天使を満喫 (3)
■あらすじ
無職のおじさんAは、ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身した。
彼は別人を装い、家賃の取り立てを免れるばかりか、大家の金取家に居候することに成功した。
■登場人物
金取リツ(カンドリリツ)
・17歳、女子高生、大家の孫娘、アルバイトで大家の仕事を手伝う
・可愛い物好き
・今話の主人公
A
・30歳、無職、男性
・ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身
・その容姿をフル活用して生きていくことを決意
・金取家の人々からは”テンちゃん”と呼ばれる
・ゲームやSNSでは”エイちゃん”と名乗る
・いつもの主人公(今話は違う)
金取セツコ(カンドリセツコ)
・おばあちゃん、主婦、リツの祖母
・背中の羽のせいで普通の服が着れないAのために、服を仕立ててくれる
金取ノボル(カンドリノボル)
・おじいちゃん、老後に大家業、リツの祖父
1
金取リツ、彼女の家には、数日前から天使が居候している。
金取家の人々はその天使のことを”天使ちゃん”、縮めて”テンちゃん”と呼ぶ。
”テンちゃん”は金取家が所有するアパートの部屋から見つかった。
”テンちゃん”には住む家も、服も、記憶さえもないらしかった。
そこで、金取家は”テンちゃん”を引き取った。
彼女は”テンちゃん”のことを妹の様にかわいがっている。
彼女は学校帰りに、”テンちゃん”がアパートから出てくるところを見かけた。
”テンちゃん”は絵にかいたような天使の姿をしている。
頭の上には天使の輪が浮いてほのかに光り、
背中からは真っ白な羽が生えている。
”テンちゃん”はとても可愛い。
色白で、髪は長い金髪、瞳は青く、目はぱっちりとして、きゃしゃな手足がすらっと伸びている。
背格好からして、13,14歳くらいだろう。
彼女のお古の白いワンピースがとてもよく似合っている。
「おーい、テンちゃん」
彼女が呼ぶと、”テンちゃん”はビクッとして振り返り、手を控えめに振り返す。
彼女は”テンちゃん”と合流した。
”テンちゃん”が何をしていたのか、彼女は訊いてみた。
すると”テンちゃん”は答えた。
「何か思い出せないかと思って、アパートを散策してみたんです」
「そうなんだ」
彼女は”テンちゃん”に成果を訊いた。
「何か思い出した?」
「いえ、何にも…」
”テンちゃん”はやや伏し目がちになった。
彼女は”テンちゃん”のことを不憫に思った。
(そうだよね…何も覚えていないのって不安だよね)
彼女は”テンちゃん”を励ました。
「大丈夫、きっとすぐ思い出せるよ」
「はい…」
彼女は”テンちゃん”に訊いた。
「そうだ、コンビニ寄ってかない?アイス買ってあげる」
「ほんとですか?やった」
”テンちゃん”は彼女に笑いかけた。
2
”テンちゃん”が見つかったアパートの部屋には、もともとAという住人がいた。
Aは無職の中年男性、親の仕送りで生活していたらしい。
しかし、Aの親が将来を案じて仕送りを切ってしまった。
おかげでAは家賃を滞納し、彼女が家賃を取り立てに行く羽目になった。
結局、Aは家賃を払うことなく失踪し、代わりに親が払ってくれた。
現在もAの居所はわからないが、親と連絡を取っているらしい。
彼女が見かけたAはいつも清潔感がなかった。
髪やひげを整えることもなく、服はほぼ寝間着だった。
Aは気が弱そうで、目をそらし、ボソボソ話す人だった。
別の日、彼女が学校から帰ると、ノボル爺が誰かと電話していた。
ノボル爺は時折、相槌を打つ。
セツコ婆は台所で夕飯の支度をしている。
魚が焼ける匂いがする。
”テンちゃん”は居間にいる。
横になって、ちゃぶ台の脇からテレビを見上げている。
(この子、天使っぽい見た目だけど、やっぱり普通の子だよね。家の手伝いはほとんどしないし、何か天使らしい使命もなさそうだし)
彼女は”テンちゃん”にあいさつした。
「ただいま」
すると”テンちゃん”は起き上がって彼女に抱きつき、彼女に笑いかけた。
「おかえりなさい」
彼女は”テンちゃん”の頭を撫でた。
(まあ、可愛いから何でもいいか)
そこへ、ノボル爺が電話を切って、居間のちゃぶ台の前に座った。
すると”テンちゃん”がノボル爺に訊いた。
「なんの電話だったんですか?」
「なんだいテンちゃん、気になるのかい?」
「あ、いや、その…」
”テンちゃん”はまごついている。
ノボル爺は答えた。
「テンちゃんが見つかったアパートの部屋の住人、Aさんっていうんだけども、
その人がテンちゃんと…なんちゅーか、入れ替わり?…でいなくなったんよ。
で、親御さんが今度、部屋の荷物を引き払ってくれるって」
リツは訊いた。
「で、結局いつ来るって?」
「来週の土曜10時ごろ。家のインターホン鳴らすように言っておいたから」
「了解」
ノボル爺はAについて訝しんだ。
「にしてもAさん、一体何があったんだろうねえ。そうだテンちゃん、何か知らないのかい?」
”テンちゃん”は伏し目がちになって答えた。
「ごめんなさい。何も覚えてなくて…」
彼女もAの件については不審に思っていた。
突然失踪して、帰ってこず、しかし連絡は取れる、そんなことはあるだろうか?
