天使の秘密 (2)
■あらすじ
無職のおじさんAは、ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身した。
彼は別人を装い、家賃の取り立てを免れるばかりか、大家の金取家に居候することに成功した。
しかしある時、彼の正体がAである可能性に、金取リツが気づいてしまった。
その上、彼がアパートのAの部屋で酔いつぶれていたところに、リツが訪ねてきてしまった。
■登場人物
A
・30歳、無職、男性
・ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身
・その容姿をフル活用して生きていくことを決意
・金取家の人々からは”テンちゃん”と呼ばれる
・ゲームやSNSでは”エイちゃん”と名乗る
・主人公
金取リツ(カンドリリツ)
・17歳、女子高生、大家の孫娘、アルバイトで大家の仕事を手伝う
・可愛い物好き
・彼の正体がAである可能性に気づいた
金取セツコ(カンドリセツコ)
・おばあちゃん、主婦、リツの祖母
・背中の羽のせいで普通の服が着れないAのために、服を仕立ててくれる
金取ノボル(カンドリノボル)
・おじいちゃん、老後に大家業、リツの祖父
男2人
・男子大学生
・オンライン対戦ゲームでAと知り合う
・ネットでの呼び名は”ベーヤン”と”シイタケ”
1
「テンちゃん、いるー?出てこれるかなー?鍵開けちゃうよー。合鍵もってるからねー」
アパートの部屋に、リツが訪ねてきた。
酔いつぶれていた彼は、目を覚ましたばかりだ。
彼は”ベーヤン”、”シイタケ”とオンラインゲームで遊んでいたが、途中から記憶がない。
時刻をスマホで確認すると、18時頃だ。
彼は雑に敷いた布団の上で起き上がった。
机の上は開封されたおつまみとビールで散らかっている。
「ガチャ」という音がした。
リツが合鍵で玄関扉を空けたらしい。
彼はとっさに起き上がって、玄関まで走った。
リツが玄関に入ろうとしているのが見える。
彼はリツを止めるために、抱きつこうとした。
「待ってー!」
すると、リツはそれを避けた。
抱きつこうとした勢いで彼は転んでしまった。
リツは彼に謝った。
「うそ、テンちゃん大丈夫?ごめんね。急に出てきてびっくりしちゃって」
「大丈夫…です…」
彼はリツと玄関扉に身をはさむようにして立ち上がり、玄関扉を閉めた。
リツは彼に訊いた。
「こんな時間まで何してたの?こんなところで」
彼は言い訳をしようとした。
「ごめんなさい。その、何か思い出せないかなと思って」
リツは彼に成果を尋ねた。
「そうなんだ。何か思い出せた?」
「特に…何も…」
2
リツは彼に、他人の部屋に勝手に入ってはいけないと、優しく注意した。
リツはまた、散らかしていたらいけないからと、部屋の中に入ろうとした。
彼は玄関をふさいでそれを防ごうとした。
しかしリツが「大丈夫、怒らないから」というので、彼は玄関扉を開放した。
彼が玄関前に立ったままでいると、リツは彼に言った。
「テンちゃんも入っておいで」
彼はついていった。
リツは部屋の電気をつけた。
部屋の中の様子は先ほどと変わらない。
机の上は開封されたおつまみとビールで散らかっている。
ディスプレイは光っていないが、PCの電源がついているのが確認できる。
リツは軍手をして、部屋の中を観察してまわっている。
彼は部屋の隅に立っている。
2人は無言だ。
彼は無言に耐えかねて謝った。
「あの…ごめんなさい」
「謝れて偉いね」
リツは屈み、優しい表情で彼の顔を覗いた。
「何してたの?正直に言ってほしいな。怒らないから」
彼は何とか話をでっち上げた。
「何か思い出せないかと思って、今日もアパートを散策していたんです。ただ今日は鍵がかかってなくて」
「ふーん」
「部屋に入っていろいろ物色してました。そしたらお酒を見つけたんです。おじいちゃん、いつもおいしそうにお酒飲んでるなって思って、私…飲んじゃいました。そしたら酔っ払っちゃって、こんな時間になるまで寝てました。本当にごめんなさい」
するとリツは優しくたしなめた。
「そうだね。もうしちゃダメだよ、勝手に他人の家で飲み食いするのも、お酒を飲むのも」
彼は安堵した。
(よかった。当分おとなしくしていれば、厳しくしつけられることもなさそうだな)
