ep3 目覚め
【1】
「ど、どうしよう、このまま閉じ込められたままだったら......」
彼女はがっくりと膝をついた。
もう何時間経っただろう。閉ざされた薄暗い部屋で目が覚めてから。
「窓もない部屋に、開かない扉。やっぱりこれって、閉じ込められているとしか考えられないよね。でも......」
中央に寝台があるのみの閑散としている部屋は、妙に広い。おまけに天井がやけに高い。
牢獄というには些か様相が異なる。目立った汚れや塵埃も見当たらず、掃除が行き届いているとさえ思える。
「ここはどこで、ボクはいったい何者なんだろう......」
彼女は改めて確かめるように自らの身体を触り、長い髪の毛を撫でた。確かに女の肉体だ。
「まさか女装していたボクが、本物の女の子に生まれ変わってしまうなんて......」
それが自分にとって喜ばしいことなのかどうかわからない。というより、そのことをどうこう思う余裕がなかった。
今はとにかくこの状況を何とかしなければならない。
「い、いったん整理しよう」
彼女は寝台に腰掛けて深呼吸する。そして目覚めてから今に至るまでにわかったことを確認する。
「まず......ボクは生まれ変わった。あの時、刺されて死んだはずだったボクが。謎の女の子に生まれ変わってしまった。にわかに信じがたいけど。しかもボクには生まれ変わる以前の記憶がしっかりと残っている。火野虎白の記憶が」
荒唐無稽すぎる話だ。しかし、何度も繰り返し考えてみても、そうとしか思えなかった。
自分でも自分の頭は大丈夫かと疑ってしまうが、時間が経つにつれて現実感は増すばかりだ。
直感的な確信もある。転生したという確信。理由はわからない。だが、魂のレベルでそう感じさせる何かがあった。
目覚めてから数時間経った今では、冷静さも取り戻している。
「普通、生まれ変わるんなら、赤ちゃんから始まるんじゃないのかな......」
冷静になった分、ますます疑問も尽きない。
それでも今は、わかることだけで何とかするしかない。
彼女は頭を切り替える。
「結局、今のボクにハッキリとわかるのは、前世の記憶を持ったままで謎の女の子に生まれ変わり、部屋から出られない、ということだけか......つまり、ほとんど何もわからないのと一緒ということ」
彼女は大きく吐息をつくと、気を入れ直した。それからすっくと立ち上がる。
「今、できることは限られている。だからそれをやるしかない」
先ほどから何度も助けは呼んでみた。だが、扉の向こうから誰かが来る気配はなかった。そもそも付近に人がいるかどうかもわからない。それでも、これは定期的に続けた方がいいだろう。
「あとはやっぱり、もう少しこの部屋を調べてみるか......」
彼女は室内を見回した。
自分が横になっていた寝台以外は何もない部屋だが、ひとつだけ明らかに異質なものがあった。
「床にある、この幾何学模様......なんだか魔法陣みたいだな......」
不可思議に入り組んだ図形は、寝台を中心として円状に描かれている。それを見ていると、まるで古代の遺跡にいるような奇妙な感覚に陥る。
そして何より不思議なのは......。
「やっぱり、光っているよね......」
魔法陣がボンヤリと光っていることだ。そういう照明装置なのかは知らないが、そのおかげで室内は暗黒に支配されることなく仄暗く照らされていた。
「やっぱり、これになんの意味もないとは、とても思えないよな......」
彼女は床に膝をつき、魔法陣に手を伸ばして触れてみた。
その時、彼女は心身に何かが疾ったような気がした。
快でも不快でもない、今までに感じたことのない不思議な感覚。例えるなら、真っ暗闇の中にパッと蝋燭の炎が灯ったような、そんな感覚だろうか......。
「な、なんだろう、今のは......」
彼女は床から手を離すと、掌を見つめる。
まるで自分の中で、何かが目覚めたような......?
「......ん?」
何かに気づいて彼女は顔を上げた。
どこかから振動を感じる。これは......と閃く。
「地震!?」
そう思ったのも束の間、突如として足元の魔法陣から赤い閃光が上がった。
「なんだ!?」
何が何だかわからない。ただひとつだけわかったのは、それがただの赤光ではなく、激烈な光を放つ深紅の炎だったということ。
「あああ!!」
炎は周囲一体を包み、何もかもを吹き飛ばす。
荒々しくも神々しい、天に向かって強大な深紅の炎柱が立ち昇った。
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