールを出して着席。手を合わせて黙ってご飯を食べ、終わると皿を片付けて階段を上っていく。


思えば、私の部活の試合だって、一度も見にきてくれたことがない。きっと私に興味がないんだと、子どもながらに察していた。

そういえば、母と話しているのを最後に見たのはいつだろうか。会話はいつも、スマホで完結しているようだ。

…同じ家にいるのに、遠い。

昔のアルバムを開いた時に、母とふざけてタイタニックしている父の写真が出てきた時は衝撃だった。もう今では、2人の間には見えない何かがある、いや、もはや何も無いのか。


とにかく、早くこんな家を出たい。


この仕事がしたいから、資格を取るためにこの大学に行きたいんだと熱弁、何とか両親を説得し、実家からは絶対に通えない県外の大学を選んだ。


父親が嫌いだ。大嫌いだ。


学費を払ってくれていることには感謝している。

けれど、それとこれとは話が別だ。私は、「父みたいじゃない人」と結婚すると心に決めている。絶対に。小さい子が「いつかパパとけっこんするー!」と言っている絵面は微笑ましいが、私のタイプは、無論、父"以外"。


4月から、私が家を出たら、実家はどうなるだろうか。

きっと、静かだ。会話はないだろう。

…母とは、いつ離婚するんだろうか。というか、なぜ結婚したんだろうか。不思議で仕方がなかった。




時は過ぎ、大学4年の春。

祖母が死んだ。膵臓癌だった。

葬儀のために、なんと丸1年ぶりの帰省だったが、実家の空気は何も変わらないように思えた。

葬儀が終わり、最後まで残っていた叔母さんたちも帰って行くと、家がひどく静かになった。

不意に和室から、絞り出すような母の声が聞こえた気がした。

「…私、頑張ったよね…!」

実の母親が亡くなったのだ。姿は見えないが、母が泣いているのがわかる。でも私は襖を開ける勇気が、どうしても出なかった。

「…よく頑張ったよ、ありがとうな」

一緒にいるのは…お父さん?あんな風に、優しく話すことができる人だったんだ。


……母は、父の前でなら、泣くことができるんだ。


私は、父が嫌いだった。


でも、そこにいた父は、私が嫌いな父とはどこか違うように思えた。


「1杯、付き合ってくれよ」

その晩、疲れ切った母がひと足先に床に就くのを見届けたところで、父が缶ビール片手に声を掛けてきた。父と2人で飲むのは、初めてだ。

「…ありがとな、母さん、お前がしっかりしてるから心強かったと思うぞ」

「…そんなことないよ」

訪れた沈黙は、いつもより心なしか柔らかい。

「…全部、母さんに任せてたから。俺は口下手で、勘違いされることも多い。ばあちゃんの介護も、家のことも。…お前とも、話す勇気がなくてな。ごめんな」

ぽつ、ぽつ、と紡がれる言葉。

「…そんなこと、ないよ」

なに、今更。どうせ私には、興味ないんでしょ。

幼い私が顔を出す。

「お前が生まれた時な、俺、間に合わなかったんだよ」

「うん、知ってる。お母さんから聞いた」

「急いだんだ、すごく。でも間に合わなくて、病院に着いたらもう、母さんはお前を抱っこしてすっかり母親の顔になってたんだ」

ビールを持ち直して、ひとくち飲む。

「その時、ちゃんと父親にならなきゃって思ったんだ。家を守らなきゃって。

…でも、全然上手くいかないなぁ」

父が萎れたように笑う。皺が増えて、白髪も目立つ。けれど、こんなに話す父を見るのは初めてだった。

私は戸惑いを隠せずにいた。

溢れそうな感情を、慣れないビールで流し込む。

「…私は、私に興味なんてないと思ってた」

自分で想定したより、遥かに潤んだ声になってしまった。じわ、と滲んでいく。

「お母さんとも、仲悪いんだと思ってた。伝わらないよ、全然、わかんない」

こんなこと言うつもりは、微塵もなかった。恥ずかしさが込み上げる。全部、全部アルコールのせいだ。

…でも、私の中でいつも父は悪役で。

こんなに家族を想ってるなんて、知らなかったから。

少しだけ垣間見えた父の心が、余計私に罪悪感を募らせる。

ごめん、ごめんね、お父さん。

私が勝手に「悪役」を割り振ってたんだね。


これからは、もっと話そう。

母が決めた相手なんだから。

きっと私にとっても自慢の父のはず。

嫌い。

この時点ではまだ、幼さと、修復の余地が垣間見えますね。

最終形態は、やはり無関心でしょうか。

そうなる前に引き返せる人間関係はまだ、捨てたものじゃないかもしれないなと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