3
彼女はしばしば、”テンちゃん”と風呂を共にする。
ある時、風呂上がりの”テンちゃん”の髪と羽から水が滴るのを、彼女は見かけた。
”テンちゃん”はどうやら、髪の乾かし方を知らないようだ。
背中に生えている羽を洗うのも、苦労しているらしい。
彼女は”テンちゃん”のお風呂を手伝ってあげることにした。
すると”テンちゃん”はお礼に、彼女の背中を流してくれるようになった。
”テンちゃん”との洗いっこは楽しい。しかし気がかりなこともある。
先日、”テンちゃん”が彼女の胸を触りたがったので、彼女は触らせてやった。
その時の”テンちゃん”の雰囲気がいつもと異なるように、彼女は感じた。
なんというかギラついていた。
触りかたもいやらしかった。
風呂場には彼女と”テンちゃん”がいる。
彼女は風呂椅子に座っている。
”テンちゃん”は彼女の後ろに立って、彼女の背中を石鹸のついた手ぬぐいでこすっている。
風呂場の湿気で、鏡は白く曇っている。
鏡を手で拭うと、拭った部分から”テンちゃん”の顔が見え隠れする。
彼女と”テンちゃん”はふと目が合った。
彼女が笑いかけると、”テンちゃん”も笑顔になった。
(可愛いなあ)
”テンちゃん”が言った。
「お客様、お加減はいかがですかー。痒い所ありませんかー」
彼女はおばあちゃんの口調で答えた。
「はあい、ちょうどいいよお。ありがとねえ」
”テンちゃん”はクスクスと笑った。
しばらくして、彼女の背中を流し終えると、”テンちゃん”が切り出した。
「あの、今日は…」
”テンちゃん”がまた彼女の胸に触ろうとしていると、彼女は察した。
「ダメ」
「何がですか?」
「おっぱい触るのはダメ」
すると”テンちゃん”はねちっこくせがんだ。
「えー、どうしてですか?」
「どうしてって…イヤなんだもん」
「イヤなんですか…なんで…?」
「イヤったらイヤなの!」
「女の子同士なのに?」
「うん…」
彼女が断り続けると、”テンちゃん”は断念した。
「そっかあ…」
彼女は”テンちゃん”に訊いた。
「どうしたの?急に人が変わったみたいで怖いよ」
4
風呂上がりの脱衣所、彼女は”テンちゃん”の髪と羽をドライヤ-で乾かしている。
彼女は風呂場での出来事を思い返している。
(テンちゃん、ちょっと怖かったな…しつこくて、スケベなオッサンみたいだった)
”テンちゃん”の内面について、彼女は分析した。
(オッサンというか、そう、ダメな大人って感じ。家の手伝いはしないし、よく寝転がってテレビ見てるんだけど、言葉遣いや受け答えはしっかりしてる。見た目と真逆)
”テンちゃん”に関する謎を、彼女は思い返した。
(不思議なのは内面だけじゃない。どうして記憶喪失になったんだろう。出会ったとき、なんでまともな服を持ってなかったんだろう。なんでAさんの部屋にいたんだろう。Aさんは今どこで何してるんだろう。この子は一体、何者?)
”テンちゃん”の正体について、彼女は考えた。
(Aさんの娘?知り合い?それとも単に居合わせただけ?…なんかどれもビミョー)
彼女はしばらく悩んだ。
答えが見つからず、気が付くと思考は停滞していく。
”テンちゃん”は椅子に座り、こちらに背を向けたままじっとしている。
”テンちゃん”の長い金髪は風を受けてさらさらとなびく。
「まだー?」と問う”テンちゃん”に、「もうちょっと」と答える。
彼女は思考をあきらめかけている。
しかしふと、彼女の脳裏にノボル爺の言葉がよぎった。
「テンちゃんが見つかったアパートの部屋の住人、Aさんっていうんだけども、
その人がテンちゃんと…なんちゅーか、入れ替わり?…でいなくなったんよ。」
彼女は手を止め後ずさる。
(入れ替わり?…Aさんがテンちゃんに入れ替わった?…つまり…変身した?)
2025/08/17
物語がようやく佳境に入りました。
物語をちゃんと完結させることができそうで、少しホッとしています。