天使の秘密 (1)
■あらすじ
無職のおじさんAは、ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身した。
彼は別人を装い、家賃の取り立てを免れるばかりか、大家の金取家に居候することに成功した。
しかしある時、彼の正体がAである可能性に、金取リツが気づいてしまった。
■登場人物
A
・30歳、無職、男性
・ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身
・その容姿をフル活用して生きていくことを決意
・金取家の人々からは”テンちゃん”と呼ばれる
・ゲームやSNSでは”エイちゃん”と名乗る
・主人公
金取リツ(カンドリリツ)
・17歳、女子高生、大家の孫娘、アルバイトで大家の仕事を手伝う
・可愛い物好き
・彼の正体がAである可能性に気づいた
金取セツコ(カンドリセツコ)
・おばあちゃん、主婦、リツの祖母
・背中の羽のせいで普通の服が着れないAのために、服を仕立ててくれる
金取ノボル(カンドリノボル)
・おじいちゃん、老後に大家業、リツの祖父
男2人
・男子大学生
・オンライン対戦ゲームでAと知り合う
・ネットでの呼び名は”ベーヤン”と”シイタケ”
1
彼はリツと一緒に風呂に入った。
その際、彼はリツの胸を触りたいとせがんだが、リツがそれを断った。
風呂上がりの2人は今、脱衣所にいる。
彼は、彼の髪と羽を、リツにドライヤ-で乾かしてもらっている。
彼は椅子に座って、リツが彼の後ろに立っている。
ドライヤーはけたたましい音を立てて、彼の頭に風を吹き付ける。
彼の視界の端で、風になびく髪の毛が見える。
(しかし、髪を乾かすのって時間かかるな…)
彼はドライヤーが終わるのを待ち焦がれていた。
(風呂場で洗いっこするのは楽しいんだけど、この時間はつまらんなあ)
彼はリツに声をかけてみた。
「まだー?」
するとリツが答えた。
「もうちょっと」
それから少し間を置いて、風が止み、ドライヤーの音が遠のいた。
終わったのかな、と思い振り向くと、リツは少し遠くに立っていた。
リツは完了の合図を告げた。
「はい、おつかれさま」
それからというもの、リツは少しよそよそしくなった。
リツは、彼と一緒に風呂に入ってくれなくなった。
これまで、リツが彼を風呂に誘っていた。
今では、彼から風呂のことを切り出しても「今日はちょっと」と流される。
さらには彼からのボディタッチを避けるようになった。
これまで、彼は機会があればリツの手を握ったり、ハグしたりしていた。
今では、彼がそういうそぶりを見せると、リツが身をよけるようになった。
2
数日が経過した。
近々、彼の両親がやってきて、アパートの彼の部屋から荷物を引き払うことになっている。
部屋を引き払うことを、彼は少し寂しく感じた。
彼のAとしての人生の幕を閉じるような気がした。
そこで彼は最後に、パーッとやることにした。
その日、彼はゲーム仲間の男2人組、”ベーヤン”、”シイタケ”と遊ぶ約束をしていた。
彼はいつも通りゲームをするだけでなく、酒とつまみを用意するつもりだった。
彼は台所にいる。
抜き足差し足、音を立てないようにそーっと歩く。
台所には、彼の他に誰もいない。リツは学校、老夫婦は居間だ。
老夫婦の和やかな話し声が時々聞こえる。
彼は音を立てずに冷蔵庫の扉を開けた。
「おじいちゃん、ごめんよお。この姿じゃ酒は買えないんだ」
彼は缶ビールを一本取り、服に忍ばせた。
彼はまた音を立てずに台所から出ようとした。
しかし誤って椅子に足の指をぶつけてしまった。
「ん?なにかしら?テンちゃんかな?」
セツコ婆が様子を見に台所にやってきた。
セツコ婆は彼を見つけて言った。
「どうしたの?おなかすいてる?何か作ってあげましょうか」
彼は振り返って言った。
「あー、いや、大丈夫ですー。ハハハ」
彼はカニ歩きで台所を脱出し、言い残した。
「それじゃ、遊びに行ってきまーす」
「遊びに行くの?いってらっしゃい…そんな急がなくても」
彼は足早に外に出た。
彼はコンビニでおつまみを買い足し、アパートの部屋に向かった。
3
彼はアパートの部屋にいる。
