ep8 結婚
「コハクお嬢さま、大丈夫ですか?」
アンが、うつむいているコハクの顔を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫です」とコハクは答えるも、体は背けていた。湯に浸かっているとはいえ、見るのも見られるのも恥ずかしかった。
「申し訳ありません。まるで私が無理にお誘いしてしまったみたいで......」
「えっ、いや、そんな、全然、ただ、ちょっと恥ずかしいというだけで......」
コハクはあわあわとなる。アンに気を遣わせてしまい申し訳なくなる。それでも、恥ずかしさはどうしようもない。
「コハクお嬢さまは、その......」アンが目を細める。「とっても女の子らしい女の子なんですね」
「へ??」
コハクは顔を赤くする。ボクが女の子らしい女の子だって?
「あ、お気を悪くされたならば申し訳ございません」
アンがまた頭を下げる。コハクはまたまた慌てる。
「そそそそんな、全然そんなことないです」
コハクはアンの方に体を向けた。まだまだ恥ずかしいけど、アンへの申し訳なさがそれを勝った。
「それならば、安心です」
アンが顔を上げ、にっこりと笑った。愛想笑いには見えない。コハクはホッと安堵する。
「アンさんとナイジェルさんは、すごく良い人だなって思っています」
何だか取って付けたようなセリフだと思いながらも、それはコハクの本音だった。
「ありがとうございます。私などにはもったいないお言葉です」
「そんな、もったいないなんてことないです」
「実際もったいないんです、私には」
アンの言葉には何やら含みがあった。
「ええと、それはどういう......?」
コハクが素直に尋ねると、アンは哀しい笑顔を浮かべた。
「実は数年前、妹を亡くしておりまして......」
「!」
「本当に仲の良い姉妹で、幼い頃からナイジェルも含めてよく一緒に遊んでおりました」
「ナイジェルさんも」
「彼も妹と仲良くしていました。妹は幼い頃から魔法が得意な娘で、あだ名が『魔女』だったんです」
「魔女......」
「そんな妹も、病気で亡くなってしまいました。まだ十代の半ばという歳で。もともと体が弱くて、いくら魔法は得意でも病気には勝てませんでした」
「十代、早いですね......」
「そして妹を亡くした少し後でした。私が〔魔女のほこら〕でお勤めするようになったのは......」アンはコハクに申し訳なさそうな微笑みを向ける。「つまり私は、畏れ多くもコハクお嬢さまに妹を重ねてしまったんです」
アンがなぜ眠れる魔女へ情が移ったのか、その裏に潜む意味をコハクは理解した。もったいないと言ってアンが謙遜した意味も。
「アンさん......」コハクの目に熱いものが浮かぶ。元来、コハクは涙脆かった。
「申し訳ございません。いきなりペラペラと勝手に私などの事情を......コハクお嬢さまと二人きりになり、つい舞い上がってしまったみたいです」アンは再び頭を下げた。
コハクはアンのことを改めて見つめる。魅惑的な美人ではないが、穏やかで美しい女性だった。善良な紳士のナイジェルとはぴったりだと思った。とここでふと気づく。
「そういえばお二人は......アンさんとナイジェルさんは、ご結婚はされていないんですか?」
ナイジェルはアンのことを、将来を誓い合った「恋人」と表現していた。そのことをコハクは思い出したのだ。
「いずれは、と考えてはいるのですが......」
アンの穏やかな微笑が心なしか曇る。何か事情がありそうだった。
「す、すいません」とコハクはすぐに謝る。アンの機微の変化を敏感に察したのだ。「立ち入った事を訊いてしまいまして......」
「こ、こちらこそ申し訳ございません。逆にお気を遣わせてしまいましたね」
アンも敏感に反応して謝ってきた。しかしこのまま誤魔化すのはコハクに対してよろしくないと考えたのだろう。彼女はすぐに切り替えてハッキリと言った。
「私たちの結婚、領主さまに反対されているんです」
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