しかしリツは話題を変えた。
「ところでさ、ブレーカーおろした?」
「えっ、いや…おろしてないです」
「おかしいなぁ。パソコンもついてるし」
リツがマウスを操作すると、ディスプレイが煌々とひかり、ゲーム画面が表示される。
「これゲーム?もしかしてAさん、この部屋に来たのかな。ねえテンちゃん、Aさん見なかった?」
「Aさんってこの部屋の住人の方ですよね。見てません」
リツは補足を求めた。
「そっか。テンちゃん、この部屋の前に何回か来たんだよね?1回も見なかったってこと?Aさんがいそうな気配も感じなかった?」
「はい…すみません」
彼は、Aについて追及されるのはまずいと感じた。
「あの、そろそろ帰りませんか?」
彼は部屋を出ようと歩き出した。
3
すると、リツが彼の前に立ちはだかった。
彼は立ち止まった。
リツは部屋の出口をふさぐように立ち、両手を腰に当てている。
リツは制服の上に作業用エプロンを着ている。
大きなポケットから定規がはみ出しており、胸ポケットにはペンが挿してある。
彼が見上げると、リツの表情はにこやかだが、どこかぎこちない。
「あの、通れないんですけど…」
彼がそういうと、リツは語りだした。
「不思議だったんだよね。テンちゃんはどうして記憶喪失になったんだろうって。記憶喪失ってさ、そんな簡単に起きることじゃないよね」
彼は後ずさりした。リツは続ける。
「それだけじゃないよ。出会ったとき、なんでまともな服を持ってなかったんだろう、なんでAさんの部屋にいたんだろう、Aさんは今どこで何してるんだろうってね」
リツは彼の方に詰め寄っていく。
「だけど私、気づいたんだ。もし、Aさんが変身してテンちゃんになったとしたら?そしたら、それだけで全部説明できちゃうんだよ」
彼は少しずつ後退し、リツは少しずつ前進する。
「ある日、彼は天使の少女に変身した。彼の持っている服はサイズが合わなくなってしまったけど、彼は仕方なくそれを着た。取り立てが来ると、彼は別人を装った。そして取り立てに来た馬鹿な小娘は、彼に騙されるばかりか、家に彼を招き入れてしまった」
彼はすでに壁際に立ち、もう後ずさりできない。
リツは彼の背後の壁に勢いよく手をつき、ドン、という音を立てた。
リツは彼の顔を覗き込む。
リツの顔からは笑顔が消え、軽蔑するように目を細め、彼を睨みつけている。
「だとすると、許せないよね。家に住み着いたそいつは、女の子の姿に変身したのをいいことに、私に抱きついたり、胸をもんだり、好き放題セクハラをしてるんだから」
彼は反論した。
「あはは…ちょっと待ってください。何わけわからないこと言ってるんですか。あり得ないでしょう…変身だなんて、そんな馬鹿なこと」
リツは彼に訊いた。
「どうしてあり得ないの?」
彼は答えた。
「そりゃそんな…非科学的なこと…」
「じゃあこれは?」
リツはそう言って、彼の頭上を指さした。
彼の頭上には天使の輪が浮かんでいる。
天使の輪はほんのりと光っている。
4
「Aさんがご両親と連絡を取ってるってことはさ、何かしら連絡の手段を持ってるはずなんだよね。これ、なんだかわかる?」
そういってリツは作業用エプロンの前ポケットからスマホの充電アダプターを取り出した。
その充電アダプターは、金取邸の彼の自室に、彼が隠し持っていた物の様に見える。
彼は反射的にズボンのポケットに手を触れた。
ポケットの中にはスマホが入っている。
(スマホを取り上げられたらまずい…!!!)
彼は走り出した。
後ろでリツが何かを叫んだ。
彼が玄関にたどり着きドアを開けると、彼の目に夕焼けが飛び込んできた。
太陽の半分は遠くのビルに隠れ、もう半分がギラギラと燃える。
その半分のギラギラから発する光は西の空と雲を真っ赤に染め上げ、雲の反対側や建物に影を作り、通りに並ぶ建物から赤以外の色を抜き去っていく。
彼は玄関前の通路を走っている。
肺が苦しい、足もいたい、背中の羽が揺れて走りにくい。
突如、彼の腕は引っ張られ、彼は急停止した。
「イヤ!待って!痛い!やめてよ!」
彼はもがいたが、彼の腕からリツの手を振りほどくことはできなかった。
リツは彼の腕を引っ張り上げ、黙々と彼のズボンのポケットをまさぐった。
リツは彼のスマホと財布、部屋の鍵を取り上げ、作業用エプロンのポケットにしまった。
2025/8/28
あと1話!