彼と”ベーヤン”、”シイタケ”はいつものごとくオンラインゲームを楽しんでいる。
ディスプレイはゲームの目まぐるしい戦闘シーンを映している。
キーボード、マウスは彼の手によってガチャガチャ、カチカチ音を立てている。
机の脇の方には、缶ビールとおつまみが並べられている。
「あーダメだー!負けだー!」
彼がそう言うと、”ベーヤン”、”シイタケ”が励ました。
「ドンマイ、ドンマイ」
「次頑張ろう」
彼はビールの方に目をやった。
「さてと」
缶のノブを引いて開封すると、炭酸の抜けるときの小気味良い、プシュという音が鳴る。
「乾杯!」
そう言って彼はビールをごくごく、2,3口ほど飲んで、息を吐いた。
”ベーヤン”は彼に訊いた。
「いい飲みっぷりだね。何飲んでんの?」
「ジュースです」
しかししばらくすると、彼は酔っぱらい始めた。
「そう、そのリツっていうゴリラ女があ、胸ぐら掴んできてえ。あ、でもその女、おっぱいでかいんすよお。えへへ」
”シイタケ”が彼を心配した。
「エイちゃん、大丈夫、酔っぱらってない?あれもしかしてお酒だった?」
彼は言った。
「ダイジョーブッ!あれはジュースれすよお。もしお酒でも、私ハタチ超えてるんでえ、心配しなくても大丈夫れすよお」
”シイタケ”は提案した。
「今日はもう終わりにしよっか?」
彼は嫌がった。
「えー、もう終わっちゃうんですかー、ケチ―」
”ベーヤン”が彼をたしなめた。
「エイちゃん、子供がお酒を飲んじゃだめだぞ。また今度、シラフのときにやろうな」
”ベーヤン”、”シイタケ”の2人は通話を抜けた。
彼はしばらく無言でおつまみを食べ、追加のビールをあおった。
そして彼は眠りについた。
4
彼は夢を見ている。
夢は彼が変身する前、Aだった頃のものだ。
両親からの仕送りが打ち切られ、彼は生活のアテを求めていた。
彼はコンビニのアルバイトの面接を受けている。
彼はコンビニのバックヤードにいる。
彼とコンビニの店長は丸椅子に座り、向かい合っている。
脇には事務机があり、彼の履歴書が置かれている。
隅に置かれたテレビが歌番組を放送している。
天井の蛍光灯は、一片の影も作らないよう、あたりを入念に照らしている。
「それで、どうでしょうか」
彼が訊くと、店長は答えた。
「んー、せっかく志望してくれたところ申し訳ないけど、今回は不採用で」
「あ…はい」
店長は続けた。
「君はその年で無職、養ってくれる人もいない。それなのにシフトは週3?生活できないんじゃないの。そんな最低限しか頑張ろうとしない君が、きびきび働いてくれるとは思えないんだよね」
「はい」
店長はさらに続けた。
「一回考え直して、良ければまたうちを志望してよ。そうしてくれると、うちとしても助かる。人手不足なんだよね」
「あ、ありがとうございます」
店長は面接を切り上げた。
「それじゃ、また来てね」
ありがとうございます、と言って彼が立ち上がると、店長が声を上げた。
「お、カナちゃんだあ。可愛いなあ」
テレビの歌番組に出演しているアイドルのことらしい。
アイドルはインタビューを受けている。
「イロハさん、昨年は大躍進の年でしたね。何か躍進の秘訣などありますでしょうか」
「ありがとうございます。去年を恵まれた年にすることができたのは、応援してくれたファンの皆と、サポートしてくれた周りの大人達のおかげです。皆にお返しできるように、曲も歌もダンスも、もっと頑張っていきます!」
インタビューが終わり、アイドルはパフォーマンスの準備をする。
「そうですか、今年も期待してます。…いやほんとに立派ですよね。まだ17歳とは思えません。さあ、それでは披露していただきましょう。イロハ・カナさんで、メタモルフォーゼ」
アイドルが歌い始めると、店長もそのアイドルを称えた。
「ほんと、偉い子だよ」
夢はそこで途切れた。
だんだんと意識が戻り、部屋のドアを強くノックする音が聞こえてきた。
「テンちゃん、いるー?出てこれるかなー?鍵開けちゃうよー。合鍵もってるからねー」
アパートの部屋に、リツが訪ねてきた。
2025/08/27
いよいよ最終章、完結まであと2話です。
あと2話、毎日投稿していきます。