天使に施し(3)
■あらすじ
無職のおじさんAは、ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身した。
変身した彼は家賃の取り立てを免れるばかりか、金取家に居候することになった。
■登場人物
A
・30歳、無職、男性
・ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身
・その容姿をフル活用して生きていくことを決意
・主人公
金取リツ(カンドリリツ)
・17歳、女子高生、大家の孫娘、アルバイトで大家の仕事を手伝う
・可愛い物好き
金取セツコ(カンドリセツコ)
・おばあちゃん、主婦、リツの祖母
・背中の羽のせいで普通の服が着れないAのために、服を仕立ててくれる
金取ノボル(カンドリノボル)
・おじいちゃん、老後に大家業、リツの祖父
1
翌朝、彼はまぶしさに目を覚ました。
見慣れないふすまと白い壁が見える。
朝の日差しが窓枠に切り取られ、畳の一部を照らしている。
またしても背中のあたりに痛みを感じる。
背中のあたりをまさぐってみると、やはりふさふさしている。
部屋には彼1人しかいない。
時折、部屋の外から扉の開け閉め、足音、人の声など、生活音が聞こえる。
彼は掛け布団を押しのけて上半身を起こした。
(背中いってえ。仰向けに寝る癖、治さないとな…)
寝ぼけたまま、しばらく布団の上でじっとしていると、ノックとともにふすまが開いた。
学生服姿のリツが立っていた。
リツは部屋に入ってきて、彼の頭をなでた。
「おはよう天使ちゃん。朝ごはん食べておいで。私もう学校行くから。ばあちゃんに面倒を見てもらってね」
彼の金取家での居候生活が始まった。
彼が今いる部屋は客間だ。
当分の間、自室として使わせてもらえることになった。
今日は服を買いに行くことになっていた。
昨日、リツの古着を何着かもらった。
しかし、物によってサイズが合わなかったりほつれていたりと、心もとない。
そこで、買い足すことになった。
2
彼と老夫婦は服を買いに出かけた。
彼らは道すがら商店街の古着屋に寄った。
店がやっているかどうか確かめるために、セツコ婆は一人で中に入って行った。
彼とノボル爺は店の前でセツコ婆を待った。
平日昼間の商店街は閑散としている。
多く立ち並ぶ飲み屋は皆閉まっている。
時々、スーパーや百均に出入りする人を見かける。
メインの通りから脇にそれたところに古着屋はあった。
店内は狭く、ハンガーでつるした古着に埋め尽くされている。
人一人分の通路はかろうじて確保されている。
時々後ろでしゃべる者がいる。
通行人が彼のことを話しているらしい。
「見た?あの子」
「見た、見た、可愛いー」
「コスプレかな?」
ノボル爺が彼に話しかけた。
「天使ちゃんは古着でもいいのかい?」
「全然大丈夫です。むしろ新品なんて申し訳ないです。ただ仕立てやすい服だったらいいなあと思います」
「そうかい」
彼は思った。
(普通のズボンとかがほしいなあ。見た目で飯にありつくつもりなら、気を使わないといけないんだろうけど。今はそんなに頑張らなくていいかなあ。)
セツコ婆が店主を連れて店の奥から出てきた。
「ほら来て。もう本当にベッピンさんなんだから。」
「ハイ、ハイ。もうわかったから」
店主は彼の方を見た。
「あなたが天使ちゃん?まあなんて可愛らしい。」
彼は会釈した。
セツコ婆が言った。
「今日はこの子の服を見に来たのよ。」
「あらそうなの、いいわね。おまけしちゃおうかしら。」
彼が選ぶまでもなく、店主がおすすめの服を集めてくれた。
彼の意に反して、おすすめの服は女の子らしいものばかりだった。
店主はそれらを半額ほどにまけてくれた。
老夫婦が断ろうとすると、店主はつっぱねた。
「いいの、いいの。こんなかわらしい子に着てもらえるなら、古着たちも幸せでしょう。」
3
その日の夜、彼はリツと一緒に風呂に入ることになっていた。
昨晩、彼は一人で風呂に入った。
風呂上がりの彼の羽と髪から水が滴るのが、リツの目に留まった。
「天使ちゃん、背中の羽、ちゃんと洗えてる?髪の乾かし方も教えてあげようか。」
この提案は彼にうれしさと困惑をもたらした。
彼の精神はまったくもって30歳男のままだった。
おじさんとしては、女子高生と一緒のお風呂なんて最高のイベントだ。
しかし当の女子高生がそれを知らないことに、おじさんは引け目を感じた。
脱衣所に彼とリツが入ってきた。
脱衣所には洗面台、洗濯機があり、少々広めだが、2人でいると少々手狭だ。
彼は昨日もらったワンピースを着ていた。
リツは制服から部屋着に着替えていた。
彼は念を押した。
「あの、一緒に入っちゃって本当にいいんですか?」
「あはは、どういうこと?もしかして天使ちゃん、女同士でもイヤ?」
彼は首を横に振った。
「そんなことないです。」
リツは彼に指示した。
「それじゃあっち向いて」
彼が従うと、リツは背中のファスナーを下し、肩を脱がせた。
彼は振り向こうとした。
「え、ちょ、自分で」
「はい、手あげてー」
彼が従うと、リツは袖を足元までおろして、ワンピースを脱がせてしまった。
彼はワンピースをまたぎ、急いで下着を脱いだ。
するとリツも服を脱ぎ始めた。
それを見て、彼は風呂場の扉を開けた。
風呂椅子に座ってどぎまぎしながら、彼はリツが来るのを待った。
4
「ガチャ」
リツが風呂場に入ってきた。
髪はまとめ上げられている。
リツは腕に手ぬぐいをひっかけ、前を隠している。
胸は程よく大きい。
やや細身だが、腰回りは女性らしく、また肉体は健康的でハリがある。
縮こまる彼の後ろから身を乗り出して、リツはシャワーを出した。
「かけるよー」
彼はシャワーをかぶった。
リツは彼に指示した。
「後ろはアタシが洗うから、前は自分で洗ってね」
彼は髪を、リツは背中を洗い始めた。
リツの洗い方は丁寧だった。
彼は訊いた。
「リツさん、彼氏はいるんですか?」
「いないよ、どうしたの、急に?」
「いいお嫁さんになると思って」
リツは笑った。
「あはは、彼氏にこんなことしないよ」
リツに背中を洗ってもらうのは気持ちよかった。
特に、羽の付け根のあたりをこすってもらうのを、彼は気に入った。
洗体を終え、彼は湯船につかった。
彼はリツの洗体をぼーっと眺めた。
5
別の日。
その日はリツも老夫婦も出払い、日中、彼は一人で過ごすことになった。
しばらくテレビを見ていたが退屈だった。
そこで、彼はアパートの部屋を覗いてみることにした。
彼は冷蔵庫の中身やゴミを処理したかった。
また暇つぶしのためにスマホを持ち帰りたかった。
部屋の玄関扉にはカギがかかっていない。
開けると、中の状態はおととい彼が出てきたままだ。
布団は敷きっぱなし。
服が散らかっている。
カップ麺のゴミが机に放置されている。
カーテンを開けてみると、日光が舞う埃を照らす。
スマホは机にあった。
ロックを解除してみると、LINEの通知がたまっていた。
LINEを開いてみると、通知は両親からのものだとわかった。
最後のメッセージがトーク一覧画面に表示されていた。
「ごめんね。」